第十話 引っ越し
どこから聞きつけたのか、店の通路で出会ったマリボーが、修一郎の肩を叩きながら、話しかけてきた。
「よう、ヤスキ。お前、虎人族の子供の保護者になったんだって?
それで引っ越したいとか言っているらしいな」
やたらとにこやかな笑みを浮かべた人間族の商人は、修一郎の肩に手を置いたまま、寄りかかるようにして話を続ける。
「まだ引っ越し先は決めてないんだろ?
他ならぬ我が店の従業員に関することだ。俺がいい業者を紹介してやろうじゃないか」
「相も変わらず耳が早いですね、社長」
そんなマリボーに対して、修一郎は苦笑するしかなかった。
ソーンリヴがマリボーに話すとは思えない。恐らく、ソーンリヴからゼリガ、ゼリガからレナヴィルかゼリガの部下であるルネルあたりに伝わって、マリボーの耳に入ったのだろう。
レナヴィルに熱を上げているという噂が囁かれている、ブルソーからのルートもあるかも知れない。
別に隠すつもりはなかったので、修一郎は素直に頷いた。
「ええ、確かにまだ候補は決めていません。
できれば一軒家にしたいとは思っていますが」
「一軒家か!こりゃまた思い切ったな!
賃貸か?買い取りか?」
まるで商談をしているかのような表情になったマリボーが、詳しく聞こうと更に顔を寄せる。
目のぎらついた男に顔を近づけられて、若干及び腰になりながらも、修一郎は答えた。
「一応、購入を考えています。良い物件がなければ、貸家になるかも知れませんが。
それ程大きな家でなくても良いので、三~四人が暮らせる広さで、適当な中古物件があれば最高ですね」
その言葉を聞いて、マリボーが表情を真剣なものに変えた。
良く透る声も抑え気味で、低い。
「お前、ここに腰を据える気になったのか」
「はい。良い街ですし、仕事にもありつけましたから……」
「クレルミロン夫人のことはどうする」
「王都ならば馬車を使えば、二日で行けます。
それに、春頃に時間を見つけて、一度会いに行くつもりです」
「そうか。そこまで考えてのことなら、いい」
それまで修一郎だけに聞こえる程度で話していた声と表情を、元に戻してマリボーは笑った。
「まかせとけ。アーセナクトで一番の業者を紹介してやる」
「宜しくお願いします」
恐らく、紹介料のようなものがマリボー個人の懐に入るのだろうが、基本的には善人な男が言うことであったので、修一郎は頭を下げた。
善は急げとばかりに、街中へと出かけていったマリボーを見送ると、修一郎は事務室に戻った。
もう暫くすれば、大鐘三つに子鐘二つが聞こえてくるだろう。
年越し祭を無事終えた今は、普段どおりの業務に戻っている。と、言うよりも普段より暇であった。
年末と年始のお祭り騒ぎで、多少の贅沢を楽しんだ人々は、いつものように慎ましやかな生活に戻っている。
マリボー商店の客層は、一般市民が三分の二、貴族のような富裕層が三分の一といったもので、“多少の贅沢”を毎日送っているような人々も訪れるが、それでもこの月の売り上げは、一年を通して少ない月にあたる。
また、それに加えて、国土の中央から北部にかけて降る雪で、荷馬車の移動速度が落ちる、或いは足止めされることも少なくないことから、バンルーガ王国やアーラドルから入ってくる荷は多くない。
幸い、この店の商品は日用品や事務用品といったものがメインであり、生鮮食料品は扱っていないので、輸送時間の遅延による商品の傷みといった問題とは無縁であったが。
「よお、シュー。しっかり聞こえてたぜ?
で?どこに引っ越すんだ?」
流通も暇なのだろう、ここ数日、午前の荷の積み入れ・積み込みが終わると、ゼリガは事務室に入り浸ることが多かった。
今日も、ソーンリヴと修一郎相手に、事務室で駄弁っている。
「場所はまだ決めていませんよ。
と言っても、居住地区の中で動くだけですから、通り数本程度しか違わないと思います」
商業都市アーセナクトを空から俯瞰すると、ほぼ真円に近い形をしており、中央部に市長の居館を兼ねた市庁舎があり、その周囲を街路が囲んでいる。
その街路からは、東西南北に大通りが伸びていて、市壁へと続いている。
その市壁を潜れば、他の都市へと続く公路が、それぞれの方向へと伸びていた。
その大通りによって都市が四分割される形になっており、北東部にあたる四半分は魔法院や教会、騎士団駐屯場、貴族や豪商の邸宅といった、公的機関の建物や豪奢な家屋が立ち並ぶ区域で、官庁地区と呼ばれている。
北西部は、一般市民が住んでいる家や、市が運営している長屋が並ぶ、居住地区と呼ばれる区域だ。
南東部と南西部は、商業地区と呼ばれ、商店や食堂、酒場や娼館、市場などが犇めき合っており、更に大通りから伸びる小さな街路は、それぞれの職種の店が集まって軒を連ね、職人通り、衣服通り、食堂通り、歓楽通りなど様々な呼ばれ方をしている。
プレルの食堂やマリボー商店があるのも、この商業地区だ。
プレルの食堂は、文字通り“食堂通り”にあり、マリボー商店は、特に名前の付けられていない比較的道幅の広い通りに面していた。
「なんだ、そうなのか?
でもよ、焦らせるつもりはねぇが、店が暇な今のうちに引っ越しちまったほうがいいと思うぜ?」
ゼリガの言うことはもっともで、冬の四の月の終わりには、アルベロテス大陸に在る四国の王が一堂に会して執り行われる、平和祈念式典がある。
これは“大戦”の終結が宣言された、アルタスリーア王国で言う冬の四の月二十五日に、毎年開催される行事で、主催する国は年毎に持ち回りで行われていた。
一昨年がルザル王国、去年がバンルーガ王国、今年がアルタスリーア王国で、来年はウヴェンナッハ王国で、その次の年は再びルザル王国、といった順になっている。
式典が開催されるのは王都であるが、その時期は各国から、多くの種族が主催国を訪れる。
それは王都に留まらず、ここアーセナクトや工業都市アーラドル、港湾都市ダリンにも同じことが言え、多種多彩な種族が街中に溢れる。
即ち、商売人にとっては書き入れ時であり、忙しくなる時期でもあった。
「祈念式典まで、あと一月半といったところか。
シュウイチロウ、お前は初めてだろうが、仕事の量は年越し祭の比じゃないぞ。
それに加えて、だ。冬の四の月は……決算月だ」
まるで死刑宣告をするような口調で、ソーンリヴが言う。
事務職……特に経理に携わる者にとっては、正しく正念場であり本当の地獄であった。
一年間の仕入れ額、売り上げ額を確定し、棚卸を行い、売掛金・買掛金が発生しているならそれらの計上も行い、帳簿の年度締めを行い、店の収支を確定させる。
他にも細々とした付随作業があり、且つ通常業務もこなさなければならない。
修一郎たちは経理業務だけを行っているわけではなく、人事や施設管理といった業務もあるのだ。
第一、修一郎の世界のように、コンピューターにインストールされた経理処理ソフトを使って、一瞬で纏めて、差異やミスがあれば指摘までしてくれるような、便利なモノもない。
「決算……」
悪夢を見るかのような表情で、修一郎が呟いた。
元の世界で経験した決算月が思い起こされる。
修一郎が向こうの世界で勤めていたのは、地方都市にある、文房具を扱う小さな会社であったが、それでも経理担当であった彼の、決算月の残業時間は百五十時間を遥かに超えていた。
さすがに、そこまで酷くはないだろうが、こちらは全て手作業で行わなければならない。
「こちらの世界には存在していないものだと思っていました……」
現実から逃避したいとばかりに漏らした修一郎に、冷厳な事実が突き付けられる。
「どうやら、お前の世界でも決算は大変だったようだな。
だが、シュウイチロウ。諦めろ。
この世界でも、決算は、ある」
既に、その忙しさを何度か経験しているソーンリヴは、達観した表情で、異世界人に告げた。
「ま、まあ、そういう訳だからよ?
引っ越しするなら早めがいいと、言いたかったってことだ」
人間族であれば、頬に一筋の汗でも垂らしていそうな口調で、ゼリガが話題の軌道修正を試みる。
「言ってくれりゃあ、手伝うからよ。
まあ、シューなら五人くらいはすぐ集まるだろうがな」
ゼリガが言っているのは、この世界……かどうかは不明だが、少なくともアルタスリーア国内での民間伝承のことで、曰く、
『引っ越しの際、五人以上の手伝いが訪れる家は栄える』
と、いうものである。
まあ、多くの者が助けてくれるということは、それだけ人望があるとも言えるため、的を射ているとも言えなくもない。
「それはありがたいのですが、ウチにはそれほど家具もありませんから、おそらく私とルキドゥで大丈夫だと思いますよ?
精々が、荷車一台借りてくれば済んでしまいそうですし」
「そんな訳にはいかねぇだろ。こういうことは大事なんだからよ。
当てがねぇなら、俺から数人ほど声かけるがどうする?」
犬人族の気遣いに感謝しながらも、まだ物件すら決まっていませんから、と苦笑するしかない修一郎だった。
マリボーから紹介された業者はコスラボリといった。
人間族の中年で、中肉中背の、気の弱そうな印象を受ける男性だった。
彼が眼鏡をつけているのを見て、少しばかり嬉しくなった修一郎である。
コスラボリは、アーセナクトの居住地区全域の家屋に関する取り扱いを、市から一任されているようであった。
業務内容は、空き家や長屋の維持・賃貸・売却といった管理全般、新規家屋の設計・建築、居住者の居る建物の修繕、内装や魔法施術を含む専門知識が必要とされる装飾業者や術士の斡旋等と、結構手広くやっている。
修一郎の世界での、不動産業と建築業にインテリアデザイン等の斡旋を併せたようなものだろうか。
「マリボーさんからは、なるべく良い物件を、と言われていますから、安心してくださって結構ですよ。
一応、こちらで数軒ほど候補を挙げさせていただきましたが、ヤスキ様のご要望があれば、出来る限り対応させていただきます」
店内に置かれた、応接用テーブルの上に数枚の金属板が並べられる。
どうやら、これも魔法を応用したモノのようだ。
「すみません、ちょっと事情がありまして、私は魔法が使えないのです。
お手数をおかけしますが、出来れば簡単に概要を説明していただいた後、直接物件を見させてもらうわけにはいかないでしょうか」
申し訳なさそうに言う修一郎に、気分を害したふうでもなく、コスラボリは快諾すると、金属板の上に手をかざして一枚ずつ説明していく。
金属板からは、どうやって撮ったのか分からないが、対象物件の外観が少しはなれた場所から見た視点で浮かび上がっている。
魔法というかSFみたいだな、と思いながら、修一郎は目の前の男の話に集中した。
「まず、一つめの物件ですが、築十二年の二階建てになります。
三~四人が住まわれる予定とのことでしたので、然程広くはありません。
部屋数は、台所を除けば、四部屋になります」
言いながら、コスラボリがかざした手を動かすと、浮かび上がっていた画像が、建物の外観から部屋の間取りに切り替わる。
「一階には、居間と客室が一室。二階に、寝室と子供部屋が一室ずつとなります。
台所は、居間から続く形になっておりまして、お手洗いは玄関から居間へ続く廊下の途中にあります」
コスラボリは、手馴れた様子で、淀みなく説明していく。修一郎は、黙ってそれを聴いている。
「次に、こちらの物件ですが……」
そうして、五つの候補を説明してもらったところで、修一郎が口を開く。
「大体、分かりました。
ところで、これらの物件ですが、購入する際に、こちらが建物に手を加えることは可能ですか?」
「それは可能ですが、具体的にはどのような?」
賃貸ではなく購入であるので、基本的に持ち主の意向で改修はできるのだが、市が定める基準を大きく逸脱する場合は、市に届け出て受諾される必要がある。
居住地区の家屋全般に関することを任されているコスラボリとしては、市と客双方に対する信用問題になりかねないので、二つ返事で引き受けるわけにはいかず、事前に確認せずには居られなかった。
「新しい部屋を作りたいのです。
水と火を使うことになるので、給排水管が引き込める場所に、増築する形になると思います。
それと、モノによっては台所も少し弄ることになるかも知れません」
一軒家を持つに当たって、修一郎は風呂の設置を考えていた。
これまでは、タオルで体を拭くか湯浴みで済ませていたが、それは仕方なくであり、日本人である修一郎としては、やはり肩まで湯に浸かることが出来る風呂が恋しかったのである。
「なるほど。それでしたら、こちらは少し難しいので、外させていただきます」
手許にあった五枚の金属板のうち、一枚を抜き取ると、コスラボリは脇に除けた。
「では、これから物件を見ていただくことにいたしましょう。
ヤスキ様、お時間は宜しいでしょうか?」
「はい。お願いします」
そうして、二人は一軒ずつ売り家となっている家を見て回った。
一件目は、コスラボリが最初に説明した家だった。確かに、それほど広くはなかったが、建物自体の傷みも殆どなく、前の住人が大切に使っていたことが窺えた。
二件目は、平屋建てであったものの、部屋数は多かった。しかし、却って全体的に窮屈に感じられる間取りで、すぐ隣に二階建ての家があるためか日当たりも悪かった。
三件目は、二階建てで部屋数が五つあり、各部屋の広さもそれなりで、間取りも住人に対する配慮がなされていた。また、日本で言うと四畳ほどの地下貯蔵室が設けられていて、小さいながらも庭があった。
四件目は、三階建てで部屋の数も広さも充分にあり、大きな木の植えられた庭も付いていたが、内部の老朽化が酷く、かなり手入れをしなければならない状態だった。
どの家も、北の大通りから然程離れておらず、家の前の街路も見通しが良く、治安について心配する必要がないのは、共通していた。
全てを見終わって、修一郎は三件目の家にすることに決めた。
階段の手すり部分や、窓枠といった細かな箇所は修繕しなければならなかったが、それ以外は申し分ない。
台所は、予想していたとおり単炉の竈が二つ並んだタイプであったので、これについては手を入れることになるだろう。
何より、地下貯蔵室があることが、修一郎にとっては有難かった。
「かしこまりました。ヤスキ様はなかなかお目が高いようですな。
ヤスキ様が選ばれた家は、四つのうち最も良い物件でございます。その分、多少値が張りますが、それに見合うだけの価値はございます」
各物件を見て回る修一郎は、一々細かい指摘をすることなく、その家の長所を見つけては感心して見せていたので、コスラボリは修一郎を上客として扱うことにしたようである。
当初から腰の低い物言いであったが、今は更に言葉遣いが丁寧になっている。
「家の修繕と増築に関しましては、専門の業者をご紹介いたします。
懇意にしております者で、この辺りの家の改修や修繕をいくつも手懸けており、腕も保障いたします」
「分かりました。その方への連絡はお願いします。
増築の打ち合わせに関しては、コスラボリさんも同席のうえで行う必要がありますか?」
「はい。一応、市からも建築物の改修等につきましては、私を通して届け出るように、と言われておりますので、同席させていただくことになります。
ですが、余程のことがない限り、こちらが口を出すようなことはいたしませんので、ご安心ください」
修一郎たちは、コスラボリの店に戻って来ていた。
二人の前には茶が出され、コスラボリは修一郎と打ち合わせしながら、羊皮紙製の受注書に色々と書き込んでいく。
「それほど突飛な改修はするつもりはありませんよ。
ですが、分かりました。では、後日また伺いますので、その際に、その業者の方と引き合わせていただけるということで宜しいですか?」
いつもの柔和な笑みを浮かべて、修一郎が確認する。
「はい。こちらもそのように調整しておきます。
それで、つきましては、お支払いに関してのお話なのですが、ヤスキ様は如何様にお考えでしょうか。
ヤスキ様のご都合に合わせて、割賦も承っておりますが」
日本の一戸建て購入のように、何十年もかけて支払わなければならない金額ではないが、それでも優に一般市民の収入の十数年分に相当する金額である。
コスラボリもそれを考慮しての発言だったのだが、修一郎は平然として答えた。
「そうですね、一括でお支払いします」
「……は?」
マリボーが気にかけているようであったものの、どう見ても目の前の男は、その辺りに居る一般市民のような風貌をしている。
とても大金を持っているようには見えなかったので、コスラボリは上客に対して失態とも取れる間の抜けた返答をしてしまった。
それに逸早く気付いたコスラボリは、姿勢を正して詫びた。
「し、失礼しました。そ、それでは、一括でお支払いいただくということで……」
それでも声が若干震えていたのは、仕方ないだろう。
まあ、そういう反応になるでしょうね、と心の中で苦笑しながら、修一郎は話を続けた。
「修繕と増築の代金についてですが。
こちらは、後日三者で打ち合わせて、見積もりを作っていただき、決めるということで宜しいですか?」
「あ、は、はい。それで構いません」
何時の間にか、客と店の立場が入れ替わっていたが、動転したままのコスラボリは、修一郎が店を出るまで、それに気付くことはなかった。
二日後、再び修一郎は、コスラボリの店を訪れていた。
今は昼の休憩時間であり、ソーンリヴとマリボーに事情を話し、少し遅れるかも知れないと言ってきてある。
先日と同じ応接用テーブルには、修一郎とコスラボリ、それにブラウニー族の男性の姿があった。
茶色のツナギのような服に身を包んだブラウニー族は、クータンと自己紹介した。
年齢は三十歳になったばかりだと言うが、レベックと同じような長い髭を生やしており、身長は修一郎の腰あたりまでしかない。
赤茶色の頭髪は伸びるに任せており、頭にはハチマキのように手拭いを絞って巻きつけてある。
茶色の瞳をした目は、好奇心の光を湛えて修一郎を見つめていた。
「へぇ~。“フロ”ねぇ。
兄さん、面白いモンを考えるお人だねぇ」
事実、修一郎の出した増築案に興味を惹かれたのだろう、木板に木炭で簡単に書かれた浴室と浴槽のデザインを見ながら、クータンは楽しそうである。
「大量の水を使いますし、それを沸かすために、こんな感じの物を作っていただきたいのです。
また、水を使うことから、“浴室”までの水道管の増設と、下水管への接続もしなければなりません。
あと、水はけを良くするために、浴室の床はタイル張りにして、僅かに傾斜をつけてください」
「なるほどねぇ。こりゃ確かに台所と便所に近い場所に作るのがいいだろうなぁ。
でも、兄さん、こりゃあ結構高くつくぜぇ?」
修一郎のラフデザインから目を上げると、値踏みするような目つきで人間族の優男を見上げる。
「でしょうね。ですが、どうしてもこれを作っていただきたいのです。
どうでしょう?出来ますか?」
「そうさなぁ。技術的にはできなくはねぇなぁ。
ただ、台所の流しと竈の改修も含めて、費用はこれくらいかかるぜぇ?」
修一郎の前に置いてあった木板を奪い取ると、勝手に凡その金額を書き加えていく。
それを横から覗き込んだコスラボリが、小さく息を呑む音をたてた。
その金額は、修一郎が購入すると決めた家の額の三分の一に相当するものだった。
「あー。やっぱりそれくらいかかりますか。
仕方ないですね、詳細な見積もりを作ってください。それで構いません。
ただし、所々は口を出させてもらいますよ?」
「そりゃいいけどさぁ。コスラボリさん、だってよ」
話を振られて、それまで言葉を発することのなかったコスラボリが慌てて、声を上げた。
「や、ヤスキ様!宜しいのですか!?
この金額を家の代金と合わせると、もう一つ上の家が買えますよ?」
「ええ、いいんですよ。私は、あの家が気に入ったんです。
さすがに、金に糸目は付けないとは言えませんが、これくらいの出費は覚悟していましたから」
こともなげに答える修一郎に、コスラボリは再び黙るしかなかった。
翌日、クータンから上げられた見積書の金額を確認した修一郎は、それを応諾した。
家の内装部分の修繕は二日後から行われることになり、風呂場の増築と台所の改修は、一週間後から着工するとのことだった。
全てが済んで、修一郎に引渡しが行われたのは、冬の四の月になる三日前だった。