恵まれない恵まれかた
『小説家になろう』内、とあるユーザーさんにささげます
知り合いに古くからの地主がいて金持ちだ。
生まれたころから潤沢に金があり尽きることはないし、尽きる気配もない。
そのため、彼は金の価値が分からない。
日本人が、水を無料で飲めることの価値が分からないように、当たり前に存在しているものに価値を見い出せることはそうそうない。
わたしは今まで、あまり努力が報われた人生を送ってはいない。
なんにでも一生懸命になる性質だから、いろんなことに躍起になるんだが、面白いくらい実らない。努力が中途半端だったんじゃないかと言われればそこまで。しかし、学生の頃は目標に没頭しすぎて留年するほどだったから、それで努力が足りないのなら、努力というのは限りない。
あれもやった、これもやった。食うや食わずだが個人事業主として生きてるから、その事業の中でもいろいろなことができなければならない。山を走って登りきる体力作りから、イベントの取り仕切り、映像編集や冊子の製本・人生相談(俺が迷ってるのに俺にするな(笑))までなんでもやる。いや、本当に。
ご存知の通り、文章も描いてる。こればかりをやりたくても、文章による収入は0なので、「集中していないから努力が足りなくなる」と言われても、24時間文章に注ぎ込める余裕は人間としてない。
そんな状況でも、これがダメなら死のうくらいに思って、全力で描き続けている。
ついでに金もない(大笑)。
笑えるくらい金もない。生活保護者を馬鹿にするわけじゃないが、生活保護もらってパチンコ行ってるヤツより金がないし遊んでもいない。
……結果、努力が報われた実感を得たことなど、一回でもあっただろうか。
しかしだ、しかし。
おかげで、成功することの難しさを知っている。応援してくれる人の尊さを知っている。
金のありがたみを知っている。今自分が幸せの中で生きていることを、知っている。
初めからそれを持っている者達には知りえない、恵まれることに関しての素晴らしさを、知っているのだ。
わたしはだから、仲間という存在にいちいち感謝できるし、応援の言葉にいちいち感激できる。恵まれないからこそ知る、有難みへの実感がある。
わたしは、最終的には成功する。
しかし、そのありがたみを充分に知っているからこそ、成功した時に道を踏み外すことはないのではないか。
努力が報われないなんていうことは、ツライの一言に尽きるが、だからこそ実感できる成功が得られるのなら、悪くない。
……悪くないはずだ。その答えは、成功してから実感しないことには言っても説得力がないから、正確にはこうか。
『数え切れない失敗の先に成功があるのなら、報われない努力も悪くない(仮)』
だから、
欲しがりません。勝つまでは。
そんなわたしのことを応援してくれる人もいる。
わたしは、恵まれない恵まれかたをしているからこそ、心よりの感謝を忘れることはない。
初めから蝶よ花よともてはやされた人間にはわからない『恵まれかた』がわたしにはある。ただ恵まれている人よりもわたしの方が感謝が深い。
……きっと、そうなのだと思う。
それは成功失敗それ以前に、人間として、ありがたいことでもあるのだと思っている。




