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ニ燭光

作者: 雨月 日日兎
掲載日:2026/07/29

 眠れないんです。

 月のない夜に、ふらりと立ち寄った古本屋でぽつりと心を零した。

「なるほど、それは大変ですね」

 電球色のランプが灯った店の中。レジカウンターの向こう側で詰将棋をしていた店主がのんびりと相槌を打った。

「不眠症とかです?」

「いえ……そこまでではないんですけど」

 何か、夜の共にいい本は無いだろうかと探す視線は彷徨うばかり。内側に抱えた心と一緒にふらついていた。

「夜になると、不安って大きくなるじゃないですか。あと、悲しいとか寂しいとか、怒れたとかも」

「えぇ、不思議と」

 ぱちり。一手、駒が進む。

「昔のことまで思い出したり、些細なことを悪く予測しちゃったり……もう頭の中が蜂の巣つついたみたいになって……眠れなくなるんですよ」

「眠らなきゃと、思えば思うほど、ですね」

 並んだ背表紙から一冊、抜き取って表紙を眺め戻した。

「泣きそうですよ」

「不安で?」

「はい。不安で、悲しくて、寂しくて、怖くて、怒れて……。寝たいのに、寝れなくて……泣きそうになります」

 ぱちり。木材が鳴らす高い音が心地よく響く。

「なら、眠らなきゃいいんじゃないですか?」

 そのゆっくりと続く一手の合間に、店主は暴論を挟んだ。

「……眠りたいんですよ」

「あぁ、そうでした、そうでした……。あ、間違えたかなぁここ」

 盤面から視線を外すことなく、会話を続ける。なんとも適当な態度から本棚へと目線を向き直した。

「なにか、無いですか? 睡眠導入にちょうどいい本とか……」

「知りませんね。わたし、あなたの好みも知らないので。啓発本みたいなのなら、もしかしたらあるかもしれないですけどね」

「ここの、店主さんなんですよね?」

「まぁ、そういうことになってますね」

 ――あぁやっぱここ違ったな。ぼやく声にため息をつく。

「けど、まぁ、いいっすよ。好きなだけいてもらって。眠れないって言うならそれこそ朝まで、付き合いますから」

「またそんな、適当な……」

「ははっ。性分なもんで」

 笑う声にちらりと横目で伺えば、視線が絡んだ。

「でも本当ですよ。好きなだけ居てください。不安で、悲しくて、寂しくて、怖くて、怒れて……。寝たいのに、寝れなくて泣きそうなら。朝まで、付き合いますから」

「どうして……?」

 どうして、そんなことを言うのかと。弧を描く口許に疑問がこぼれ落ちる。

「ここは、そういう所ですからね」

 ぱちり。また一手進む。

 古本屋。

 さて、わたしはどうやってここまで来たんだったか。

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