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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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静かなること 蝉の如し

 網戸に、蝉がとまっていた。

「蝉だー」という、なんのひねりもない感想を持ったわたしはなにげなく蝉に近づいた。

……動かない。

 こいつには危機意識というものはないのか。ハムスターですら手が届きそうな距離まで近づいたにもかかわらず、そんなことはなかったかのように「ジーー」とか言ってる。

 恐る恐るつついてみる。するとさすがに気づいたらしく、鳴くのをやめた。が、飛び立とうともせずに、その場に立ち尽くしたままだ。

 まるで「なんですか?取り込み中ですけど」と、聞き返されたような平然振りに、わたしは思わず「お前は馬鹿か馬鹿か」とつぶやきながら何度も背中をつついてみたが、「や……やめてくださいよ!警察呼びますよ!」……という様子もなく、ただ黙然と、自分に降りかかってる状況を見守っている。

 こういうのは、豪胆というのか、馬鹿というのか…ともあれ、最近の蝉事情だ。


 しかしこの危機意識のなさは蝉だけではないだろう。

 どうも人間というのもこれと同じにおいがする。わたし自身にも思い当たるフシは数あるが、だいたい、取り返しがつかなくなるまで事の重大さに気づかない。

 インターネットで「借金時計」と検索すると、日本の借金は1000兆円を超えてなお増え続けていることがわかる。そんな、がりがり君がいくつ買えるか分からない量の借金があってなお自分が鳴くこと優先で、地球温暖化と叫んでもなお経済の発展が重要である。

 人類全体が死滅する可能性があるとしてもなお核兵器は作られ続けているし、ネット社会が暗い犯罪の影を落としてもなお、人は一度得た快感を手放すことはない。


 もはや批判でもなく、ひょっとしたら自然の仕組みなのかとすら思う。

 おそらく、この無邪気さにも似た、行くところまで行ってしまえ根性のようなものがあって、地球の生命体というのは絶滅、再生を繰り返しているんだろう。

 思えば人を見たらただひたすらに逃げ続けてきたゴキブリが三億年生き続けるのは、その徹底した危機意識の賜物なのかもしれないし、絶滅危惧種が絶滅するのも(人間を正当化するわけではないが)結局自分がしたい生活をして、できなかった結果だ。

 そう思えば、ゴキブリのようには生きられない人間にもその日がいつかくる。が、きっと人間はその日がくるまで、平然と、でもちょっと迷惑そうに、こうつぶやいていることだろう。

「なんですか?取り込み中ですけど」


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