ニ燭光
眠れないんです。
月のない夜に、ふらりと立ち寄った古本屋でぽつりと心を零した。
「なるほど、それは大変ですね」
電球色のランプが灯った店の中。レジカウンターの向こう側で詰将棋をしていた店主がのんびりと相槌を打った。
「不眠症とかです?」
「いえ……そこまでではないんですけど」
何か、夜の共にいい本は無いだろうかと探す視線は彷徨うばかり。内側に抱えた心と一緒にふらついていた。
「夜になると、不安って大きくなるじゃないですか。あと、悲しいとか寂しいとか、怒れたとかも」
「えぇ、不思議と」
ぱちり。一手、駒が進む。
「昔のことまで思い出したり、些細なことを悪く予測しちゃったり……もう頭の中が蜂の巣つついたみたいになって……眠れなくなるんですよ」
「眠らなきゃと、思えば思うほど、ですね」
並んだ背表紙から一冊、抜き取って表紙を眺め戻した。
「泣きそうですよ」
「不安で?」
「はい。不安で、悲しくて、寂しくて、怖くて、怒れて……。寝たいのに、寝れなくて……泣きそうになります」
ぱちり。木材が鳴らす高い音が心地よく響く。
「なら、眠らなきゃいいんじゃないですか?」
そのゆっくりと続く一手の合間に、店主は暴論を挟んだ。
「……眠りたいんですよ」
「あぁ、そうでした、そうでした……。あ、間違えたかなぁここ」
盤面から視線を外すことなく、会話を続ける。なんとも適当な態度から本棚へと目線を向き直した。
「なにか、無いですか? 睡眠導入にちょうどいい本とか……」
「知りませんね。わたし、あなたの好みも知らないので。啓発本みたいなのなら、もしかしたらあるかもしれないですけどね」
「ここの、店主さんなんですよね?」
「まぁ、そういうことになってますね」
――あぁやっぱここ違ったな。ぼやく声にため息をつく。
「けど、まぁ、いいっすよ。好きなだけいてもらって。眠れないって言うならそれこそ朝まで、付き合いますから」
「またそんな、適当な……」
「ははっ。性分なもんで」
笑う声にちらりと横目で伺えば、視線が絡んだ。
「でも本当ですよ。好きなだけ居てください。不安で、悲しくて、寂しくて、怖くて、怒れて……。寝たいのに、寝れなくて泣きそうなら。朝まで、付き合いますから」
「どうして……?」
どうして、そんなことを言うのかと。弧を描く口許に疑問がこぼれ落ちる。
「ここは、そういう所ですからね」
ぱちり。また一手進む。
古本屋。
さて、わたしはどうやってここまで来たんだったか。




