ウクライナがんばれ9
ロシアにとって、今日5月9日は、旧ソ連邦がナチスドイツに勝ったことを祝う戦勝記念日らしい。
戦争と縁が深く、しかも勝ったとあって、日本の8月6日や9日、15日とはだいぶ違い、勇者の凱旋のような雰囲気を醸している。
王であるプーチンの演説も、日本の場合は首相が靖国を参拝するだけでピーピー口を出されるのに、「何を言っても勝ち」みたいな勢いがある。
彼は今回のウクライナへの侵攻を公然と正当化し、引き続き人を殺すことを宣言した。
え?そういうことでしょ?
ロシアの主張はこうだ。
「我々の仇敵である欧米とその傀儡の諸国は、いまや我々の本拠地に肉薄するまで勢力を伸ばしてきた。その手先と化した、ウクライナという"ナチス"を掲げる狂信者率いる勢力を操り、今まさに母国の地を侵そうとしていたのだ。
そもそもウクライナの地の多くは我々が掠め取られた土地であり、我々の土地である。
我々はそれを取り返すと共に、狂信者を討ち果たし、欧米に毅然たる態度をもって自国の存在感を示したい。奪い取るのではない。あくまで取り返し開放するための軍事行動である。
だから、これは戦争ではない。我々にとっては露払いの一種であり、事変というべき規模のあくまで内輪もめの一種である」
……戦争だと言及しないのだから、つまりそういう心積もりなのだろう。うちのじーさまは満州事変から発展した日中戦争をあくまで戦争とは言わなかった。日本の陸軍兵にとって、あれはあくまで内輪もめだったという含みが多分にあった。
そんなじーさまも往った戦争に足を突っ込んだ旧日本は満州事変から先、世界中の制裁を受けた挙句に国際連盟から脱退し、油を求めて勢力を広げ、最終的に世界中に戦争をふっかけて滅亡しかけた。
事変を戦争に変えたのは、中国との"内輪もめ"に茶々を入れ続けた欧米のせい。戦争なんて心底したくないが、『窮鼠猫を噛み』……世界と戦争状態に突入せざるをえなかった。
当時、じーさまも、アメリカと戦う日本軍部もそう思っていた。(数ヶ月前の時点でアメリカと戦うプラン(戦略)が陸海軍共に皆無だったということからも間違いない)
似てない?……プーチンがもし欧米に直接攻撃を仕掛けるなら同じようなことを言うんじゃなかろうか。
てか、今日のプーチン演説に『大国の威信』などというものはなく、むしろ『窮鼠猫を噛む』ような追い詰められ方をしている姿にしか思えない。ナリはでかくても、日本と同様、鼠の心を持っているかのような己の正当化が、その演説には見られる。
NATOがロシアと隣接した暁には、ロシアを侵攻し滅亡させるつもりだった……という前提が、そもそもプーチンにあることになる。
それが果たして被害妄想なのか、はたまた現実的な出来事なのか、これは、俺のような一般市民では永遠に分からないことなのだが、しかし、一ついえることは、ぶっちゃけロシアって土地が、力ずくで獲るほどの価値があるようには思えない。
仮想敵としても色あせてしまった旧ソ連邦を、進んで潰してしまいたい理由も見つからない。
ようするに、ロシアをわざわざ泣かす理由など、もはや欧米側にはないのだ。
と、俺は断言してしまうけど、違う?
正直、これが中国なら分かるんだ。今の中国の勢いこそ旧日本的じゃないか。
「ちょっと前まで取るに足らなかった国が、ずいぶんとでかい態度を取るじゃないか」とは、恐らく日清日露戦争を経て膨張した日本を見ていた欧米の苛立ちだったろうが、それと同じ目を向けられてもおかしくない勢いを今の中国は持っているし、実際発言も行動もずいぶん挑発じみている。……きっとロシアが動く前の世界は、むしろ中国の方を警戒していたはずだ。
だから今日のスピーチを習近平が言うならまだ納得もいくのだが、今のロシアでは、……なんか気恥ずかしくすらある。
言うならば、
「二十年前に芸能界を引退した元国民的アイドルで現在専業主婦の相原ちょこみさん(46)が、このたび、満を持してヘアヌード写真集を発売いたしました!」
……と、ここまでけちょんけちょんに言っておいて、ロシアが往年の日本くらいの"弱者"だとすると、日本にも卑近な例がある。北朝鮮の存在だ。
しきりにミサイル撃ってる彼ら。そろそろ核兵器も搭載可能となるのだろう。すでになってるのか?
何をしでかすか分からないという点では、日本にもかなりの脅威であり、彼らに核兵器を持たせるなど、ハムスターの檻の床に核ミサイルの発射ボタンを敷いておくくらい危険だ。(言いすぎ)
そうなれば「こいつら危ないから先制攻撃すべきだ」って議論にもなろう。俺も、その部分を考えれば「いやしかし!!」と強く責められない部分も出てくる。
だから『盗人にも三分の理』ということなのだ。正義というものはそういうもの。あのヒトラーですら、自国民への犯罪行為は一つもなかったという。
だから、何度も言うように俺は正義を語ってウクライナを支持しているわけではない。どこに正義があろうが、ウクライナ国民が一方的に殺されてゆくアンフェアが看過できない。
要するに、北朝鮮と戦争となっても、それが市民も含めた一方的な殺戮となるなら、やはり俺は声を上げるだろう。
正直、俺はずっと同じことを主張し続けているのだろう。
要するにこっちの主張が尽きても戦争と殺戮は終わらないということでもある。
なんの知名度も人気もないエッセイだから、『ウクライナがんばれ』というこの記事も、数日のうちに風化して誰の目にも触れなくなる。
その気持ちに日の目を当てるために、同じことを繰り返し言い続けるしかない。
こんな戦争は続けるべきではないのだ。そして、今回ロシアが占領していい土地は、一つもない。
その気持ち、どうすれば北の大地に届くのだろうか。




