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神刀人鬼  作者: 神取直樹
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放炎

 爆風は、邪魔なもの一切を焼いてしまった。だがそれを確かめている時間があれば出雲もああまで焦ったりしないだろう。走れ走れと全員を急かし、先を急いでいた。だがその先を誰も知らないままであったし、出雲自身もその今いる場所を把握していなかった。そんな彼等を見て薄らに笑う者が独り、傍観を決め込んで胡坐をかいていた。

「行かなくてよろしいのですか」

 その隣で正座する大柄な青年は、癖のある茶髪に絡んだピンをうまく取れずにずっと手を動かしながら、その嗤う者に語りかける。

「……ッ! あぁ、取れない……」

「お前だってあまり重要視していないらしいが」

 嗤う者はそう言って、青年のピンを軽く捻って取ってやり、彼の掌に落とす。それを目で追う青年は少し痛みを覚えたか、顔を顰めて受け取った。ピンを着ていた鎧の中にあったポケットに納めると、少し微笑んで目の前の嗤う者に目くばせする。

「重要視は……主がするのならばしましょう。まるでしないということは目に見えていますがね」

「おいおい止めてくれ。俺だって仕事には力を入れるさ。それに、俺が大切な鍵を捨て置くほど馬鹿に見えるか?」

「いいえ。主は何かを捨てられるほど優しくはありません。綺麗なまま使わずになんて、しませんから」

 一瞬むっとした表情で嗤う者は対応しようとしたが、何かに気が付いたようにすぐさま無表情に切り替えた。彼の目線の先を鎧の青年は見やる。もう興味の薄れていたそれを無機物に捧げるような眼で。

「あれも使うんですか」

「使うさ。ちゃんと言えば使わせてもらうってのが第一だけどな」

「それは珍しい。あれ、貴方を侮辱した人間の仲間でしょう」

「爆弾魔の口の悪さは坂田よりましだ。それほど気にしてない。それに、彼女は俺に結構近いらしい」

 そう答えながら嗤う者はその彼女を指差し嗤った。彼女と呼ばれた少女は中学生より少し小さいようで、薄汚れた白衣を身にまとっていた。雰囲気はとても落ち着いていて、嗤う者と青年に何か言われていても気にする素振りを見せない。ただ、翠がかった黒い瞳でその場を見据えていた。

「同じなの?」

 少女は突然口を開いたかと思うと、人形のように目を動かさず、嗤う者に問うた。だが彼はただ微笑むだけで答えることをしない。

「聞こえてるの?」

 また問う。だが答えない。

「見えてるの?」

 また問う。今度は口を開いた。

「見えてるし聞こえてる。何、からかっただけだ」

 優しく猫を撫でるように答える。それ自体に反応したわけではないらしく、少女は首をかしげて眠たげに彼を見つめた。そしてしばらく経つとハッとして彼の顔を見つめる。

「淳史の安否。解る?」

 男二人はお互いに見合わせ、解答を導き出そうとしているらしい。おそらく彼女は安否という言葉を理解して使っていないと、頭の中で結論を出した。だが論点はそこではなく、爆弾魔がどうなっているかだ。

「坂田もろとも死んでくれてると嬉しいんだがなあ……」

「坂田って、貴方のミカタなんでしょう?」

「あぁ、そうだな。でも討伐隊にいる時点で、基本は死なない体だから。問題は一つもない」

 でも、まぁ、痛いけれど。と嗤う者は小さく呟いた。それを辛うじて聞いていた青年は目を瞑り少し憂いのような表情を見せる。何も気が付くことが無いらしい少女は首をまた傾げた。

「気にするな」

 嗤う者は立ち上がり、少女の近くまで歩み寄り、目線を合わせるように膝を立てた。少女はその動きに合わせて目だけを動かす。その眼の動きを見て、自分に目が合うように嗤う者は顔を近づける。

「……三つだけ願いを叶えてやろう。無理な事じゃなければな」

 それはまた優しげな、西洋の物語に出てくる案内人のような、そんな口調に似ていた。実際は本人の少々荒々しい口そのままなのだが、雰囲気、仕草というのはこうもヒトを変えるらしい。それに惑わされたか少女は、しっかりと目を合わせて唇を動かす。

「一つ、私達を幕府に連れて行くこと」

「約束しよう」

「二つ、殺人鬼同盟の全員を揃って直ぐに役職につかせること」

「宛はある」

「三つ……」と、しっかりとした語尾は無くなり、彼女は少しだけ頭を抱えて目線を逸らす。決めていたことはなかったらしい。最初の二つはおそらく水殺魔の考えていた要求だろう。


「貴方達の名前を教えて」


 待ってましたと言うように、嗤う者は、手で覆い隠した中で口角を上げた。




 時を同じくしてあの屋上には、相変わらず男二人がいた。何か変わった事と言えば、硝煙の匂いが多くなっていることくらいだろうか。だが一人はそんなこと気にしている余地が無かった。本来ならば『そんなこと』を感じる時間などなかっただろうが。

――――あっぶねえ……!

 心臓には何も当たっていない。ほぼ零距離の弾丸を瞬間的に避けたことは、撃った本人が当てる気が無かったということだ。それくらい、先程まで狩人から獲物に立場を変えていた淳史本人が一番よくわかっている。実際は死に直面しながらも体を動かすことが出来た彼自身も、その生を繋げた要因なのだが。

「よく避けてくれたな」

 坂田が銃を下げないまま、鋭い眼光で淳史の後ろにあるビルを見る。

「その調子で避けろ」

「何なんだよ!」

 思わず叫んでしまう。何が何なのかわからないまま、彼の銃口を避ける。赤いポインターはいつも的確に淳史の心臓を当てている。

――――バン、バン、バン……バン!

 次々に撃たれる銃弾はいつもギリギリに淳史の脇の下や頭上を通っていた。たまに擦れたが、痛みを覚えて蹲らない程度には、その痛みに慣れていた。そして、何か水を打つ音がするのに気が付く。呻き声も、微かにだが耳に届いている。

 そのまま弾丸を避けつつ聴覚にも気を張った。命中でなくとも、集中力を銃弾から全方向に拡散したのだから、弾は当たる。左頬、脇、耳、腕、太ももと、どんどん増えていく。心なしか、傷が増える度に坂田は銃弾の連射速度を落としている。

「おい爆弾魔」

 坂田が数秒ぶりに口を開いた。

「何だよ! 何か目的あるなら先言え!」

「あぁ……いや、最初はお前で銃口隠して後ろにいた奴等狙撃してたんだけどさ……」

 銃弾を連射しながらの会話は、大声同士で続いている。もし坂田の言っていることが本当なら、相手方に聞こえている今の状況はまずいのではないか。だが、そんな考えは次の言葉で掻き消された。

「途中で楽しくなってお前の足貫通するまで撃ちまくろうとしたんだけど飽きた」

「死ね」

 やっとのことで止んだ銃弾の雨は、硝煙の香りをしばらく途絶えさせることはなかった。その嗅ぎ飽きた香りの空気を胸の奥にまで吸い込んで、淳史は一度目を瞑る。傷は九箇所。気が付けばこめかみにも血液が垂れている。動脈をギリギリで掠っているらしい。その辺まで計算して撃ちこんでいたとしたら、目の前で胡坐の体制を取り、殺人鬼相手に無防備なスナイパーは、相当の腕だ。だが坂田がそういう人材なのは淳史自身は知っていたことだ。

「……あー……あんさあ」

 坂田はまた何か言うらしい。正直聞く耳を持ちたくないが、仕方なく耳と目を向ける。

「歩兵」

「はい?」

「ほ、へ、い」

「が?」

「下」

 よく見れば、坂田の顔は青ざめている。嫌な予感しかしない。淳史は坂田の指差す方向、屋上の床を見るがそこには何もない。しかし先程まで立てていた耳の反動か、そのまま聴覚は鋭いままだった。下から、ゴム製ブーツの音がする。金属プレートが仕込まれているのは、測らずとも予想できるだろう。

「こっから逃げるのが良いだろ」

 坂田は銃を布で包んで肩にかけた。

「爆弾で対抗できるんだけど俺」

 まるで子供のように頬を膨らませる淳史を無視して、坂田は溜息交じりにまた言った。

「三十人を相手するならどうぞご勝手に。本丸じゃ千はいるぜ? 三十人で満足かお前は」

 挑発だった。完全なる侮辱を含んだ挑発だ。淳史の血圧は多少なりとも上がっている。上がり続けている。

 コイツの腕は認めるが、正直な所、スコアは俺の方が上だ。銃だって戦場に出ればきっと俺の方が伸び代がある。爆弾を使って殺した数は銃以上にある。しかもそれは自分一人でだ。

 淳史には普通の思春期の少年が持つ自尊心とはまた違う、人を殺す才能に関するプライドがあった。今この国では本来ありえない、自分の身分ではありえない技術を磨き、肉を破壊していく。そもそも彼は元は普通の少年だったのだ。それが、何かたかが外れたように、今の彼は人殺し、殺人鬼としてのプライドを持った。思春期の少年は皆、自分を誇示したがるものだ。淳史はそれを人を殺した数で誇示している。ゲームセンターでクラスメイトと射撃ゲームでスコアを競うように、世間を騒がせる二つ名のある殺人鬼達と、画面を隔てて殺した人数を競う。その人数を稼ぐための爆弾である。

 故に彼は、爆弾魔と呼ばれた。

「ふざけんな」

 理性が飛びそうだった。わずかに残っている知性をフルに活用し、今ここに迫っている人間を少しでもスコアにする方法と、離れたデパートに行く方法を考える。だが、ほとんど彼を動かしているのは知性でも理性でもなく、本能であった。


 こことデパートの建物の距離は? 火力はどれくらい必要だ? 空気圧を高めるような筒は無いが? そもそも自分の体をどう守って飛ぶんだ?


 そんなことを考えるまで、解答を出すまでに三秒程度だろうか。瞬きをせず、自分の懐、鞄からありったけの火薬を取り出す。どれがどの火薬かはすべて暗記していた。今ここに山積みにある火薬全てを一度に点火すればじわじわと燃えていくだけだということも。なにより今ここにある火薬は空気を含ませねばならない。

 火薬と点火装置を迷いの無い手つきで取り付けた。そこは屋上に入れる唯一の扉である、階段の連絡小屋。丁度、デパート側に扉は向いている。

「坂田さん?」

 後ろにいるだろうスナイパーに声をかけた。

「何だ」

「ちょっと肉壁役お願いしやす」

 目を見開いた坂田の腕を無理矢理にとり、自分の後ろ、扉側に立たせ、腕を組んだ。足音が近づいている。もうすぐ点火する。

 ガタン、と扉の蹴破られる音がした。その勢いで火薬が舞う。淳史は一瞬で目視した兵の足元に手榴弾を投げる。坂田用に起爆時間を調節していたものだが、火力は火花程度で良いのだ、また一瞬で火薬に点火されていく。爆風が巻き起こる。二人は屋上から飛んでいた。坂田が状況を理解して屋上の床を踏んだのか、思った以上に高く飛んだ。爆風で最後の火薬の山が巻き上がり、点火。その熱が淳史の頬にも感じられるほど、それは強力な爆風だった。坂田は無事ではない。全身大火傷だ。

 そして、淳史は自分もそのような大怪我に直面しそうなことに気が付く。

――――あ、ヤバい。

 デパートの厚い窓ガラスまで、それこそそんなに時間はかからない。

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