表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵の宴  作者: 謎村ノン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/12

6.『実装』と『仮想』の差

 「例の喫茶店」はF17区にある。

 そのF17区も、もっとも初期に『単位素子』が配置されて出来た場所の一つだ。でも空間的には完成されていて、上下左右の区別もきちんとあるし、他の普通の『場所』とまったく変わらない。

 そしてほとんど全域を「夢の世界」という名前の遊園地が占めている。

 F17区の外れにある喫茶店から見る遊園地は、遠くの方にきらきらと輝きながら浮いていた。以前見たファンタジー映画の映像に出てきた「伝説の浮遊大陸」と「空に浮かぶ幻の城」に少し似ているような気がする。

 明滅するネオンサインを見ていると、気持ちがすっと離れて飛んでいってしまうような感じがする。

「残念だったですねえ」

 八神の声で我に返る。僕は『視線』を皆の方に戻した。

「ま、しょうがないよ」

 僕達がいるのは喫茶店の屋上のバルコニーだ。

 この「喫茶店」は二十二世紀のフロリダのヨットハーバーにあったものを、そっくり複製したそうだ。ちなみに現物は現在、存在していない。

 大きな円テーブルを皆で囲んでいて、僕の右隣にはヒカル、順に八神、アイリーン、加藤が座っている。

「明日もがんばりましょう」

 八神が励ましの言葉を掛けてくる。僕は首を横に振った。

「もういいよ、あの子のことなら諦めたから」

「そうですか……」

「でも、その女の子が何をしていたのかは、わたくしも気になりますわ」

 アイリーンが神妙な顔で言う。

「もう少し調べた方が良いかもしれませんことよ」

「たしかに、その女の子の様子ですと、単なる気まぐれとは思えませんからねえ」

 八神も唸った。しばらく無言で腕を組んでいたが、何か思いだしたように左掌を上に向けた。一瞬の間の後、彼の手には三段重ねのアイスクリームコーンが握られていた。

「ウワー、おいしそうじゃん!」

 オレにもくれと加藤が言う。

 八神は自分用のアイスをテーブルの面より少し上に浮かせると、加藤の分を出して渡した。

「これはですね、二千XX年に、デンマークのコペンハーゲンでもっとも人気の高かったアイスの系列店のスペシャルメニューです。最近、古い『構造メモリ』を探していて見つけたんです」

「へえー」

 僕はふと、『講義』のオジサンのことを思い出した。彼を古典趣味というなら、僕たちもそうかもしれない。

 アイリーンはいつの間にかソーダをちびりちびりと飲んでいた。青い液体に混じった砕いた氷にストローをさして、話し始めた。

「わたくし、先ほど少し妙なウワサを聞きましたの。なんでも、年寄りの方達が、テロとかいうことをやり始めたそうですわ」

 口の周りをべたべたにした加藤が頷いた。

「オレも聞いた! おとなしい奴を、かたっぱしからさらっていって、秘密の隠し家に幽閉するらしーぜ。二度と『ここ』へ来られないように拷問するんだってよ」

 ヒカルが大声を上げた。

「それだっ! あの子、それを確かめてたんだ」

 アイリーンが苦笑いのような表情を浮かべる。

「仮にそうだとしたら、彼女は多分、骨折り損ですわ。『都市』に行った後で、わたくし、探査サーチ『実存体』を創って調べてみましたけど、そういった事実はありませんでしたわ」

 僕も、うなずいた。あの『講義』のオジサン以外には、『実存体』を調製出来る年寄りのヒトを僕は知らない。

 加藤も、アイリーンに相槌を打つ。

「デマだデマでま。よくあるよありおりはべり」

「では、女の子が言っていた”ゾンビ”というキーワードはどうなるのですか?」

 八神の問いに、加藤がアイスを振り回しながら応える。

「そんなのさー、ジイサンから話を聞くために、てきとーにでっち上げたに決まってんじゃん」

 加藤のアイスの融けたクリームが服の袖に落ちて、八神は少しばかり眉を上げた。

「うーん、そうなのですかねえ」

 多少腑に落ちないといった表情だったが、八神は納得したようだった。

 僕は、広島風お好み焼きを焼いていた。良い感じに焦げ目が出来たので、ホットプレートの上でひっくり返す。

 ヒカルも豚ダマを焼きながら、加藤の方を見て「ふーん」と言った。

「ユウ、もう焼けたかな?」

「うん、いいんじゃないかな」

 僕は頷いて、ヒカルのお好み焼きを、鉄ヘラで皿に取り分けた。ヒカルは『図書館(ライブラリー)』を利用して『(チョップスティック)』の『構造体』を引き出して手に持った。

 ヒカルは、お好み焼きをほうばる前に、嬉しそうな表情をして僕を見つめた。

「いっただきまーすっ!」

 僕も、自分用のキャベツがたくさん入ったイカ玉を皿に盛る。

「あー、そいつも美味そうじゃん」

 横から加藤が覗き込んでくる。まだ口元にはクリームが付いたままだ。ヨダレが落ちそうになったので、あわてて皿を寄せる――まあ、加藤のよだれが加わったくらいで、そう味が変わるものでもないが。

「加藤も焼いたら? モダン焼きとかも美味しいよ」

「おう! それくれくれザウルス」

 僕たちは喫茶店備え付けの『構造レシピ』だけではなく、こんな感じで自分たちが見つけた『構造データ』の食べ物を創ってお互いに楽しんでいる。

 僕は、加藤に焼きそばと溶いた粉を出して渡す。加藤はどちらかというと、自分で古い『構造レシピ』を見つけてくるよりは、もっぱら僕たちから貰う方を好むようだ。

「あの、加藤、ところでさ、ゴウモン、って何?」

 先ほどの会話で分からない単語があった。『感覚』では怖いことだと伝わってきたのだけど、単語以外の『意識』があまり入ってなかったので、論理的な意味が分からなかったのだ。

「うーん。オレもよく知らないけどさ、『カプセル』から追い出すこと、らしいぜ」

 僕は、頷いた。

「それは、酷いことだね」

「本当に信じられないようなことですね」

 八神は、大仰に首を縦に振った。

「そういえば、私は四年ほど『外』に出ていませんねえ」

 アイリーンが相槌をうった。

「わたくしは、ついこの間、出ましたわ。あ、どうもありがとうですわ」

 アイリーン用に焼いたお好み焼きを、僕は、彼女に渡した。

「ほんとうに、テリブルでしたわ」

 ピッツァのように一口頬ばりながら、アイリーンはしみじみとした口調で言った。

 なぜかヒカルは楽しそうだった。目を輝かせて僕に尋ねてきた。

「ユウは、いつ出たのー?」

「僕は、たしか三年くらい前だと思う。そういえば、今度整備とかがあるんだっけ」

「えー、いつー?」

「多分、二、三ヶ月は先のはずだよ」

 アイリーンがお好み焼きを冷ましながら食べつつ、言う。

「整備は、ほんとうは、いらないそうですわね」

 加藤が叫んだ。

「あ、それ知ってるぜ!」

 アイリーンはこくんと頷いて、話を進めた。

「なんでも『カプセル』は、少なくとも二千年はノー・メインテナンスで動くように設計されているそうですわ、自己組織化マイクロマシンと量子再構成技術のおかげで」

「うん、そうみたいだね」

 僕は、頷いた。

 八神は顎を左手で撫でていた。

「それが年寄り達の陰謀、というわけですか」

「ユウ、あなたはわたくし達の中で、一番、物理と工学の『理解度』が高いですわね。教えてくれませんか?」

 いきなり話を振られて、どきっとした。

 ――『ここ』にいさえすれば、子供の頃から『図書館(ライブラリー)』を通してあらゆる知識が自動的に学習されていく。

 年齢が上がってくると、自分の興味を持つ分野についてさらに『理解』していくのだけど、僕は、確かに物理と工学が好きで、一生懸命理解しようとしていた。

 僕は、アイリーンに、うん、と応えて続けた。

「僕も、なんで整備がいるのかは分からないよ。なんか法律で決まってるとかって、『構造』に書いてあったけど」

 『外』での『カプセル』の整備にどんな意味があるのか、僕は、これまで深く考えたことがなかった。

「じゃあさあ、『外』の身体がいらない、ってホント?」

 加藤が笑顔で、目だけ真面目な表情で聞いてきた。僕はどう応えて良いか戸惑った。

「えーと、それは半分は本当かな。ほら、僕らの物質の身体、って『カプセル』の中にいるけど、その脳の高次元パターンが『ここ』にいるヒトだからね……」

 僕は、『ここ』の原理について皆に説明する。

 物質の質量の元である重力子だけが四次元の膜宇宙を貫通して、『ここ』があるような高次元空間の超弦(物質の最小単位)に影響を与えることができる。

 人間の脳も質量のある物質で出来ているので、その複雑な電磁化学活動もまた、高次元を含む空間に影響を与えている。

 『実装空間』の始まりとなった実験は、人間の脳が作り出す高次空間の超弦の構造を人工的に作れないか、というものだった。

 二十一世紀半ばに単一光子コンピュータが実用化されて物理的限界に達した後は、量子演算の大規模化によってコンピュータの性能は引き上げられていたが、当時それも限界に達しつつあった。

 高次空間に、人間の脳のパターンのような、コンピュータとして働く素子構造を制作出来れば限界を突破出来ると考えられ、実際そうだったのだ。

 実験を行った研究者はニューラルネットワークに似た論理構造を持つ『単位素子』を作製して、動作を確認するのに成功した。

 それは、人類初の四次元時空とは違った物質を使った人工の計算機、真の意味で光のスピードに束縛されないコンピュータ宇宙『実装空間リアルイクイップドスペース』の誕生を意味した。

 さらに、『実装空間』はその原理からして、人体の脳との接続方法(インターフェース)を確立するのが容易だった。

 実験の成功に気を良くした研究者は、本物の(その研究者の)脳のニューロンが作り出す高次元のパターンを、人工の『単位素子』群の中へ移動させる方法も思いついた。

 研究者は、月の静かの海市で、自分が創り出したものが何を意味するのか完全には理解しないまま、画期的な技術を発明したと驚喜したという。

 実際のところ、『実装空間』は、通常物質のコンピュータで演算して造り出される仮想現実空間のような、人間の脳にとって異質な「単なるシミュレーション」とは、言葉通り次元が違うシロモノだった。

「つまり、さ。氷山の水面上の部分が『ここ』にいる高次元の部分だとすると、その水面の下にあるのが、物質の脳ってわけなんだ。『ここ』で僕たちは光の速度を超えて会話したり考えたりしているけど、まだよく分かっていない超弦の結びつき(リンケージ)によって、その内容は物質脳の生物物理化学的な部分にもコピーされて記憶されるみたい。これは人間の脳にもともと備わっていた機能で、昔のヒトが考えた精神と身体の二元論は、ある意味間違っていなかったとも言えるんだ」

「うーん、ムズカシイ」

 加藤が頬杖をついた。ヒカルは目を輝かせて聞いている。

「で、さ。物質脳の部分の無い、純粋に『ここ』にある高次元パターンだけが存在出来るかというと――じつはね、少なくとも『ここ』の中なら可能だ、って最近分かってきたんだよ」

 ヒカルがごくっと唾を飲み込んだのが分かった。

「『ここ』は均一な構造だから、ヒトの高次空間パターンを測定できるから分かったってだけなんだけど。たとえば『ここ』にいないヒトの物質脳が死んだ場合や、昔死んだのヒトの高次空間パターンがどうなっているのかは、まだ分からないみたいだ」

 いつの間にか、みんな僕のことをじっと見つめていた。これまで、あまり僕の『理解度』が高い、専門の話をしたことが無かったので、ちょっと緊張した。頬が熱くなってくるのが分かる。

 八神が、しわがれた声で尋ねた。

「では、僕達は、ずっと『ここ』にいられるのですね」

「うん、多分。実際『ここ』にいるヒトで、外の物質脳が亡くなったヒトは、今までにはいないみたいだけどね」

「『カプセル』は、もともとは不老化処理幹細胞を利用した身体再生漕ですのよ。多分、何千年でもわたくしたちは生物的にも生き続けますわよ」

 アイリーンも神妙に頷いた。彼女の『理解度』が高い分野は、医学と分子細胞生理学だ。

「ずっとさ、『ここ』にいたいよ、ね」

 ヒカルが力強い声で言った。

「ええ、何万年でも、ですね」と、八神。

「でもさあ、飽きないかな?」

 加藤が首を傾げた。

「絶対に、そんなこと、ないよ」

 一言を区切るように言うと、首を大きく振って、ヒカルはにかっと笑った。

「だって、今、ボク、こんなに楽しいんだものっ!」

 そうだ、僕たちは『ここ』が嫌いでは、ない。だったら永遠に続いて欲しいと思うのが自然じゃないか、と僕も感じた。皆がそう願っている、きっと。

 まだほのかに漂ってくるソースの香りが、なんだか目に染みるような気がした。

「まあ、それはともかく、次の『ゲーム』のことなのですが……」

「あー、強いモンスターの出現率をフィックス必要じゃん?」

「それも重要ですが、モンスター同士の相関パターンを変える必要もあるでしょう」

 話題が次のRPG『ゲーム』の打ち合わせに移っていった。

 あの『ゲーム』の『掟』は僕たちが作ったものだけど、内部の『構造』が『実存体』の組み合わせで自動的に進化するようになっている。進化の程度を調整して、例のクローラのような筋道を外れた敵が出ないように修正する必要があるのだ。

「そうですわね。出現率『テーブル』は、多少手直しする必要はありますわね」

 アイリーンは微笑みを浮かべながら、じゃれあいのような八神と加藤の議論につき合っている。

 僕は、上等な白ワインを出して、少しづつ喉に流し込みながら、話を聞き流していた。

 先ほどの『占いオネエサン』の言葉が何故か思い出されてくる。

 何ひとつ不自由することがなく生きていける『ここ』は、あのヒトが話していたような宗教的な楽園に近い世界なのではないだろうか。こうであればよいと歴史上多くのヒトが思っていたような理想の場所。

 ここには、飢餓も戦争も、そして死もない、はず。そして欲しいものは何でも手に入れられる。

 ひょっとしたら、人類の永い文明の進歩は、楽園を創り出すためにあったのではないか、という考えがちらりと脳裏によぎった。

 そんなことをぼんやり考えていたら、いつしかまた視線が「夢の世界」の方を向いていることに気づいた。

 遊園地は、まばゆいばかりの電飾に照らされていた。昔、覗いたことがある万華鏡に似ているな、と僕は思った。金刺繍のついた円筒に様々な種類の宝石を収めた豪華なものだったっけ。

 そういえば、実は『ここ』そのものが、作り上げられた当初は、とてつもないリアルさと自由度に惹かれた一部のヒト達によって、テーマパークかレジャー施設のように使われていたという。

 旧世紀に発達したコンピュータ・シミュレーションの「仮想現実」では、たとえ電磁アレイで脳内に電気的情報を直接送ったとしても、情報の遅延と、脳とは異質なコンピュータ・プログラムのせいで、本当の意味での現実感を得ることはできなかったのだ。

 しかし『ここ』は原理からして違った。

 やがてほとんどのヒト達が『ここ』に住むようになった時、『外』の風景を模したこんな遊園地や『都市』などの『複合体』が作られたのだった。

 その事実が、なんとなく面白く感じられる。僕や僕の仲間達には『都市』は必要ではないけど、遊園地のような楽しみのための『場』ならあっても良いと思う。

 もちろん「夢の世界」は、『外』の遊園地とは違う。そもそも『外』には、稼働している遊園地など、もうないのだけど。

「どうしたの?」

 隣からヒカルが耳元に囁くように声を掛けてきた。

「いや、まだあそこへ二人で行ったこと、なかったっけ。よかったら後で、一緒に行かない?」

 何でそんな言葉が口から出たのか僕はよく分からなかった。

 けど、ヒカルはまったく躊躇しないで応えた。

「オーケー」

 その会話を耳聡く聞いていたのか、加藤が言う。

「お、いいじゃん! 夢の世界って久しぶりだぜ」

 アイリーンが複雑な表情で無神経な加藤に流し目を遣ったのを、僕は見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ