竜宮城に住んでいそうな君へ
小包が北海道から届いた。北海道にいる知り合いなんて一人しか知らない。
『美人な遠宮さんへ』
しかし、何考えてるんだ。この送り主は! このようなおかしな事をするのは、奴しかいない。送り主の住所が北海道ではなかったとしても、絶対わかる。
小包を配達してくれた配達員さんは、人の顔を確認するかのように見てくるので、「はいはい、ご期待に添えなくて申し訳ないですね」と心の中で悪態をついてみた。
「遠宮剛様宅、美人な遠宮さん宛に届いてます」笑いをかみ殺した顔をして言ってきた。
自分の顔が赤くなっているのがわかっているので、余計に気まずい。
あいつは、なんて恥ずかしい事をしてくれるの! 「そんな人いません」って、つき返してやりたい!
まぁ、そんなことをしたら、配達してくれたこの人に迷惑がかかるだろうけど。
諦めて、素直に受け取りの印鑑を押す。
「有難うございます」と職員さんは笑顔で去っていくが、逆にその笑顔が恥ずかしさを助長させるんです。
送り主は予想通り、中学からの腐れ縁の武田真裕であった。彼は大学が北海道のため、この春から地元を離れている。そんな遠くから何の嫌がらせよ!
とりあえず、何が入っているのか確認する。
『生き物』
「……」
あぁ、まったく何考えているのかわからない男だ。
生き物って何? 本当に何を考えてるの? ナマモノでしょ、それを言うなら。
理解できない。
彼を理解しようと思うのは、かなり前にやめた。
理解しようと思うのが無謀なのだ。
彼が引っ越す時に言った言葉を思い出す。
「寂しくなったら空を見るよ。ほら、遠宮さんの名前って空でしょ。遠くどこまでも続く空。だから遠宮さんもオレに逢えなくて寂しくなった時、地面見てよ。すっげぇ~、へこむよ。あぁ、武田君いないんだ……残念って。んで、オレが恋しくなって、オレに惚れる。いい案だろ」
ほら、理解できない。
寂しくなったら空を見るって。そういうことをシレッとした顔で言ってのける。
ただの馬鹿なのか?
箱を見る。視界には配達伝票……やっぱり馬鹿だ。間違いない。
箱を開けてみることにした。しかし、その中には何も入っていない。
もう一度、配達伝票を確認する。――生き物って何?
これは「なぞなぞ」なんだろか? それとも中身入れ忘れたのだろうか? 武田ならありえる話である。彼はそういう男だ。
再び玄関でチャイムが鳴ったので、その箱を持ったまま玄関を開けた。
満面の笑みを浮かべ送り主が立っている。
「メインが、入らなかったんで」
私が持っている箱を指して笑顔で言ってくる。――思わず玄関を閉めようとすると、彼はあわててドアノブをつかんできた。
「ちょいちょい、もっと良い反応ができないかな。ほら、『きゃぁ、武田君おかえり!』 とか言って抱きつくとかさ」
――ほら、馬鹿だ。
「……」
また笑顔でこちらの顔を確認するかのように覗き込んでくる。
相変わらずだ。
笑いながら涙が出そうになる自分にびっくりした。
私と彼は付き合っているわけではない。
「生き物?」
「そう。生き物。さすがのオレでもその箱には入らないからね」
「相変わらず馬鹿ね」
「そろそろ、オレに惚れたころでしょう」
自信満々に言ってきた。
「……こんなことして、惚れるわけないでしょ」
「おっ、今、間があったよね。よしよし」
そう言って勝手にうなずいて納得している。
「でもまぁ、そのうち絶対オレにメロメロになる日がくると思うな。その時、オレは遠宮? 誰それ? ってものすごい美人を連れてクールに言ってやる」
「やだ」
「えっ?」
「えっ?」
思わず出た言葉に驚いた。
「尋ね返さない。そして自分の言葉で赤くならない。調子が狂う」
いつもと違う武田が立っている。いつもヘラヘラ笑っている武田じゃなくて、赤い顔して立っている。
「赤いわよ」
その言葉に武田は深くCAPをかぶり直した。めずらしいので、その顔を下からのぞいてみた。
「なんだよ。見るなよ」
後ろを向くので、ついて回る。
「どんな顔してるの?」
「ずるいよな。遠宮さんは」
そう言って赤い顔のまま苦笑いをした。
「あなたほどじゃないわよ」
「惚れた?」
「全然!」
「尋ね方が悪かった。素直になった?」
「いつも素直よ」
「わかった、わかった。また確認に来るよ」
そう言って、笑顔で去ろうとする。
「ちょっと、上がって行けば」
「えっ? いいの」
「北海道から、はるばるなんでしょ」
門の前に大きなスーツケースが見える。
「……隠れていなかったか」
「隠しているつもりだったの?」
「とりあえず。いいの? 上がって? おばさんは?」
「お母さんは、今日はいないわよ」
残念がるだろう。お母さんは、武田のことが好きだ。
どこがいいのかまったくわからないし、いつも迷惑なくらい、私を連れ出す男だというのに。
「女の子が一人の家に上がるのはどうかと思う。今日この頃」
「……」
「ということで、どっか遊びに行かない?」
ほら、やっぱり。外に連れ出そうとする。
「オレ。遠宮さんの大学見てみたいな」
武田がいたのは2泊3日。また大学のある北海道に帰る。
実家に顔を見せに帰ったのだと言う。私に会いに来たのはついで。
飛行場まで電車で行くというので、駅まで付き合った。
そろそろ電車が来るころなので、手に持っていた紙袋を武田に渡す。
「はい」
お母さんに頼まれたものとか、一応6月生まれの武田への誕生日プレゼントを入れている。
「何?」
「おみやげ。荷物になるだろうけど」
「マジで? いや、うれしい」
嬉しそうに紙袋を受け取り中身をのぞく。しかし、中には箱を入れてわからないようにしている。
それを確認した武田は顔をゆがめて、「もしかしてこれ。開けると、モワっと煙が出てきたり、なんか飛び出てきたりしないよな」と尋ねてきた。
「私がそんな危ないものを渡すと思う?」
「わからん」
即答だ。
「なら、返して」
「冗談。冗談。ありがたくいただくよ」
奪おうとした手をシッシッとはらわれた。
「家についてから開けてね」
「えっ?」
「絶対よ」
今、開けられたら恥ずかしくて絶対に嫌! 別に恥ずかしいものを入れているわけではないんだけど、目の前にいる人に自分の反応を見られるのが嫌。
「そんな凄みを利かせなくても、そうするよ」
電車が到着するアナウンスが聞こえる。
「そろそろ。行くよ。今度は夏休みに帰ってくるから」
「夏の北海道は快適っていうじゃない」
「じゃぁ、遠宮さん来る?」
「行かない」
「ちょっとは、考えようよ」
そう言って笑う。
ホームについた電車に乗り込む。
ドアの前で明るく手を振る武田の笑顔を見て思う。――あぁ、また会えないんだ。
「オレに惚れてんでしょ」
「あなたが私に惚れてんでしょ」
「それは決まりきった事でしょ」
最後に武田はそう言って笑った。
しばらくして、武田からの小包が届いた。
「遠宮剛様宅の『竜宮城に住んでいそうな君へ』さんに荷物が届いてます」
……。
内容物
『浦島太郎』
なるほどね。
そのまま玄関の前に立つ。
どうしようかな?
前みたいに出るのは、面白くない。




