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街の事務員の日常  作者: 滝田TE
街の事務員の日常
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第十六話 喧騒を聴きながら


 ブルソーが事情を説明し、それを伝達板越しに聞いた父親であり店主であるマリボーに盛大に怒鳴られてから数日。

 ブルソーは床に臥せている支店の事務員二人と、警護団、医術士から分かる限りの情報を得た後、修一郎とソーンリヴに対しては、充分に気をつけるように、と言い残してアーセナクトへと戻っていった。

 尤も、二人が気をつけたところで、相手が悪意を持って近寄ってきた場合はどうしようもないのだが。

 ともあれ、ブルソーの置き土産とも言える残務処理と日々の通常業務で、二人は一日の殆どを事務室で過ごしており、食事も露店の軽食を買ってきて摘む程度の時間的余裕しかなかったので、幸か不幸か今の所は平和であった。


「いい加減、露店の食事も飽きてきたな……」


 修一郎が買ってきた、干した果実を練り込んで棒状に焼き上げたビスケットに似た食感の焼き菓子を、紅茶で流し込んだソーンリヴが、ぽつりと呟いた。

 王都の露店で売られている軽食は、アーセナクトと比べるべくもなく多種多彩であったが、さすがに三食全てが露店では、ソーンリヴが愚痴を零すのも仕方ない。

 アーセナクトでは、修一郎のアイデアによって、プレルの食堂が昼食の配達を始めていたため、仕事で忙しい時も選べる食事の幅は広かった。

 食堂で提供する料理と全く同じというわけにはいかなかったが、それなりに工夫が凝らされており、露店の軽食よりも手が込んでいて、それでいて簡単に摂れるメニューが用意されていたのだ。

 ルキドゥ……今は自らの正体を明かしてルキーテと名乗っている少女と修一郎が出会った日に、プレルが修一郎を拉致したのは、このためのアイデアを異世界の人間族から考案してもらうためであった。


「そうですね。

 バラカさんのところに食事に行こうにも、昼間はそんな時間はありませんし、夜は遅くなってしまいますし」


 それに、私も料理でもしてストレス発散したいですしね、と心の中で修一郎が続ける。

 新しい家に引っ越してから、然程経っていなかったが、それでも修一郎は今までの鬱憤を晴らすように、朝食と夕食の大半を、ルキーテの分も併せて作っていた。

 仕事で帰りが遅くなる場合はそうもいかなかったので、ルキーテに金を渡してプレルの食堂なり露店なりで夕食を摂らせるようにしていたが、本心を言えば、それでも何とかして修一郎が作ってやりたいと思っている。

 虎人族の少女の保護者となった身としては、彼女の成長に留意した栄養バランスの良い献立を考えて食べさせなければならないと、密かに心に誓っている修一郎であった。

 飽くまで修一郎の世界の人間基準での栄養バランスではあったが。


「そう言えば、以前お前が作ってくれたサンドイッチとか言ったな、あれは美味かった。

 今はそんな余裕はないが、アーセナクトに戻ったら、またご馳走になりたいものだ」


 コップに残った紅茶を飲み干して、洗い物を浸けておくための桶へと向かうソーンリヴに、修一郎はいつもの柔和な笑みを浮かべて喜色の滲んだ声で応える。


「お安い御用ですよ。サンドイッチに限らず、あの類の料理は色々と種類もありますからね。

 あれだと、ソーンリヴさんの嫌いなチーズも食べていただけるようですし」


 フォーンロシェが事務室を訪れた際に目撃した、サンドイッチを頬張ろうとするソーンリヴの姿を思い出して、修一郎は小さく笑った。


「……ふん。言っただろう?チーズの食感が苦手なだけで、食べられないわけじゃない」


 後輩事務員が笑った理由に思い当たったのか、ソーンリヴは羞恥で僅かに頬を赤くしながら、自分の机に戻る。


「さあ、食事も終わったことだし、午後の仕事に取り掛かるぞ。

 シュウイチロウ、いつまでも呑気に食ってるんじゃない。さっさと済ませてしまえ」


 メガネをかけて仕事をする態勢を整えると、お返しとばかりに未だ食べ終えていない修一郎を急かす彼女であった。






 冬の四の月二十五日。

 アルタスリーア王国の王都アーオノシュは、祝賀ムード一色に染まっていた。

 アルベロテス大陸に存在する他の三国の王と、彼らに付き従う者を含めると、それだけで中規模の村の人口と変わらない人数が王都を訪れ、式典に参列している。

 祈念式典を祝うという名目でそれらを見物に来た観光客は、国内は勿論のこと、他国からも大勢が訪れ、大通りと言わず小路にまで様々な種族の者が溢れていた。

 アーオノシュ市が許可を出した場所には、いつもの倍近い数の露店が並び、軽食や菓子類をはじめ、装飾品や衣類、式典を祝う小物などが売られており、通り過ぎる客の目を楽しませつつも、なんとかその財布から金を出させるべく、呼び込みの声や値段交渉の会話があちこちで飛び交っている。

 マリボー商店アーオノシュ支店も、普段とは違って、店先にまで陳列台を出して客に応対していた。

 ちなみに、ライターとメガネに関しては、マリボーから一時販売中止の指示が出たため、店先にも店内にもそれらの姿はない。

 今後の対応を含め、今日の祈念式典が終わった後に、マリボーがアーオノシュを訪れて新たな指示を出すまでは、販売再開は未定となっていた。




 店先から聞こえてくる喧騒を他所に、事務室では相変わらずソーンリヴと修一郎が仕事に追われていた。

 昨日までに、支店の事務員が倒れて以降の帳簿の確認・日別本締め作業をなんとか終わらせ、今は決算事務の準備をしつつ、子鐘三つ(三時間)ごとに持ち込まれる売り上げ金の集計や、各種出納板とのチェック、納品される荷物の手配と確認といった業務を行っている。


「外は賑やかですねぇ……」


 つい先ほど、販売部門から持ち込まれた子鐘三つ分の売り上げ金を確認しながら、修一郎がぽつりと呟いた。

 ごった返すほどの人ごみは好きではない修一郎だったが、それでも祭りの賑やかな雰囲気は嫌いではない。

 ましてや、こちらは然程広くもない事務室に篭りっきりで仕事をしているのだ。

 つい、ぼやきの一つも出ようというものである。

 そういえば、元の世界でも、この時期は休日出勤が当たり前になっていて、テレビのニュースで流れる気の早い花見客の様子を見ながら、同じような台詞を同じような気持ちで呟いていたな、と思い出す。

 事務員と言えど、客商売の一部であるからには、人々が休んで外に出掛ける時が稼ぎ時であり、それに伴って忙しくなるのは、世界が違っても変わらなかった。


「確かに賑やかだな。だがまあ、諦めろ。

 今日一日踏ん張れば、明日以降は少しの間落ち着くだろう。

 休むわけにはいかないが、夜は多少は早く帰ることができるかも知れないぞ」


 納品板に記録された内容を商品別在庫板に転記するため、二枚の金属板に手をかざしていたソーンリヴが作業を続けたまま応じる。


「私も、またあの“ニホンシュ”を呑みたいと思っているんだ。

 ……出来れば、今度は無粋な邪魔者なしでな」


 処理が終わった納品板を木箱に納め、新たな納品板を手許に引き寄せる。

 あと数件処理すれば、とりあえずはソーンリヴの作業は終わる。

 茶でも淹れるか、と頭の隅で考えながらも、出納板の処理に集中する女性事務員であった。


「そうですね。こちらの世界の“お酒”も嫌いではありませんが、折角の王都ですし、私もお付き合いしたいところです。

 もうそろそろ時季ではなくなりますが、湯豆腐で一杯なんていいですねぇ」


 アルコールも甘味もどちらもイケる修一郎は、元の世界で冬の定番であった献立を思い出して、元々大きくない目を更に細めた。

 バラカの宿で別れて以来、リバロにも、仲間と思しきあの厳つい男にも出会っていない。

 宿舎と職場である支店との往復と、昼食の買出し時以外には外を歩くことがないので、当然と言えば当然なのかも知れないが、仮に本当に“相手”が居たとして、こちらに何らかのちょっかいを出そうと考えているなら、そろそろ動きがあっても良さそうな頃合ではあった。

 今のところは、支店の事務員が急病と事故で倒れた以外に、これといった問題は起きていないのだ。

 無論、何もないならそれに越したことはないが、嬉しくも有難くもない事に、そうはならないであろうというのが、ソーンリヴと修一郎の共通した認識である。

 一日でも早く、マリボーが王都を訪れて、真相を究明するなり、“相手”の正体を突き止めるなりして欲しいところだが、平和祈念式典が開催される冬の四の月二十五日は、アーセナクトでも従業員総出で対処しなければならないほど忙しい日であった。

 どんなに急いだとしても、マリボーがアーオノシュに到着するのは三日後になるだろう。

 それまでは、二人で日々の仕事をこなしつつも、周囲に気を配りながらの生活を強いられる今の状態が続くことになる。


「まぁ、何も起こらなければ、明日か明後日にでもあの宿に顔を出せるだろうさ」


 手許にあった全ての納品板の処理を終わらせ、茶を淹れる準備をしようとソーンリヴが立ち上がったちょうどその時、事務室の扉が荒々しくノックされた。


「はい、どうぞ?」


 一瞬だけソーンリヴと視線を合わせてから、修一郎が応じる。

 その声を待っていたように、すぐに扉が開き、一人の人間族の男と一人の犬人族の女性が事務室へと入ってきた。

 着任当時の紹介の際に顔を合わせたことのある二人で、確か流通部門に所属していたはずである。

 犬人族の表情は容易に判断がつかないが、人間族の表情から察するに、あまり良い話ではなさそうだ。


「どうしました?ええと、アムスさんにトーラさん」


 修一郎が椅子から立ち上がり、入ってきた二人に歩み寄る。ソーンリヴも流しへ向けていた足を入口へと変えていた。


「スィルトンが居ないようだから、あんたら二人に訊くんだがよ」


 アムスと呼ばれた人間族の男が、修一郎とソーンリヴを交互に見ながら口を開いた。

 その声には、苛立ちと僅かな怒りが含まれているように、修一郎には感じられる。


「あたしたちの給金が支払われないかも知れないってのは本当なのかい?」


 アムスに続いたのは、犬人族の女性トーラの発せられた言葉だった。

 こちらは、不安を隠しきれていない口調である。


「いったい何の話だ?」


 二人を見遣るソーンリヴのメガネが、窓から差し込む陽光に反射してきらりと光った。




 事務室の入口に立たせたまま事情を聞くわけにもいかず、二人を事務室内に招きいれて、自分たちが使っていた椅子に座らせたソーンリヴは、予備として部屋の隅に置いてあった小さな椅子を持ち出して、彼らと向き合うように座っている。

 修一郎は、茶を淹れるべく流しで湯を沸かしていた。

 店中が慌しい日に、あまり呑気に話を聞いているわけにもいかないが、内容が内容である。

 二人が椅子に座って、いくらか落ち着いた様子を見て取ると、ソーンリヴは詳しい話を聞くことにした。


 アムスによると、近頃流通の同僚の間で、マリボー商店の資金繰りが上手く行っていないという噂が囁かれているとのことであった。

 アムスもそれを耳にした時は、すぐに信じる気にもなれず、噂の出所を調べたところ、同僚の一人が酒場で聞いた話が原因であるらしいことが判明した。

 その同僚に、話の相手が誰かと訊ねると、ルポネ商店の従業員であるとの答えが返ってきた。

 アムスが同僚を連れて、そのルポネ商店の従業員のところまで出向き、更に詳しく訊こうとしたところ、その従業員も酒場でそのような会話を耳にしただけで、その会話の主が誰であったかまでは知らないと言われたのが昨夜のこと。

 それ以上はアムスとしてもどうしようもなくなったため、翌日いつものように出勤してみると、今度はトーラから同じような噂を聞いた旨の話を打ち明けられた。

 彼女の場合は、昨日、仕事を終えて市場で夕食の買い物をしている最中に、アムスが聞いたものと同様の噂が流れていることを気にした食料品店の店主から問われて、トーラの知るところとなったようである。

 二人は仕事の合間を縫って、事実確認をするべくスィルトンを探したが、生憎とスィルトンは朝から出掛けており、仕方なく、本店から出向いてきたソーンリヴと修一郎に事情を聞こうと、こうしてやってきた次第であった。


「なるほどね……。分かった。

 数日前まで私たちはブルソーさんと何度も会っていたが、そのような話は全く聞いていない。

 もちろん、私たちにも知らされていない可能性は考えられるが、資金繰りが上手く行ってないなら、本店のマリボーさんもアーオノシュに支店を出すようなことはしないと思うがな」


 ブルソーはまだその域に達していないが、店主のマリボーは、“商売は堅実に、だが交渉は大胆に”が信条の商人である。

 堅実にアーセナクトで商売の基盤を固め、確信を持てたからこその、アーオノシュへの出店であるはずで、無理をしてまで手を広げようとはしないはずだ。

 無論、支店だけで見て、経営状況が芳しくないということも考えられるが、帳簿をざっと見る限りでは充分利益を上げているように思われる。


「そうですね。私もソーンリヴさんと同意見です。

 今は養生されているこちらの事務の二人に訊いても、同じ答えが返ってくるはずですよ。

 我々事務員は帳簿を管理する側ですから、もしそういった兆候が見られるなら、噂は外からではなく、中から流れる可能性が高いでしょうね」


 勿論、経営者側が意図的にそういった情報を隠匿することも考えられるし、事務員が知ったところで口止めされればそれで終わりである。

 しかし実際に、元の世界では似たような事が発端となって崩壊していった会社はいくらでもあった。

 だが、それを今ここで口にしても、アムスとトーラを更に不安がらせるだけで、何の益も生まないことを理解している修一郎は、表面上の事実だけを述べるに留まり、二人を安心させることを選んだ。


「それに、あと数日もすれば、マリボーさんが王都にいらっしゃる予定となっています。

 私たちの言葉で納得できないのであれば、その時に皆さんに対してマリボーさんの口から説明していただけば良いのではありませんか?

 ちなみに、皆さんの今月の給金ですが、既に支払う準備は整って、後は資産保管局にそのお金を引き出しに行けばいいだけの状態になっていますよ」


 柔和な笑みを浮かべて、淹れた茶を自分たちの目の前に置く修一郎に少しは安心したのか、流通部門の二人はお互いの顔を見合わせた。

 何より、今月の給金が支払われるという修一郎の言葉に安堵したようだ。


「はっきりと、『砂山に立てた棒切れのような』噂と断言することは出来ないが、私自身はそうだと思っている。

 それよりも、だ。あなた方に指図できる立場ではないが、少なくとも今日は、噂の真偽を確かめるよりも仕事に精を出すべきではないかと思うのだがな」


 ソーンリヴの言うように、今日は、客の出入りも納品される荷物の数も普段とは比較にならない。

 アーオノシュ支店は小売専門であったが、それでもひっきりなしに外から荷物が搬入されてくる。

 正直なところ、噂に右往左往する暇があるなら、その分体を動かしてはどうかと思うのだが、その噂の内容が本人たちの生活に関わることであるから、強く言うわけにもいかない。


「分かったよ。確かに今日はそれどころじゃないからね。

 だけど、マリボーさんが来たらきちんと説明してもらうからね?」


 アムスが何かを言いかけたようだが、トーラがそれを抑えるように応じた。

 そんな犬人族を見たソーンリヴは、真剣な表情で頷いた後、軽く肩を竦める仕草を見せて、二人に約束する。


「ああ、私が責任を持って伝えておくよ。

 第一、私も給金を貰う立場なんだ。噂が真実だったとして、困るのはあなた方だけじゃない」




 結局、アムスとトーラは、出された茶に口をつけることなく、事務室を出て行った。

 二人を見送って、事務室の扉を閉めた修一郎の背中に、ソーンリヴの疲れた声が聞こえてくる。


「やれやれ……。ついさっき、何も起こらなければと言った自分が酷く間抜けに思えるよ……。

 よりにもよって、祈念式典の日を狙ったように厄介ごとが舞い込んで来るとはね」


 どうやら、マリボーが調べるまでもなく、本当に“相手”が存在し、その“相手”は明確に悪意を持って行動しているようである。

 しかも今度は直接的ではなく、間接的な手段を使ってきた。

 アムスの口ぶりからすると、噂は支店の全従業員に既に広まっていると考えていいだろう。それどころか、アーオノシュの商人中に広まっている可能性すらある。

 店主自らが噂を否定し、従業員の不安を払拭したとしても、街中に拡がった噂を取り除くにはかなりの労力と時間を要するのは間違いない。

 しかも、この場合一刻も早く対処しないと、取引先が減るどころか、商売自体立ち行かなくなるのだ。


「まいりましたね。一番面倒な方法を使ってくるとは。

 内部に対しては、いくらでも説明のしようがあるのですが、世間に広まった噂までは、さすがに私たちではどうしようもありませんよ」


 自分の机に戻る修一郎の表情も暗い。

 元々、支店の従業員でもないうえに、一介の事務員であるソーンリヴと修一郎には、打てる手段などないに等しいのだ。

 朝から出掛けているスィルトンは、もしかしたらこの件に関して動いているのかも知れないが、彼も未だ戻ってきていない。

 店主も店主代行も不在の今、二人に出来ることはごく限られていた。

 即ち、目の前の仕事を片付けること。それだけであった。


「いよいよもって、マリボーさんの到着が待たれるな。

 とりあえず、シュウイチロウ。頃合を見て、伝達板で今の話を伝えておけ。

 今日伝えたところで、直ぐになんとかなるわけじゃないが、こちらに来るまでに対応策を考えておいてもらわないとな」


「分かりました」


 楽しくもない会話を交わしながら、二人は事務員としての仕事に戻る。

 時間はもうじき大鐘四つ(午後六時)になろうとしているが、外から聞こえてくる人々のざわめきは一向に静まりそうもない。

 祈念式典は疾うに恙無く終わっているが、王都を訪れている人々の大半は、このまま一日中めでたい祭りを楽しむのだろう。

 アーオノシュの夜はこれからで、仕事を終えた者も加わって、さらにその騒がしさが増すのは間違いない。

 大鐘四つが鳴れば、ほどなくして子鐘三つ分の売り上げ金が事務室へと持ち込まれ、ソーンリヴと修一郎の作業が再開されることになる。

 表で騒ぐ人々とは違った意味で、二人の一日はまだまだ終わりそうもなかった。


「外は相変わらず、賑やかですねぇ……」


 机に向かい、手を動かしながら、修一郎が先ほど呟いたものと同じ台詞を口にする。

 しかし、その口調には、先ほどとは違った感情が込められていた。

 事務の仕事であれば、目の前にあるものを一つ一つ確実に片付ければいつかは終わる。修一郎たちが今、そうしているように。

 だが、マリボー商店が抱えている問題とも呼べる大きな仕事は、容易に片付けることができないものばかりである。

 修一郎の呟きに応えたソーンリヴの口調は、内心を感じさせることのない、平坦なものであった。


「まったくだ。騒がし過ぎるくらいにな」




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