僕の膝元に小人さんが舞い降りた
全国津々浦々すべてがそうとは限らないのだろうが、自営業というのはとにかく雑用が多い。
もっと言えば「カネにならないことばかり忙しい」わけだが、あれもやってこれもやって、さらに「小説家としてメシが食いたい」とか思って空いた時間をその活動に当てると、どうしても差し引かなければならなくなる時間がある。
睡眠時間だ。
……余談だが、睡眠時間競争をすると何でみんなあんなムキになって「自分のほうが短い」と主張したがるんだろう。寝てないのがえらいんじゃないぞ。むしろ寝た方がいいんだぞ。俺は寝たいぞ。
モノを描くのは仕事と雑用の合間。その時間はバラバラで、午前十時ごろの時もあれば、午後二十七時くらいのこともある。
どちらにしてもそれほど長い時間が取れるわけではないのだが、どの時間においても共通する精神状態がある。
すなわち、眠い……。
小説を描くなどという行為は、今のところ誰に頼まれてもいなければ望まれてもいない。
つまり現時点では『余暇の趣味』と言わざるを得ず、自分の意思だけが執筆活動を支えている。言い方を変えれば、小説を『売れるまで描き続ける』などという、自分との頼りない約束を守る気持ちのみがモチベーションのすべてとなる。
そんな暗闇の中だと、睡魔という魔物はとにかく強敵だ。彼らは音もなく忍び寄り、本人も気付かない間に意識を刈っていく。まるで忍者である。
睡魔にはいつも見張られていることはわかっているので、次に用事がある時はどのような小用でも目覚ましをかけておく。が、そうでない時は、ハタと目覚めて、初めて寝ていたことに気付くことも日常茶飯事だ。
先日もほんの刹那の油断で意識を断ち切られた。
午前四時二十分。朝というにはやや早く、しかし寝なおすには中途半端なこの時間に目を覚ました俺は、そのことに気付き呆然となる。この瞬間に感じる『時間を無駄にした』という気持ちは形容しがたい。
太ももの上にはノートパソコンが載っており、描きかけの物語が次の展開を待っている。のに、その続きを次に描けるのはまた何時間か先のことなのだ。描きたい気持ちはあれど時間が許さず、というこの無念さ……嗚呼、寝なくても生きられる身体か、一日が四十時間くらいほしいと切に思う。
しかしだシカシ……そんな俺の膝元にある日、小人さんが現れた。
小人さん、知ってる? ずっとずっと働いてた靴屋のじぃさまが疲れて眠りこけてしまったのだが、朝になったらいつの間にか靴が出来上がっていて、「なんじゃらほい?」と、後日寝たふりしてこっそり工房を覗いてみたら小人さんが代わりに靴を作っていてくれた……っていう話。
その靴が売れてじぃさまの靴屋は繁盛するのだが、とにかくそんな小人さんが、矢久の元にも現れた、らしい。
小人さんは疲れた矢久の膝に抱かれたキーボードにまたがって、少しだけ執筆活動を手伝ってくれたようだった。
その一文(原文ママ)がこちら。
< 恋心と言えば一般的な若者たちがするものとは違うのかもしれないが、sfヵ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼会うk内科dm耳朶パーツ期g照る』、問い残されたようにあんこ略の >
…………
……
いや、マジで話、盛ってないよ。
このうち、『恋心と言えば』までは俺自身が描いた記憶がある。が、その後は本気で覚えがない。
「;ふぉあいえhjv;おおあf3hj」的な暗号であれば俺自身が寝ている間に体重がかかって押してしまったのかなということも考えられなくもないが、ところどころ……というか七割に渡ってちゃんとしたローマ字入力がされている。
「いや、無意識に書いちゃったんじゃないの?」
……いや、無意識で書いたんならそれはそれですげーだろコレ……。
……これはきっと、売れない矢久になんとか手を貸そうとしてくれた小人さんの所業なのだ。
意味はいまいちよくわからないが、大事なのは気持ちである。
昔、ほしくもないものをもらった時「いらない!」とそれを邪険に扱ったら、母親が言った。
「物をもらうんじゃない。ご厚意をもらうんだ」と。
もらったものが役に立つかたたないかではなく、その人が、俺を喜ばせようと思って何かを用意してくれた、その気持ちを、ありがたくいただくべきなのだ……と……。
今では、それは俺の考え方の一つとなっている。
これはきっと、
「僕らが手伝ってあげるからいつか絶対売れてねっ」
という激励なのだろう。
……そう思うことにしてそのご厚意に感謝をし、駄文に添えて、いつまでも残しておこうと思う。




