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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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無価値の価値

89部分、<10万円の無価値>の話の続きです。

 いくつか前のエッセイで、"10万円の無価値"と称して『自分の価値観など、人にとっては無価値なものだ』と述べたが、間違ってはいけないことがある。

 その価値観は、『他人にとって無価値である』というだけで、自分にとってはかけがえのない価値を持っているものである……ということだ。


 人間と他の動物の違いって何かといえば、人間だけが、無駄を楽しむことのできる動物であるということ。

 動物たちももちろんじゃれたり遊んだりするが、それでも、食う寝るところに住むところ、愛情、性欲、はたようく……基本的には生きるために必要な感情と行動をのみとって生きている。

 人間ほど、余計なことに悩み、一つも利にならないことをし、無駄な趣味に時間を費やす動物はいない。

 しかし翻ってみれば、無駄なことができるというのは人間の特権だともいえるわけだ。


 つまり人間らしさとは何かといえば、人生の中で、どれだけ無駄なことができるか……ということでもあるのではないか。

 ただ食って寝て、それを子孫に繋げることが動物本来の生き方だと思う。しかし、それをなぞるだけならば、わざわざニンゲンとして生まれてきた意味は薄いんじゃないだろうか。


 他人にとって無価値な価値は、自分にとっては無価値ではないのだ。自分の行っていることすべてが無駄だと思うと人生はつらい。しかし、その無駄をこそ楽しむために、わざわざ猫ではなく人間として生まれてきたのだと思えば、これは非常に有意義な無駄を自分たちは抱えていることになる。

 だから、自分だけはその宝の地図を追えばいい。前回のエッセイは『他人の宝の地図を貶める愚かさ』を語ったわけで、自分の価値観を楽しむこととは矛盾しない。

 他人にはその価値観は無価値なわけだから、誰にも認めてはもらえないかもしても、あなたの人生には、その価値観が必要不可欠なのである。


 価値観を他人に誇示する必要もなければ、認めてもらう必要もない。

 馬鹿にする必要もなければ、馬鹿にされても気にする必要もない。

 そこに優劣などは存在せず、その価値観を楽しみにあなたは人生を送っているのだから、自分の胸の中で大切にすればいいのだと思う。

 そしてその価値に自分で無駄を感じれば、また次の無駄を探せばいいだけなのだ。

 それこそが、人間が人間たるゆえんなのだと思う。人間だけに与えられた特権なのである。


……っていうか、誰に語ってるんだろう、俺……(大笑)。

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