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神刀人鬼  作者: 神取直樹
15/19

浮世

「何か、願いはあるか」

 シモンはそう言いながら、淳史に水の入った器を渡し、あたりを見回っている。しかし、淳史は彼を睨み付けるだけで、何も言おうともせず、ただ、黙って水を飲みほした。その傍では、大人しく瑞樹が体育座りで寄り添っており、少し離れたところでは、水咲が状況を把握しようと、周りの者たちに声をかけて回っていた。

「あの馬鹿、何やってんだ?」

 淳史が水咲の行動を鼻で笑う。羚と愛にはそれがイラつきを紛らわせる行為に見えて、少しだけ、こちらもイラついてしまっていた。不思議と、彼はそれ以上なにかするわけでもなかったが、瑞樹に八つ当たりすることは決してないようだった。

 女子供も多い中、数名はコンクリで打ち付けられただけのこの建物の中を走り回り、ガチャガチャと音を立てている。皆、軍服に似た服装をしており、人の姿をしているが、人ではないように思えた。やはり、何人かは背から羽が生えているし、周囲に蝶が舞っている。走らずとも、ただ佇んで、瞑想をして、何か呟く者もいた。ここは、本当に避難所だろうか。そういった考えが、羚にも、水咲にも、淳史にもあった。何かがおかしいと、慌ただしさが酷さを増している。

「状況的に、ここは避難所ってことで良いんだよな……」

 独り言のように水咲が言うが、それを聞きつけたシモンは、フッと溜息を吐いて口を開ける。

「避難所であればいいが。どちらかと言えば今は前線の一つだな。あぁ、命令が聞けなかった……逃げるはずだったのに……これ以上行けないとは情けない……」

 溜息は、彼の言う主の言うことが聞けなかった、自分に対するものだったらしい。言われたことを咀嚼して、水咲は、「ふうん」と呟きつつも、納得いかない様子で、辺りをうろつき始める。他の者たちも、うざったるそうに、彼を眺めているようだ。

「なあ、ここが前線って言うならさ」

 淳史が重たそうに、それでも軽快に。嫌に慣れた動きで口を動かす。

「俺達も戦っていいんだよな?」

 そう言いながら、淳史は早速近くを通った、学ランのような制服を着た少年を足で引っ掛け転ばせた。黒髪で目線が隠れてしまっている少年は、何が起こったのかわからないようで、倒れてすぐに起き上がったが、床に落とした大きな狙撃銃をそのままに、辺りを見回す。その隙に、これもまた慣れた手つきで、その狙撃銃を自分に寄せて、両腕に抱え込んだ。

「あっ」

 少年が、音に気が付いて、淳史を睨みつけ、腕に抱えたそれに手を伸ばすが、淳史はそれをひらりとかわして立ち上がる。

「どうせ支給品なんだろ。俺もやってやるさ。ちょっと貸してくれよ」

 一騒動、動き出す時間が、何故か羚はもったいなく感じた。睨みあっている少年二人を止めるものもおらず、好きにしろと言ったようで、どうしたらよいのか、本当に避難してきた者たちはわからないようだった。

「いや、何をしているんだ、放火魔」

 ふと、膠着状態だった中で、また別の、耳にこびり付いた男の声が聞こえた。

「神野隊長……!?」

 少年が、その、上等な黒い軍服を着こんだ大柄な少年、神野を見て、そう呟く。どうやら少年も知っているようで、隊長と言うには恭しくはなく、なんとなく、そう呼ぶしかないから呼んでいる、というように、キッと今度は神野を睨み付ける。

「アンタ、一番前にいるはずだろ! 何でこんなとこ居るんだよ! 押されてるんだぞ!」

「あぁ、一番前、ね」

「チビ達だって前にいるんだ! 何でここにいる! 何でこんな後ろにいる! 特攻の討伐隊が! 何故ここにいる!」

「俺は」

「さっきだって――――」

「――――少し、黙ろうか。最上の猫耳一族、次男坊の白夜門。今、俺はお前に説明を与えようとしているのだから」

 突然、少年、白夜門の頭が、床に落ちた。落ちたというよりも、叩きつけられたに近いが、同時に、神野の上半身も、より床に近づいている。神野の手には、白夜門の頭が握られており、その掴む手を更に白夜門の手が掴んでいたが、何の抵抗にもなっていない。叩きつけられて、音を聞く限りはほぼ気絶状態になるであろう衝撃だが、何やら彼は体が丈夫らしく、うめき声を上げるだけで、何か脳漿が飛び出すなんてこともなかった。それに一安心しつつ、羚と水咲も、その周りにいた他の者たちも、そして淳史も、神野の声に聞き入った。

「この戦、獣が出る。それを止められる奴を連れるのに、今まで出てこれなかっただけだ。他人を尻尾巻いて逃げているように言われたくないね。偵察も認識も碌に出来ないお前たち幕府軍の為に連れて来てやったんだ。礼の一つでも今すぐ言って頂きたいものだ」

 静かに、怒りを露わにする神野は、狂人のような笑みを顔に浮かべつつ、静かに、静かに、その言葉を紡いでいく。

「今俺は非常に腹が立っている。お前には関係のないことだが、非常にキャンキャンとうるさい子犬から、一人、非常に貴重な、【我が国】を動かすこともできる者を、条件付きでお借りしたんだ。その条件がクソでクソでクソでクソでクソで仕方がないから機嫌が悪い……その辺り、察していただければ助かるんだがな」

 普通の人間とは変わらない、それでも妙に大きく見える犬歯が剝き出しになって、彼の表情に更に彩を添えていた。誰にも彼の怒りなんぞ知ったことではないが、今、彼に抗えば、何が起きるかわからないというのは理解が出来る。全てを吐き出し終わって、落ち着いたのか、手を放して腕をぶらりと下し、一息吐いて、また無情な目線に戻った。

「……日有楽ノ國、七車学徒軍、四番隊記録係、菟田巴。蟲遣いの一族の末裔。詳細なプロフィールはこっちに請求願う。俺と違って、お借りした人だからな」

 そう紹介され、神野の後ろに控えていた少女が、全ての目線の中心に立つ。白い花の刺繍が施された、臙脂色の着物に変に綺麗な白衣を羽織って、紺色に輝く長い髪を一つに結い、佇む。ただ、一番目立っていたのはその顔である。視界を遮るように、目隠しのような、一つの大きな目の紋が描かれた紙が貼り付けられているのである。おかげで、彼女の口角が上がってる以外は、彼女がどんな顔をしているのかがわからない。

「七番隊長、私はどこに居たらいいのかしら」

 ハスキーだが、確かな女性の声で、巴は問いかける。神野以外の者に興味も関心もないらしく表情も変わらなければ顔も動かない。

「とりあえず、俺がお前を持っていくから、傍に居ろ」

「わかった。とりあえず、私を物扱いしないでくれる?」

「嫌だ」

 神野の即答に、「あらそう」とだけ呟いて、それ以上なんの会話にも興じない。

「……蟲遣いなんて使われたら、こっちは困るんだけど」

 白夜門から、一声上がる。

「だろうな。お前たちにも効くからな」

「知っていて使うつもりか」

「獣に使えるのはこれくらいだろ。黙って戦え。俺ももう出ていく。ここにいるのは後援部隊。前線部隊のことは任せていろ」

 歯を見せて笑う神野の顔が、異様に見えて、傍で見ていた羚は顔を伏せる。それでも、時間は続いていく。

「任せてられたら誰もこっちで死人はでねえっての」

 誰かわからない誰かが、さらりと零した言葉には、毒のようなものが混ざりこんでいて、今の状況をしっかりと表しているようだった。それも気にせず、神野と巴は建物の外に出て、様々な音がする戦場に行ってしまったが。

 いつの間にか、シモンも居なくなっており、おかしな緊張が、振りほどかれた気がした。そういえば、というように、白夜門はハッとして、淳史の方を見る。

「というかお前もそれ返せ!」

「嫌だ!」

 即答と、怒号は始まり鳴り響く。やっとのことでちらりと見えた白夜門の瞳は、朝夜などと同じ、血のような真紅であった。それが緋色の瞳を対峙して、同い年かそれくらい同士の二人が、正反対にも似た者同士にも見える。淳史は先程までの大人しさは何処へ行ったのか、建物の二階に行くらしい階段へ走っていく。それを追いかけて、水咲と瑞樹も何が何だかわからないまま、走り出した。白夜門の方は唖然として、三人を追いかけようと努めるが、一瞬、羚と愛の方を見て、何かを躊躇った様だった。しかし、またハッと気が付いて、もうフロアを上がったらしい三人を追いかけていく。

「何か変だね」

 羚が愛にそう呟くが、愛は一向に返事をしない。まだ混乱しているらしいと、そう思ったが、全体重を羚に預けていることも考えて、眠ってしまっているのかもしれないと、そうとも考えた。

「良いよ、眠ってて」

 愛にも、その隣で気を失って寝かされている般若にも、両方にもとれる相手に、羚は言った。色々なことが重なりすぎて、何も出来ないし理解が出来ない。けれど酷く羚は落ち着いていた。

 落ち着いていた中で、上の方から、聞き覚えのある声での怒号が聞こえた。必死に「馬鹿」という単語が聞こえる。あの、口の悪い銀髪の、少年だろうかと。少し前に出会って、ガラス片をちまちまと取っただけだというのに、懐かしさを感じる。ふと、手を見れば、指先を何処かで切ったらしく、少し血が出ていた。それを見て思い出すのは、エギーのことであった。

「エギーさんは僕の何を知っているんだろう……」

 口に出してみたくなって、静寂とも呼ばない静寂に、声を紡いだ。エギーの返事が聞こえた気がしたが、それがやはり馬鹿々々しくて、目を瞑る。

「エギーは今の貴方のことなんて、知りはしないわよ」

 確かな声だった。母親のような女性の声。優しい、落ち着いた、それでいて芯のある透き通った声。羚はそれを耳元で聞いて、一瞬恐ろしくなって、目を開けるのを拒む。

「奥に行きましょう。ここにいる必要無いわ。羚」

「だれ」

「貴方のお世話係」

「そんなの僕にはいないよ」

「ついさっき決まったのよ。貴方が蝦夷に来るのなら、貴方は私が世話することになるの。愛ちゃんも一緒にね」

 愛という言葉で覚醒して、目を見開いた。

「おはよう。気分は大丈夫?」

 桃色に近い薄い髪色を黒いバンダナで留め、軍服とスカートを着こんだ女性は、笑って羚の目覚めを受け入れた。

「だいじょう、ぶ?」

「そう。顔色は良いわね。とりあえず、気分転換に歩きましょう。愛ちゃん起こせる?」

「うん」

 羚が、愛の手を掴んで、少し体を揺すると、愛はビックリした様子で起き、何があったのかと言ったようで、羚の顔を中心に見回す。だが、落ち着くと、羚の次に、彼女を見下ろす女性を睨み付けるように見つめた。

「誰?」

 同じことを繰り返すのもまたおかしいが、羚はまた別の疑問があって、その様子を見守る。

「貴方のお世話係よ」

「そうじゃないわ」

「え?」

「名前を言いなさいよ。名前を」

 ムスりとむくれて、愛はそう尋ねる。少し困った顔をしながら、女性はまた笑って、あぁ、そうね、と答える。

「蝦夷藩看護部所属、三日月宗近よ。美香ちゃんって呼んでね」

 美香はそう言いながら、二人に手を差し伸べた。

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