矢久の書庫に眠ってたちょっとだけいい話
ほとんど当時の原文ママなんで稚拙だし、感性があわないとわからない話だと思います。
実家が車を買い替えるらしい。
実感もわかないそんな言葉を耳にしながら、先日、荷物を運ぶのに実家の車を借りた。
父親の車とはいえかなりわたしも乗ったから、かれこれ15年の付き合いになる。はじめての3ナンバーの車ではじめは大きさに戸惑い、何度か角をこすったりもしたが、最近は最近はだいぶ思うように動くようになってくれていた。
運転席に座ったとき、「これが最後なのかもしれないな」と思いつつ、そんなに感慨もないままにエンジンに火を入れた。
荷物を受け取りに交差点を右へ左へと曲がっていると「この信号を左折です」と無機質な声が聞こえてきた。これも10年以上の付き合いになるナビゲーションシステム。わたしの中では『王様ナビ』と呼ばれていたのだがこれがなぜかはともかく、王様はどこかに目的地が設定されているようだった。目指す方向とは逆方向のようで、しきりにUターンを要求している。
しかし、いくらわたしがお人よしでもさすがに荷物も受け取らずに引き返すわけにはいかない。一生懸命リルートしてる彼を放っておいて、車を逆方向へ進ませた。
荷物を受け取り引き返す。
そして実家の前に車を止めてその荷物を運び出し、木屑が出たのでガソリンスタンドまで行って室内に掃除機をかけた。父親には「室内に掃除機がある」といわれたのだが、ぱっと見探してもなかったので、捜索続行の面倒より100円払うことを選んだわけだ。
掃除機はさすが業務用だけあってよく吸ってくれた。思えば乗るばかりでたいしたメンテナンスにも関わっていなかったから、車にしてみれば、「たまには身体くらい洗ってくれ」と言う意味合いを込めて、木屑を目立たせて私に掃除をさせる気にさせたのかもしれない。
何せ長い付き合いである。それくらいは操作されかねんと、たった100円でたった5分の掃除機がけで、思いながら木屑を吸っていた。
そして駐車場にもどってくる。
最近はようやくきれいに車庫入れができるようになってきた。それも今日は自分の中で会心の出来で車が枠に収まったので、なんとなく上機嫌でいると、帰り道はずっと黙っていた「王様ナビ」が一言つぶやいた。
「目的地に到着しました。ルートガイドを終了します」
……いままでそんなになかった感慨が、急にどっと押し寄せた。
「そうか、実家に目的地が設定されていたんだな」
と思うよりも、なぜかそのとき、
「あぁ……家に帰ってきたかったんだな……」
……強く、そう思えたのだ。
10年以上の付き合いのあるこの車とこのナビが最後に帰りたかった「目的地」は、長くその羽を休めた実家の駐車場であり、そして無機質なのになんとなく満足げに発せられた「終了宣言」が、まるで彼のさよならであったかのようで……わたしをおいては父親しか感じえないだろうと思われる感慨が、しばらくわたしを無言にした。
モノは生きてはいないけれども、人が思えば、魂は宿るのだろう。本当におつかれさまでしたという言葉をこの文章にこめて、あの車に送りたいと思う。
あの日、車は「最後にキレイにしてくれ」と掃除させて、「ありがとう。お前へのルートガイドをこれで最後にするよ」と言ったように思えてならず、思わずこの文章を書き落としたことを覚えてる。本当に世話になった車だった。
自分が乗っていた車や単車への親近感って、他の道具に比べても段違いに深い気がする。
そんな風なことを思うのって、男だけかな。いや、俺だけなのかな……




