表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
街の事務員の日常  作者: 滝田TE
街の事務員の日常 余話
37/39

余話・其の三 とある首飾りの魔法(前編)

 誠に勝手ながら、当該エピソードは途中ではありますが打ち切りとさせてください。

 小説家になろう様のマニュアルに記載されている削除対象には当たらないため、本文を消すわけにはいかないので、このまま残しておくことになりますが、(後編)は今後投稿する予定はありません。

 申し訳ありません。

「へぇ、面白いもんね~。特に、この硬いようで柔らかかったりするところとか、折り曲げても元に戻るのに刃物で簡単に切れちゃうところとか」


 イレ・マバル諸島でも南部に位置する、島全体に拡がる大規模農園の主を前にして、黒髪の冒険者がその手に持ったモノを色々と弄繰り回しながら感心するように声を上げた。


「グスイーはディムエールにも輸出しております。加工が少しばかり面倒ですが、色々と使い途はありますようで、定期的に注文をいただいております」


 強い陽射しによるものか、それとも元々そういった肌の色を持つ人種なのか、真っ黒に焼けた肌の農園主は、愛想良くフォーンロシェに説明する。


「ふぅん……。じゃ、試しに一つ貰って行こうかな。ね、グラナ?」


 やや薄い土色をした板状の“それ”をぷるんぷるんと振りながら、混血者の少女は相方の狼人族に向き直った。


「好きにしろ。修一郎に渡せば、何か使い途を見つけるだろう。

 ……それより主。先ほどの話は、本当か?」


 グラナとしては、フォーンロシェの持っている物よりも、農園主が口にした“ある情報”のほうが気になるようであった。

 腕組みをした姿勢のまま、視線だけを愛想を振りまく人間族の農園主へと動かす。


「え、ええ。本当でございます。

 そもそもこのグスイーも、その異世界人が見つけ、農産物として作り出したのが始めと言われておりますから。

 家系は三代で途絶えたようでございますが、その家は今でも村の外れに残っております」


 この地方では狼人族は珍しいのだろう。グラナとしては、普通に接しているつもりなのだが、対する人間族は僅かに怯えているようだ。


「その家に入ることは出来るか?」


「それは問題ないかと思われますが、一応村長の許可を得られてからのほうが良いかと……」


 恐る恐るといった体で、農園主は答える。


「そうか。おい、ロシェ。買うならさっさと支払いを済ませてしまえ。村長の家に行くぞ」


 そう言って、グラナは踵を返した。

 仮にその異世界人の家に入れないにしても、何かしら異世界人に関する話は聞けるだろうから、村長の下を訪れる理由としては充分である。

 フォーンロシェが手にしているモノは、どうせ本格的に取り引きするとなれば、マリボー商店の者か或いはその意を汲んだ代理人が、買い付けに関する交渉を行うことになるのだ。

 とりあえず見本となるものを持ち帰り、後は彼らに任せるべきだろう。

 そういった取引に関しては、そもそも冒険者としての領分からは逸脱しているうえに、本職に敵うはずもない。


「りょーかーい。

 ねぇ、農園主さん。アルベロテスから買い付けに来るかも知れないから、その時は宜しくね?」


 懐からイレ・マバルの通貨の入った財布を取り出しながら、フォーンロシェはありったけの営業スマイルを浮かべる。


「ええ、それはもう!心よりお待ちしております」


 女性として成熟しきっていないとは言え、充分に美人として通る顔立ちの少女に笑みを向けられ、農園主は四割以上“ある種”の期待をこめた応えを返すのだった。




 農園が属する村の長が住まうという集落へ向かいながら、グラナとフォーンロシェは歩いていた。

 アルタスリーアとは違い、イレ・マバルの道はその殆どが剥きだしの赤土である。

 二人の右側は先ほどまで居た農園の敷地が道の先まで続いており、左側は紺碧の海と白砂の浜が広がっている。


「……グラナ、そろそろいいんじゃない?」


 さり気なく辺りを見回した後、混血者のフォーンロシェがおもむろに口を開く。


「そうだな」


 相方よりも鋭い感覚を持つ狼人族のグラナは、一応自らも固有能力の気配探知を使い、周囲を探る。

 そして誰も居ないことを確認すると、短く応じるなり口を大きく開けて舌をだらりと出した。


「慣れてるとは言え、やっぱりだらしなく見えるわねー」


「仕方ない、だろう。獣人族の、大半は、体温調節が、得意では、ないんだ。

 特に、狼人族や、犬人族、猫人族はな……」


 文字通り犬のように、口を開けてはっはっと短い呼吸を繰り返しながらの会話であるため、グラナの言葉は一句一句区切るように喋るかたちになってしまう。


「だから着替えなさいって言ったのよ。こんな南国で皮鎧なんて着てたら火傷しちゃうわ」


 そう言うフォーンロシェは、イレ・マバルに到着してすぐさま地元の衣料品店へと向かい、現地の服を調達していた。

 鮮やかな青地に白や珊瑚色の花々をあしらった、通気性の良い丈長の貫頭衣に身を包み、腰の辺りに黄色の帯を巻いて裾を調節している。

 一見、完全に現地民の出で立ちであるが、それを感じさせないのは帯に佩いている愛用の長剣が、彼女が荒事もこなす職に就いていることを物語っているのと、何よりこの辺りでは見かけない黒髪と小麦色の肌であるからだろう。

 対するグラナは、普段どおりの鋼板で補強した皮鎧に厚手の皮ズボン、足もとは鉄靴といった格好だ。

 皮製というだけで、通気性は皆無と言って良い状態であるうえに、グラナの着ている鎧は部分的ではあるものの、金属の板が貼り付けてある。

 南国特有の叩きつけてくるような陽射しと気温の中で、このような格好をしていれば、狼人族でなくとも暑さで参ってしまうのは分かりきったことであった。

 それでも、「何かあった場合のため着替えるつもりはない」と頑なに着替えようとしないグラナに、フォーンロシェは、


「じゃあ、好きにすれば」


 と、ドライに言い放ったのである。

 こういった遣り取りは、今回だけではない。既に何度も交わしていることなのだ。

 言って聞かないなら、本人の気の済むようにさせるしかない。

 それに、グラナの言うように“何かあった”場合、フォーンロシェはその身軽さを活かして相手を翻弄し、グラナは瞬発力と膂力の双方をもって足を止めて相手と対峙するのがセオリーであるので、一応言い分としては理解できるのだ。

 ただ、周囲を警戒しながらも、上半身の力を抜いて口から舌を出して歩くという、一種異様な格好の相方を見るたびに、フォーンロシェとしてはもうちょっとどうにか出来ないのかと思ってしまうのも確かであった。

 唯一の救いは、その様なだらしない格好を見せるのはフォーンロシェの前だけであって、他者の居る場では平然とした様子で振舞うことだろう。

 他種族の前でこのような姿を見せないのは、狼人族としてのグラナの矜持か、相方であるフォーンロシェへの配慮なのか。

 或いはその両方かも知れない。


「毛があるから、火傷することは、ないがな」


 これも通例となった遣り取りなのか、相変わらず小刻みな息遣いと共に言葉を返すグラナに、フォーンロシェは呆れながらも歩みを速めた。


「じゃあ、さっさと村長さんのとこへ行って、話を聞きましょ。

 そしたら、後で水浴びさせてあげるから」




 その後、農園主と同じ肌の色をした村長と会い、異世界人に関する情報とその家に立ち入る許可を得た二人は、教えられた場所へと向かった。

 異世界人の情報に関しては、大半が特産となったグスイーを島に広めたことと、それによってイレ・マバルの中でも指折りの裕福な島になったことに対する賞賛の言葉であった。

 その他には、その異世界人はこの辺りでは珍しい白い肌をしていたこと、島の女性と結婚し村の外れに居を構えたこと。

 夫婦の間には二人の子供が居たこと、その子供たちもグスイーの普及に努め、彼らもまた現地の人間族と結婚したこと。

 グスイーの栽培法及びそこから採取される樹液の加工法が島中に広まった頃に、全員が食中毒によって死亡したこと、などであり、結局その異世界人はこの島で一族諸共病死したようである。

 異世界人夫婦とその子供夫婦に加え、六人もいた孫が一度に死亡したという話には、流石にきな臭いモノを感じた二人であった。

 しかし、実際はどうであれ、表向きはこの島の住人たちはその異世界人に対して感謝の念を抱いているようであるから、村長の言うとおり不幸な偶然であったのかも知れない。

 ともあれ、村長宅を辞したフォーンロシェとグラナは、約束どおり異世界人の住んでいた家に行く前に、近くの小川で水浴びを済ませ、さっぱりとした気分でその家を訪れた。

 島の住人たちが定期的に手入れを行っているのか、異世界人の家の周りの雑草は刈り取られ、屋根の一部が剥がれかけてはいたものの、今でも充分居住可能な程度には管理されているようだ。

 ただ、内部は家財道具や日用品などは殆ど持ち出されており、木造の家はだだ広く侘しい印象を冒険者たちに与えた。


「これといった物はなさそうねー」


 がらんとした室内を見回しながら、落胆の吐息と共にフォーンロシェが口を開く。


「住む者たちが居なくなって、優に二十年は経っているようだからな。家が朽ちていないだけでもマシだと思うしかなかろう」


 島に自生している椰子に似た植物と、生長が早く加工し易いと言われる木材で作られた平屋建ての家を隅々まで見て周った二人は、かつては調理場であった場所へと足を踏み入れていた。

 そこには、ひび割れ半ば朽ちている木製食器と、いくつかの陶製食器の破片が土を均した床に散らばり、水を貯えておくための巨大な水がめが部屋の片隅に置かれている。


「遺留品は村のヒトたちで分け合って処分したって言うから、これは望み薄かなー」


 予め村長から聞いていたので、期待はしていなかったが、ここまで何も残っていないのでは、ぼやきの一つも出ようものである。

 フォーンロシェが足もとの食器の欠片を摘み上げ、暫し眺めてから放った。


「まあ、あのグスイーとか言うモノを作るための道具は、現地で調達したらしい。大抵の家財もイレ・マバルに昔からある物を使っていたそうだから、他の住民が自分たちで使うために持ち去ったのだろう。

 仮に、珍しい物があったとしても、そう簡単に部外者には明かすような真似はすまい。

 修一郎には悪いが、今回も情報だけしか持ち帰るものがなさそうだ」


 グラナも同様に調理場を見回して、自分の考えを述べる。


「ま、しょうがないか」


 そう言って、フォーンロシェが何の気なしに、横にあった水がめを剣の鞘で軽く叩いた。

 ややくぐもった音を内部に反響させながら、土で作られた水がめが鳴る。


「……うん?」


 エルフ族の特徴を僅かに残す尖った耳は、その音に違和感を覚えたようで、フォーンロシェが表情を変えた。


「グラナ……」


 自然と、彼女の声も低く小さくなっている。


「ああ」


 相方の狼人族も、その異音に気付いたようで、水がめへと歩み寄った。


「これ、普通の水がめじゃないみたいよ」


 この島を流れる数本の川は、どれも決して水量が多いとは言えないため、島の住人たちの家には大抵同じような大きさの水がめが置いてあり、そこに生活用水を溜めるようになっている。

 グラナたちが逗留している宿屋にも、ほぼ同じ大きさのものがあったのだ。

 自身の身長と変わらない高さの水がめを珍しがって、フォーンロシェがそれを叩いて鳴らす悪戯をしたことがあったが、その時に比べ、先ほどの音は明らかに違っている。


「……お宝発見、かな?」


「さあな。だが、確かめる必要はありそうだ」


 暫くの後、二人は二重底になっていた水がめから、一本の首飾りを見つけることになるのであった。






「それが、この首飾りってわけよ」


 修一郎宅の居間でテーブルについたフォーンロシェが、得意げに異世界人の家で見つけた物を懐から取り出した。

 それほど手の込んだ装飾はされていないものの、首飾りの最大の特徴である本体部分……所謂“トップ”は黄金こがね色の金属で作られており、そこに設えられた石座には見る角度によって色の変わる奇妙な宝石が填め込まれている。

 首にかけるための紐は、現地の植物を編んで作ったのだろう、長い年月のため変色しているが一応その形を保っていた。

 ちなみに、本来の依頼であったコーヒー豆と、ついでに持ち帰ったグスイーは既に修一郎へと渡してある。

 コーヒー豆は勿論のこと、物の試しと買ってきたグスイーも修一郎を大層喜ばせることとなった。

 どうやら、グスイーは修一郎の世界では“ゴム”と呼ばれるもので、あちらの世界でも用途の広い品物らしい。

 「これをケーゼさんの所へ持っていけば、靴底を……」などと、早速何やら使い途を考え始めている。


 季節は、秋の二の月(九月)十二日。

 あれほど強かった夏の陽射しは、今ではその激しさを減じ、ナズ河から吹いて来る風も乾いた涼気を伴うようになっている。

 居間には、修一郎とルキーテの他に、ソーンリヴ、クローフルテ、ラローズ、そしてイレ・マバル諸島から戻ってきたばかりのグラナとフォーンロシェが集まっていた。

 ゼリガは四人目の子供を身篭った妻の面倒を看るため、イルーは子守りがあるために来ていない。

 パノーバとプレルは、愛娘のクリュが風邪をひいて寝込んでしまっているので、その看病のため不在である。

 レベックとバランダに関しては、以前から試行錯誤していたバネの製作に目途が立ち、クレルミロン運送全面協力の下、馬車の緩衝装置として利用すべく王都に赴いている。

 そういったわけで、修一郎宅には五人の客人が訪れている状態であった。

 居間のテーブルの椅子は六脚しかないので、グラナはフォーンロシェの傍で絨毯の上に直に座っている。


「じゃあ、それは異世界人の遺した首飾りということになるんですか?」


 食堂の定休日とマリボー商店の定休日が重なったこの日、クローフルテと共に訪れていたラローズが、珍しそうにフォーンロシェが摘んでいる物を見つめる。

 彼としては、異世界人というと目の前の修一郎しか知らず、他の異世界人に関しては世間一般で噂されている程度のことしか知らないのだ。

 その異世界人の家で見つかった品物であるというだけでも、興味を惹かれるには充分なのだろう。


「多分、ね」


 首飾りを指先で器用に弄びながら、冒険者の少女が短く答える。


「『多分』とはどういう意味です?冒険者組合なり魔法院なりに依頼すれば、鑑定してもらえるのではないですか?」


 フォーンロシェの言葉に疑問を覚えた修一郎が、冒険者の間では一般的なシステムに関して訊ねた。

 修一郎の言うとおり、依頼中若しくは探索中に発見した由来不明の物品については、冒険者組合に申し出れば、組合の職員か魔法院に鑑定作業を頼むことが出来るのだ。

 無論、無料ただというわけには行かないが。


「そんなことしたら、これ、私たちの元に戻って来なくなるわよ?いくら組合が独立した組織だって言っても、魔法院に話が行くってことは、国が絡むってことなんだから。

 それでもいいの、修一郎?」


「あぁ、そう言えば……」


 言われて修一郎は、何かに思い当たったように、少しだけ眉を顰めながら納得した。


「どういうことだ?」


 修一郎の隣に座って遣り取りを聞いていたソーンリヴが、そんな恋人に向かって質問する。

 同居こそしていないが、こうした休みの日や仕事が定時に終わった日などは、ソーンリヴは修一郎の家に居ることが殆どであった。

 尤も、既に修一郎はソーンリヴの母親に、彼女と結婚を前提とした付き合いをしている旨の挨拶をしに出向いており、二人が正式に結婚するのは時間の問題であると周囲の者も分かっているので、何ら冷やかされることもなく至って普通に過ごしていたが。


「魔法院……というより国は、異世界人の身柄こそ無意味に拘束したりはしませんが、異世界人が遺したモノに関しては、そうじゃないということですよ。

 現に、私もそういった内容の契約を魔法院と結んでいますしね。

 ついでに言えば、身柄の方も表向きは自由ですが、実際のところはしっかりと監視されていますよ。私だけではなく、ソーンリヴさんや私と交流のあるヒトたち全員、ね」


 苦笑を浮かべながら、修一郎が説明する。

 先のマリボー商店襲撃事件も、本を正せば、修一郎がもたらしたライターやメガネといった品物や、バネのような機巧から生まれる利益を独占しようとした、ロフォル・マゴールの暴走によるものである。

 そして、マゴールは魔法院とも繋がりを持っていた。世間に対しては公明正大な態度を貫いているが、魔法院ひいては国がそのことを知らないわけがないのだ。


「そういうこと。コレが異世界人の遺したモノだなんて知れたら、まず間違いなく魔法院が出しゃばって来るに決まってるもの。

 今だって、グラナが気配探知を使って周囲の目がないことを確認したから話してるんだし」


「修一郎にとって、その首飾りから何らかの情報を得ることが出来るなら、そのまま黙っていればいい。

 そうでないなら、後で知らぬ顔して組合に報告するだけのことだ」


 床に座り込んでいた狼人族が、相方の言葉を補うように口を開いた。


「じゃ、じゃあ僕も国から見張られているってことですか!?」


 異世界人に関する裏の事情を初めて知ることとなったラローズが、今さらながらに周囲を見回しながら声を上げる。


「…………」


 近々挙式を行い、新妻になる予定であるクローフルテがいつもの無表情に近い顔で、無言のまま頷いた。


「まず間違いなくそうでしょうね。ですが、そこまで神経質になる必要はありませんよ。

 私がおかしな真似をしない限りは、周囲の皆さんに害が及ぶことはないですから」


 これまたいつもの柔和な笑みを浮かべた修一郎が、ラローズを落ち着かせるように言う。尤も、マゴールさんの件があるので絶対とは言い切れませんが、と付け加えると、やおらフォーンロシェが声を張り上げた。


「そういえば、修一郎!やっぱりあの時、私たちが残ってたほうが良かったんじゃない!」


 終わったはずの話題を、蒸し返してしまい、修一郎はしまったと言わんばかりの表情で首を竦める。

 修一郎がリバロたちにより大怪我を負ったことに関して、ひと悶着あったのが凡そ子鐘一つ(約一時間)前。

 アーセナクトに戻り、修一郎の下を訪ねた二人が事のあらましを聞いて、ちょっとした騒ぎになったのだ。


「こうなったらアレね!私たちもこの街に腰を据えるべきね!そうでしょ、グラナ!」


「俺は別に構わんが」


 一人で興奮し、勝手に対策案を出して納得しているフォーンロシェだったが、グラナも反対するつもりはないようだ。

 普段は態度に表さないものの、この狼人族の冒険者も相方同様、修一郎のことを気にかけているのだろう。


「ま、まあ、その話はおいおいするとして……。まずは、その首飾りを見せてもらえませんか、ロシェ」


 再び鼻息を荒くしている黒髪の少女を宥めるように、修一郎は話題を元に戻すべく口を開いた。


「本体の裏に文字が刻んであるとか言ってましたよね?」


 フォーンロシェに向かって手を伸ばしつつ、修一郎が先ほど聞いた説明を繰り返す。


「ああ。どうもこちらの世界の文字ではなさそうでな。

 それがあったからこそ、こうやって持ち帰ったんだが……おい、ロシェ」


 相方に代わって答え、グラナが未だ興奮冷めやらぬフォーンロシェを促した。


「もー!そうやってすぐはぐらかすのは修一郎の悪い癖よ!はいっ!」


 形の良い唇を尖らせて愚痴を零しながら、それでもフォーンロシェは素直に首飾りを修一郎へと手渡した。


「ありがとうございます」


 冒険者などという荒事を生業にしているわりには、細くしなやかで傷一つない指先のフォーンロシェから首飾りを受け取ると、修一郎はそれをじっくりと眺める。


「専門外なので詳しくは分かりませんが、本体の装飾に関してはこちらの世界のものだと思います。似たような装飾を、ダリンで見た覚えがありますし。

 材質は……うーん、こればかりはバランダさんに訊ねたほうがいいでしょうね。

 宝石も見たことがない石ですから、これはレベックさんかな……」


 様々な色に変化する宝石の填まった首飾りを見つめて、修一郎はここに居ない職人たちの名を挙げる。

 異世界人が遺したという首飾りをつぶさに観察している修一郎の周りに、何時の間にかその場に居たほぼ全員が集まっていた。

 腰を上げていないのは、持ち帰った当事者のグラナとフォーンロシェだけだ。


「きれいだね」


 修一郎の腕の下から顔を覗かせたルキーテが、素直な感想を口にする。


「多少古びてはいるが、確かに見事なものだ」


 横に座るソーンリヴも、虎人族の少女に賛同するように頷いている。


「填め込まれた石から、微かな魔力を感じますが……」


 石座の宝石を見つめながら、エルフ族のクローフルテが何かを感じ取ったように呟く。


「じゃあ、何らかの魔法が込められてるってことかい?クロウ」


 改めて首飾りを眺めつつ、恋人の愛称を口にするラローズ。


「そこまでは分からないけど。…………その呼び方は、二人だけの時にしてと言ったはずです」


 夫となる人間族の問いに普通に答えた後、愛称で呼ばれたことに気付き、顔を赤くしながら訂正を求めるクローフルテ。

 そんな二人を微笑ましく思いながら、修一郎は首飾りを持ち直して裏面に彫られているという文字に目を遣る。


「これは……」


 そこには、かつて見慣れた、そして今では懐かしく感じられる文字が刻まれていた。

 母国語でこそなかったものの、現代日本では身近に溢れていた言語。英語。

 その単語の羅列には、見覚えがある。

 確か、古い歌のタイトルだったはずだ。


「面白い形の文字だね。これ、シュウイチローの国の言葉?」


 修一郎の顔の下から覗き込んでいたルキーテが、その文字列を見て、自身の保護者に尋ねる。


「いえ、私の国の言葉ではありませんよ。ですが、あちらの世界では比較的広く使われていた言葉ではありますね」


 刻まれた文字から目を離すことなく、修一郎が答える。


「…………」


 修一郎の後ろに立つクローフルテは、何かを探るように黙り込んだまま、首飾りに彫られた文字を見つめている。


「それじゃあ、その言葉が何て書いてあるかは分かるの?」


「そうですね……。確か、『楽しい我が家』とか『愛しき我が家』といった意味だったと思います。

 きちんとした文章と言うより、歌の題名ですね。こちらの世界で言えば、『恵み多きナズの流れ』みたいなものです」


 ルキーテの質問に答えつつ、虎人族の少女にも分かるように、この国で古くから唄われている歌の名前を例として挙げる修一郎。


「へぇ~。そういう意味だったんだ。

 ね、修一郎。試しに向こうの言葉でその文字を読んでみてよ」


 ルキーテと修一郎の会話を聞いていたフォーンロシェが、好奇心を瞳に宿らせて異世界人の男を見る。


「それは構いませんが……」


 決して得意とは言えなかった英語の成績を思い出しながら、修一郎は苦笑した。

 典型的と言えば語弊があるかも知れないが、修一郎も多くの者のように読み書きは出来るが、ヒアリングとスピーキングはいささか心許ない、そんな日本人の一人であったのだ。


「母国語ではないので、これが正確な発音と思わないでくださいね」


 そんな前置きという名の言い訳をしておいて、修一郎は首飾りに刻まれた文字に視線を移した。


「ええと……」


 修一郎がその“言葉”を口にしようとした時、エルフ族の女性の声が響く。


「待ってください!不用意にそれを読むのは……!」

「『Home! Sweet Home!』」


 クローフルテが制止の言葉を言い終えるより早く、修一郎はそれを読み上げた。

 その直後、首飾りに填められた宝石が、低い振動音と共に虹色の光を発し始める。


「うっ……」


 同時にその場に居た全員が、不意に眩暈に似た感覚に襲われた。

 足元の地面が消失したような、奇妙な浮遊感が一同を包む。


「いかん!」


 修一郎から少し離れた場所に座っていたグラナが、そんな中素早い動きで立ち上がり、異世界人の下へと走り寄ろうとする。

 しかし。


「こ、これは……、“あの時”の……」


 十年前に一度だけ経験した感覚を思い出した修一郎が、その台詞を言い終える前に、居間は急速に膨れ上がった虹色の光に包まれた。



 本編ラストで出番のなかった冒険者二人組が、イレ・マバル諸島で見つけた首飾りが発端となった騒動のお話です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ