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神刀人鬼  作者: 神取直樹
17/19

食罪

 無気力なボロ雑巾にも見える人間達が大勢と、銃剣もろくに使えない身綺麗な人間達が少数。昴たちがどうにか、空間移動の門を通じて出てきたのは、そんな場所だった。

「あぁ、楽しゅうない」

 その辺に落ちていた鉄の棒で、その辺の人間を殴り殺している出雲が、そう呟いた。

「悪いけど、まだ回復しきれて無いんだ。もう少し食事に付き合ってくれ」

 昴はそう言いながら、自衛のために襲ってきた、自分とそう変わらなそうな歳の少年の頭を掴んで、握りつぶす。柘榴を握り締めたように、その中身が露見する。

「こんな事してても増援来ないんだね、政府って」

 男姿の春馬が、ボーッと宙を眺めて、襲いかかる人間を避けては、みどりの居る方向に受け流していった。その先にいるみどりは、よろめいた人間の顔面に容赦無く重い拳を叩きつけた。変形した顔では、呼吸は不可能であるらしく、呼吸の音が消えていく。

「増援するほど人が居ないんだ」

 昴は手に持った肉を食いながら、口を血だらけにしながら、次の肉を捌いた。

「うん、よし、行ける」

 たらふく食った、というように、昴は舌で唇を舐めて、手に余った肉を服の中に隠し、唖然としているボロ雑巾たちの隙間をくぐる。着いてこい、と、チラリと三人の方を見る。出雲はいくらか不機嫌に、人を押し倒して、一番前を歩む。

「なあ銀狐よお」

 出雲の声かけに、昴は眉間にシワを寄せて、耳も寄せた。

「何でコイツら俺らのこと襲わないん?」

 癒えない傷を負った男達を指して、出雲は言うが、昴は一言「知らない」とだけ答える。冷たい態度に嫌気が差したか、出雲は更に声を高らかに出した。

「なぁなあ、隊長、潰していかんでええの? 遠征隊の任務は殺すことやろ?」

 フッと、昴がため息を吐いてやっと反応を示したかと思うと、振り返った瞳は、瞳孔が開き切り、金目はほぼ黒で覆われていた。爛々としている目に、歯を食いしばる表情。その中に獣のような本能を読んで、出雲は一瞬手を引く。

「……この人ら、戦闘意欲が無いんだ。臭いで俺達が何処に行けばいいのかわかるし、さっきはこっちにかかってくる奴らを食いたかっただけだし、必要が無い」

 でも、と、昴は言いかける。そのすぐに、みどりが昴の前に走りい出た。

「ヤバいのがいる!」

 みどりの叫びは、天高らかに。周囲の人間達を震え上がらせて、唸る。その予知の声が真実であると理解されたのは、目線の奥で、血だるまが上空に飛んだからだった。それが飛んだ瞬間に、昴が、それ、目掛けて自らも飛ぶ。血だるまをよく見れば、赤で隠れてはいるが、昴と似た銀髪を抱えていることがわかる。その銀に、昴は掴みかかるが、突如見開いた目が、ギョロリと動いて、昴の顔を見た。それに驚いたのか、昴は手を一瞬止める。その隙に、浮いていた身体が落ちる前に、血だるまは昴の掴みかかる両手の肩を掴み返して、握り潰し、もいだ。

「……っ」

 急激な痛みに、昴は狼狽える。狼狽えるうちに、バランスを崩しながら地面へと胴体を打ち付けた。

 残り三人は構えの姿勢で、それぞれ鉄の棒やらハサミやら己の拳やらを前に突き出す。

 もいだ腕を嬉しそうに、白い歯をニタリと出しながら、赤い舌で舐めて、こちらを向く、赤を被った銀髪。その細められた目の中の瞳は、光り輝く、金。

「いやあ、いやあ、今日は運がイイ。この世で一番美味いものに再会できるなんて、本当に、ついているぞ、俺は」

 小柄な体躯からそう発する。声は少年で、昴によく似ていた。見れば、その身体つきや顔も、昴とそっくりである。側で呻く昴の声に反応して、少年は、ニタニタと笑い続けた。

「慣れてるだろうに、今更痛がるなよ、兄さん」

 言葉に、反応のしようがない。周囲の人間達が一目散にその場から逃げようとしているのだから、仕方が無いが、少年の声は出雲達に届く前にかき消されていた。つまり、少年の言葉が理解できる位置にいるのは、昴だけだ。そんな昴が、振り絞って出た言の葉は、一つだけである。

「……誰が兄さんだよ……誰だテメエ……」

 自分の腕が食われるのを見ながら、その問いの答えを待つ。美味そうに食われる腕の一つが無くなった頃、少年は一つ、満足気に言う。

「繁縷だよ、忘れたかい」

 知るか、と、昴が吐き捨てると、少年、繁縷はもう一つの腕を丁寧に布で包み始めて、フッと、思い出したように、昴へ吐き出す。

「あぁ、そうだ、そうだ、忘れているんだった、兄さんは、外に出て行ったんだから、記憶に無いんだ。あぁ、悲しきかな」

 演技臭く、まるで人間味なく、繁縷は笑った。

「でも、戻って来てくれたんだから、お祝いしなきゃ」

 飛びっきりの笑顔で、繁縷がそう言って、立ち上がりかけていた昴の、その腹に腕を突っ込む。昴の口から、ドロりと黒い血が流れる。二人共、瞳を爛々と輝かせながら、お互いを見つめる。その横顔は、鏡写のようだが、繁縷の顔には傷も無く、彼の顔立ちは少女とも呼べる程で、全体として整っている。愛おしそうに、顔の半分を隠す、昴の前髪を繁縷はさすって、上へと上げた。その下の、大きな傷、大雑把に縫われた皮膚の痕、薄くなって引っ張り合う古傷の上の皮膚を見て、彼は驚愕した。

「……汚い……何でこんなに汚くなってるの……」

「……あぁ?」

 昴が振り絞った声が、繁縷の狼狽える声に重なる。だがそんなことをしている内に、昴は痛みに慣れ、繁縷を睨む。その目に気が付くこともなく、繁縷は狼狽え続けた。隙返し、やり返し、片腕だけを瞬時に回復。その腕で、繁縷の首を掴み、瞬間的に折り、引きちぎる。

 単純な工程を遠くで見ていた出雲は、持った鉄の棒を力強く握りしめた。勘が、何かが起きると言っている。

 そんな中、昴は至福に浸るように、手にした肉を無我夢中で頬張る。放り投げた、繁縷の首は、投げ飛ばした先、後ろにいた三人のうち一番前に出ていたみどりの足元へ転がる。人間がいくらかはけたことで、何が起きたのか、どんな状況なのか、彼女らにも理解出来る。あぁ、明らかに本人たちだけの祭りが行われている。少しは慣れた出雲やその他にとっても、それは、ただ、悍ましいだけのものである。ふと、食事をする昴より奥に、違う人影が動いたのをみどりが目に止めた。

「誰だ」

 その場で彼女が呟くと、足元から、明らかに聞いた相手とは別の声が聞こえる。それも、先程途切れ途切れに聞いていた、声音。

「蘿蔔だ」

 喜ぶような、声。歌うたう時のような、純粋な、少年期の声であった。それは昴の声と同じであり、そう、繁縷の声。声帯から潰されたはずである喉は、もう、再生を始めている。

「……相変わらず早いな、お前たちは」

 みどりがさも普通そうに、何てことないというように、繁縷にそう返した。繁縷自身も同様に、当然のように、言葉を交わす。

「まあね。伊達に兄さんを食ってきた訳じゃない。でももう今日はこれ以上戦えないな。流石に、これ以上は疲れる。食べて寝て回復しなきゃ。兄さんももう限界だろう?」

 目を瞑り、そう言って、ニヤリと笑う。そのすぐ後ろで構えの姿勢を取る殺人鬼二人は、その女と生首の会話に、首をかしげて、状況を待つ。食事に夢中で何にも気が付かない昴の隣に、その人影が迫るまで、何もしない。昴以外の誰にも、殺す標的がわからないはずだからだ。

「……出雲、日立、ヤバい二人のうち、一人は既に戦闘不能だ。もう一人、昴の意識が消えるより早く、ヤルぞ」

 そんな危機を掲示する声も、昴には聞こえない。昴の脳は、「食欲」で満たされていた。

――――もっと食べたい、久しぶりに食べた、久しぶりの、世界で一番美味しい肉だ。誰にも邪魔されたくない。もっと食べたい。

 昴にとって、手に持っているその、新鮮な肉塊は、柔らかい砂糖菓子のような、そんな、中毒性の強いもの。伸びる皮膚を食い千切り、自分と同じだけの体重の肉を最後まで平らげ、最終、煎餅でも口に運ぶように、骨をバリバリと歯で割って貪っていく。そのすぐ近くに、ガスマスクと銀髪金目を抱えた男が立っていても、それをお構いなしに、餓えたネズミのように、地面に這いつくばりながら、血を飲み干そうと蠢く。

 そんな昴を見ながら、新たな銀髪金目は、舌打ちする。その舌打ちを合図に、みどりが、動いた。

「銀髪金目を殺す気で潰せ! 昴もをな!」

 拳で、男の顔面を壊す。十代の少女が全力で殴ったにしては大きすぎる衝撃で、男は宙を飛ぶ。が、意識はまだあるようで、きっちりと体勢を立て直したうえで、着地をした。それを最後まで眺める前に、みどりは更なる追撃の為、着地点を目がけて走る。その後ろを追いかける出雲が、未だ状況を読まずに食欲におぼれている昴を見た。

「あんなあ! しゃっきりせえや!! クソ食人鬼!!!」

 無防備に地面から浮いている腹に、一発の、重い蹴りを入れる。その時、足が当たった部分に、硬い何か、肋骨とは違う硬いものを感じたが、そんなことを気にする前に、もっと重要なことがある気がして、追及は避けた。

「兄さんに何するんだ!」

 少し遠くで、繁縷の首がそう叫ぶ。

「うっさいわ! ゲームオーバーは黙っとれ!!」

 切れる出雲、麻薬中毒者のように、意識虚ろな昴、生首で頬を可愛らしく膨らませる繁縷。異常な空間の先、みどりと春馬、そして変形したガスマスクをつける、蘿蔔。

「出雲! 昴を叩き起こせ! どんな手を使っても良い!!」

 みどりの咆哮。その隙に顔を再生させる蘿蔔から、多大な殺意を感じて、出雲は焦りを隠しきれない。人殺しは、殺意と、自分を殺せる相手を知っている。

「このままだと俺ら多分死ぬんや! せやから起きろ! 銀狐!」

 何度か平手打ちをしてみるも、昴は覚醒しない。ぶつぶつと、何かを口に出す。ただそれだけで、何も起きない。

――――だが、当人は、ただ、脳内を虚無にして、何か、何かが思い出されるのを待っていた。何故初めて食った肉を「久しぶりに食った」と思ったのか。それがわからずに、問答を繰り返す。起きろと言う声が聞こえる。美味そうな匂いが、未だ、ずっと漂う。鏡の門を通った時から感じていた臭いは、いつまでもまだ、続いている。その匂いと気配が消えると思って、数人を食ったが、それは逆効果だった。ほんのりとその美味そうな臭いが付いているだけで、味は想像とは全く違ったからだ。いつも食っている、ただの人間の臭い。何の罪の意識も感じずに、餌の時間だと思いながら食う、肉の味。それが凌駕されるような香りが、周囲に漂っている。それを追いかけたくても、何故だか体が言うことを聞かないのだ。もう、眠りにつきたいくらいだった。だが、起きろと言う声に縛られて、昴は眠ることを許されない。


 出雲が、決心したように、喉を唾で鳴らした。

「みどり、春ちゃん、耳ふさげ」

 その言葉で、蘿蔔の手の届かない範囲まで身を引き、両手で両の耳を塞ぐ。

「やれ! 拡声器野郎!!」

 うるさいゴリラ女、とで言ってやろうかと思いつつ、出雲は叫ぶ。


『聞け! お前は私の人形だ! 全ては私の為にあれ!』


 幾つかの声が重なったような、合唱のような、頭に響く声が、耳を塞がなかった、全ての人間の脳の中を駆けた。

 昴は目を見開いて、瞳孔の開いた目で、出雲の目を見た。

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