良いものが残る時代なんかじゃない
わたしはRX-7という車に乗っている。
世界で唯一つのロータリーターボ車であり、この車に賭けた製作者の思いを調べてみれば、そんじょそこらの小説など吹いて飛んでしまうような重厚な感動がある。走ることしか考えていない車で、『速く走る』ということに関してはそのバランスは秀逸。10年以上昔に絶販となっているが、そんな古い車なのに現代に出ているどの車種と対しても『時代遅れ』を感じさせる性能ではない。
……間違いなく名車の一つである。
今回テーマにしたいのは『良いものは結局残っていく』『弱肉強食』に対するアンチテーゼだ。今の時代、良いものだから残っていくわけではない。弱肉強食はそうだろうが、"強い者"の定義は単純に強い者(良いもの)というわけではない。
RX-7は名車だが、勝ち負けで言えば『負け』の状態で生産は終了したと思う。
それを『理解できない』などといい始めれば『そらアンタ、値段は高い、燃費は悪い、物は乗らない、手入れが大変、部品が高いんだから、そもそもいい車かどうかも怪しい』などと聞こえてきそうだ。
高積載低燃費、わかりやすければ個性などなくてもいい車がもてはやされる現在では、RX-7などという『ゼロ戦』のような車は理解されない。
かなり前になるがオリンピックでフェンシングの某が銀メダルを取ったとき、フェンシングはこぞってメディアから取り沙汰された。実際、とても良い部分を備えた楽しいスポーツなのだろうが、今ではすっかり別のニュースに埋もれてしまって名前すら出てこない。
ラグビーもつい最近南アフリカに勝つという快挙を成し遂げた。わたしはその昔ラグビーをやっていたのでそれがどれだけすごいことかを知らないわけでもない。それからにわかにラグビーが騒がれ、なんだかおもしろい名前の選手がヒーロー視されているが、そんなふうに騒がれる前からラグビーというのはとてもおもしろいスポーツだし、アマチュア精神にのっとった清廉潔白ともいえる運営を続けてきている。(多少大学内で問題があった歴史もあるけども)
言いたいのは、最近にわかにラグビーが騒がれているのはあのスポーツのよさを知ったからではあるまい……ってこと。おそらく数年先には皆の耳からは遠いスポーツへと戻るだろう。
これらを『淘汰』というのだろうか。ちょっと違わないか?
これらは『弱肉』だから消えていくのか?それはありえる。……良いものが『強肉(?)』とは限らないからだ。
某テレビ局の関係者と喧嘩に近い勢いで話し合ったことがあるが(笑)、『良い番組は視聴率の取れる番組だ』と、彼は言い切った。
つまりこういうことなのだろう。『良いもの』はそれに凝縮されて、結果つまみ食いのような流行がつむじ風のように通り過ぎて、後には何も残らないという時代だ。これで"本当に良いものは残っていく"といえるのか。
賛否あろう。
わたしもこれを書きつつ、予想される反論はいくつも想定できる。『スポーツなどは競技としては残ってるじゃないか』などという見当違いな主張からは耳をふさぎたいが、反論を聞けば『なるほどその通り』といえるものも少なくはないと思われる。
が、その議論などはどうでもいい。
『良いものは残っていく』という言葉を軽々しく叩かれることに私は違和感しか感じない、ということが伝わればいいと思っている。
わたしの好きなアーティストがいて、このたび某所で評価された歌が数年も前の歌だったりする。
『そんな歌はもうずっと前に表に出てるんだよ』
と思えば、良いものが埋もれていくケースなど、普通にあるのだろう。
RX-7とか乗ってると、たまに
『これは残す価値のある車なんで是非大事にしてくださいね』って言われたりする。
残す価値のある車なのに残っていかないんだナァ……
思うにつれ、どーしても書きたくなったコラムですわ……。




