拝啓、TAKURO様
一部敬称略
もし僕がいつか成功して、自伝を書いてくれと頼まれたらそういう題名で書きたい。
僕を半生支えてくれた人だ。会ったことはないけれど。
日本のロックバンド『GLAY』のリーダーであり、僕は彼らのデビュー当初からのファンだった。僕に小説を描くキッカケをくれたのは水野良だったけれども、小説家として僕に方向性をくれたのは司馬遼太郎だったけれども、夢を追う僕を常に支え続けたのは、彼の詩と言葉だった。
僕が決して読まれず、評価されず、コンテスト等でまったく相手にされなくても、文章を描き続けようと思えるのは、彼が、僕の前を走ってくれているからだ。
偉そうにいうことではないが、いまや押しも押されぬアーティストとなった彼らも、鳴り物入りでインディーズ活動をしていたわけではなかった。むしろ悲惨ともいえる泥沼を泳いでいたことを、彼は自著のエッセイで語っている。
誰にも曲を聞いてもらえず、自分の才能を疑い続け、しかし絶対に曲を書き詩を描き続ける事をやめなかった。そのことが彼らにチャンスを与え、前人未到の二十万人ライブを実現させるに至った。僕は彼らのライブに行ったことは一度しかないけれども、彼らが夢に登りつめていく姿をつぶさに見て感銘を受けていたことは揺るぎがない。
もちろん、「TAKUROさんとお前の才能を一緒にするな」と言われればまったくその通り。彼の歌詞は非常に繊細でかつ巧みである。小説を読んでて息を呑む表現に巡り合うことはそうそうないが、彼の詞のたったワンフレーズが、僕の心を震わせることはよくある。私見だが文章を扱うのが小説家なのに、文章表現で彼のレベルに到達している人はプロでもあまりいないと思っている。それほどに、彼は"歌"という短い物語の中で巧みに言葉を紡ぐ。
だけど、そんなTAKUROさんですら、インディーズ時代は自分の才能を疑い続けていたのだ。あんなに才能溢れる人がそうなら、自分の才能や可能性に、大成する前から気づける人なんていないんじゃないか。いや、一掴みの天才は違うのかもしれない。しかし、それら天才とは違う彼があのような成功を収めていること、もしくは、あの人が天才だとしても、天才ですら可能性に気づかなかったということ……いずれにしても、僕が彼の背中を追う理由になる。夢を追うという意味でも、文章表現の師としても……彼は僕の指針なのだ。
僕の半生、聴く音楽の九割はGLAYだった。おかげで今も、歌詞カードを見ないで歌いきれる歌は百曲を軽く超えている。それが今日の僕の文章表現に生きていることは疑いがなく、僕の文章は彼の詩に生かされているといっても過言ではない。
そう胸を張っていえるほど、彼の詩は美しいと思うし、小説家としては邪道かもしれないけど、僕は彼のような物書きになりたいと思っている。
そんな彼が自著で述べた言葉に
『夢は旅のようなもの。歩き続ければいつかは必ず行き着く』
というのがある。引用として書かないのはうろ覚えだからだけど、確かに彼はそういうことを言った。 僕は単純だから、そう言いながら荒波を超えて行った彼の言葉を信じ、旅を続けている。
だから、いつか僕は物書きとして大成して、必ずこの題名の自伝が書きたい。TAKUROさんに聞いてほしいのだ。
「あなたが諦めるなと言っていたから、僕は諦めずに突き進み続けることができた」と。
お会いして頭を下げることができれば一番素敵なのだろうけど、さすがにそこまでは贅沢すぎる。
今は僕が彼の名を挙げても「ふーん」としか思われないだろう。でもいつか、彼の名を挙げた時に「コイツがそういうのなら間違いない」といわれるほどの説得力をもてるほどに僕が成長していたら、それが僕の彼への恩返しとなるのではないかと思っている。
妄想……妄想だけれども、そういう妄想を拠り所にしてモチベーションが保てるのなら、妄想も悪くない。
いつか、旅の途中に美しい夜明けを見るその日までお蔵入りになる妄想を、忸怩たる夜にそっと書き連ねてみる。




