買出し
こちらはリレー企画『輝ける星光』の関連作品です。
今作は百合宮桜&ういいちによる合作リレーです。
「買い出し、ですか?」
「はい。お願いします」
そこはアストライアの調理室、高級ホテルの厨房さながらに広く多機能なキッチンルーム。現在、この場所では二人の女性が向かい合っていた。
一人は白髪メイドのリリナ・レイツェン。何時もどおりの無表情で、態度のみは慇懃に、対面の相手へ応じている。一分の隙もない佇まいは、メイドというより寧ろ戦士のそれだ。
もう一方は、ウェーブのかかった金髪をポニーテールに結わう二十歳前後の女性。白い三角巾と、花柄のエプロンをつけている。近くのテーブルにはボウルが置かれ、中に卵と牛乳を溶かした小麦粉が入っていた。彼女の手に泡立て器が握られていることから、丁度なにかの料理中だったのだろう。
「当艦は今しばらくこの街に停泊しています。その間に、不足している物資を調達してきて欲しいのです」
リリナは真っ直ぐに相手を見て、抑揚のない声で告げる。
「えっと、あの……でも、私……」
「本来ならば私が行きたいところですが、ノイウェル様が風邪をひかれて寝込んでおります。御看病して差し上げねばなりませんので」
女性の言葉を遮って、リリナは淡々と続けた。その怜悧な容貌と起伏のない声調には、相手へ有無を言わさぬ迫力がある。
揺らぐ事のない視線を突き込まれ、女性は何も言えなくなってしまう。静かだが強硬な態度へのたじろぎと、人の助けになりたいという思い。その二つが彼女の心を決めさせつつあった。
「御一人で行かれるのが不安なようでしたら、誰かに付き添いを頼まれるのがよろしいでしょう。今時分ならば、霧川様が御暇かと思いますが」
それだけ言うとリリナは行儀良く一礼し、整然と踵を返した。
「それではエレーナ様、宜しく御願い致します」
後はもう振り返らず、相手の返事さえ聞かずにキビキビとした動作で歩き去ってしまう。言い知れぬ気迫を宿した後姿に、エプロン姿の女性――エレーナはとうとう声を掛けることが出来なかった。
遠退く背中をただ呆然と眺めやり、彼女の姿が調理室から消えると同時に、全身から急激に力が抜けていく。我知らず気を張って、無用に緊張していたらしい。
「良い方なのに。私ったら、駄目ですね」
物憂い気な顔で一つ溜息を吐いて、エレーナは頭に巻いた三角巾を取り払った。
皆のおやつに焼こうと思っていたホットケーキは、暫く業務用巨大冷蔵庫の中に入れておかねばならないだろう。
乾燥地帯が大部分を占める南大陸マーサレス。荒野と砂漠が席巻する厳しい大地であるが、大陸北方部には緑地を比較的残した場所もある。そうした土地柄から人が集まるのは当然であり、結果として生まれたのが都市カセドアだった。
広大な荒れ地へ踏み入る前に、旅の準備を整えようとする人々で賑わう砂漠の入り口。人と物との流れが盛んな商業都市だ。
適度な活気と喧騒を抱える街は、容赦のない日光に照り付けられる。強い熱気を含んだ斜陽が焙る夕刻まじか、様々な品の入った大きな紙袋を抱え、ゆったりと歩く男女が一組存在した。ジーンズにワイシャツ姿というラフな格好をした蒼髪の青年と、柔らかくも鮮やかな色彩のワンピースを着た金髪女性という、年若い二人である。
「それにしても凄い量だなぁ。リリナさんは人使いが荒いよ」
呆れとも苦笑ともつかない顔で、霧川禾槻が溜め息を吐いた。口調は軽く、文句のほどには不快さを感じさせない。
「申し訳ありません。私の頼まれ事なのに、わざわざ付き合わせてしまって」
青年の隣でエレーナが申し訳なさそうに頭を下げた。真っ直ぐに伸ばされた長い金髪が、動きに合わせて後ろ背で流れていく。
「ああ、いいんだよ。僕は丁度暇だったし、買い物も楽しかったからね」
禾槻はにこやかに笑いながら、空いた左手を小さく振った。女性的な麗貌が優しく微笑むと、エレーナも安堵を浮かべてはにかみ返す。
傾きつつある宙天の輝きに背を射されながら、二人は親しげに言葉を交わし歩いていく。どちらの顔にも気安さが浮かび、緊張とは無縁の和やかな空気が漂っている。仲睦まじ気に肩を並べて、拠点であるアストライアを目指し進んだ。
今回の執筆者はういいちです。