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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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下の句を生きろ!

「おもしろき こともなき世を おもしろく」

 という時世の句がある。

 高杉晋作という幕末を生きた革命家の一人で、長州藩が倒幕に向かうためのクーデターを起こした人だ。スケールの大きい博打が打てる人物であり、それが吉と出たために長州が、ひいては日本がひっくり返った。

 ……などと言うと、明治維新の張本人のような錯覚を受けてしまいそうだが、明治維新も他の多くの歴史的事件と同様で、いくつもの要素が連なって成し遂げられたものであり、その一要素として、彼の存在が必要だったことは間違いない。

 ちなみに彼は明治の世を見る前に亡くなった。それが1867年で27歳だっていうから、うちの分家初代のじっさまがとそんなに年が変わらない。それを思えば認識以上に時代が近くて驚く。

 ……さておき、その奇才と呼ばれた男が結核で死ぬ間際に詠んだ歌がこれだ。

「おもしろき こともなき世を おもしろく」

 上の句だけ詠んで、下の句が思いつかずに力尽きたらしい。


 幕末には数々のドラマがある。

 これほどにドラマになる時代が「おもしろくない世の中」なら、きっとおもしろい時代なんてそうそうない。

 現代はどうだ。楽しいか?読者の皆さんは現代を楽しんでおられるだろうか。

 なに不自由のない世の中で、「退屈だつまらない」などと言い出せば、恵まれない時代や方々にとってみれば贅沢の極みかもしれないが、わたしにとってはまったくもって「おもしろき こともなき世」だ。

 退屈でしかたない。がんじがらめのルールに縛られて、管理された自由の中で、気軽で安全な娯楽に、汗水たらして稼いだ金を使うことで自分を満足させて……。


 しかし、高杉は、つまらない世を「おもしろく」生きた。

 実際に幕末がおもしろい時代だったか否かを議論するのは無駄なことで、大切なのは、「彼にとってつまらない時代」だったということ。そしてそのつまらない世の中を、「おもしろく」生きたこと。生きようとしたこと。

 それはつまり、「たとえつまらない世の中でも、おもしろく生きることはできる」ということに他ならない。


 ……わたしはずっと、この歌の下の句を考えている。

 あまりに圧倒的な上の句で、これに匹敵する下の句を思いつくことができないのだが、これはたぶん、歌の才能云々の問題ではなく、その上の句に匹敵する人生をまだ送れていないということなのだと思う。

「おもしろき こともなき世を おもしろく」生きた結果たどり着いた場所で、ようやく下の句十四文字を連ねるにふさわしい文字を見つけられた時、……その時こそ、ようやく「おもしろき こともなき世を おもしろく」生きたのだという満足が得られるのではないだろうか。


 さあ、この句の下の句を歌ってみろ。

 上の句に負けない、おもしろい下の句の詠める人生を送ってみろ。

 わたしは、……というかこれを読む読者のほとんどは、二十七という若さで死んだ彼の数倍は生きるだろう。

 タイムリミットが早すぎて見つけることができなかったこの歌の下の句を、倍も生きるわたしたちが見つけられなくてどうする。

 一度しかない人生、おもしろく生きられなくて、どうするのだ。


 ……彼が見つけることのできなかった下の句を求めて、わたしは生きていきたいと思っている。


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