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神刀人鬼  作者: 神取直樹
5/19

最果

「ちょっと! 本当に羚は無事なのよね!?」

「そうやって言っとるやろ嬢ちゃん! あんまし疑り深いのは嫌やで!」

 走りながら、駆け回りながらも、出雲と愛の二人にはまだ体力があるらしい。聡の方はもう足が動かず、自分よりも背の低い子供におぶられてる状態だ。

「大丈夫?」

「あ、あぁ。ごめん、良い歳の男が……」

 察したのか、聡をおぶる茶髪の少年が問う。その答えを聞いても彼は何か引っかかっているようで、目線を変えずにまた言った。

「君、きっと俺よりずっと年下だよ。俺、こう見えてもジジイだからね」

 いや、そんなはずないだろ。三時間程度で日常からかけ離れ過ぎた聡でも、その少年が自分より年上だとは思えなかった。

 大人の体格である自分を背負って走っているとは思えない華奢な体格に、大きな瞳、ボーイソプラノの声色。たまに笑うことがあるが、その表情はまさしく中学生くらいの少年のそれだ。まだ汚れていないような、純粋無垢な顔。羚や愛に似て、柔らかそうな雰囲気だ。

「幕府に年齢持ち込むなー? 君らみたいに単一民族主義ではないんだ。僕のように角の生えた子は他にもいるんだよ? 牛の角生えた大きい男の子とかね」

 その答えを受け入れるには、さほど時間はかからなかった。今日一日で色々ありすぎたからなのか、突拍子が無さ過ぎて麻痺してしまっているのか。

「あ、そう。じゃあ、後で見せてくれよ。その牛男君」

「良いよ。君良い子だから見せたげる」

 まるで孫や教え子を宥めるような声で彼は言う。少年は、軽やかなステップを踏んでそのまま息も切らさず、出雲の向かう何処かに着いていく。その隣にいつのまにかいる背の低い黒髪の、少し目つきが悪い少年は、何故か聡を睨みつけて走っていた。

「……なあ」

 聡がまた口を開けると、茶髪の少年もまた口を開ける。

「なあに」

「そこのおチビちゃんは何?」

 そう聡が問うと、彼は「あぁ」と相槌を打ち、小さな声で笑った。

「黒蝶のこと? この子はトウ。刀だよ。」

 トウ、カタナ、と言われても、聡にはサッパリだ。思考の整理が追い付かない。元々聡も理解力は良い方ではないが、これは他の人間でも理解に苦しむだろう。妥協の麻痺は思考の麻痺だ。驚く事に、自分ではもう受け入れているはずなのに、思考では理解できていない。

 いや、そもそも自分は殺人鬼やテロリストモドキと普通に行動して、会話を交わしているのだ。その時点で普通も常識も死んでいる。もしかしたら自分はこのまま着いて行けば殺されるかもしれないのに、それすら今の今まで忘れていた。思考する時点で間違いだろう。

 そうやって無言で、また腹を括り直した。




 一方で、解剖魔と純粋無垢の幼い二人は、食品売り場を出ようとしていた。人に会えば水咲はその手にある重々しい鉈を見せつけ、首を凄まじい速さで切り刻む。だが、何故だか人は多くない。先ほどまではイベントが行われていたこともあり、人が多かっただろうに。その分あるのは粘ついた赤い液体と、肉屋に置いてあるのとはまた異なる肉だけだ。そういえば、水咲が切った人々は心底驚いた顔をしていた。自分が殺されるはずはない、というような。それに、服にも返り血のような跡が多数あり、被害者側の人間だけではなかったろう。羚は考えるのを止め、辺りを見回した。

 本当に何もない。一面の赤と、朱と、何故か天井からぶら下がっている白く細い腕。その手の先は、その場を彩っている赤と同じだけの赤で染まっていた。

「げっ……春馬かよ……」

 水咲が言うと、腕は更に天井を下り、そのまま長い金の髪と、隈が酷いが整っている中性的な顔が降りてくる。

「……やあ」

「ども。あっちはどんな感じ」

「知らない。出雲に悪い子お仕置きしろって言われてやってた。君は」

「悪い子って……あぁ、いや、良いんだけどね。羚の方は見つけて、ここにいる。女の人が邪魔だったから殺ったけど、そこまで壊れてない」

 自分の事を話しているのだろうか。羚はそわそわと聞き耳を立て、二人の声に聞き入った。

「じゃあ、出雲達と合流……」

「と、言いたいところだけど、連絡によればあっちに政府が来てるみたい。面倒だから、瑞樹と先に合流した方が良い」

「なら、放送室?」

「つってもあっちも連絡取れなくてなあ……」

 どうも、話は逸れてしまったらしいと、羚は耳の方向を変える。今度は全体に聴覚を行き渡し、注意を払った。

 と、突然、何処か近くで分厚い何かが割れる音がした。ガッシャン、と。上の方からだ。ここは確か三階だったか。食料品売り場の中でも最上階であるから、おそらく音の源は四階だ。

「大砲でも撃ってきたか?」

 冷や汗を掻きながら階段に走って行く水咲。それに精一杯走って着いて行くのは羚。春馬は羚の後ろに着き、様子を見ながらもその走りを促した。


 階段を上って様子を見る。静けさはわずかに香る火薬の匂いと鉄の匂いで消され始めていた。水咲の先導で道の壁側を歩く。少し歩いた先で、呻き声が聞こえた。

「誰だ?」

 水咲のその声に、誰かがパキリ、とガラスの砕ける音で反応したらしい。春馬が顔を顰めた。

「政府なら殺る」

「待てよ、幕府なら少し話そう。だから構えるな」

 いつの間にか手に持っていたステンレスの鋏を、春馬はポケットに仕舞う。

「幕府か?政府か?」

「…………」

 何も答えない。

「……お……」

 否、答えようにも困難にあるようだった。

 水咲が目を見開いて勢いよくその音源に近寄った。

「淳史!」

 そこには顔を血だらけにした少年と、もう一つ、何か蠢いているものがあった。少年――淳史は、口を切ったらしく血液の混じった唾液を懸命に吐き出していた。

「何があった? お前、援護だろ?」

「……政府が……邪魔が、入った。そこの半分肉塊になってる人に、助けられた」

 水咲が淳史の目線を追う。その先には、もう一つの蠢くものがあり、血液まみれで、ガラスの破片がまんべんなく刺さっている。傍から見れば性別も解らない位に傷を負っている。

「……幕府か」

「あぁ、スナイパーの坂田さん。挑発に乗ってこっちに来たらこの様だ。ま、助かったけどさ」

「死んでるのか?」

「いいや。どうも不死身らしい。噂の討伐隊だ。しかも爆弾の火傷を一瞬で治しやがった。すぐに治って何か文句言ってくるんじゃねえの?」

 少年たちが談話している間に、羚と春馬はその坂田を観察していた。顎は衝撃で外れて顔の形をギリギリ留めるに至っている。真正面に分厚いガラスにぶつかり、割れたガラスを受け、体の正面にはほぼ全て透明な欠片が刺さり、血液は垂れ流されていく。

「ねえ、これ、ガラス抜いた方が良いんじゃ……」

 羚がそう言うと、春馬は顔だと思われるところから恐る恐るガラスを抜いていく。一つ抜ける度に体外に出ていく血液の量は増えるが、ある程度時間が経ったところは、気が付けば傷口が塞がり、傷の痕も無い。眼球に刺さっていたものを全て取り除くと、瞼が形成され、坂田は瞬きをする。緑色の瞳がぎょろりと羚の方に向く。

「待ってね、もう少しだから」

 唇に刺さるガラスを抜き終わると、羚は微笑んだ。

「これで、喋れる?」

「……あぁ、どうも」

「大丈夫? 痛くない?」

「痛いに決まってるだろ。刺さってるんだから」

 そう言いながら、坂田は自ら腕を動かし、乱暴に破片を取り除いていく。ある程度抜き終わると、立ち上がって鼻で笑った。

「服の弁償代請求してやる。このクソ爆弾魔」

 水咲の丁寧な止血を受けていた淳史は、その声を聴いて心底嬉しそうに笑った。


 そして水咲は一回り体の大きい淳史に肩を貸し、一番後ろを歩く。再度歩き出した者達は、放送室を目指した。

「で、その放送室に神野とか言う人が居るのか?」

 水咲が遠くから聞くと、坂田は振り向かずに答えた。

「そうね、多分。シモンって牛と一緒にいるんじゃないか」

「そこ俺の妹いるんだけど」

「大丈夫だ。殺してはいないだろ。いたぶってもいないんじゃないか。元々お前らの事は迎え入れるつもりだったし、恨まれちゃ困る」

 階段の傍を曲がって右へ。段々と近付く関係者以外立ち入り禁止。そこに行くまでにも、血液と肉塊が溜まっていたが、何故だか目的地に近付く度に、臭いはきつくなっている。おそらく、放送室にはそれらが溜まりに溜まっているのだろう。恐ろしさを感じつつも、羚は不思議な高揚感を覚えた。

 そんな時、臭いと共に少しずつ近付いているのは声。若い男女の言い合いが聞こえる。

「あー……」

 大きくなる声に、坂田が唸った。

「何だよ」

 淳史が声をかけると、彼は苦笑いで答える。

「食人鬼共の機嫌が悪い。お前ら、静かにしてろよ」

 気迫で、坂田以外の全員が黙る。わずかな殺気を感じ取り、羚も身をかがめる。

「おい、昴! ルドヴィカ!」

 木霊する坂田の声に、その男女の声は確かに反応している。たったと靴の音がした。

「坂田ああああ!!」

 獣のような唸り声で向かって来たのは一人の少女。背の大きなリボンが上下に揺れ、長い銀髪の髪が左右に揺れる。

「坂田さあああん!!」

 トーンの高めな声でその後ろに着いていたのは同じ色の少年。金の眼に銀の髪。パッと見れば少女だが、声は青年期の微妙な男声だ。長い睫に半分涙を溜め、坂田に迫った。

「この小惑星が俺の腕食ったんです!」

 少年はそう言って右腕を坂田に向けた。彼が着ている露出を抑えた、ぶかぶかの服は腕の部分が千切れ、右腕は無い。血液が滴り白い骨が露出していた。

「だってこのプレアデス星団、私の今日のおやつ食べたのよ!? 新兵の分際で!」

 少女の口元は口紅ではない何かで紅く染まり、鉄の匂いがする。彼女の手足、露出した腹はツギハギのようになっており、そこから少し何かはみ出していた。

「そのおやつを昼前に食っていやがったお前は何なんだよ! 一日分の摂取量はもう取ったろ!?」

「私はいつも空腹になってしまう種族なのよ? ちゃんと決められてあれだけの量を支給してもらってるの。アンタはアンタで支給されてるでしょ?」

「お前が俺の部屋に忍び込んで今日の支給分食うまでは俺の手元にも肉があったさ。あぁ、あったねえあったよ」

「な、何を言ってるのよ! 私はアンタの肉なんか食ってないわ! 冤罪よ! 私の支給物を勝手に取ったのだからアンタが罰を受けるのは当たり前よ!」

「だからって何で俺の腕食うんだよ! これ無いと一日困るんだけど!? 仕事出来ないよ!? 私刑とか軍規約に反するんじゃないの!?」

「黙れプレアデス星団! 牛の首根っこで丸まってろ!」

「困ったらすぐそれだ! お前こそ黙れ小惑星!」

 どんどん続いていく口喧嘩を目の前にしている坂田と、その背中を見守る羚達。坂田の背は何かが爆発する寸前を訴えていた。

「お前ら……」

 あ、爆発する。と、淳史が空いている手で片耳を塞いだ。



「「一端黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」


 突然走り迫ってきたジャージの少年と坂田が、叫ぶ声が響く。

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