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ちょっときいて  作者: 矢久 勝基


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聖人

 俺はかつて、聖人とお会いしたことがある。

 いや、本人が自分を聖人と言ったわけではなく、「日本では成人を大人というけど、中国では大人というのは"わたしみたいに"道理を知り、知徳を兼ね備えた立派な人を指します」と言っていたので、この方は"大人"なのだろう。

 とりあえず"大人"だと単なるオッサンと混同するからこの方を"聖人"としておくことにする。


 聖人いわく、「わたしは何十年も一日二十時間、三百六十五日、自分を高めるための努力をし続けた。すべての武道を修め、技術が得られるところにはどんなところにも顔を出し、収益のすべてを費やしたからお金はいくらあっても足りない」

 ……という。すごい。

 どこをどう見ても単なる老人なのだが、俺のような小人ではその器の深さを見通すことはできない。

 とりあえず、この方の周りには数多くの弟子が集まり崇めているところから推し量るしかないという、雲の上の方である。


 その方からお言葉を頂く機会があった。

 周囲に聞けばこれはかなり貴重なことらしく、その時、場にいたのは五十名ほど……その有難みに打ち震えていたものだ。

 聖人は、にこりと笑うと口を開く。

「みんな若いけど、若いというのをあまり強調しすぎるとイヤミになるから注意しなさい。例えば最近若い人と二人で電車に乗ったのね。たった一つ空いてた席を譲ってくれたのはいいんだけど、その時にしきりに『私若いから、大丈夫だから。座って座って』を連呼されたの。あまり若いから若いからというのはこちらを貶めるのと同じに思えてちょっと腹が立ったの」

「……」

 一同、ぽかーーん……である。

 聖人、まさかの単なる愚痴。い、いや、これはひょっとして教授なのか?

 ……確かにそういえなくもない。そういうふうになるなと言う訓示であれば、あるいはそうなのだが……。

 聖人がこちらを見てそんな次元の訓示をされるということは、こちらがよほどの小人に見えるのだろうか。

 聖人の話は続く。

「それとね。この前友人の家にお邪魔したんだけど、挨拶もして、家を出たの。そしたら、ドアが閉まったなり、その人鍵をかけたんだけど、ああいうのも不愉快を与えるよね」

「……」

 ぽっかーーーん……。

 これが有料の啓発セミナーとかだったら暴動が起きるんじゃないだろうか。いや、コノヒト、無料だからこの程度でいいやとハードルを下げたのか。


 ……様々な思考が巡る中、聖人のアリガタき御話は愚痴と世間話に終始した。

 しかし思えば、それから相当の時がたっているのにまるで忘れられない強烈な記憶なのだ。ある意味聖人の、威厳というか魔力というか……を見せ付けられた気にもなる一件であった。

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