第二十一話 商人の条件
「それで、バンルーガに向かったのだけれど、冬のバンルーガって本っ当に寒いのよ。
ソーンリヴさんは、あの国に行ったことは?」
暮色にそまった談話室に、ハーベラの明るい声が流れる。徐々にではあるが、室内の温度も下がり始めたようだ。
「いえ。他国はもとより、王都を訪れたのも今回が初めてです。
恥ずかしながら、アーセナクトで生まれ育って、アーセナクトを離れたこと自体、初めてなもので……」
自嘲気味な笑みを浮かべて首を僅かに振るソーンリヴ。
肩口で刈り揃えられた深い藍色の髪が、それに合わせて小さく揺れる。
「あら、大抵のヒトはそういうものじゃないかしら?
私だって、あの人と一緒にならなければ、多分故郷の村から出ることなんてなかったでしょうね」
「ハーベラさんの故郷はどちらなのですか?」
「アーセナクトとダリンを結ぶ公路から少し外れたところにある、リマーエという小さな村よ。特産があるでもなく、農業と小規模な酪農で細々とやっている村。
年に二~三度、行商人が立ち寄る程度なのだけど、私が十六歳のときにあの人が所属していた隊商がやってきたの」
当時を思い出しているのか、ハーベラが窓の外に目を向ける。
そこには手入れの行き届いた庭が朱に染まっており、その向こうには夕陽を浴びて金色に輝くアーステルア城の尖塔がいくつか見えた。
時季が春や夏であったなら、二人の会談はあの庭で行われていたかも知れない。
「そこでコタールさんと?」
「ええ。あの人もマリボーも、まだ駆け出しだったわ。
今の私の夫……クロワバーシュによく怒られてたわねぇ」
「え……?クロワバーシュさんはこちらのクレルミロン運送の店主では?」
ハーベラの意外な一言に、驚きの色を隠すことに失敗したソーンリヴが声を上げた。
「そうよ。でも、今の店を引き継ぐ前に、父親から言われたらしいの。
商売の駆け引きや、物流の現場を知るために一度は行商人を経験しておけって。
五年という期限付きだったらしいけど、その途中であの人とマリボーに出会ったみたい。
“らしい”とか“みたい”ばかりで恥ずかしいけれど、あの人もクロワバーシュも、私と出会う前のことはあまり話したがらなかったのよ」
困ったように小さく笑ったハーベラは、表情を改めると、今度はソーンリヴに訊ねる。
「貴女は、シュウイチロウからあの人や今の私の夫について、どう聞いているの?」
「……私も、あまり詳しいことは聞いていません。
コタールさんはシュウイチロウがこの世界に来てから世話になった人物であること、クロワバーシュさんはハーベラさんの……再婚相手で、アイツとは直接の面識はないようですが、コタールさん率いる隊商はクレルミロン運送とかなり懇意にしていたこと、後は……世間一般で言われていることくらいでしょうか」
クロワバーシュに関して説明をする際に、一瞬言い淀んでしまったが、それでもソーンリヴは正直に修一郎から聞いたままのことを話した。
「まあ……。“あの子”も殆ど話してないのねぇ。
変なところはあの人の影響なのかしら」
呆れた様子でため息を吐いたハーベラは、我が子の不出来を嘆くようでもあり、何処か残念そうにも見えた。
「どうでしょう?元々そういった性格なのかも知れません。
それか、単なる職場の同僚にそこまで込み入った話をするつもりが最初からないのか、でしょう」
階上から微かに聞こえてくる笑い声に、天井を見上げたソーンリヴは、唇の片端を吊り上げるように笑う。
どうやら当の本人は、パルメルたちの拘束から未だ開放されていないようだ。
「……話が逸れちゃったわね。続きをお話しましょう。
あ、でもその前にちょっと失礼……。
ジュブラン、“あれ”を持ってきてもらえるかしら?」
もう一人の家族と思っている修一郎の、職場の上司である目の前の女性に、ハーベラは何か言いたげであったが、口にしたのは別のことであった。
女主人から命を受けた老執事が部屋から退出して暫くすると、右手に何やらぶら下げて戻ってくる。
「奥様、お待たせいたしました」
ジュブラン執事が二人が席に着いているテーブルの傍まで歩み寄り、言葉と共にその手に持った物を足元に置いた。
「ありがとう、ジュブラン。換気はお願いね?」
「畏まりました」
相変わらず見本となるような見事な一礼をして、ジュブランは談話室の窓へと足を向けると、室内に居る二人には直接風が吹き込まない窓を選び、ほんの僅かの隙間を開けていく。
ソーンリヴにはその行動が意味するところは今ひとつ理解できていなかったが、この品物を使う際には必要なことなのだろうと推察し、老執事から視線を外した。
「これは?」
ソーンリヴがテーブルの傍に置かれた物体に目を遣り、ハーベラに問い掛ける。
それは形こそ木桶に似ていたが、どうやら木製ではないようで、中には火の熾された木炭が入っており、時折り小さな音を立てて爆ぜていた。
「シチリンと言うそうよ。シュウイチロウの生まれた国で使われている物らしいわ。
持ち運びのできる竈みたいなものだけれど、こうやって暖を取ることもできるのよ」
尤も、こちらの世界では魔法を使えば簡単に火が熾せるからあまり普及していないのよね、とハーベラは付け加える。
確かに、この世界に生まれた者は人間族、妖精族、獣人族といった種族関係なく魔法を使うことができるため、大抵の事は魔法で対処可能である。
『明かり』や『発火』等の発動や効果が短時間な初歩魔法は勿論、それらの効果を長時間持続させるための魔法は、一定の知識と技術を要求されるものの、それも術石と呼ばれる魔力に反応する鉱石から作り出された結晶を使えば、照明や暖房、水の浄化といったことも簡単に発動・継続させることが出来るのだ。
無論、術石の製作には手間も時間も掛かるため、緊急の際や、金銭的に余裕のない者には使えないという欠点はある。
だが、恒常的に必要となる術石は魔法院監督の下、随時生産されており、一般市民の間に普及していることも事実であった。
「これも、アイツが持ち込んだ知識から作られた物ということですか」
「ええ。さっきの話に戻るけれど、冬のバンルーガに赴いた時、とある街で雪に閉じ込められちゃったのよ。
公路は馬車どころか、徒歩ですら通行できない状態でね?二ヶ月だったかしら。結構長い間その街で足止めされたの。
その時に、シュウイチロウが街の職人に作らせた物が、このシチリンだったわけ」
女性二人して、足元に置かれた七輪に目を向ける。言われてみれば、確かにこの道具は暖房効果もあるようで、室内の温度も日中のそれに戻りつつあった。
「隊商が逗留していた宿にも術石製の暖房器具や暖炉はあったのだけれど、シュウイチロウは魔法が使えないでしょう?
暖炉に火をつけるのにも一苦労していたから、なんとか出来ないものかと思ったのでしょうね。
行商の手伝い賃としてあの人から受け取っていたお金をはたいて、ノーム族の職人に作って貰ったらしいわ」
「なるほど。……ん?ノーム族の職人……」
「あら、気がついた?貴女の思っているとおり、レベックさんよ」
またも意外な事実を教えられ、驚きを隠せないソーンリヴ。
どうやら、ハーベラはそんな彼女の反応を見て楽しんでいるようだ。
これはシュウイチロウでなくとも敵わないな、とソーンリヴは思う。
「どうやって知り合ったのかは詳しくは聞いていないけれど、あの子はバンルーガに行くことになってから考えを変えたのでしょうね。
かなり積極的に色々なヒトと交流関係を結んでいたみたいよ。
それまでは、私たち家族の者以外は、精々が隊商に参加している商人相手に会話を交わす程度で、他の者とは進んで関係を持とうとしなかったのに」
今度は、我が子の成長を喜ぶ母親の表情で修一郎の変化について語るハーベラに、ソーンリヴは黙ったままで続く言葉を待った。
「ともかく、あの子の持ち込んだシチリンは、その街でそこそこ売れたの。勿論、従来の術石製暖房機ほど売れたわけではなかったけれど。
それでも、その街で職人や地元の商人の幾人かとは商売を通じて面識を得ることができた、と喜んでいたわ」
ハーベラが言うには、その街に逗留している期間……正確には軟禁状態に限りなく近い長期滞在であったが、その時間を利用して、修一郎は文字通り人が変わったように他人と交流関係を築いていったらしい。
そして、その際に役立ったのが、修一郎の世界の知識や技術であったようだ。
無論、修一郎は元の世界では職人でも技術者でもなく、ごく平凡なサラリーマンであったので、専門的な知識を持っていたというわけではない。
それでも、情報社会に暮らす一人の社会人として、また、個人的な知識欲を満たすために、広く浅く“雑学”と呼べるモノを習得していた修一郎は、そういった知識や技術を可能な限り活用したのである。
そして、それは過去にこの大陸に存在した、異世界人の大半がとった行動と同じものであった。
大規模なものなら、各主要都市に付随するように建てられている上水道浄化施設や下水処理施設、身近なものなら、それこそ料理から下着類などの生活雑貨まで。
先達の異世界人が、この世界に遺したものは枚挙に暇がないほど存在する。
ハーベラが口にした術石製の暖房器具というのも、実のところは術石を利用したストーブであったり、コタツであったりするのだ。
「あの頃は、シュウイチロウも商人になるつもりだったのではないかしら。
あの人からは、市場の動向の見極め方や各地域の特産、商人組合の構成、決まりごとなどを教えてもらっていたし、それ以外では積極的に人脈作りに動き回るようになっていたみたいだし。
行商人でも店を構える商人でも、商機を掴む力や広い面識を持つことは、基本中の基本ですもの。
もし……もし、そのままあの生活が続いていたら、あの子も隊商を率いてたかも知れないわね」
当時を思い返すように言葉を紡いでいたハーベラであったが、最後は極僅かに口調が揺れる。
その表情は先ほどと変わってはいないが、榛色の瞳には少量の後悔、惨苦、哀惜……そういった類の感情が翳りを落としているように、ソーンリヴには思えた。
「御者詰め所に行って公路の状況を聞いてきた。あと二~三日もすれば、馬車の通行は可能だそうだ。
従って、我々は五日後にこの街を立つことにする。行き先はウィレンカ。バンルーガの南西にある都市だ。
ある程度予想はしていたとは言え、二ヶ月以上もこの街に足止めを食らってしまったからな。皆も、そろそろ雪景色を見飽きてきた頃だろう?
ウィレンカで商売を行ったあとは、そのまま南に下ってルザル入りを予定している。隊商に継続参加する者は、そのつもりで準備をしてもらいたい」
コタールの家族が逗留している宿の一室に、コタールの声が響く。室内には、ハーベラをはじめアペンツェル一家と修一郎、隊商に参加している全行商人、そしてシルトを含め三人の冒険者が集まっていた。
この場に居ない者は、この街で隊商を離れる旨の意思を表明した四人の行商人だけだ。
宿で一番大きな六人部屋を確保していたのだが、それでも十数人が入ると流石に狭い。
コタールは窓際で部屋中が見渡せる場所に立ち、ハーベラはその横で静かに椅子に座っている。セギュールたち兄弟と修一郎は二つのベッドに分かれて腰掛け、それ以外の者は壁際に寄りかかったり、床に座り込んだりして、思い思いの格好でコタールの言葉を聴いていた。
ちなみに御者詰め所とは、バンルーガ王国が運営する路線馬車の御者が集まる場所で、王都や大都市にある御者組合の出張所のような機関であり、巡視兵と呼ばれる公路の治安維持を目的とした兵士が詰める場所でもあった。
ここで路線馬車の運行状況や、公路の状態などを確認することができるため、路線馬車を利用する者はもちろん、コタールのような行商人も、状況把握のために利用することが多い。
「この街でも一応、隊商参加者を募る予定だが、ウィレンカへ向かう途中のマスィリにも立ち寄って、周辺の地理に明るい者を引き入れたいと思っている。
なにしろ、マスィリから先は峠越えをしなければならんからな」
隊商としては現状でも充分と言える参加者がいるのだが、生憎バンルーガ出身の商人二人がこの街で離脱することになったため、地理に詳しい者が皆無であるのが現状だった。
長年、行商人を続けているコタールや一部の者は、ある程度バンルーガ国内の公路網も頭に叩き込んであり、手製の簡単な公路図も持ってはいるものの、大量の降雪によって引き起こされる雪崩や、春先の土砂崩れなどにより、山沿いの公路の状態は毎年のように変化する。
万が一、迂回を余儀なくされ、公路を外れる状況になった場合、公路図に記載されていない道を案内出来る者が必要であった。
「質問があれば聞くが、何かあるかね?
……なければ、これで解散だ。ああ、ラランドさんたちは少し残ってもらえるかな?
今後のことについていくつか打ち合わせをしておきたい」
「分かりました」
名前を呼ばれたシルトは、短くそう答える。
コタールが解散を告げると、集まっていた行商人たちは次々に部屋を後にした。残されたのは、アペンツェル一家と修一郎、冒険者三人の計十人である。
それまで部屋の片隅に集まってコタールの話を聴いていたシルトたちが、備え付けの暖炉の傍まで歩み寄り、隊商の長を勤める人間族の男に視線を集中させた。
「それで、コタールさん。今後のこととは?」
三人を代表して、シルトが口を開く。年齢は知らされていないが、背格好や普段のちょっとした口調から、まだ成人していないであろうと思われるシルトは、それでも仕事をする時の真剣な表情でコタールを見つめている。
「これから先の行程は、危険な状況に遭遇する可能性が増えると思われる。山間部を通るため、野獣や野盗はもちろん、魔獣との遭遇もないとは言い切れないだろう。
……率直にお聞きするが、貴女方は契約を続けるつもりはあるかね?」
アーオノシュを出る際に取り交わした契約の内容は、隊商がアルタスリーア国内に戻るまでの周辺警護であり、期限は決められていない。
だが、今後の予定を考えると優に三ヶ月……これまでの日数を含めると半年以上彼らを拘束することになる。
警護に関しては元々の契約に含まれているので問題はないはずであったが、それでも確認しておかねばならないとコタールは考えていた。
組合を通して正式に交わされた契約であるので、早々簡単に反故にされることはないだろうが、いざという時に逃げ出されては目もあてられない。隊を率いるコタールが、確認せずにはいられなかったのも無理もなかった。
雇い主である商人の言葉を聞いて、シルトは隣に並ぶグラナとフォーンロシェを見遣る。その二人は、口を開くことはなく、ほぼ同時に頷くだけであったが、それで三人での意思疎通はできたようだ。
「はい。ご心配には及びません、コタールさん。今後の予定については、充分に契約の範囲内ですし、今のところ然したる危険もありませんから。
それに、我々も冒険者組合で確認しましたが、バンルーガ中央部から南部にかけてはそれ程危険な魔獣も棲息していないようです。高山地帯に踏み込むなら、話は別ですが」
交渉事に慣れているのであろうシルトは、ともすれば冒険者全体を信用していないととられかねないコタールの発言に、気分を害した素振りを微塵も見せることなく、丁寧な口調で答えた。
「分かった。基本的に公路を外れるつもりはないので、巡視兵が立ち入らないような山奥を通る事態にはならないと思う。
失礼なことを訊いて悪かった。今後もあてにさせてもらおう」
そう言って頭を下げるコタールに、シルトは「お気になさらず」と応じて、人懐こい笑みを浮かべる。
その横で、フォーンロシェが小さく鼻を鳴らした。口こそ開かなかったものの、コタールの考えに思うところがあったのだろう。
悪化しつつある相方の心情を察知したグラナは、黙って黒髪の少女の肩に手を置いた。
コタールの宣言したとおり、隊商はそれから五日後にその街を出立した。
新規の参加者は現れず、少しだけ人数の減った隊商は、コタールの馬車を先頭にバンルーガの公路を進む。
公路の脇には、所々に除けられた雪が積まれ、そこから染み出た雪解け水が路面を黒く濡らしている。
三人の冒険者は、先頭のコタールの馬車に遠目の効くフォーンロシェが、隊商のほぼ中央に位置するセギュールの馬車にシルトが、最後尾を進むカーロンと犬人族の商人の馬車にグラナが、それぞれ分乗していた。
修一郎はコタールの馬車に乗り込み、御者として手綱を握っている。
「その調子で頼むぞシュウイチロウ。今日の目的地である村まではもう暫くかかる。
途中、馬を休ませねばならんから、その時に交代しよう」
バンルーガで“雪熊”と呼ばれる灰色の毛並みを持つ、修一郎の世界のホッキョクグマに酷似した動物の毛皮で作られた防寒服を着込んだコタールが、隣で白い息と共に言葉を吐き出した。
「はい」
短く答える修一郎も、コタールと同じような防寒服を着込み、手には厚手の手袋を填めている。
天候は快晴と呼べるものであったが、周囲にはいたるところに残雪が見られ、先頭を走ることもあってか体に受ける風は斬りつけるように冷たい。
防寒服にはフードもついているのだが、それだけでは到底凌げる寒さではなく、御者台に座る二人とも木綿製の布で顔を覆うように巻きつけて、その上からフードを被ることで対処していた。
荷台の中では、ハーベラ、パルメル、ランシュが寄り添うようにして毛布に包まり、フォーンロシェは一人、防寒服姿で時折り御者台や荷台の後部から顔を覗かせては周囲の状況を確認している。
どうやら先日のコタールの言葉を未だに根に持っているようで、自らの行動をしてきちんと仕事はこなすつもりであることを、無言のうちに示しているようであった。
夕方になるにはまだ早い時間帯に、今日の目的地である村へと隊商は到着した。
これから先の村へは半日以上かかるうえに、冬の日は短い。時間的余裕を持って予定を組むことは、行商人に限らず旅をする者としては当然のことである。
一晩の寝床を交渉するために村長宅へと向かうコタールに付き従いながら、修一郎とセギュールは異国を旅する際の心構えや常識といったことを教えられた。
バンルーガでは公路の整備こそそれなりにされてはいるものの、そこを利用する者の利便を図るための整備はアルタスリーアには及ばないのが現状である。
宿場のような旅人向けの施設が揃った集落は殆ど見られないし、辺境を通る公路には野営用の簡易宿泊所などの建物もない。旅人側でどうにかしないといけないのだ。
自然と、この名もない村のような場所に宿を求めることになるのだが、隊商のような大人数に対応出来る宿などまず期待できない。かと言って、冬場に野晒しの状態で野営するなど自殺行為に他ならない。
そういった場合にはどうするか。
その村の指導者である村長に掛け合い、民家なり集会所なりの、夜露を凌げる場所を提供してもらうしかない。
無論、無料というわけにも行かず、商品を格安で村人に販売、或いは無料で提供したり、村長に金銭を渡すなどして、心象を良くしておかなければならなかった。
需要の推移を把握し商機を見極めることや、信用できる仕入れ・販売先を開拓することだけが優れた行商人の条件ではない。
こういった駆け引きができることも重要な素養であった。
結果的に、村長に対してはバンルーガ王国のカネを幾らか渡し、村人には火酒を一樽振舞い、いくつかの食料品や日用雑貨を割安で販売することで、寝床を確保することができた一行は、翌日その村を後にした。
ここからマスィリまではあと二日を要する。マスィリからウィレンカまでは五日。
冬のバンルーガを抜けるには、まだまだ時間がかかるようであった。




