表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵の宴  作者: 謎村ノン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

7.ドリーム・ワールド・パーク

 僕とヒカルは十数『単位分』後、「夢の世界」へ来ていた。他の皆も一緒だったが、別行動を取ることにして分かれた。

 見渡す限り続く夜の花園の上を、二人乗りのゴンドラが進んでゆく。

 満月のほのかな明かりに照らされて、夜露がときおり光るのが分かる。なんとも言えない甘い香りの漂う中、蛍が群れるように飛び交っていた。

 あちこちで銅の炎よりも淡い燐光を発して、新しい花が咲いてゆく。一つ一つの形状はまったく違うのに、それぞれが『外』に存在するどんな花とも違った、混じり気の無い美しさを持っている。

 咲く花があれば消える花もある。数十『単位秒』で、花の短い存在期間は終わり、フェードアウトするように透明になって混沌(カオス)と乱数の地面へと消えてゆくのだ。

 僕と同じように花を眺めていたヒカルが、ぼつりと呟いた。

「まったくさ、あれが簡単な数式で出来てるなんて、信じられないーー」

「ほんと、昔のヒトはよく考えたものだよねえ」

 僕は頷いた。この花園の『場』を創り出している『実存体』は、『ここ』が出来た最初期に作られたものだ。それこそ、『都市』のオジサンの作ったカメラよりも単純な『(コード)』で出来ている。

「あ、あれキレイっ」

 ヒカルが指さした後方に流れ過ぎてゆく、一つの花を『感じ』た。

 ほのかな赤みを帯びた艶やかな白い色で、五枚の花びら、柔らかな手触り、いちごを少し混ぜたラベンダーのような薫りがする。

 一匹のミツバチが停まる。雌しべが揺れて、グラスハープに似た音がした。水晶のように透き通った水滴が震えると、蜂は飛び去ってゆく。

 横でヒカルがまた呟いた。

「実もつけばいいのに」

 すでにかなり後ろに行ってしまったその花は、光を失いかけていた。

 僕は傍らのヒカルに視線を戻す。なんとなく目が合って、お互いに微笑んだ。

 やっぱりこの感情はどう考えても――。

「あのさ、ヒカル」

「なに?」

「僕、ずっと聞きそびれていたんだけど。キミ、男? それとも女の子?」

 ヒカルはくすくすと笑った。そして少し真面目な表情になって、言う。

「ボク、女の子だよ。でも、ついこの間まで、そんなこと、意識したこと無かった、かなあ」

 いたずらをする前のような微笑を浮かべる。

「もっと、女の子っぽい服にした方がいい?」

 そう言いながら、ヒカルはターバンをはらはらと解いていった。少し赤みがかかったセミロングのヘアが、波打つように広がった。

 絹で出来た布がヒカルの手の内で消えるまでの間に、着けている服も変化していた。

 赤と白のコントラストは似ているが、もっと締まって身体のラインを強調するような服になった。これは本当に……。

「いや、びっくりした」

 僕の表情を見て、ヒカルはまたくすくすと笑った。

「キミが、こんなに綺麗だったなんて」

 『意識』だけではなく、言葉に出して呟いていた。ヒカルは笑って、僕もつられて笑った。

 ひとしきり笑い終えて、しばし星明かりのような沈黙が二人の間を包み込んでいた。

 もはや言葉はいらなかった。

 月の光が窓から差し込んでくる。ヒカルもそれを見て、

「ほんと、きれいだね」

 と言った。僕は、

「うん」

 と応えた。

 しばらくして花園が終わった。やっと「夢の世界」入場ゲートの内側に入ったのだ。

 内側から見ても「夢の世界」は本当に素晴らしい。ポストモダン調をウリにした二十一世紀の南米にあった巨大遊園地よりも凄いのではないかと思う。

 様々なスペクトルを持った電飾が、星の灯に変わってそこかしこを照らしている。ロボットが愛嬌を振りまいていたり、パレードをしているヒト達がいるかと思うと、空に3Dのホログラムっぽい龍が舞っていたりする。道や街路樹がリズムを持って虹のように光を伝えていく。

 このネオンサインは、本当に僕達が見た夢の『意識』を元に作られている。

 『ここ』の『単位素子』の間に流れ出た夢、とりとめもない『意識』の記号を、不思議な装飾の『実存体』に変換しているのだ。

 「夢の世界」の『場』は、いろいろなヒトが作りつづけているらしい。この電飾『実存体』群を作ったのは誰かは知らないけど、凄いなあと僕は思っている。

 電飾の間から、巨大施設が光を放っているのが見えた。ヒカルが歓声を上げる。

「あ、大観覧車だっ」

 いつの間にか、僕たちが乗ったゴンドラが、直径数百メートルにもなる観覧車のところに着いていて、上へと昇り始めていた。

「あのね……」

 ヒカルが真剣な『眼差し』を送ってきた。

「実はボク、一度も『外』へ出たことがないんだ」

「へえ?」

 ゴンドラは上がってゆく。遊園地の全景が目の前に広がってきた。

「人類にはさ、まだ克服出来ない難病っていうのが、いくつかあって。ボクもその一つにかかっているんだ」

 なんだって? 僕は耳を疑った。ヒカルは淡々と話し続けた。

「胎児の頃からそのことが分かっていてさ。本当なら、生まれる前に死んでいたはずだった。でも『カプセル』があったんだ」

 観覧車の歯車が軋む音だけが、耳に響いた。

「外に出ないかぎり、肉体が無いかぎりは大丈夫なんだ。今、ボクはね、『カプセル』の培養液中に浮いている脳と中枢神経系のカタマリに過ぎないんだそう。一度も見たことはないけど」

 問いかける僕の声はかすれていた。

「どうして……物質的な病原体のことなら、大体みんな分かっているはずじゃないか。ヒトの遺伝子だって、相当な昔に、機能まで解読されているって聞いている」

「うん、『深淵部』のコンピュータ人工知性達が、今でも原因を探そうと必死になっているんだ。でも、まだ分からない。なんかさ、人類が人類に進化する前に染色体に入り込んで感染力が無くなったウィルスの断片が活性化して、神経系以外の細胞はみんなアポトーシス、つまりプログラム細胞死する、細胞内情報伝達経路(パスウェイ)で死んじゃうんだって」

「何か、治療法はないのか?」

 僕の言葉に、ヒカルは首を振った。

「他のヒトの細胞を移植してもさ、なぜか同じように死んじゃうみたいなんだ。細胞死のパスウェイを薬で阻止(ブロック)してもダメみたい。物質的な原因ではないかもしれない、という可能性も示唆されているらしいよ。アイリーンが言っていたけど、ボクの病気は理論的にありえないんだって」

 僕は、どういう風に応えたら良いのか分からなかった。そういえば『ゲーム』の後、ヒカルはよくアイリーンと話し込んでいたことを思い出した。

 ヒカルは、先を続ける。

「でも、このままの状態を保っていれば、いつまでも生き続けられる、と思う。それとね、コンピュータ達は、無事っぽい細胞からボクのクローン身体(ボディ)を作ってくれていて、ボクの今の年齢で止めてあるんだ。いつか治療を終えたら、その身体に移植することになる、かも」

「大丈夫だよ。人工知性は優秀だし、アイリーンとか細胞生物学を『理解』しようとしてるヒトもたくさんいるし」

 僕は、必死だった。ヒカルは口の端を引きつらせた。微笑もうとする『感情』が伝わってきて、胸の奥がしくしく痛むような気持ちがした。

「そうなれば、初めて『外』に出られるんだ。今から楽しみにしてるんだ」

 僕は、一瞬目をつぶった。そして一気に言う。

「外ってのは、本当に、そんなに楽しい所じゃない。出なくて良いなんて、正直言って羨ましいな」

 一息つく。

「ところで、キミの身体、クローンの『イメージ』なのかい? とっても、ステキだよ」

「うん……ホントはね、ボクにとって、生まれてから十七年間ずっと、存在することのできる世界は『ここ』だけだったからさ。『ここ』以外のものが現実だなんて、今でも信じられない」

「みんなそうだ。僕だって、そう思っているよ」

 そうだ、『ここ』以外にどんな種類の現実(リアル)があるというのだろう。

「ヒカル、僕だって君だって、みんな、全然、違わないよ。全然何も君が気にすることなんか、ない」

 ヒカルは俯いて、震える声で言った。

「……ボクのこと、嫌いにならないで」

「なに言ってるんだ! 僕は、初めて見た時から、君のことが気になっていたんだ。今ならはっきり分かる。これからも、ずっと好きだよ!」

 僕は思わず大声を出していた。僕の『感情』をストレートにヒカルへ送った。

「ほら、そろそろ頂上だよ!」

 ヒカルは顔を上げた。透明な涙が床にこぼれてゆく。無理に微笑もうとしている彼女の『意識』が伝わってくる。

 珠玉の美しさ、という単語が僕の脳裏をよぎった。

「ありがとう……嬉しい。ボク。ううん、わたしも、とっても大好きです……」

 僕は、頷いた。そのまま寄り添って、外の景色を眺める。

 観覧車の頂上から見た風景は、百万ドルと言われた旧世紀の香港の夜景に比べて、何万倍も素晴らしい。

 遊園地は、ヒトを感動させる何かを与える不思議な空間だなと思った。「夢の世界」に来なければ、ヒカルへの想いには気づかなかったかもしれない。

 遠くの方にF23区と『深淵部』が一瞬、見えた。ふと、そこに何か不吉なものが存在しているように感じた。

 しかしその感覚は頭に浮かんだよりも早く、幸福な沈黙にかき消されてしまった。

 僕は、ヒカルの肩を組んだ。ごく自然にヒカルも頭を寄せてきた。

 この時間(とき)よ、永遠に続いてくれ、と思った。

 ゴトゴトとゴンドラを動かす歯車の、心地良い振動が伝わってくる。ほとんど永遠に近いんじゃないかと思えるような一瞬一瞬が過ぎてゆく。

 ゴンドラが観覧車の頂点の半分くらいまで降りた時、僕は突然、あることを思い出した。

「ここからローラーコースターになるんだったよね! 座らないと」

 思わずヒカルと顔を見合わせる。ヒカルはにやっと笑った。

 その時、突然に空の色が変わった。ローラー(ジェット)コースターには、真昼の水色が似合うと『場』を設計したヒトが考えたのだろう。

 一瞬ゴンドラが、咳き込んだように揺れた。そして先ほどとは違った鉄を打ち付ける音を響かせて、滑り出した。

 すぐに、がたん、と、がたんのピッチが短くなって、聞き分けられなくなる。

「きゃっ」

 僕とヒカルはすでに並んで座席に座っていた。いつの間にか、ゴンドラの天蓋の部分は消えていた。

 奈落の底に叩きこまれるほど加速してゆく。このローラーコースターは、二十世紀アメリカのピッツバーグにあった、当時世界最大の高低差の「鉄の幽霊」コースを元に『作る』したと聞いたことがあった。

 いつの間にか天地が逆転していた。すさまじい加速度に、安全バーに押しつけられる。思わず悲鳴を上げていた。

 ぐるぐると何回転したのか分からないほどもみくちゃにされて、コースが終わった。

 ヒカルは笑って僕に話しかけてきた。僕は少し消耗していたが、ヒカルはけろっとした顔をしていた。

「このコースターに乗ったのってさー、何回目か分からないけど、今のが一番面白かった」

「ははは」

 僕とヒカルはお互いの顔を見つめ合って、大笑いした。

 ゴンドラは天蓋が戻り「夢の世界、周回コース」を、また走り出していた。

 僕は、案内の『構造』を『見』て、ヒカルに話しかける。

「えーと、次はパイレーツシップだっけ?」

「んにゃ。ココで降りよ!」

 ヒカルに手をつかまれて、ゴンドラのドアを開ける。

「へえ……」

 そこは「祭りの広場」だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ