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俺だけの世界

作者: Sebastian

(ったく、俺ばっかり使いやがってあのはげオヤジめ。

書類のコピーなんてほかの女にやらせればいいのによ!

課長より俺が部長に好かれてるからって、なめんなよ。

お前が仕事ができないからいけないんだっていつになったらわかるんだか。

あ〜あ、あんな会社、俺が牛耳ってやればな〜。

いなくなっちまえばいいんだよ、まったく。)

利夫は電車内での暇つぶしがこうやって会社での愚痴を心の中ではくことになっている。

気づけば会社から降りる駅へ着いている。

ひどい時は終点まで行って乗り過ごした時にきづくこともある。

だけど、今日という日はちゃんと自分の降りる駅で降りられた。

暗い夜道。

駅から家への帰路。

まだ愚痴を心で言い足りない利夫はぼ〜っと歩いていた。

その時、利夫の目の前を黒い影がすごい速さで突っ切っていった。

ただの自転車だと判別するまでに結構な時間がかかった。

「ばかやろうがっ・・・。」

と、言いふらしてみたもののその言葉は利夫の周りのわずかな空間と心に響くばかり。

(ったく、ああいうのもいなくなっちまえ・・・。)

利夫はストレスを自分の心に溜め込んでしまう。

周りから気づかれてないのだが、その分、精神がぼろぼろである。

だけれども、その日だけはやけに怒りっぽかった。

遠くで聞こえるバイクの音に対して、パトカーのサイレンの音に対して、自分の行方をさえぎる歩行者信号に対して、自分と目が合っただけの人に対しても怒りをぶつけていた。

それも心の中で。

(俺はエリートに育ってきたのに何でこんな目にあっちまうんだよ・・・。

ったく、俺より出来ない奴なんていなくなっちまえ。

いや、むしろ誰もかれもいなくなっちまえばいいんだ。

そうすれば、何もかも思い通りにいくんだからよ・・・。)


ぼ〜っと歩いているうちに家に着く。

そこでいつも利夫を待ってくれている存在がいる。

妻、幸恵の存在だ。

会社内にて利夫のできるところに幸恵がひとめぼれして、交際を求め、求婚し続け、二人は結ばれた。

「ご飯、さっきできたばっかだから、一緒に食べましょうね。」

「・・・。」

既に一種の酔いの状態へとなってしまった利夫。

「あなた、いつもストレスをためているのは体によくないのに・・・。

せめて、私の手料理を食べて、早く寝て元気になってね。」

その日の利夫は自分の唯一の理解者である妻でさえも怒りの対象にしてしまった。

「うるせえな。

お前が作る料理なんかよりオフィス街の定食屋のほうがよっぽどうまいわ。

あ〜あ、まあ、まずくはないから食ってやるよ。」

その発言から生まれたのは沈黙。

沈黙の後に現れたものは幸恵の涙。

「あ、あなたね・・・。

どういう思いで私があなたを待っているかわかってるの・・・。

毎日、毎日、心配してるのよ・・・。

そこまで言うんだったら食べないでいいわ・・・。」

涙と怒りに操られた幸恵は手料理を全て台所に持っていき、流しへと放った。

「お、おい・・・。」

やっと目が覚めた利夫、だけど時は既に遅かった。

「もう、あなたなんか、あなたなんか・・・、知らない・・・。」

涙と共に家を出ていってしまった幸恵。

呆然とする利夫。

だけれども、心に残ったものは虚無感と疲労。

(おいおい、それぐらいで怒らなくたって・・・。

まあ、いい、腹もそこまで減ってないしな。

勝手にいなくなってしまえ。

疲れたから寝るかな。)

布団で横になった利夫。


翌日。

目覚まし時計に起こされる利夫。

「おはよう・・・。」

と、声をかけてみればそこに返事はない。

(あれ・・・。

そうだ、幸恵は家を出て行ったのか・・・。

朝には帰っているものだろうと思っていたが・・・。)

朝支度を終え、いつもと違う朝で気分もさえない利夫はいやいや会社へ。

利夫は夜とは違い、眠気のせいでぼ〜っと歩いている。

ちなみに、利夫はまだいつもと何かが違うことに気づいていなかった。

気づいたら駅へと着いている利夫。

時計を見ると7時34分。

(やばい、電車が来る!)

急いでホームを駆け上がる利夫。

(ほっ、よかった。

まだ電車は来てないようだ・・・。)

一安心したのもつかの間、周りには誰も人がいない。

(あれっ、もう行ってしまったのか・・・。

いつもより早いな。)

次の電車は5分後。

のはずであるが、その5分後になっても電車が来る気配がない。

むしろ、ホームにひとが全くやってこない。

駅の電工掲示板を見てみるとそこには、次の電車は4時45分に来ると書いてある。

(どうなってるんだ、この世界は・・・。)

駅長室を見るも人はいない。

ホームから見える景色に人は全くいない。

「と、と、とりあえず会社に電話だ・・・。」

と、電話をしてみるものの誰も電話に出る気配もない。

(そ、それならば・・・。)

利夫は嬉しかった。

何が嬉しかったってこの状況では会社を休まざるをえないからだ。

それも無断欠勤。

利夫はホームを去り、改札を出て家へ戻っていく。

だけれども、相変わらず人はいない。

利夫は静か過ぎる街を歩きながらいやに緊張していた。

(な、な、なんで人がいないんだ。)

利夫はまだ気づいていなかった。

自分以外の人間がいなくなって欲しかった利夫が望んでいたことになっていただろうとは。


(家には妻もいない、食事を取るにはどうしたらいいだろう・・・。)

人がいないことを考えても答えが出ないだろうと判断した利夫は食事の心配をし始めた。

「そうだ、コンビニだ!」

利夫は大のコンビニ好きである。

昨日、妻に対して定食屋がうまいなんていっていたが、昼食は大体コンビニの弁当で済ませていたのだ。

コンビニへと足を運んだ利夫。

(いくらなんでもここには人がいるだろう・・・。)

コンビニの前についた利夫。

唾を一回飲み込んでから店内へと入る。

「いらっしゃいませ〜。」

その声に反応した利夫。

「お、お、お前はどこだ・・・、どこにいる・・・。」

利夫はその声の主を探す。

しかし、どこにも見当たりそうにない。

利夫が店内をうろついていると再び声が聞こえた。

「ありがとうございました。」

(ん・・・?

もしや・・・。)

そう、ただ人が出入りした時にセンサーで反応して機械が声を発生させていただけであった。

結局、ぬか喜びに終わってしまった。

利夫はコンビニで適当にパンとおにぎりを盗んできて帰った。

そして、家へ。


家に居ても誰も相手はいない、そして仕事があるわけでもないから暇である。

未だに誰も人がいないことを疑っている利夫は人間探しをすることにした。

昨日までは、外を歩けば腐るほど人がいた。

それが信じられないくらいの変わりようである。

利夫はいろんなところへと出向いた。

再び駅へ、高層ビルのロビーへ、電化製品店へ、母校の小学校へ、自然公園へ・・・。

だけれども、いくら探せども人は見つからなかった。


探し続けた果てにたどり着いたのは川沿いの土手。

時刻はすでに夕刻。

夕焼けの日が川の水面に現れていると共に利夫を照らしている。

利夫は土手の草原に寝転がって目をつぶって今までを思い返してみた。

(俺ってなんでいっつもこうやって不幸な目にあうんだろうな。

だいいち、今の会社だって一番入りたかった会社じゃなかったしな。

心で思っているより声で出してみるか。

誰も聞く奴なんていないんだから。)

「大体、あのハゲ課長もひどいよな。

自分が年齢を重ねても出世ができないからって俺にやつ当たりするなんてよ。

あれは勘弁してほしいよな〜。

だけれども、幸恵にはひどいことを言ってしまったな。

大体、俺以外の人間がいなくなってしまったら一番困るのは俺自身なんだって勉強させられたな。

だけれども、今更何を言おうが遅いよな。

俺が今、死んだって誰も見てくれる人はいないし、俺が生きていたって誰も見てくれる人なんていないんだな。

俺以外の人間がいなくなるぐらいなら俺だけがいなくなった方がよかったな。

それだと、他の人間はせいせいするわけだし、俺はいやな思いをすることもないんだよな。

だけど、それもまた幸恵を困らせてしまうんだよな。


あ〜あ、俺って一体なんなんだろう。

この世界で必要なのかな、俺って。」

利夫は改めて自分を振り返る。

それも今更である。

それを聞こうとする人間もいなければ、利夫を思う人間もいない。

空回りするその利夫の思いが利夫にもたらしたものがあった。

「ははっ、はははっ、はっはっはっ・・・。」

それは利夫の甲高い笑い声。

しかし、その笑い声は辺りにむなしく響き渡るだけであった。



お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  孤独になりようやく冷静に自分を振り向くラストがとても切なかったです。評価としては、主人公の言葉などが説明ぽかったことと何となく流行のハルヒを思い出してしまったことから少し低めにしてしまいま…
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