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桜姫の区切り

「夢次様、壺鈴様は何処かおわかりになりますか?」


散歩から帰宅してすぐに清院を無理矢理供なったらしい朱院が訪ねてきた。

彼女と別れてからそう時間は経っていない。何事かあったのだろうか。


「壺鈴なら冬呀とかいう仕入れ先の息子と仕事で出かけて行った」

「冬呀? 本当にそう仰っていたのですね?」


彼女の勢いに若干引きながら肯定すれば、ぐっと手を掴まれなぜか走り出す。


「どこ行くんだ!」

「壺鈴様のお命が危ないのです! 急いでください」


なぜか嫌がっていた清院までも必死の形相で走っている。理解できていないのが自分だけだとわかり癪に障る。これから仕事だというのに振り回されるのは勘弁してほしい。


「どういうことか説明しろ!」

「彼らは“ココロ”を狙う者たちです。そのためならば殺生もとわぬでしょう」

「は!?」

「お話はついてからしますから、それより壺鈴様をお助けせねば」


彼女の名前を聞いて冷や汗が出る思いになる。もし本当ならば彼女は殺されるということだろうか。

ぞっとする。

朱院の手を振りほどき走る。間に合うことを信じて。




朱院の言うように天守閣をのぼる。なぜこんなところなのかと考えるが、ここならたしかに何かあってもおかしくない雰囲気がある。

やがて最上階に辿りつき部屋に入る。


すぐに目に入ったのは、死んだはずの兄の姿だった。


「兄上!? どういうことだ……」


けれどすぐに足もとにうずくまっている壺鈴に気づく。これはまずい状況だと一瞬で理解し、彼女の腕を持ち上げる。けれど立ち上がれないらしく、抱きかかえることになる。


「連れてっちゃだめだよー」


おかしそうに笑ったのは、仕入れ先の息子の冬呀だった。その横には黄蝶。そして、見知らぬ少女。

罠だったのだと悟る。


「おまえらには渡さない」

「残念ながらほしいのは彼女だけではないんです、夢次様」


優雅に微笑む黄蝶を睨む。

そういえば朱院が「“ココロ”を狙う者たち」と言っていたことを思い出す。


「つまり俺もか」

「さすが梅姫の半身! 逸れ者だけど」

「外れ者でしょ」

「そうでした!」


仕入れ先の息子のときとは随分と違う冬呀の態度に苛々する。


「これで二つ同時に手に入るんだね」

「待ち遠しかったよ、この八ヶ月……長いようで短いような」

「さっさと片付けないと黄泉守姫来るんじゃない?」

「来ても大丈夫さ。彼女にはもう力がないからね!」


どこか上機嫌に答える冬呀。つまり朱院はあてにできないということか。

なぜ朱院を『黄泉守姫』と呼ぶのかはわからないが、彼らには恐れの対象のようだった。前までは。


「さぁ、その“ココロ”をいただこうか」


冬呀が吠えた。着物が膨れ上がり、銀の毛が生える。目つきは人のそれではなかった。

黄蝶は着物だけとなり、やがてその上に真っ赤な大きい羽の蝶が飛ぶ。


「みんなやっちゃえー!」


一人少女が号令をかけると、二匹は飛びかかってくる。慌てて振り返り、彼女を抱きしめる。


「そうはさせぬ」


凛とした声が響く。そして目の前を何かが飛び回る。視界が薄墨色になり、後ろから叫び声が聞こえた。


「夢次、走れ!」


清院の声に反射的にその場から逃げだした。




彼らはもとの人の姿に戻り床に倒れていた。その体は花弁で動きを封じられている。


「梅姫のくせにこんな力があったなんて!」

「愚か者どもめが。我は見下されるのが大嫌いじゃ。今後のこと、わかっておろうな?」


清院は意地の悪い笑みを浮かべる。それは夢次のように。

こと、こと、と足音。現れた朱院の表情は無機質な陶器のようだった。


「……されざる罪を犯した。わたくしとあなたたちは同じ者。罪を背負い、共に黄泉へと参りましょう」

「ま、待ってくれ!黄泉守姫!話せば……」

「どこに話す必要などありましょか。あなたがたは理を乱そうとした」

「それはそっちだって」

「だから、還りましょう」

「な、ちょ……わああああ!」


問答無用とばかりに彼らは消えていく。

ぽつりと、蜜柑がひとつ転がる。


「朱院……我も」

「なりませぬ。なりませぬよ、清院。あなたには役目があります。お二人が本当の幸せを掴む……私の分まで見届けてください」


にっこりと微笑む朱院。そっと清院を抱きしめ、なだめるように背中を優しく叩く。


「清院と出会えて良かった。壺鈴様も、夢次様も、お父様もお母様も。みんな素敵な人々だった。だからわたくしは……黄泉で待っていますね、清院」


やがてその体が透けていく。掴んでも掴んでも、空を掻く。


「あの人が待っていますから」


最後にぽそり。それは清院には聞こえなかった。





朱院退場

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