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神刀人鬼  作者: 神取直樹
13/19

子等

 銀髪が、揺れる。思っていたよりも近場に目的地があったこと、自分たちが目立っていたこともあって、その銀髪の元へは、意外にもすぐに着いた。愛の覚醒は未だ在らずだが、それを気にしている暇も無かった。つい先程まで見ていた、殺人鬼たちも共に、そこで待機している。童子切や朝夜は見当たらない。また、朝治もそこには探しても探してもいなかった。羚がきょろきょろとしていることに、昴は気づいたか、笑みを浮かべて口を開く。

「師匠はもう戦場だよ。ここに居るのは援助組と後発組。まあ、もう少しで俺達も出てっちゃうから、丁度良かった」

 丁度良かった、の意味はわからないが、恐らくは説明をするのに良かった、という意味だろう。そこまで察して、羚は口をパクパクさせ、他の者達を探す。

「というか、お前ら、避難してたんじゃないの?」

 昴はフッと思い出したように口早に言う。確かにそうだった。何もかもが早送り過ぎて、何が何だかわからないままだったが、二人は確かに避難という動きを取っていたはずだった。江戸城なら、安全だからと。

「避難……してたんだ、けど」

 説明が難しい。何せ、ここに来てから頭を使い過ぎた。ある意味で知恵熱。ある意味で、混乱。現在の自分が名も知らなかった鬼に、抱きかかえられ、空を飛び、ここまで来たなどと、幼い羚が言えようか。愛は混乱の域を暫くでない。今も、涙は引っ込んでいれど、表情は固まったまま。それを見ていた昴は、首をかしげて、もう何も話さなかった。

 そして、群衆の奥の奥から、ざわつきが聞こえた。それは、歓声にも近い、喜々とした声。テントにいた全員が、空の見える場所に出て、顔を空に向ける。影が、二つ見えた。

「どっかの飛空隊が帰ってきたみたいだな」

 知らぬ声が聞こえる。恐らく、同じ、蝦夷の者。殺人鬼同盟を押しのけて、それはやってきた。黒い髪に般若の面、背丈は高く、肌の色は白い。服装はやはり黒い。そう、彼はエギーと鬼女に似ている。けれど、雰囲気が全く違う。般若の面で隠れて見えないが、表情は恐らく笑っていない。その場を濡らすように、彼の周囲は湿っているように感じる。

「……あぁ、成程、珍しい、森辻殿が参加しているとは」

 独り言のようにぶつぶつと呟いて、般若の面も動く。声は籠っていて聞き取り辛い。そもそもそんな、視界を奪うような面をつけていて、黒点のような二人が、本当に判別できているのだろうか。羚は不思議に思いつつ、共に天を仰ぎ、人型についている、巨大な翼を見た。一人は、竜のような、爬虫類を彷彿とさせる皮膜の翼。もう一人、否、もう一匹は、黒い黒い、鴉だった。黒い翼が、神々しかった。ふと、その翼を見ていて、思い出した。

「小鳥さん……?」

 そう、その翼は、つい先程見たばかりだ。小鳥と名乗りながら、大きな大きな美しい鴉。

「そう、小鳥だ、若君」

 般若の面がそう言った。驚いて、体をその声の方向に回して、必死に目を探す。そんな姿が面白かったのか、般若が笑った。

「若君、私に目はもう無いものだ。貴方に合わせる目は、私が刀になるときに、失っている。ただ、言葉を合わせてくれればそれでいい」

 きょとん、と、するしかなかった。この国の者達は、何かと遠回りに口を走らせる。時折、何を言っているのかがわからなくなる。その思考のスパイラルに、羚はまんまとハマっていた。

「そう、そっか」

 そう言うしか方法が無く、ポカンと口を開けたまま、般若の言葉を耳に通す。

「私は猫耳朝夜を主人としている、大般若長光と申す者。元は猫耳一族が十二代目が長、猫耳雪夜」

「僕はどっちで呼べばいいの?」

 羚の素朴な疑問に、そのまま口調を変えずに答えを放つ。

「般若、で良い。今はそれ以下でもそれ以上の存在でもない。何せ、私は今、刀なのだから」

 刀であることの意義を羚は知らない。それを知ってか知らずか、般若は淡々と続ける。いや、切り替えていく。

「昴、座標は割り出せた。早う行け。さっさと不毛な戦は終わらせよう」

 般若は何か数字の羅列を書いたメモを昴に渡す。恐らく、それが座標というやつなのだろう。それを見て大きくため息を吐く昴は、テントの奥へと戻っていった。昴に自然と、出雲、春馬、みどりが着いていく。他の三人は、ただただ静かに座っているままだった。了承せざるを得なかったのか。羚が見た限りでは、この戦に参戦できないことを一番に反発していた淳史が、静かでいるのがとても不気味だった。火のような緋色の瞳が、少しだけぎらついていて、恐怖感を煽る。その隣で落ち着きなく、鉈を弄って鼻歌を歌っている水咲の方が、幾分か愛らしい。

「お菓子、食べる?」

 羚を掴む愛の手が、ぎゅっと握りしめられた。声の主は、確認するまでも無く、瑞樹であった。瑞樹の傷だらけ手が、愛の肩に置かれている。

「……!」

 愛がハッとして、羚に身を寄せる。

「お菓子よ、お菓子。前に淳史から貰ったの。良い子にはキャンディーをって」

 片手に握られた、ぐちゃぐちゃになってしまっている、白い紙で包まれたそれを。彼女は口に入れようとする。だが、すぐにそれは止められた。

「……後で新しいのやるから、それはもう食うな。汚えよ」

 いつの間にか、淳史が瑞樹の手を掴んで、行動の制止に移っていた。気配が一つもしなかった。また、羚は首をかしげつつ、二人の会話をうかがう。

「新しいの、持ってるの?」

「今は無いけどな。そのうち買ってやるさ。水咲の分も一緒に」

「後で、と、そのうち、じゃ、時間差が長すぎる」

「そんなの、俺にとってはどうでも良いの。とにかくそれは食っちゃ駄目だ」

 駄目だ、と言われた瞬間に、瑞樹が酷く泣きそうな表情をしたのを、羚も愛も淳史も、見逃さなかった。

「……良い子だけが、キャンディーを食べて良いのよね」

「……あぁ、そうだな」

「私は、良い子ではないのよね」

「あー……そうか、お前の思考回路じゃそうなるのか……」

 巡り巡り続ける。思考と並行しての会話は、どうしたって、疲れる。それは誰だって同じだ。羚と愛はそれに対応するだけの経験と知識が無い。淳史にも、きっと無いのだろう。一番困った顔をしていたのは、淳史であった。

 そして、散々思考を繰り返し、黙りこくった挙句、瑞樹はその場に座り込む。淳史は共にしゃがんで、何をすべきか更に思考を繰り返す。泣き出しそうな少女の兄は、そのしゃがんだ青年の背中に、蹴りを一つ、入れる。

「何すんだ痛いだろ!」

 淳史がそう言うと、水咲は眉間に皺を寄せて、静かに怒りを表す。

「妹が泣かされそうなのに、何もしない兄貴何ていないだろ」

 水咲は座り込んだ瑞樹の手を引いて、テントの奥に向かう。その時、誰とも目を合わせようとしなかった。

「わけがわからん。何なんだ、アイツら」

 鈍感と言うのだろうか。それとも、他人の事を考えていないのか。今までにも彼は一人っ子や末っ子のような雰囲気はあったが、なんとなく、今の発言で、なんとなく、理解できた気がした。羚も実際に一人っ子である。まだ幼いが、根本的な何かは、淳史と似ている。愛と聡を見ていて、兄が妹を庇うような、守るような言動が、どうにも理解できなかった。特に、愛と聡は歳が離れていて、兄妹、という雰囲気ではなかった気がする。風野兄妹の絆と言うらしい繋がりの意味が、他人である羚と淳史には見いだせなかった。

「……羚」

 突然、茫然としている羚に、愛が声をかける。ハッとして、愛の赤い瞳を見た。

「なあに」

「ここ、なんなの?」

「わからない。戦場の一歩手前、みたいに言われたけど」

 言われたけど、そういえば、ここがちゃんと、なんなのか、説明を貰っていない。気がする。昴もきちんと説明しようとする前に、何処かに言ってしまった。何処か、というよりも、テントの奥、何があるのかわからない場所。般若に聞けばわかるだろうか。先程からただこちらを見ているように佇むだけになっていた彼に、疑問の声と言う音で合図する。

「般若さん」

「何だね、若君」

 羚の声を聞き取ろうとしているのか、彼は羚の顔に近づく。それに少し驚いて、羚は一瞬仰け反った。

「あのね、ここ、一体何なの」

 あぁ、と、羚の疑問を受けて、理解を示したようだった。そういえば、説明も何もしていなかったのだな、と。

「ここは、簡易……戦場で簡単に作った、基地のようなものだ。ここ以上先には、物資を補給する場所が無い。そして、ここより後ろに、敵を入れることは出来ない」

 出来ない、というのは、恐らくは、絶対にあってはいけないということなのだろう。

「本来、ここは城下町の市場街。武蔵野藩という基地の一部が管理している、一般市民の生活の場。そこを戦場にしたんだ。政府の罪は重いぞ」

 何か、般若は恨みを孕んだ重低音で、そう言った。その言葉を合図にするように、何処かで、大きく轟音が響く。淳史も、般若も、羚も愛も。そこにいた皆が、その音源を探す。テントの奥に行っていた水咲と瑞樹もテントから出ようとし、一緒になって音の先を探している。

 響くのは、連続した轟音、悲鳴、怒号、何かの詠唱の声。お経のような、恐らくは呪文だろう言葉が、あちこちから聞こえる。それと共に、何か、何かを知らせる笛の音。

 それは、そこが、戦場と化したことを知らせる笛の音。

「クソが、討伐隊は何をやってる。さっき昴達が乗り込んだばかりだぞ。何故抑えきれん」

 一人で、般若が怒り散らす。そして、同時に膝をついた。こめかみから脂汗を垂らし、力なく、立つことを止めた。

「どうしたの」

 羚が背に手を当てると、ゴボリ、と、般若の面の内側から、粘液の音がする。そして、直視したくはなかった、その、面の方を見た。だらりと、赤い血液と唾液だろうモノが混ざったものが、仮面の隙間から溢れていた。

「ねえ」

 意識が無いように見える。だが、また、般若は呟いた。

「……あぁ……クソ…………朝夜……しくじったな……っ……だめ、だ……気を、やっては、いけ」

 今度は、重力と勝負することを、止めた。

 どうすればいいのか。羚にはそれが解らない。わかるはずがない。その場にいるのは、戦場について、何も知らない子供たち。未だ、幕府の事もわからぬ子供たち。怒号が、自分に向いているようにも聞こえてくる。気を先にやってしまうのは、実際には彼らだ。

「……何をやっている! お前ら!」

 そして、何もかもは突然に、突然以外にはあり得ない。突然以外は、出来事とは言わない。牛の角、金属の鎧。低い声。高い身長。少しだけ、覚えがある。

「あ、え」

 淳史が何か言おうとした。けれど、その発言を待つ余裕、今は無い。

「逃げるか戦うか、選べ! 今! 敵は目前! 手柄はすぐそこ!」

 鎧を着こんだ牛のような、その青年は、そう言って、淳史と羚を両手に抱えて、問う。

「何すんだよシモン!」

 淳史は焦って、傷を塞いでいたガーゼを擦って、そこから血液が垂れ、滲む。それを見たシモンが、ギラリと睨んだ。

「良し! 逃げよう! 主のご命令もある!」

 今までの大きな声は、全て独り言、だったらしい。ついでと言わんばかりに、その辺りの兵士を捕まえては、その般若を持てだの、チビ共を運べだのと言って、戦場に背を向けた。怒号は、戦場に向けられていたことに、入口から去ろうとすることで、気が付いてしまった。

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