第二十三話 野盗の襲撃
それは突然起こった。
木々の合間から飛来した一本の矢が、先頭を走るコタールの馬の首筋に突き立った。
矢の刺さった馬は激しく嘶き暴れたが、幸いなことにコタールの馬車は二頭立てであったため、横転は免れた。
しかし、もう一頭の馬も恐慌状態に陥り、矢を受けて暴れる馬に引き摺られる形で公路を外れてしまう。
「くっ……!なんだ!?」
必死になって馬を制御しようとするコタールであったが、なかなか思うように行かない。後ろの荷台からは、妻子の悲鳴が聞こえてくる。
「こ、コタールさん……!何が……うわあっ!」
一緒に御者台に座っていたノーブスが、出鱈目に森の中を走る馬車の揺れで車外に放り出された。
「止まれ!止まれ……っ!」
コタールが手綱を思い切り強く引いて、馬を止まらせるように声を張り上げるが、それでも馬車は右に左にと森の中を暴走する。
やがて、矢傷を負った馬が力尽きるのと同時に、馬車が雪溜まりに乗り上げることで、その暴走は止まった。
なんとか転落せずに済んだコタールが、荷台へ向けて声を張り上げる。
「ハーベラ!子供たちは大丈夫か!?」
「……私たちは大丈夫。それよりも他のヒトたちを」
荷台の中は仕入れた商品やら、コタールたちの私物やらが散乱していたが、我が子の無事を確認したハーベラが夫の意識を隊商参加者へと向けさせる。
「コタールさんは、ノーブスさんを探してください!他の方々の様子は私が見てきます!」
何時の間にか荷台から降りた修一郎が、公路がある方角へ向けて走り出していた。
激しく揺れる荷台の中から、修一郎はノーブスが転げ落ちる瞬間を目にしていた。地面には下草が生えており、しかも雪も積もっているので、最悪の事態にはなっていないだろうが骨折くらいはしていてもおかしくない。
「頼む!だが気をつけろ!野盗の仕業かも知れん!」
フォーンロシェに揶揄されたように、修一郎は武器らしい武器を携行していない。
精々が荷造りや野営時に使うような、刃渡りが手の平サイズのナイフを所持しているくらいだ。
これは、修一郎が武器の類を手にしたがらなかったためだが、元の世界で何らかの武術を学んだわけでもなく、この世界でもそういった鍛錬を行っていない彼が、それらを振り回したところでまともに使うことなど出来ないと分かっていたからでもあった。
「分かりました!コタールさんも気をつけて!」
立ち止まることなく、顔だけコタールへと向け、応じる修一郎。
幸い、森の中の積雪は踝あたりまでしかなく、暴走した馬車の轍がはっきりと見えていたため、修一郎は迷うことなく公路へと急いだ。
「あなた、私たちも移動しましょう。荷物はとりあえずここに置いたままでも構わないから。
もし、本当に野盗ならノーブスさんや隊の皆が危ないわ」
ハーベラと子供たちも荷台から降りて、コタールの傍へと歩み寄る。ランシュは今にも泣き出しそうな顔で確りとハーベラの手を握り締めていた。
「そうだな……。轍を辿ればノーブスが落ちた場所も分かる。
彼を探しつつ、隊の皆と合流しよう」
周囲を見回してみるが、森の木々に遮られて、ここからは公路上に居るであろう一行の姿は見えなかった。
「ハーベラ、荷台から短剣と弓を出してくれ。パルメルはランシュを頼む。
ランシュ、お前は姉さんの傍から決して離れるんじゃないぞ」
コタールもハーベラも、長年行商人としてやってきている。自衛のための武器の扱いは、ある程度心得ていた。
ただし、それも街中に暮らす一般市民に比べて多少慣れているといった程度で、とてもじゃないが、警護団や冒険者のように武器を振るえるわけではない。
頷いて荷台から二振りの短剣と、一張りの短弓と矢筒を取り出したハーベラは、短剣の一振りをコタールに、もう一振りをパルメルに手渡し、自分は短弓を手に持った。
「よし、では行こう。いいか、くれぐれも周囲には気をつけるんだぞ」
そう言ってコタールが踏み出した足の底で、積もった雪が微かな音を立てた。
果たして、轍を辿って進んだコタールたちは、途中で倒れているノーブスを見つけることができた。
幸運にも足などは骨折していないようであったが、転落した際、地面に右肩をしたたか打ち付けてしまったらしく、右腕はだらりと垂れ下がっていた。
武器を手にしたコタールたちを見たノーブスは、「野盗ですか!?」と顔を青褪めさせたが、念のためだと答える隊長の言葉に、自らも腰に差していた短剣を左手で握る。
先ほど馬を射た者が野盗であるならば、未だどこかに潜んでいる可能性があり、いつまた木々の間から矢が飛んでこないとも限らない。
注意深く周囲に気を配りながら、コタールは馬車がつけた轍を目印にして公路へと進む。
暫くすると、前方から硬い金属音と怒号が聞こえてきた。
コタールの予想は、残念ながら当たっているようであった。
ノーブスとパルメル、ランシュには後から来るようにと、指示を出したコタールは、ハーベラを伴って争いの音がする方向へと走った。
ハーベラは既に矢筒から矢を取り出し、いつでも射ることができる態勢をとっている。
その集団の服装が確認できる距離まで近づいた時、そこは完全に戦いの只中であった。
道端には、薄汚れた防寒服を着た見知らぬ人間族の男が二人横たわっている。おそらく野盗だろう。
そのすぐ傍には、コタールの馬同様、首筋に矢を受けた馬が一頭、馬車に繋がれたまま絶命していた。
たしか、この馬車は自分たちの馬車が故障したバンルーガ商人が、セギュール隊の商人から借りていたものであったはずだ。しかし、周囲には乗り手であったはずの二人の商人の姿はない。
集団に目を遣ると、その中央には一台の馬車を背にするようにして、短剣を片手に素早く動き回る小柄な人影と、短剣を両手で持ち、周りを囲む者へ向けている長身の人影があった。
馬が繋がれていないその馬車と二人を囲んでいるのは、四人の人間族のようである。
しかし、ハーベラはその四人を見て違和感を覚えた。うち二人の服装に見覚えがあったのだ。
「まさか……」
短剣を構えて、小柄な人影……シルトに斬りかかろうとしているその男は、先ほど馬車の故障により怪我を負ったはずのバンルーガ商人であった。
前を走るコタールもそれに気付いたようで、短剣を握る右手に更なる力が込められたのが、ハーベラにも分かった。
一瞬だけ振り返り、ハーベラに対し視線で合図を送ったコタールは声を張り上げる。
「貴様ら!何をしている!」
その直後、ハーベラは足を止め、明らかに商人とは違う服装の男の一人に向かって矢を放った。
コタールの怒声に馬車を取り囲んでいた男たちの動きが止まり、そのおかげで、ハーベラの短弓から放たれた矢は、狙いを過つことなく男の右腕に突き刺さった。
ハーベラの使っている短弓は、一般的な長弓に射程も威力も及ばないものであったが、それでも防寒服程度は貫通したようだ。
不意に襲った激痛に、男が手にしていた剣を落として怯んだところへ、シルトが斬りかかる。
左腹部から右腰部へと振り抜かれたシルトの短剣は、その男に致命傷を与えることに成功したらしく、短い苦鳴を上げた男はその場に倒れこんだ。
その頃にはコタールも集団へと肉薄しており、三人に減ってしまった男たちの間に僅かな動揺が走った……ように見えた。
「コタールさん、気をつけてください!彼らは野盗の仲間です!」
恐らくシルトが倒した者から奪ったであろう短剣を構えた修一郎が、行商人と名乗っていたバンルーガ人から視線を外すことなく叫ぶ。
その姿は堂々としているようには見えず及び腰であったが、それでも一応は牽制にはなっているようだった。
何度か野盗の剣が掠めたのか、修一郎の着ている防寒服は所々が破れてはいたが、運よく手傷は負っていないようである。
「見れば分かる!」
修一郎が対している相手に短剣を振りかざしながら、短く応じるコタール。
ハーベラは先ほどの場所から動くことなく、野盗の動きを封じるべく頃合を見計って矢を射ている。動かないのは、コタールほど接近戦に慣れていないことと、もうじき追いつくであろう、パルメルたちに遠目からでも現状を知らせる意図もあった。
矢を射かけながら、ハーベラは修一郎たちが護っている馬車を観察する。
ここに来るまでに見かけた馬車は、自分たちが乗っていたものを含めて二台。三台編成で出発したので、必然的にあの馬車にはハーフリング族の商人夫妻が乗っていることになる。
しかし、ここから見る限り彼らの姿は確認できない。荷台の影になっているのか、それとも既に野盗の手にかかったのか……。
そして、もう一つ気になることがハーベラにはあった。
コタール隊のバンルーガ商人が、実は野盗が扮していたように、セギュール隊のバンルーガ商人も野盗であるという可能性である。
通常、行商人に限ったことではないが、顔見知りでない限り初対面時には名乗りあうものだ。顔と名前を覚えてもらわねばならない商人なら尚更である。
隊商に加わった際、彼らはそういった素振りを見せていただろうか。
ハーベラは、野盗の注意を逸らすべく矢を射かけながらも記憶を辿ってみたが、それらしき光景を目にした覚えがなかった。
コタールの乱入に気を取られた野盗の一人が、またもシルトの剣によって倒れる。
これで離れた位置で弓矢で応戦しているハーベラを含め、こちら側の武器を手にした者は四人。野盗はバンルーガ商人と偽っていた二人となった。
それに合わせるように、パルメル、ランシュ姉弟とノーブスがハーベラへ追いつく。
「ハーベラさん、彼らは……」
左手に短剣を持ったノーブスが、目の前で展開されている惨状に言葉を詰まらせる。
「野盗よ。どうやら行商人と偽って、私たちを分断し、襲撃をかけてきたみたいね」
「ということは、セギュール兄さんたちも……?」
ノーブスに応じるハーベラの言葉に、パルメルが不安を隠せない表情と口調で割って入る。
ランシュは姉以上に顔色が悪かったが、それでも泣き出すようなことはせず、黙ってパルメルの手を握り締めていた。
「それはまだ分からないわ。でも、おそらくは向こうも襲われていると考えて間違いないでしょうね」
それを確認するためにも、そして予測が当たっていた時のためにも、この場での戦闘を一刻も早く終わらせてセギュール隊に合流する必要があるのだが、残った野盗二人は投降する様子も逃げる素振りも見せない。
ハーベラはバンルーガ王国の法律に精通しているわけではなかったが、行商人として行動する際に知っておかねばならない、各国の最低限の法律は頭に入れてある。
アルタスリーア王国で盗みを働いた者に対し重罰が課せられるように、バンルーガにおいても盗人への処罰はかなり重かったと記憶している。特に集団で盗みを働く盗賊に関しては、捕まれば待ち受けているのは死罪のみであったはずだ。
それを知らぬわけでもなかろうに、何故野盗は逃げないのか。ハーベラは考えを巡らせる。
隊商が二つに分かれたことが、野盗たちの計算の内であったのかは分からない。
だが、野盗たちにとって都合よく隊が分けられ、一度に相対する人数が減ったことは幸運であったのは間違いない。
そして、周囲の者に気づかれぬように自らの馬車に細工をし、事故に見せかけて隊商の行動を自分たちが望む方へと誘導して、進路上に潜ませておいた仲間に馬を狙わせることでさらに混乱を煽る。
これでコタール隊はさらに分断され、襲撃する側にとっては最善とも言える状況を作りだすことに成功したのだ。
荒事に即応出来るのは、ただ一人の冒険者であるシルトのみ。彼女を戦闘不能に追い込めば、後は野盗たちの思うが儘であったはずだ。
唯一の誤算は、そのシルトが、外見に反してかなり腕の立つ冒険者であったことだろう。
小さな身体を活かして、軽妙な体捌きで右に左に野盗を翻弄し、的確な頃合を見計らい、致命傷を与えうる場所へと斬撃を叩き込む。
そうやって、分断されたコタールたちが合流するまでに二人が倒され、今また二人が倒された。
普通であれば、この時点で自らの不利を悟った野盗は“逃げる”という選択肢を選んでもおかしくない。
それをしないのは何故か。
ハーベラがあることに気づいたのと、事態が急変したのはほぼ同時であった。
「うあっ……!」
残った野盗二人の背後、雪の積もった茂みの中から放たれた矢が、シルトの左肩に突き立った。その弓勢は、少女が着ていた防寒服と、その下の皮鎧を貫通し、その内部まで達するほどであった。
目の前の野盗を倒し、修一郎と相対していた野盗へと斬りかかろうとしていたシルトが、その先制を取られる形で思わず動きを止める。
「あなた!」
ハーベラが夫の注意を促すが、コタールは既に二人の野盗の間近まで迫っている。
それを見て取ると、自らが構える短弓を射手が潜んでいるであろう茂みに向け、矢を放つ。
「あなたたちは伏せてなさい!」
視線を茂みへと向けたまま、子供たちへ指示を出し、もう一本を矢を番えたところで、再びそこからシルトへ向けて矢が射掛けられる。
その矢は偶然か、或いは幸運によるものか、射線上に身体をずらした修一郎の防寒服を掠めたために軌道が逸れ、負傷した少女への追撃となることはなかった。
見えない射手が健在であると判断したハーベラは、再度矢を放つ。茂みが僅かに揺れ、積もった雪が地面に落ちた。
コタールの馬車馬や仲間の馬を弓矢で攻撃した者。つまり、少なくとももう一人、野盗が居るということ。
その者の存在があるからこそ、二人の野盗は逃げ出さなかったことに、ハーベラは気づいたのであった。
三度矢を番え、姿勢を低くしながらも茂みに狙いを定めるハーベラ。
その間に、コタールは商人に扮した野盗の一人と剣を合わせている。
弓で射られる危険は未だ去ってはいないが、かと言ってこのままで居ては目の前の野盗どもに倒されるだけである。射手に対し牽制をしているハーベラを除き、こちら側の戦力でまともに剣を振るえるのは、コタールだけと言って良かった。
修一郎は怪我こそしていないものの、体捌きどころか剣の握り方もどこかぎこちなく、野盗と渡り合うことは出来ないだろう。
シルトは左肩に刺さった矢を強引に抜き取って、コタールの加勢に回ろうとしている。
ここでハーベラが弓による援護を行えば、コタールたちの戦いは簡単に決着が付くのだろうが、茂みに隠れた野盗の攻撃手段を封じることが叶ったのか確認できない限り、そちらから注意を逸らすわけにもいかない。
どうすべきか迷っているハーベラの耳に、パルメルの小さいが良く透る声が聞こえてきた。
「『突風』!」
大陸公用語で唱えられた魔法が効果を表し、野盗が潜んでいると思われる茂みの周囲に、小さくも激しいつむじ風が襲う。
地面に積もっていた雪が巻き上げられ、枯れた下草が千切れ飛ぶ。
「今です!」
「分かってます!」
パルメルの呼びかけに、茂みへと密かに近づいていたバンルーガ商人が駆け出す。
伏せていろと言われたパルメルとノーブスが、急場の連携を図った結果であった。
思わず制止の声を上げようとしたハーベラであったが、すぐさま思考を切り替え、修一郎に対している野盗へ向けて番えていた矢を放った。
命中こそしなかったが、飛来した矢に怯んだ野盗の一人が、その隙を見逃さなかったシルトの手によって斬り伏せられる。
それに動揺したもう一人の野盗も、コタールの裂帛の気合と共に繰り出された突きを腹部に受け、低く呻いた後、地に頽れる。
それらを視認したハーベラが、茂みへと視線を移すと、ノーブスが今まさに剣を振り上げんとしているところであった。
やはり、野盗の射手は健在であったようだ。
未だパルメルの唱えた『突風』の効果は持続しており、舞い上がる雪煙によってその瞬間は見えなかったが、短い断末魔の声が聞こえた。
風が収まると、そこには胸から一本の矢を生やしたノーブスが立っていた。
その身体がゆっくりと前後に揺れ、やがて立っていることに耐えられなくなったように、仰向けに倒れる。
「ノーブスさん!」
パルメルの口から悲鳴が漏れる。
コタールと修一郎が、倒れたバンルーガ商人へと駆け寄る。
弓を持った野盗は、『突風』の魔法により、コタールたちを狙っていた矢を、襲い掛かってきたノーブスへと放ったのだろう。
それとほぼ同時に、ノーブスの剣が振り下ろされ、潜んでいた野盗の命を奪ったようであった。
「シルトさん、大丈夫?他に気配は?」
ハーベラ自身も周囲への警戒を緩めることなく、左肩を押さえて荒く息を吐いている冒険者に問い掛ける。
「はい……なんとか。野盗は今の一人で最後だと思います……」
「こっちも他には居なさそうだ」
ノーブスの傍で片膝をついていたコタールが、周囲を見回しながら言葉を発する。
「だが…………」
コタールが視線を落とした先には、一体の亡骸となったバンルーガ商人が横たわっていた。
修一郎は、黙ってその遺体を見つめていた。
なんとか野盗を撃退し、状況を確認したコタールの表情は険しいものであった。
コタール隊を襲った野盗は、行商人に扮していた者を含め、全部で七人。
ハーフリングの商人夫妻は、妻が野盗の弓によって殺され、夫は容体がさらに悪化し、意識を失った状態である。
パルメルの手で応急処置を終えたシルトによると、コタールの馬車が公路を外れた直後に、偽のバンルーガ商人が操る馬車が急停止し、森の奥から矢が射掛けられてきたとのことだった。
その後、周囲の茂みから姿を現した四人の野盗から離れるべく馬車を動かそうとしたシルトであったが、自分たちの乗る馬車から飛び降りた偽商人が、素早く引き綱を切断する。
そのため、馬は怯え混乱したまま走り去り、シルトの乗る馬車は少しの距離を惰性で進んだものの、結局立ち往生することとなった。
二人のバンルーガ商人が野盗の仲間であると気づいたシルトは、ハーフリング商人の妻に予備の短剣を渡し、自分は進行方向の新たな野盗へと駆け寄り、二人を斬り捨てた。
これは包囲されることを避けるために採った、冒険者としての経験から来る判断であった。
馬車へと取って返したシルトが別の野盗と対峙している間に、ハーフリング商人の妻は森から飛来した矢を首筋に受けて息絶えた。
一対四、加えて姿の見えない射手が存在するという状況下で、なんとか持ち堪えている間に、修一郎が奇声を上げながら合流した。
それは修一郎なりの奇襲だったのだろうが、シルトからすると、矢に射抜かれずに済んだのは幸運としか言いようがないほどの偶然であったようだ。
それでも一応、多少は場のかく乱に成功したようで、僅かな膠着状態となったところへ、コタールたちが駆けつけた、ということらしい。
「分かった。野盗を引き入れた俺の責任は、後できっちり取るとして、今はセギュールたちが心配だ。
俺とハーベラ、修一郎は向こうへ戻る。パルメルはランシュを連れてレデグへ行くんだ。
シルトさん、済まないが貴女もパルメルと共にレデグへ向かってくれ」
経緯を知ったコタールが、今後の行動を指示する。
三人だけでは危ないと抗議の声を上げるシルトに、コタールは緊張感を隠さないまま、それでも落ち着いた声で説明する。
「セギュール隊のバンルーガ商人の中にも、野盗が扮した者が潜んでいる可能性が高い。今の貴女の状態では、これ以上の戦闘は無理だろう。
それに、貴女にはレデグまでの子供たちの護衛をお願いしたい。
負傷した貴女に無理を言っているのは承知しているが、一刻も早くレデグへ行って、この状態を街の警備兵に伝えて貰わねばならない」
冷静に自分の置かれた現状を突きつけられてしまっては、シルトも口を噤むしかなかった。
「あの轍を辿れば、俺たちの馬車がある。そこには無事な馬がまだ残っている。
そいつをこの馬車に繋げば、一頭でも充分な速度は出せるだろう」
そう言って、ハーフリング商人の馬車を見遣るコタール。
その馬車には、意識を失ったままのハーフリング族の商人が乗っている。妻は亡くなってしまったが、夫はまだ生きているのだ。
その彼を医術士に診せることも、シルトたちの重要な役目であった。
「……分かりました」
唇を噛み締めながら俯くシルトに、頼む、と短く応じたコタールは、パルメルとランシュに視線を移して言う。
「お前たちもいいね?セギュールたちのことは、我々に任せておきなさい」
「はい。私たちのことは心配いらないわ。きちんと警備兵に伝えます。
……だから、お願いします」
「うん。兄さんを助けてあげて、お父さん、お母さん、シュウイチロウにーちゃん……!」
パルメルは気丈に、ランシュは涙を堪えながら、それぞれの言葉でこの場に残る者へ思いを託す。
「ああ。では、行こう」
コタールは一つ頷くと、ハーベラと修一郎を伴って公路を戻っていった。
「パルメル、ランシュ。馬を取りに行きましょう」
シルトが静かな声で告げる。
「ええ……」
「うん……」
そう言って、二人はもう一度、歩み去っていくコタールの背中を見つめる。
それが、パルメルとランシュにとって、父親の最後の姿となった。