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誘導

冬呀から連絡があったのは冬も深まった、初雪の降った翌日。

いつもより冷えると感じ外に出れば、一面真っ白に染まっていた。

それほど多く積もったわけではないが、まだ綺麗な雪に子供のように心が弾む。いつもとは違う景色が、いつもとは違う気分にさせる。

まだ誰もいないと思い両手を広げ背伸びすれば、背中に温度を感じる。お腹には手があり後ろから抱きしめられているのだと気付き叫ぼうとするが、その前に耳元で囁かれる。


「そんなに雪が嬉しいか。子供だな」


その声で犯人がわかり、右足で彼の足を蹴る。


「―っ!」

「意地悪するのがいけないんです」


緩んだ隙に離れて向かい合う。案の定、夢次だった。必死に片足を擦っている。


「腫れただろ」

「そんなに強く蹴ってませんって」

「暴れ馬だな、全く」

「悪いのはそっちですもの」


さっきまで痛そうにしていたのにもういつもの笑みになっているので、もっと蹴ってやればよかったと思う。


「いつもいつも何ですか! 私じゃなくて他の方にやればいいでしょう」

「おまえだから面白いんだ」

「だいっきらい」


そしていつものように頭を撫でられる。子供にするように「よしよし」と言うので腕を叩いてやった。


「朝から仲がよろしいことで」


突然の声に二人で振り向く。そこにはにっこりと人の良い笑みを浮かべる冬呀がいた。


「ど、どうかされましたか、冬呀殿」


慌てて話題を逸らそうと用件を尋ねると、次の仕入れのことで話があるという。

こんな朝早くからということは何か問題が起きたのかもしれない。できればこっちに来てほしいというのでそちらに向かうことにする。


「彼女、少しお借りしますね」

「別に俺に断る必要はない」

「お邪魔してしまいましたから」


夢次が罰の悪そうな顔で、その場を去る。少しおかしくて笑ってしまう。


「では、行きましょうか。朝からすみません」

「いえいえ」


まだ足跡の少ない雪を踏みしめながら冬呀と歩いた。




観光名所の橋に差し掛かる。冬だから木々は寂しい姿。

いつもとは違う通り道に首を傾げながらもついていくと、なぜか橋を渡り始めた冬呀に問う。


「あの、どちらへ?」

「ああ、その前に少し寄りたいところがありまして。壺鈴さんと」

「はぁ」


急ぎの用ではないのだろかと心配するも、何か理由あってのことだろうと考え直す。

やがて橋を渡りきり、城の方へ行く。橋を渡るところまでは来たことがあるが、城へは入ったことがない。普段は出入り禁止になっているからだ。というのも、老朽化が進んでいて来年から改修工事が行われるためだった


「お城は入れないんじゃ」

「ああ、城はだめですが天守閣は大丈夫なんですよ」


初耳の情報に詳しいんですね、と言えば優しい微笑みを向けられる。本当に笑顔の似合う人だ。


「知ってますか。この城はある人を閉じ込めるために建てられたんですよ」

「え?将軍のためではなく?」

「表向きはそうなのですが、将軍は御伽噺が好きで」


なんのことだろうと思考を巡らす。そんな話は聞いたことがない。

けれど次の彼の言葉に思わず体が反応する。


「梅桜物語。古から伝わる桜姫と梅姫の話を、将軍は信じていたのですよ」


彼はそっと手を差し伸べ、段差に気をつけてと告げる。

どうにか手を震えないよう努める。


「大昔にこの地を去ったとされる花姫たちでしたが、何の因果か桜姫だけ再びこの地で再花し、将軍は彼女をこの城に幽閉したそうです」


どくんと、一際高く心臓が鼓動する。それは朱院の自分たちが知らない過去ということだろうか。聞いてはいけないような気がして目を瞑る。


「将軍は彼女を深く愛しましたが彼女は外に出ることを望み、やがて将軍を殺してしまった」


はっと顔を上げれば、真剣な表情で彼は前を見据えている。


「何か、理由があったのだと思います」


自分でもわかる弱々しい声。

朱院がそんなことをするはずがない。あるとすれば事故だったのだと。

けれど彼は首を振る。

階段をのぼりきったところで向き合うと、残酷なまでの言葉が降り注ぐ。


「許されない罪。どんな理由にしろ、彼女が将軍を殺したことに変わりはないわ」


彼の後ろから現れた女性は鮮やかに嗤った。


「黄蝶さん…」


美しい蝶の乱れる赤い着物を身にまとった黄蝶が、冬呀の隣に並ぶ。銀髪に白系統の着物姿の彼とは対照的だがよく合う。

その二人の間からひょこ、と少女が顔を覗かせる。緩やかに波打つ髪で、明るい笑顔を浮かべている。


「あなたが黄泉守姫の半身ね! 綺麗な人~。やっぱりそうくるのね」

「しかも繊細で傷つきやすく、優しくて嘘が下手」

「まさに相応しい“ココロ”の持ち主ってことね」


勝手に話を進める三人。わけがわからず途方に暮れていると、少女がそうだ!と手を打つ。


「ねぇねぇ、開いてもいい?」

「なんで?」

「彼を喚ぶため」

「それはいいね」


これもよくわからない会話をすると、少女が空に人差し指で一線を引く。何をしているのかと見れば、やがてそこがぱっくりと割れ、黒い空間となる。

驚いていると冬呀が微笑んで近寄って来る。


「大切な人がいたんだよね」

「え……」

「そのために家を出たのに、流れ矢で死んじゃったとか」


口元を押さえる。なぜそんなことを知っているのかと叫びたかったが、口に出せば止まらなくなる。

視界が滲み、三人がゆらゆらと揺れる。

浅くなる呼吸が苦しくて、膝をつく。そっと肩に手を添えられた。


「君が望むなら、君の大切な彼を呼び戻してあげられるよ。どうする?」


はっと顔を上げれば、優しい顔の冬呀。彼はそっと横にずれる。

目の前に立っていたのは紛れもなく、いないはずの琴次だった。




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