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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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見えないものを信じる強さ

 周りの目には奇異に映っただろう。

 私は先ほど、参拝や紅葉狩りをしている観光客の傍ら、"何もない"ところにひざまずいて、一人祈りをささげていた。


 鎌倉に円覚寺という由緒ある寺がある。

 北条時宗が開山し、埋葬されている臨済宗円覚寺派の総本山であり、巨大な敷地の中に国宝を含む木造建築が立ち並んでいる場所だ。

 その境内の一番奥に、黄梅院という塔所がある。

 もともとは時宗の三回忌に、妻覚山尼が供養のために建立した、華厳塔という三重塔があったところだそうだが、15世紀に火災で焼失。以後足利氏が改修し夢窓疎石という高僧の塔頭にしたとされている。

 よくわからない文字をたくさん羅列してしまったが、この説明自体は結構どうでもいい。


 私の母は私が生まれる前、そこで不思議な夢を見た。

 長いこと子供が生まれず、ようやく身篭った子を死産させ、子を諦めていたころにふとした弾みで立ち寄った黄梅院で、石の手水鉢と、古い墓石を見たらしい。

 碑には北条うんたらと記載されており、母は手水蜂にて手を清めうがいをし、普通に手を合わせて山を降りた。

 それからほどなく、私を身篭った。……そこまではいい。


 問題は、黄梅院には、手水鉢も古い墓石も存在しない……ということだ。

 数年後、母が訪れた黄梅院からは北条家の痕跡が一切消えていた。寺の関係者に聞こうが住職に手紙を出そうが、誰もその存在を知るものはいない。

 それが母にはずっと疑問だった。いや、その謎は幼心に何度も聞かされた私にも受け継がれた。

 二人でその謎に迫るべく、二十歳の頃、もう一度円覚寺を訪れたことを覚えている。


 単なる勘違いだといわれればそこまでだ。

 しかし私には、母が幻の墓を参ってからほどなく夢で告げられた名前がつけられているし、私は今、中世期には同寺の領地だったところに住んでいる。

 それは偶然かもしれないが、判明したのはその街に住んでから三十年もたった後なのだ。円覚寺から矢久の家までの距離が数十キロも離れていて、いくつもの街をまたいでいることを考えれば、偶然にしても、よく出来た話だと思う。


 だから私は、その日、母が黄梅院で見た夢を信じている。

 私の生まれた場所だと思っているし、私の源泉はここにある。

 その墓をいつか、自分も見たい。夢でもいいから一度、会ってみたい。


 今日、その場所に手を合わせに行った。仕事もプライベートも忙しい最中なのだが、今日は譲れない理由があった。これを書いているのも、今日を置いてこんなことを書く機会はないだろう、と、自分に言い聞かせているためだ。公衆の面前に晒すような文章でもないのだが、まぁ……今のこのサイトの短編欄に並ぶ日記のような新着作品を見るにつけ、こんな内容でアップしても咎められまい。


 もみじの季節……行楽の方々が写真を撮っている中、黄梅院の中央で跪いている私を、皆は変人と見ただろうか。

 私がそうした場所には、微妙に不自然なスペースがある。

 庭の道がそこだけ出っ張っていて、長方形の平たい石が一つ、ぽつんと埋められている。……母が、私とここを訪れた時、『墓石のあった場所だ』と指差した場所だ。

 普段は誰に気付かれもせず、踏まれていることもあるのであろうそのスペース。でも私たちの中には、ここに墓石がある。今日、少なくとも私が拝んでいる間だけは誰にも踏ませやしない。その墓石がもし、わたしに名前と、生命を与えてくれたものだとしたら、そうして、手を合わせるのは当然じゃないか。

 そんな気持ちで一心に祈った。いざ来てみたら祈る言葉が整理できてなくて、言いたいことを言い切れたか分からないが、一つだけ、ハッキリ祈ることが出来たことがある。

「お腹の中の子が元気に生まれますように。よいほしの元、生まれますように……」


 明日、子供が生まれる。

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