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街の事務員の日常  作者: 滝田TE
街の事務員の日常
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第二十話 マリボーとグラナとフォーンロシェ


 アーセナクトに到着し、行商人が良く利用すると言われている宿屋に部屋を取ったコタールは、子供たちと荷馬車を宿に残して、ハーベラと共に修一郎を街中へと連れ出した。

 王都アーオノシュに比べ、若干ごつごつとした感触の石畳の上を歩きながら、コタールが今から向かおうとしている場所について説明する。


「奴は、俺たちとシュウイチロウが出会う三年前まで隊商の代表者をやっていたのだよ。

 個人的なことを言えば、俺が行商人を始めてからの付き合いになるから、もう二十年以上になるか。昼にも言ったが腐れ縁というやつだな。

 商売には貪欲だが、人を見る目も持っているし求心力もある。アーセナクトに店を構えて七年で、既に五人以上の従業員を雇うことが出来るまでに店を大きくした奴だ。

 今後お前がどのような身の振り方をするつもりなのかは知らないが、王都やこの街をはじめ、主だった都市で人脈を確保しておくことは、いつか必ず役に立つだろう」


 春の二の月は、修一郎の世界で言うと三月にあたる。この世界に春分という言葉はないが、それに該当する日は既に過ぎており、徐々にではあるが陽が天にある時間が長くなってきているのは、修一郎にも分かる。

 王都ほど数は多くないものの、術石式の街灯も大通りが交わる場所に設置されており、魔法院から委託された吏員が街灯の一つ一つに術をかけて回っている。

 もう子鐘半分もしないうちに陽は沈み、夜が訪れようという時間帯であった。


「ほう。お前さんがコタールの所に転がり込んできたという異世界人か。

 上背はあるが、それだけのようだ。筋肉もろくに付いてないようだし、表情にも覇気が感じられん。

 俺が聞いた、過去にこの国に居た異世界人のどれとも雰囲気は違うな。

 ところで、こっちの言葉は覚えているのか?」


 修一郎が連れて行かれた店の主人は、彼を見るなり、低いが良く透る声でそう言った。

 砂色の髪と瞳を持つこの商人は、背丈こそコタールと殆ど変わらないものの、横幅はコタールの一.五倍近くあった。


「シュウイチロウ・ヤスキといいます。仰るとおり、コタールさんのところでご厄介になっています」


「ああ。俺は、マリボー・ワットだ。見て分かるだろうが、ここアーセナクトで雑貨屋をやっている。

 どうせ、コタールの奴からはあることないこと吹き込まれているのだろう?」


 丁寧な公用語と一礼で答える修一郎を見て、満足げな笑みを一瞬浮かべたマリボーは、その口許を僅かに歪めてコタールを一瞥した。


「あることないこととは失礼な奴だ。俺は本当のことしかシュウイチロウには伝えておらんぞ。

 カネ儲けに目敏くて抜け目のない奴だが、それ以外は普通だ、とな。

 それにしてもマリボー。お前、また太ったんじゃないか?」


 人の悪い笑いでコタールがやり返すが、コタールの旧くからの友人であるこの商人には一向に堪えていないようであった。


「そうでなければ、この商人の街で店など構えてられんのさ。

 特に、行商人上がりで、十年も経たないうちにここまで成り上がった俺のような者は、周りの商人からの風当たりもきつい。

 まあ、この程度で折れているようでは、この先やって行けないからな。そねねたみは成功の証ってやつだ」


 何代も続く商店の中には、行商人から店を構えるまでになった者を見下す風潮があり、商業都市又は商人の街と言われるここアーセナクトでは、それが顕著であった。


「俺に言わせれば、そいつらも数代前は小さな商店や行商人上がりだったんだ。そいつらに出来て俺に出来ない道理はないからな。

 言いたい奴には言わせておくさ。俺は商売でそういう輩を超えればいいだけの話だ」


 そう豪語する精力溢れる商人は、付け加えるように「成功すれば美味い物も食える。それに痩せ細った店主より恰幅の良い店主のほうが客としても安心できるからな」と、出っ張り始めている自らの腹の肉を摘んで豪快に笑った。


「まあ、こういう奴だ、シュウイチロウ。ヒトとしての性格は少々アレだが、商人としては信用していい。

 アーセナクトでの情報網もそれなりに持っている奴だから、お前の知りたいことが幾らかは分かるかも知れんぞ」


「何だ?ヤスキは何か探し物でもしているのか?」


 コタールの言葉を聞き咎めたマリボーが表情を変えて尋ねてくる。

 商人にとっては、情報も立派な商品の一つであり、どのような情報にせよ商売に関する引き出しに保管しておくことは決して無駄にはならない。

 コタールと修一郎を見つめるマリボーの目は、先ほどまでの単なる豪快な中年男の目から、商売人のそれに変わっていた。


「いえ、探し物というか……」


 修一郎が事情を説明すると、マリボーは腕組みをしながら唸る。


「なるほど……。元の世界に戻る方法か……。

 残念ながら、今俺が持っている情報の中には該当するようなモノはないな。

 だが、俺も最近は仕入れの関係で各地に行くことが多くなってきたからな。折を見て、異世界人に関する話がないか訊いてみよう」


「宜しくお願いします」


 畏まって頭を下げる修一郎に、砂色の髪をした商人は、礼は向こうの世界の話でも教えてくれればいい、と笑う。


「こう見えても、マリボーさんは他人思いな所があるのよ。心配しなくてもいいわ、シュウイチロウ。

 次にこの街を訪れるときには、何か良い報せを持ってきてくれるわよ」


 それまで黙って夫とその友人の遣り取りを聞いていたハーベラが、修一郎を励ますように口を開いた。

 マリボーはそんな彼女に、太い眉毛を八の字にして抗議する。


「『こう見えても』とは酷いな、ハーベラ。俺ほど思いやりがあって優しい男なぞ、そうは居ないぞ。

 それに、相変わらず人使いが荒いことだ。分かったよ、何とか過去の異世界人について調べてみるさ」


「あら、人の使い方は貴方から学んだことよ?昔は、うちの人を散々こき使ってくれてたじゃない」


 澄ました表情で応じたハーベラであったが、すぐに悪戯っぽい笑顔に変わる。

 コタールに及ばないものの、ハーベラもマリボーとは旧知の仲である。お互いに軽口を叩き合うのは、昔から日常の光景の一つであった。


「まったく……。とんでもない女性ひとを嫁さんにしたな、コタール。

 お前の日々の苦労が窺えるよ」


「ふん。これでこそ行商人の妻だ。

 悪いが、俺には褒め言葉にしか聞こえんね」


 マリボーが肩を竦めながらコタールに話を振るが、その相手は一向に気にしたふうもなく、妻と同じように澄ました表情で答えただけであった。


「いつまでもそうやって惚気てろ。付き合っておれん」


 長い付き合いの友人同士が交わす会話を、異世界人の男は眩しそうに見つめるだけだった。




 その後、コタール率いる隊商は、アーセナクトから西の工業都市アーラドルへと向かい、そこから北へと進路を変えてティタデラ城塞、国境の街ゴステーアへと足を伸ばし、ゴステーアから引き返すようにアーセナクト、南の港湾都市ダリン、王都アーオノシュ、東の農業都市ナダルヌへと、アルタスリーア王国内で行商を続けた。

 初めて訪れる街では、コタールが気を遣ってくれたのか、最低でも一週間は滞在することとなっており、その間に修一郎は異世界人に関する話を訊いて回ることが出来たが、結果はいずれも修一郎を満足させることの出来るものではなく、長身黒髪の異世界人を落胆させた。


 修一郎が淡い望みに縋ろうと、その度に落胆しようと、月日は容赦なく流れていく。

 五度目のアーオノシュ来訪時には、コタールが行商を再開してから既に二年が経過していた。

 アペンツェル家の長男セギュールは二十一歳になり、今ではコタールからある程度の仕入れ交渉を任されるまでになっている。

 次男のカーロンは十八歳になり、隊商に参加している行商人の中で、剣を扱うことの出来る者に教えを請うて、そんな行商人たちと共に隊商の護衛を勤めるようになっていた。

 十七歳の長女パルメルは少女から大人の女性を感じさせる体型へと変わり、自らの目標である魔法院に入るべく、旅の傍らに買い漁った本を読んで勉学に勤しんでいる。

 三男で末っ子のランシュは、つい先日六歳になったばかりで、セギュールやカーロンに対するように修一郎に対しても“にーちゃん”付けで呼び、本当の兄のように慕っている。

 年齢から言うと、親子でも通りそうな歳の差であったが、“シュウイチロウおじさん”と呼ばれないだけ有難いと思いなさいな、とハーベラは笑ったものだ。


「そろそろ国外に足を伸ばしてみようと思う」


 アーオノシュに取った宿の一室に、修一郎を含むアペンツェル一家の全員と主だった隊商の面子を集めて、コタールが切り出した。

 隊商に参加している行商人の中には、バンルーガ王国出身の者も居り、そういった者たちからアルタスリーア国内で商売を続ける現状に不満の声が上がり始めたのだ。

 隊商は目的を同じとする行商人の集まりであるので、その目的が違えばいつでも離脱可能であったが、コタールが率いる隊商は商機を的確に把握し、然るべき頃合に然るべき商品を仕入れて需要がある街へ赴くので、単純に利益の面から考えると彼らに文句はなかった。

 しかし、それ故に生まれ故郷……ひいては出身国にも何らかの益をもたらしたいと考える者が出始めたことも事実であり、そういった者たちはコタールの隊商を抜けることなく、故国でも商売を成功させたいと望んでいるようであった。

 また、三男のランシュも六歳になり、国を越えての長旅にも耐えられるようになったとコタールが判断したこと、アルタスリーア国内における異世界人の主だった情報を調べつくした修一郎が、他国の記録について考えを巡らせていることに気付いたことも、その要因であったようだ。


「私は構いませんよ。コタールさんの隊商について廻ればまず損はしないでしょうからね」


 セギュールと仲の良い犬人族の行商人が、賛同の意を表した。


「正直なところ、俺はその言葉を待ってたんだ。

 もう国には六年も戻ってない。そろそろ一度戻って、家族に俺の成功した姿を見せたいと思っていたからな」


 バンルーガ王国出身の人間族の行商人が、文字通り待ってましたと言わんばかりに膝を叩く。


「あたしゃどっちでも構わないよ。儲けさせてもらえるなら、どこへだって行くさ」


 行商人では珍しい独り身の猫人族の女性が、自分の意見を述べる。行商人になる前は冒険者をやっていたようで、この商売に就いてからそれほど経っていなかったものの、なかなかに商売上手で隊商の中では中堅といったところだ。

 ちなみに、彼女はカーロンの剣の師匠でもあった。

 部屋に集った行商人たちが各々自分の意見を口にする中、コタールが自分の家族に向かって尋ねる。


「お前たちはどうだね?もし、残ると言うのであれば、またここに家を確保するが」


「俺は当然父さんに付いて行くよ。他の国での商売のやり方を学ばないといけないしね」


 セギュールは即答に近い早さで、父に同行する旨を伝えた。


「親父たちを護るのが俺の役目だからな。俺も兄貴と同じだ」


 カーロンは腰に巻いた皮のベルトに手をやりながら応じる。旅の最中そのベルトに差している長剣は、騎士と警護団に所属する者を除いて街中では携行できないため、王都滞在中は警護団に預けてある。


「私は……そうね。魔法院に入るには後一年猶予があるから、これを最後の旅にしても良いかもね。

 一度くらいは他の国も見てみたいし」


 暫し考えた後、パルメルも二人の兄の意見に同意する。


「え?何?バンルーガに行くの?行く!俺も行く!」


「ふふ……。どうやら全員あなたについて行くつもりのようね。

 もちろん、私とシュウイチロウも行くわよ。ね?」


 単に外国に行けることに喜ぶランシュを見て笑いながら、ハーベラが修一郎に視線を向ける。

 その口調は、問い掛けというよりも意思確認に近い。


「はい」


 自分の行動に関して有無を言わせずハーベラに決められた修一郎であったが、元々他の者が同行せずとも自分だけでもついて行くつもりであったらしく、何ら異議を唱えることはなかった。




 結局、修一郎を含むアペンツェル一家は、今までどおり全員で行動することとなった。

 隊商に参加している商人の中には、数名ながらアルタスリーア国内に留まることを望んだ者もいたため、その者たちは隊商から離脱し、コタールは商館にて隊商参加者の追加募集を行った。

 また、国境を越えて北へ向かうことから、隊商を護衛する者の募集も併せて行っていた。

 これは、アルタスリーア王国とバンルーガ王国の公路における治安の違いと、魔獣や野盗に遭遇する確率が高い山間部を通る可能性があることから、隊商参加者が兼任する護衛だけでは、本格的な戦闘になった場合にいささか心許ないためである。

 冒険者組合から派遣されてきたのは、三人の冒険者であった。

 彼らの中で対外交渉を担当していたのは、シルト・ラランドと名乗る人間族の少女で、特段整った顔立ちというわけではなかったが、やたら人懐こい笑顔が印象的であった。

 残る二人は、グラナとフォーンロシェといい、それぞれ狼人族と人間族だとコタールに告げた。

 狼人族のグラナは口数の少ない男性で、それに輪をかけて寡黙であったのがフォーンロシェだ。

 グラナは話し掛けられれば簡素ながらも会話が成り立つのだが、フォーンロシェは無表情のまま態度で示すか、言葉を発しても「分かった」「断る」といった、あからさまに隔意を持った口調で応える程度であった。

 その度にシルトが引き攣った笑顔で取り成していたが、旅を始めて三日も経つ頃には、コタールたち行商人もああいった人物なのだと思うことにしたようで、それに合わせた対応をするようになっていた。


「ここで二日ほど商売をしたら、いよいよ国境を越えてバンルーガに入る。

 ラランドさん、貴女方もそのつもりで準備をしておいてもらいたい」


 国境の街ゴステーアに到着し、市壁の審査所を何のトラブルもなく通過したコタールが、一同に向けて告げる。

 季節は秋の三の月に変わり、国土の最北に位置するゴステーア周辺では、朝晩の冷え込みが厳しくなってきていた。

 ここよりさらに北に位置するバンルーガ王国の山間部では、既に雪がちらつき始めているという話も聞いている。

 アルタスリーア出身の者が行商を行うには、悪天候や公路を覆う雪で移動が困難になるといった辛い季節となるが、それだけに他国の商品は有難がられるため、商人たちの意気込みは高く、ゴステーアに到着してすぐに、それぞれ目的の場所へ向かい商売を始めている。

 アーオノシュとアーセナクトで仕入れた商品の三分の一を売り捌き、ゴステーアで仕入れた木炭やブドウ酒といった商品と併せて、残りはバンルーガで売るつもりの者が殆どだ。

 コタールはハーベラと修一郎を連れて、得意先である数軒の商店を廻り、運んできた荷物を手際よく売っていく。

 セギュールは、既に顔見知りの店を開拓しているようで、父親とは別行動で商売を行っていた。

 三軒目の店を出たコタールは、修一郎に向き直り、懐から財布を取り出した。


「バンルーガは、アルタスリーアなど比較にならないほど寒冷な国だ。これで防寒具を整えて来なさい。

 ただし、適正な品物を見極められなければ、必要最低限のものすら揃えることが叶わない額しか渡さない。

 お前も行商の仕事を傍で見てきているのだから、それくらいは出来るはずだ。いや、出来ねば困る」


 真剣な、と言うには厳しすぎる面持ちで十数枚の硬貨を渡すコタールは、修一郎の目を見ながら続ける。


「お前が何を考えて日々を過ごしているのかは、あまり詮索してこなかったが、今後もこの世界で生きていくのならば、何らかの職に就かねばならないことは分かっているだろう。

 前にも言ったが、俺が教えてやれるのは行商人としての知識くらいなものだ。

 行商人になるつもりがないのならば、お前とはここで別れたほうが良いと思っている。

 もうこの世界で何年も暮らしているんだ。別に商人以外で生計を立てることも可能なはずだからな。

 決めるのはお前だよ、シュウイチロウ」


 手渡された硬貨に視線を落としたまま微動だにしない修一郎を、ハーベラは黙って見つめている。

 彼女の子供たちは、幼いランシュはともかくとして、既にそれぞれの将来に向けて動いているのだ。

 セギュールやカーロン、パルメルに出来て、成人である修一郎に出来ない道理はない。

 世界は違えども、修一郎も一度は社会に出て自らの食い扶持を稼いでいたのだから。


「……ありがとうございます、コタールさん。お金は有難く“お借りします”。

 夜までには宿に戻りますので、心配しないでください」


 暫く俯き加減で考え込んでいた修一郎であったが、やがて上げた顔には、どこか吹っ切れたような清清しさを感じさせる表情が浮かんでいた。


「行ってらっしゃい、シュウイチロウ。

 晩ご飯はここの名物のシチューを食べる予定なのだから、あまり遅くならないようにね」


 実の我が子にかけるものと同じ柔らかな口調のハーベラと、彼女の横に立つコタールの顔には、優しい笑みが溢れていた。




 国境の街並みに夜の闇と乾いた冷気が降り始める頃、修一郎は自らの言葉どおり宿に戻ってきた。

 戻ってくることは疑いもしなかったアペンツェル夫妻であったが、長身黒髪の異世界人の後ろに立つ二つの人影を認めて、彼らは驚くことになった。

 そこには、修一郎と自らの防寒具を担いだ狼人族の男性冒険者と、今まで見せたことのない笑顔を浮かべた人間族の女冒険者の姿があった。

 何があったのか、と訊ねるコタールに、


「途中でグラナさんとフォーンロシェさんに出会いまして。

 ちょうど彼らも防寒具を買うようでしたので、ご一緒させていただきました」


 と、にこやかに答える修一郎。


「おかげで、良い品物を手頃な値段で買えました」


 そう言って呑気に笑う修一郎に、見事な黒髪の女冒険者が相槌を打つ。


「当然でしょ。一度に三人分も買ってあげたんだもの。あの程度の値引きじゃ足らないくらいよ」


「馬鹿者。彼らにも生活があるんだ。程々にしておけ」


 豊満とは言えない胸を反らせて得意げに語る冒険者の頭を、狼人族の男性が軽く小突く。


「はは……。でも、あれだけまけていただければ充分ですよ。予算内で全部揃えることが出来ましたし」


 笑顔のまま、修一郎はズボンのポケットから三枚の硬貨を取り出すと、コタールに手渡した。


「これがお釣りになります。“お借り”した分は、いつか必ずお返ししますので」


 そこそこの品質の物を揃えられれば上出来、最悪、外套と防寒靴程度しか買えないのではないかと考えていたコタールは、手の平に載せられた硬貨を見つめて言葉を失う。


「実を言うと、値段交渉の半分はこちらのフォーンロシェさんに手伝ってもらったようなものなのです。

 ですから、全て自力で何とかしたわけではなく、“ずる”をしたようで、いささか決まりが悪いのですが……」


 表情を情けなさそうなものに変えて、修一郎が事情を説明した。


「それで、そのお礼と言っては何ですが、どうせなら晩飯もご一緒できないか、と私から持ちかけまして」


「邪魔であるならば言ってくれ。それで気を悪くするようなことはしない」


 おずおずと切り出した修一郎を庇うように、グラナが口を開く。


「ま、冒険者なんかと一緒に飯を食えるか!って喚くヤツも居るしねー」


 どこか投げ遣りにフォーンロシェがグラナに続いた。


「とんでもないわ。私たちは歓迎するわよ。

 さぁ、グラナさんたちも座って座って」


 呆然としたままの夫と、その原因を作り出した修一郎たちを面白そうに眺めていたハーベラが、逸早く三人に席につくように勧める。


「これからも一緒に旅をする仲間ですもの。冒険者だとか行商人だとかは関係ないわよ。ね?あなた」


 話を振られて漸く我に返ったコタールが、慌てて首肯する。


「あ、ああ、勿論だ。むしろ我々行商人は、様々な面で冒険者の世話になることが多い。

 それに食事は」

「大勢で食べるほうが美味しい、でしょ?」


 コタールに最後まで言わせることなく、ハーベラが結論を口にした。


「ありがとうございます」


 修一郎は軽く頭を下げると、後ろを振り返ってグラナとフォーンロシェを見遣る。


「では、ご一緒させてもらおう」


「やった!シチューだー」


「はしゃぐな、馬鹿者」


 騒がしく席につこうとする冒険者たちを笑顔で見つめていた修一郎に、ハーベラから声がかかる。


「じゃあ、シュウイチロウ。悪いけど、子供たちを呼んできてくれる?」


 コタールたちが泊まっている宿は、一階部分が食堂、二階以上が宿泊施設となっているこの大陸の典型的なタイプであった。

 分かりました、と答えて二階に続く階段を上がる修一郎の耳に、宿の主人を呼ぶハーベラの声が聞こえてくる。




 皆で楽しく食事を始めて暫く経った頃、一人だけ放っておかれたシルトが半泣きで怒鳴り込んで来るのは、また別の話である。



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