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神刀人鬼  作者: 神取直樹
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刀線

 所と時変わって、幼子はもう一人。長い黒髪に赤い瞳。可愛らしい、声。戦場にはあまりに合わない、十歳程度の少女。何もわかっていないように、鼻歌を歌いながら、その小さな体躯に合わない刀を振り回す。見るからに危なっかしく、それでいて、狂気。その周囲には、複数人、彼女を守るようにして、走っていた。

「朝夜様、朝夜様、突っ走りすぎるのは、もう止めた方が」

 セーラー服に包まれたそのうちの一人が、そう、朝夜の耳に声を震わす。だが、朝夜は何も気にしていないように、その言葉を聞き流した。鼻歌歌って平然のように見えても、目の前で自分を殺すまいとする相手共に、手を焼いていたからだ。

「山姥、今は一息つける所まで護衛しよう。これじゃ突っ走るも何もない」

 無想宗近。その低い声で、セーラー服の少女、山姥切国広に半分叫びつつ、伝えていく。同じ主人の刀同士の伝達は早い。一種のテレパシーに近いものを持つ彼らは、戦場で情報伝達を有利に進めていくのだ。そして、刀は主人の体調も手に取るようにわかる。そう、わかってしまうのだ。

「主、無理をするな、死んだら終わりだ」

 無想のその声を聞きつけた朝夜は、目を見開いて、やっとのことで声を出す。

「わかってるよ!! うるさい!! 黙っててくれ!!!」

 黙れと言う命令に、皆、口を閉ざす。朝夜の持つ刀は切る度切る度、滑りに滑るようになってくる。相手は人間だ。人間の、原種、淫魔種。鬼神の自分よりも、圧倒的に低レベルだと教わってきた。彼らにはほとんどの場合で能力が無い。体力を代償に様々な事象を起こす、能力。ただし彼らには能力が仮にあったとしても、それを操って耐えれるだけの体が無い。だから、自分よりも、弱いのだと。だから、何があっても勝てると、生き残れると、思っていた。

――――呼吸が、荒れてきた。

 肺が痛い。喉も痛い。さっき叫んだ所為だ。あぁ、痛い。体中が痛い。まだ誰にも切られていない。撃たれていないのに、なぜこんなにも痛いのだ。齢十の彼女には、まだわからなかった。疲労の底の底まで、朝夜は動いたことが無い。訓練を生まれつきされてきたとしても、死線を潜るほどの行動は、したことが無い。どうすればいいか、そんなこと、もう本能で動くしか思いつかなかった。

 主人が疲労困憊で、もうほとんど理性のかけらも無くなりかけていることに、刀達は気が付いていた。けれど、それを止めることはできやしない。刀における主従関係とは、基本的には刀の意思は消えている。主人がどんな者であろうと、逆らうことは出来ない。

 崩れる、何かが、壊れる。

 目の前の政府兵が、数の暴力でこちらに向かって突っ走って来る。彼らは皆、顔には焦りと絶望を称えている。朝夜はそれが何故かは知らなかった。戦場に出る前も今も、知ろうとも思わない。戦略も何もないように見える、バラバラとこちらに向かう、痩せこけた醜い者どもは、朝夜に向かって銃口を向け、刀を向ける。

――――あれは何?

 一つ、朝夜は一瞬だけ、理性を取り戻した。異臭がする。ここのモノではない何かの臭いがする。痩せこけて服と言う服も着ていない、黒い腕章だけ付けた、政府の者の中に、黒い、軍服のような、赤い腕章をつけた、異質な者を見た。

 緑色がかった黒髪、金とは言えない黄土の瞳。黒髪金目が特徴な吸血鬼の、なりそこないのような、外道が作り損ねたような、そんな奴が、こちらに向かってくる群衆に紛れている。両手に持った銃こそ他の者どもと変わらないが、様相が違う。服装なんかよりももっと他に異質なものがある。

 絶望よりも、信念を感じる、表情。何かの意思を持って、嫌々ではなく、望んでこちらに向かってくる。向かう先が、自分を通り越していることにも気が付いた。奴の目的は、後ろの、幕府だ。

「ふざけんな! 超えさせるか!!」

 一人で、叫んだ。だって、ムカついたから。自分のしなければいけないことは、この後ろを守ること。自分が守りたいものなんて、置いてきてはないけれども。絶対に死守せねばならない。

 けれども、叫んだって、何も変わらない。息がさらにきつくなった。そして、朝夜は、その軍服の男に気を取られていた。他の兵は、その男の前にいたのだ。刀を振るわずにいたら、どうなるか。馬鹿でもわかることだった。


「あ」


 死んだ。


 瞳に、自分が振るっていたような、刃が映る。それはまだ何も切っていなかった。自分が、一番の前線に出ていた証。綺麗な刃に切られるのは、自分が勇敢な証。そう、教えられてきた。

 

 それでも、生きたいのだ。


 自分の持つ刃を咄嗟に相手の足に向ける。小柄な朝夜なら、大人の懐に入るのは得意だ。数秒使っていなかった村雨丸は、その刃から出る涙で、綺麗に滑りやすくなっていた。

 ブチュリ

と、それに刺さる。幸い肋骨にも当たらず、綺麗に刃は進んでいった。嗚咽を上げ出した体を後ろに、投げ捨てて、走った。

 猫耳一族。朝夜の生まれたその一族は、強靭な脚が一番の特徴だ。地面を抉りながら、跳ね飛び、小柄な体躯で軽やかに戦場を進んでいく。無駄に雑魚を殺すことなく、頭をつぶしにかかる。それが本来の猫耳一族の戦い方。その本分を今更思い出し、まさか自分が気になるからというだけの者に向かうためだけに行うなど、他の猫耳が考えただろうか。

「そこの軍服! 来てやったぞ!」

 向かって来たからこちらから出向いてやったのだ、と、豪語する。目の前の今にも倒れそうな少女が、そう言っている。

「……へえ、そうかい。ありがとうよ」

 男は思ったよりも若い声で、朝夜に向かって呟いた。落ち着いて、全てを悟っているかのように。

「でもよ、お前、今の状況わかってるのか?」

 男は朝夜から幾分か距離を取って立ち止まる。それと同時に、周りの兵士たちも止まった。彼らにはわざわざ戦う理由が無いのだろうか。または、この男が、指揮官クラスか。そんなこと考えている暇も無く、朝夜には状況を認識する暇も無かった。

「敵に『一人で』囲まれに来るなんて、幼すぎるよ、お前」

 ハッとして、朝夜は周囲を見渡す。いない、声も聞こえない。『私の』刀がいない。人型となって、獣のようになって、後ろを守っていてくれた彼らが、いない。手元にある村雨丸も、うっすらとしか意識が感じられない。

「何をした!」

 朝夜が叫ぶが、男は呆れた顔でこちらを見るだけだった。

「切ったのか!!」

「そうじゃない、そうじゃないって。お前、顔色最悪だぞ。そんだけ体力無い上に、五振りも実体化してたら、保てなくもなるだろ」

 イライラする。敵が、自分よりも冷静で、自分よりも自分をわかっている。それが最高に腹立たしい。

「うるさい!! 般若の実体化を解けないんだから仕方ないだろ!!」

「般若? よくわからねえが、もう、帰れよお前。充分戦果は取っただろ」

「充分! 充分か!! ふざけんな!!」

 狂気の、目。村雨丸の声ももう聞こえない。

「戦果に充分なんてない! 誰かがてめえらの頭ぶっ飛ばして殺すまで! 俺達はただ殺しまくるだけだ!! それまでの時間に何人殺せたかが重要なんだ! どれだけ殺っても足りないんだよ!」

 刀を、振るう。だが、届かない。足が、動きそうにない。

「……俺には幕府の、お前らの事なんてわからねえよ。わかろうとするが、わからねえ。俺達は逃げたくても逃げられねえのに、そっちは向かってくる。てめえらの頭を潰す意思何て俺ら自体には無いのに、お前らはただただ殺しに来る」

 正論、なのだろうか。それは誰も知らない。ただ、酷く、朝夜には悲しく聞こえた。周りの政府兵共も、酷く悲しい顔をしていたからだ。流されそうなだけだ、そう、思いたかった。

「こっちだって死にたくないんだよ。政府に居たらただただお前らにも国にも殺される」

 稚拙な文であることは、聞いていて理解できていた。筋の通らない話を聞かされていると、朝夜の幼い脳でも理解は出来た。けれど、感情論は幼い子には弱い。

 死にたくない、それは、自分だって、つい先程思ったのだから。

「だから、そこをどけ。俺は幕府に行きたい」

「話が通らねえよ」

「……幕府に行けば、そこそこ生きる確率は上がる。そう思った」

「知らねえよ。捕虜がどうとか、俺は知らねえもん」

「知らないなら良い。黙って行かせてくれ。子供を甚振る趣味は無いんだ。武士道に反する」

 子供、という言葉。脳天を突く、その言葉。

「うっせえ!!」

 俺は子供じゃない、と、叫びたかった。けれど、その前に、違う感情が全身を支配した。


痛い。痛い、痛い、待って、痛い、何で、痛い。


 両足首に、一瞬の冷ややかな線を感じたかと思えば、一気に痛みのような熱のようなものが襲い掛かって来る。何が起こったのか理解が出来ずに、朝夜はのたうち回る。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 先程の、死地の続きと言わんばかりの現象。足が痛い。生易しい痛みではない。自分の中の血液が噴出するのがよくわかる。のたうち回ってその先に、死地の中にいたモノノフが、朝夜を斬ることのできなかった刀で、体を支えていた。何も色づいていなかったはずの刃は、先端の何寸かが赤くなっていた。そして、斬られた傷口に、自分ではなくなった自分の足首から下が触れた。

「おい! 大丈夫か!」

 男も駆け寄ってくるが、何故そこまで心配そうな顔をするのか、理解が追いつかない。足を斬られた。大事な大事な脚が、斬られた。もうこの戦場では走れない。それは猫耳一族としては、死を意味する。

 死んだ、あぁ、死んだ。私、死んでしまったよ、お母さん。

「あぁう……あぁ……あ……っ……うぐっ」

 泣いてはいけないと言われていたのに、流石にこれでは涙が出る。息絶える前くらい、全力で泣いたっていいじゃないかと、体がそう言っている。

 しかし、傷口をぎゅっと縛る痛みで、涙が引っ込んだ。

「あああああああ」

「悪い、ちょっと我慢しろ」

 軍服の男が、息絶えた兵の服をちぎって、結んでいるのだ。自分から体液が出る感覚はほぼ無くなった。代わりに、強烈な痛みを持続的に感じる。痛みで頭がおかしくなりそうだ。否、もうなっている。ピタリと朝夜は、叫ばなくなった。

「気絶したのか?」

 男が問えども、何も言わない。そうか、気絶したのか、と、男は勝手に考えて、朝夜を抱きかかえた。

「お前ら、着いてきたい奴は着いてこい。生きられる保証はしないが、逃げる助けはしてやる」

 男が周囲の兵にそう言うと、兵は力なく彼に着いていく素振りを見せる。納得して、男は歩き出した。ついでに、朝夜の足を持って。それから、暫く、と言えども数歩歩くと、散らばった五振りの刀を見つけ、佇む。

「見事に気い失ってるね、これ」

 男の後ろから、更に、若い男の声がした。兵も驚いて、その声の主を避け、道を作る。

「あぁ、少佐」

 茶髪に同じ軍服の、少佐。彼が、後ろから追いついたのである。

「や、浩介。お土産は作れたんだ」

 浩介。島谷浩介。それが軍服の男の名前であった。

「土産にしたい子じゃなかったがな」

「可哀相だったから連れてきたの? あれま、足取れてるし」

「あぁ、だから、こいつの刀を持ってやれなくてな。両手が塞がってんじゃ、どうにも」

「じゃあ、その子に持たせてやればいいじゃないか」

「はあ? お前、何言って」

「気を失ってるのは刀だけだよ、浩介」

 刹那、今度は、島谷の背が熱く痛む。

「あああああああああああああああああああああ」

 手に握っていた、短くした村雨丸で、何度も何度も、自分を抱える男を刺す。それは最早、戦うためでもなく、恨みでもなく、発狂した中での、最後の死への足掻きに近かった。

 周囲はただひたすらに、赤い血液で染まっていった。

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