9.未知との接触
集まってきたヒト達のうち誰かが提案して、「夢の世界」遊園地の横にあった何もない空き地に、大理石造りの巨大な会議『場』ができあがった。
会議場にはいつの間にか二億人くらいのヒトが来ていた。人類の人口は最盛期には百億人を超えていたそうだが、二十一世紀以降に少子化が進行したので、会議場にいるのが『ここ』にいるほとんど全員だ。
これだけのヒトが集まったのは、容易ならざる事態が起きたという『意識』が『ここ』の全域へ伝わったせいだった。基本的に昔の「食べるために働く」ための「職業」はないからヒトの行動を防げるものがないせいもあるだろう。
とはいえ『ここ』には政治組織のようなものはないし、これだけのヒトが集会をしたのは『ここ』が出来て初めてではないかと思う。古代ギリシアの集会場のような、この会議『場』のデザインは、誰かの洒落なのだろうか。
演壇に立って、黒髪の女の子が語り始めた。彼女はまず、自分の名前を「北原カレン」だと名乗った。
「私は、前にも一度、『深淵部』の近くであの現象を見たのです。しかし、誰も信じてはくれなかった」
カレンが見た時に起こったことは、彼女しか目撃者がいなかった。いくらカレンが『意識』を伝えても、大変な事件だと分かるヒトは、いなかった。
人間は、信じたいものを信じ、理解出来ないことは信じないという真理は、残念ながら『ここ』でも健在だ。僕だって、目の前で……。
「だから単独で調査していました。まず、あの現象の起こった方が誰で、どこに『移動』したのか調べました」
すると、少なくとも『ここ』には、いなくなっていることが分かったのだという。
僕は、手を組んで顔に当てた。僕の『感じ』た事は、やはり間違っていなかったのか。
「私は、『外』へ出されたのだと思ったのです。ご老人の方々の陰謀だと推測しました」
そこで言葉を切って、年寄りのヒト達が集まって座っている方を見た。
「現在では、それが間違っていたことが分かりました。しかし、その時点では、何かしらの妨害を受けることも予想されたので、できるだけ姿を隠して調べておりました。集まるヒトの多い「夢の遊園地」も調べていました。そこで先ほどの「ゾンビ化」を見たのです」
この会議『場』が出来上がってカレンが演壇に立つまでのわずか数『単位分』の間に、集まったヒト達にアンケートが取られていた。
少なくとも五人ほどの身の上に、「ゾンビ化現象」が起こっていることが分かった。そう、あの現象は、カレンが提案した「ゾンビ化」と、とりあえず呼ばれることになったのだ……。
「五人、つまりナッキソ・スピノサーラ、ジョー・フェイクマン、コウイチロウ・トシザネ、シン・ヤンノーロ、そしてヒカル・クリシュナ・アシュレイの間には、人種的、身体的な特徴に関する共通点はありません」
これほどのヒトがいるのに、皆集中しているのか『意識』の雑音はほとんど聞こえて来ない。
「強いていえば、五人とも『マスター級』の『掟制作者』で、何らかの理由で『外』には十年以上出ておらず、平均より深く『精神』が『ここ』と結びついていた、ということくらいでしょうか」
動揺の喧噪が場内をさざ波のように駆けめぐった。カプセルの点検時期を無視して、十年以上『外』に出ていないヒトなど、珍しくもない。
誰かが立ち上がって質問する。
「原因は、何か分からないのですか?」
北原カレンは頷いた。
「私が調べた限りでは、少なくとも、この場に来た誰かが何かをしたのではないと思います」
……実は、カレンは自ら調べるだけでなく、「ゾンビ化現象」のキーワードを『精神』の『記録』から読みとる『掟』をこっそりアンケートの『実存体』に入れていたのだ。カレンも『ここ』に数千人しかいない『マスター級』の『掟制作者』だった。
もっとも、それに気づいたヒト達も、特にその『掟』をはずそうとはしなかったようだ。
『ここ』では、何かをしようという意志さえあれば、光を超えたスピードですべてが進行する、ということを僕は改めて意識していた。
「ひょっとしたら、『ここ』を成立させているシステムに何かしらの異常が起きたのかもしれません。原因が分からなくては、私たちの誰かが次に同じ事態に遭遇する可能性は、排除できません」
全員の間に恐怖のどよめきと重々しい沈黙が同時に駆けめぐった。
『精神』は『外』の脳組織と、物質的なレベルでも深く結びついている。
『ここ』での『精神』の死は、肉体的な死と大差ないかもしれない――ヒカルが昏睡状態に陥ったままだという事実のように。
僕は、そう思い至って、ただ心の中に重い霧が立ちこめたような空虚な気分になった。
カレンの話に、なんらかの意見を話そうとする者は誰もいなかった。
どよめきが完全な沈黙に覆い尽くされたまさにその時、僕は思わず立ち上がっていた。
「みんな、聞いてくれ! 僕らはみんな、『ここ』に深く立ち入っているんだ。僕らのすべてであるこの世界が、何かしらの危機に瀕していることは間違いないだろう」
僕がガールフレンドを失ったということは、すでに会議『場』にいるほとんどのヒトが知っていた。皆、僕の声に耳を傾けてくれていた。僕はいつの間にか、ステージの上、北原カレンの横に立っていた。
「みんな、『ここ』が好きだろう? 『ここ』にいたいだろう? だったら守らなければならないんだ。原因をつきとめなければならない! 皆で手分けすれば、すぐ分かるさ」
僕の言葉に、誰かが、おずおすと拍手をした。数『単位秒』の間に、拍手と叫び声が広がってゆく。
『ここ』が始まってから、誰も死んだことは無かった。だからすべてのヒトにとって、「ゾンビ化」は重大な問題なのだ。まさに一人の生命は地球よりも重いと、皆が思っている。
だからなのか、皆が放射している僕への同情の中には、自己愛の『感情』も当然含まれていた。しかし僕は感情が麻痺していたのだろう、ただ言葉で「ありがとう」と思っただけだった。
どよめきの中電光石火の素早さで、誰がどの方面で何を調べるのかについて、あるいはシステムに「理解」を示しているヒトがどこを検査するか、話し合いと打ち合わせが行われていた。
数『単位分』後には、それぞれが散ってゆき、会議場の『場』には、皆が集めた情報を整理統合するため、僕達のグループを含めた何十人かが残っただけだった。
会議『場』に作られた急ごしらえの「ゾンビ化事件対策本部」でも、時はあっという間に過ぎていった。もっとも、『単位素子』の演算スピードを基準にした『単位秒、分、時』などの『時間』は『外』の四次元の時間とは異質な流れ方をしているらしいけど。
僕も『マスター級』のはしくれなので、皆をまとめるために、本部内をあちこち歩き回って相談したり、意見をまとめる『掲示板』や探査用の『実存体』を作った。僕の『ハッカー』としての才能が役に立つこともあった。
そうして忙しくしていないと、ヒカルがいない孤独感に打ちのめされてしまいそうな気がした。
「あの、ユウ、さん」
いつの間にか、カレンが僕の側に来ていた。
「何?」
僕は『掟編集体』を操っていた。空中でキーを押し『意識』を集中して、集まった『構造』から有益な情報を『発見』する『実存体』を作成していたのだ。
僕が視線をカレンの方へ向けると、彼女は、
「なんでもないわ」
と言って、目線を逸らした。
その時、八神とアイリーンが血相を変えて、話しかけてきた。
「聞いてください、あれの原因は我々ではなかったのです」
「異星人、エイリアンのせいだったのよ!」
集会では後ろに座っているだけだった加藤が、せきこんだように言う。
「間違いないって。オレ達、火星人じゃないヤツに攻撃されてるんだぜ。ノット・マーズ・アタック」
僕は、眉を顰めた。
しかし、すぐにそれは本当のことだと分かった。
***
もう一度、集会が開かれた。会議場の『場』は再び、二億の人々で満たされた。
僕はステージに立ち、無数の聴衆に向かって語りかける。
「二ヶ月ほど前、木星の衛星エウロパで、小さな重力異常があったことが分かったんです。エウロパには、みなさんが知っておられる通り『深淵部』の大部分があります」
僕は一つの『構造』図を表示してみせた。それは『深淵部』の回線記録で、八神が取ってきたものだ。
「この図の通り、重力異常の直後、何者かが『深淵部』に接続してきました。そして誰も知らないうちに『深淵部』の光子コンピュータ群の一部が、乗っ取られてしまったのです」
空中に矢印を出して、図の一部を指し示す。そこには、どこか空間座標が特定できない場所から、その光子コンピュータへ接続があったことを示す数値が並んでいた。
前列の方に座っていたヒトが立ち上がって、質問した。
「太陽系内じゃないんだな? どこの星から『侵入』されたのか分からないのか?」
僕は、頷いた。僕と同じく壇上に上がっている八神が立ち上がって説明する。
「何者がどこから接触しているのか、残念ながらこの『構造』では分かりません。『深淵部』の我々のコントロール下にあるAI(人工知能)演算装置は、私たちの宇宙以外ではないかと示唆しています。我々の制御を離れた部分へはアクセス不能なので、詳細は不明です」
八神は一端言葉を切って場内が静まるまで待って、話を続ける。
「ハッキングの手際から考えて、その何者かは知性体であることは間違いありません。しかも『ここ』の高次空間の物理法則に精通している存在のようです。我々の知らない超弦振動モードを使った手法で『ここ』の内側を経由して『外』の光子コンピュータを制御しているのです」
僕は、八神の専門的な説明を補足する。
「『ここ』は、四次元的な通常空間の距離概念の無い場所なので、宇宙のどこかにいる宇宙人が『ここ』の存在に気づいてしまった、ということかもしれないんです。僕たちは『深淵部』の『外』側に関しては無防備だった。それをつかれてしまったんだ」
また、誰かが立ち上がって、質問した。
「どこかの星に行った人類ということは考えられないんですか?」
北原カレンが、首を振った。
「人類が、太陽系の外に有人宇宙船を飛ばしたという記録は無いわ」
僕は、頷いた。『講義』のオジサンのことを思い出した。
先ほど質問したヒトが、また、大声で怒鳴るように質問してきた。
「では、どうすれば、よいんだね?」
僕は手を広げて、別の映像を出した。赤青に色分けされた四角が線で結ばれた図だ。
「この赤い部分が、制御不能に陥っている『深淵部』のコンピュータ群です」
図の一部、十分の一くらいが赤く染まっていた。
「制御不能のコンピュータ群は、我々の『単位素子』の構造を時々、微妙に変化させるんです。その網に掛かると“ゾンビ化”されるらしいことが、AI達のシミュレーションで示唆されました。『精神』構造が乱され、そのコンピュータ群を通してどこか『ここ』でない場所へ『移動』させられてしまうのです」
そして、と僕は続ける。
「赤い部分は、どういう手法を使っているのか不明ですが、じわじわ浸食してきています。『外』から――反陽子爆弾か何かを使って――その部分のコンピュータだけを破壊することも考えたのですが、結論としては無理です」
カレンが僕の話を継いだ。
「そんなことをしたら、システムがすべてダウンしてしまう。私たち全員が一両日中に“死ぬ”ことになるわ。『ここ』を作った偉大な先輩方は、予備のシステムを作っておいてくれなかったから」
シミュレーション『実存体』が出したグラフを示して、カレンは強い調子で言った。エウロパにあるシステムをすべて破壊した場合、『ここ』の『単位素子』群を維持することはできないのだ。
そうなってしまったら、僕たちの『精神』は、まだ完全には理解されているとはいえない高次空間へ、置き去りにされてしまう。その場合、『外』の身体との超弦の繋がりがどうなってしまうのかも分からなかった。
「オレ達が『実装空間』を作った時に、人類の全部が『ここ』に移住するなんて想定しておらんかった」
突然、前の列に座っていた誰かが、立ち上がって言った。それは『講義』のオジサンだった。
「『ここ』が危険になったのなら『外』へ出ればいいだけの話じゃないかね?」
オジサンの言葉に、カレンが勢い込んで言う。
「最初にそのことを考えたわ。でも、制御不能になった部分のほとんどは、『精神』の高次空間座標移動システム……つまり、私たちの『精神』を『ここ』へ連れてくる肝心の部分なのよ。だから、この二~三『単位日』中に『外』へ出たヒトはいないわ。できなかったから」
そうなのだ、そのことだけを取っても、接触してきた何者かが悪意を持っているという推測が成り立つ。
僕たちは現在、いわば細い紐で吊るされた剣が頭上にぶら下がっているような状態なのだ。いつ剣が落ちてくるのかは予測が難しかったが。
僕は「ゾンビ化事件対策本部」で話し合ったことを、会議場の全員に告げていた。
「僕たちは、侵略者に接触しようとも試みたのですが、それも成功していません。取り得る解決策を検討した結果、僕たちで『内側』から『侵入』してエイリアンに奪われた『場所』を取り戻すしかない、という結論に達したんです」
アイリーンが立ち上がって、叫んだ。
「これは、人類にとって初めての異星人との接触ですわ。相手の意図は不明ですが、不幸なことですけどもう戦争状態ですわね」
旧世紀に忘れ去られたと思われていた「戦争」という単語に、動揺の『感覚』が議場中に広がってゆく。しかし、集会前に情報がかなり伝わっていたせいか、思ったより大きな混乱は無かった。
この状態は紛れもなく、侵略としか考えられないのだ。
『感覚』の波が静まってゆくのを見届けて、僕は口を開いた。
「異星人に対する戦争状態に関して、異議のある方はいますか?」
誰も何も言わなかった。
「では、有志は三四:00『標準時』に、ここに集まってください」
僕が淡々と告げると、最初はちらほらと、やがて怒濤のような鬨の声が上がった。




