たとえ日記でもweb上にあげるからにはエンターテインメント
小説家になろう!!
……というサイトのジャンルにエッセイがあるのってこれ如何に?
「ちょっときいて」というエッセイを書いてるわたしが言えたことじゃないかもしれないが、小説家になろう!!!なら、エッセイはジャンルが違うんじゃないかと思う午前二時……。
まぁしかしアレだ。
アクセス数とか見ていると、いつまでもだらだらとその数が消えないのがこの「ちょっと聞いて」だったりする。俺が描いた他の小説群はぱったりと消えることなんてザラなのに、だ。
こんなエッセイ発掘されるここの検索機能ってどうなってるんだろう、ということも気になるが、その事実を見る限り、人の関心は小説よりエッセイにあるとも言えるってことじゃないだろうか!
人の考える物語よりも人の考えをダイレクトに聞く文章の方が需要が高いんじゃないだろうか!!
俺、エッセイストになったほうがいいんじゃなかろうか!!!
…………
……
……え?違う?たんに俺の小説作品がアレなだけ?
まぁ、そうとも言えるのだろう。そうかもしれないが、それでも俺がこのサイトに作品を上げる時に、エッセイも含めていつも意識することがある。文頭にも使用した一言だ。
『たとえ日記でもweb上にあげるからにはエンターテインメントです』
この言葉は友人の友人から聞いた。数度しか会うこともなく、その少ない接点でCDを二枚貸してみたらそのまま借りパクされたという間柄だ。
彼自身の台詞であり、意味はまったくその言葉の通り、
『人に見える場所に作品を置くなら、読む側を楽しませるものでなければならない』
ということなのだろう。
もちろん『楽しませる』のは、何も『笑わせろ』というわけではない。『泣かせる』でも『喜ばせる』でも『驚かせる』でも『なにがしかの考えをもってもらう』でもいい。いずれにしても、筆者側がそれを企図した感情を持ってもらうために……つまり『他人のために』モノを描かなければならないということなんだと思う。
言いたいことを野放図に書き連ねるのはエンターテインメントじゃない。なんだか面倒ばかりが支配するこの世の中で、ともすれば単なる愚痴をつらつらと並べてしまいそうになるが、そのたびにその言葉が頭をよぎるのだ。
『たとえ日記でもweb上にあげるからにはエンターテインメントです』
……ほんと、借りパクした奴とは思えないほどの名言である。(借りパク関係ないけど(笑))
文章は自由だ。なにを書いてもいいのだろうとは思う。
フェイスブックやツイッターなど、自分の脳内を垂れ流しにできる媒介が氾濫している世の中で、しかしモノ描きとして忘れてはならないのは、
『たとえ日記でもweb上にあげるからにはエンターテインメント』
これだ。俺はそう思う。
……それが『たとえ日記でも~』と自分を戒める今日この頃だ。
ちなみに、『他人のために描く文章』と『他人にウケるために描く文章』ってのは必ずしも一致しないのだと思う。
理由はいろいろあるけれど、例えばウケるとある程度確信できるっていうのは要するに既存のジャンルに沿うってことなんだから、『ウケない分野を描くのはすべて自己満足』といってしまえば、新ジャンルをすべて否定することになりかねない。
とりあえずこんな注釈入れとかんとどこかカンチガイされそうなエッセイなんで、書き足しておきましたよと。




