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深淵の宴  作者: 謎村ノン


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5.トレース・オン

 『実装空間』には端というか限界がある。有限の宇宙なのだ。

 感覚的には、球を葉巻の形に引き延ばした形状を考えてもらえば良いかもしれない。実際にはそれほどオーバーに潰れてはいないらしいけど。

 F23区は、そういう『形』で見るなら、かなり内側にある。いや、かなりなんてものではなく、ほとんど中心に位置すると言ってよいだろう。

 ところが、ここは『辺境』と呼ばれる場所の一つだ。実際に『構造体』の明かりが、他の『場所』に比べて極端に少ない。

 このF23区を移動していると、以前見た昔の記録映像を思い出す。山奥にあるひっそりとした小道を夜中に歩いていると、時々林が切れて家の明かりがポツンと見えるといった2D映像だった。

 『辺境』では、様々な『構造』物が、三次元以上のつながりを持っているから、視覚情報でさえ混乱させられる。左右と高さの他に『階層』という次元が一つ以上、所によっては最大三つ座標としてある、混沌として特異な所なのだ。

 『階層』は「深さ」と言い換えられるかもしれない。例えば、水面のアメンボとおたまじゃくしの位置の差が、何個も重なって見えるような感じか。あるいは時間的な違いとも似ている。つまり、昨日ケーキが置いてあった場所には、今日は皿だけが残っているかもしれない、といった風な差異。

 ともかく、それらの『階層』の一番『深い』ところに、まるで「リンゴの種」のように『深淵部』は存在する。

 『深淵部』とは『実装空間』における唯一の「端」、つまり『外』との接点のことだ。

 『深淵部』の『ここ』を向いた側は一応『単位素子』のコンピュータ群だけど、『外』側には物質で造られたコンピュータがあって、『ここ』の『単位素子』に超弦振動モードのエネルギーを送り、『ここ』すべての維持管理や制御をしている。内と外との唯一の境界を作りだしているのだ。

 現在でもF23区がある『座標』のかなりの部分は、『深淵部』と共有されている。そのせいで一般的な『実装空間』での『場所』の感覚が通用しない。

 そう、ほとんどの『辺境』は『深淵部』に近い場所に存在する。それは『ここ』が形作られた最初期に創られたことを意味している。

 最初、『深淵部』は『外』側だけがあった。太陽系全域に広がっていたコンピュータ・ネットワークの中核として製造された、二十世紀の物理学者ボームの理論と二十一世紀に完成した量子重力理論を応用した、強力な量子コンピュータ群がそれだ。

 量子コンピュータで物質の高次時空への「影」である非局所的長距離相関変数を操作することにより、通常四次元時空での光速を超えた情報の伝達が可能になった。『単位素子』がある高次元では、四次元時空的な「距離」という概念が無いのだ。

 その汎太陽系超光速ネットワークの完成によって、貨物を運んでくる宇宙船の遠隔操縦、反物質炉の制御から公園の水撒きまで、あらゆることが太陽系規模で行われるようになった。

 その量子コンピュータ群によって作られた『実装空間』は、高次時空を操作して人工的に演算素子の構造を作ることは可能かという実験が行われたのが起源だった。最初は「ほんのお遊び」程度の目的で試みられたらしいのだけど。

 ちなみに『深淵部』を構成している通常物質の量子コンピュータは、ほとんどは木星の衛星『エウロパ』の深海の下に存在する。

 エウロパにあった液体の水には各種金属が溶け込んでいて、自己複製する物質のコンピュータ素子の「種」を送るだけで製造できたのだ。エウロパは衛星イオほど地殻変動が激しい環境ではないが、地熱で膨大な電力も賄えた。

 さらに重要だったのは、そこは太陽系内で高次空間にアクセスする際の雑音(ノイズ)が一番少ないためだった……。

「ユウ、ようやく来たようですね」

 ふと空想がうち破られた。八神の声だった。

「ごめん、”占いオネエサン”に会って、つかまっちゃって遅れたんだ」

 『見回す』と、皆すでに来ているのが分かった。ここはF23区のはずれなので、風景もあまりゴチャゴチャしてはいない。

 挨拶もそこそこに、アイリーンが説明した。

「あの女の子を見た、という方に会いましたの。それもつい先ほどだそうですわ。今もこの周囲にいるかもしれませんから、手分けして探しましょう」

 皆同意して、F23区内に散らばって調べることになった。

 僕が行きかけると、ヒカルが寄ってきた。

「いっしょに探そうよ」

「オーケー」

 了解した。

 混沌としていて、なんだかよく分からない風景の中を、感覚を研ぎ澄ませながら移動してゆく。しかし誰もいる気配はない。こんな『深淵部』近くに来るヒトは少ないのだ。

 視覚情報だけで周囲の風景を見ると、古典画家のピカソの絵に、長方体だのテトラパックだのを放り込んで、引き延ばしたりかき回したりしたものの中に浮いているような感じを受ける。そういえば一度、他の感覚を『非接続』して試した時、『外』以外で初めて吐き気という生理状態になったことを思いだした。

「そういえばさー、こっち側、F17区じゃん?」

 ヒカルが『話しかけて』きた。

「うん、隣だよ」

「ボクとユウが初めて会ったんだよねーっ」

「そうだね、まだたった二日前だったような」

「ボクは「遊園地」から出たばかりだった」

 にこにこと微笑みながら、ヒカルが言った。

「僕は、例の「喫茶店」へ行く途中だったかな」

 たまたま『バス』ですれ違った時に、なぜか目が合った。

「思わず立ち止まったら、ヒカルがいきなり『意識(イメージ)』を送ってきたから、驚いたよ」

「えーっと、さ。なんかこのヒト、友達になれそう、って直感で思ったの」

 『ここ』の素晴らしさは、言葉なんて不細工なものに頼らなくても、あっという間にヒトのことを理解できることだと僕は思っている。

「僕も、『意識』を見て、すぐにイイ奴だなと分かったよ。『仲間』になれないかな、ってね」

「ボクもだよっ。でもね、ユウが初めてだったんだよ、こんなコト」

 俯き加減でヒカルが言う。

 それからなんとなく僕たちは黙って、なんとなくこそばゆいような微妙な『感覚』を送りあった。そして探すのを続けた。

 しかしかなりの時間探したのだけど、結局見つからずじまいだった。

 そのうち八神から「例の喫茶店に集まろう」と連絡があった。

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