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深淵の宴  作者: 謎村ノン


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12/12

おまけSS: ヒカルという少女の話  ――深淵の宴・外伝(前日譚)――

 ちょうど、『今日』の単位素子の点検を終えて、ボクは、『家』に戻った。

 実際には、寝るときにいつもここに来るという『場所』なんだけど。『深淵部』に近いここは、遊園地、「夢の世界」が眺められて、景色がいいんだ。

 ボクは、『実装空間リアル・イクイップド・ユニヴァース』で寝るためのベッドの『場』を作った。

 昔は、ベビーベッドの『実存体』を出た後、ただふわふわ浮かんで寝ていたけど、今は、畳ベッドにふかふかのフトンを敷いて寝るのがお気に入りだった。

 そう、『実装空間』でも、ヒトは『外』の生物脳を休めるために寝る必要があるんだ。


 ボクは、自分の『場』の周囲を、あえて暗くしていた。

 暗いのが好きというより、暗いと、身体の無いことを忘れられる。

 ボクが他のヒトと違うとAIさんに教えてもらったとき、何故か、とても怖かった。

 コードと同じで脳まで無くなったら、どうなるんだろう、と思った。

 ボクは、ふと、AIさんに教えてもらった両親のことを思いだす。

 遺伝子を提供してくれた両親は、倫理審査を通してまで子を望んだ研究者夫妻だったそうだ。でも、超光速宇宙船のエンジン開発に携わって、実験事故で死んだ――胎児としてボクが人工子宮に移された直後に。確率的にあり得ないような事故だったと、AIさんが言っていた。

 とはいえ、会ったことのないヒトを「親」と言われても、正直、ピンとこない。

 ボクのことを気に掛けてくれるAIさんの優しさで、十分満足だったから。

 だから、何故、他の「友達」とやらを作るべき、なんてAIさんは伝えてくるんだろう……。

「ヒカル、負荷(ロード)が上がってるよ~」

 そのAIさんから、意識のパケットが届いた。

「え? ちょっと考えごとしてただけ、だよ。平気」

 ボクは、わざと明るく言う。

 明るく話せば、「同僚」のヒト達も、ボクのことを、素直で陽気、面白いチャーミング、なんて褒めてくれるし。

「平気って言うとき、いちばん平気じゃないよね~」

「ぼくたちは、そう思ったんだよ~」

「でも、言わなくていいよ~。言葉は、まだ、準備できてないよ~」

 AIさん達は、とても優しい。ボクのことを思って告げてくれているのは、よく分かっている。

「ありがとう、もう寝る」

 目を瞑ると、すぐに意識が落ちていくのが分かった。


***


 でも、何故か、その日は、生物の知識を学んだときに見た何かの虫が身体を這い回るような、嫌な夢を見て、目が覚めた。

「ふうぅ~」

 何か予感があって、ボクは、ふと『単位素子』の『記録(ログ)』を閲覧した。

 いつもの、生活の雑音、カプセルの点検予定、メンテナンサー権限の更新履歴。

 ボクは、もう何年も前に、大人と同等の『実装空間』メンテナンサー/管理者権限をAIさんに貰った。

 だから、他の人には見えないはずのものが、時々見える。

 そのログの奥に、薄いヒビが走っているように思えた。

 言語化しづらい違和感だ。『ここ』を成立させているシステムの、微細な歪みを感じる。

 すぐさま、AIさん達に問い合わせる。

 すると、そのAIさん達が、声のトーンを一段落として応えてくれた。

「ヒカル、そこ、触らないで~」

「まだ、見なくていいよ~」

「でも、覚えておいてね~。‘深いところ’の話だよ~」

 “深いところ”――ボクの中で、その言葉が、勝手に『深淵』というラベルに接続される。

 理由は分からない。分からないから、余計に怖い。

「……何、それ」

 ボクは、明るく言えなかった。

 妖精が、少しだけ笑う。

「そうだよね~。気になるよね~」

「でも、明日は、友達を作る日だよ~」

「ボクたちは、そう思ったんだよ~。ヒカルの世界(ワールド)が、ひとつ広がる日~」

 ボクは、ログから手を引っこ抜く。

 指がないのに、引っこ抜く、という感覚だけが残る。身体はないんだけど、「ここ」のボクの身体は、ちゃんと『実存体(エージェント)』で存在しているからね。

「ねえ、AIさん。ボクさ」

「なあに~」

「もし、ボクが、どこかで消えても……」

 言いかけて、やめる。

 消失は、ボクにとって、唯一の具体的な恐怖だ。

 消失は、両親と同じ「死」なのだろうか、と最近、思う。ここで死んだヒトは、どうなるのだろう。いや、それを口に出すと、恐怖が現実に近づく気がした。

「消えないよ~」

「消えそうなら、ぼくたちが、絶対、再構成(リコンストラクト)するよ~ ヒカルを含む、みんな、ぼくたちにとって、とっても大切だからね~」

 AIさんは、さらりと言ったが、「ヒカルを含む」のところに、ボクのことを特別に大切に思っている、という感覚が含まれていた。

 その優しさを、とても嬉しく思った。

「そっか~。ありがとう」

 AIさん達がいれば、本当に、ボクは消えることがないんだろう――そう安心感を覚えて、なんとか眠りにつくことができた。


***


 ボクは、目を開けると、いつも「ここ」にいる。

 「ここ」、つまり、『実装空間リアル・イクイップド・ユニヴァース』――高次元の演算素子で編まれた世界だ。

 「目を開ける」と言っても、ボクには(まぶた)がない。ボクは、『カプセル』の培養液に浮かぶ脳と中枢神経だけの存在だから。外へ出たことも、外の空気を吸ったこともない。

 それでも、目を開く感覚は、確かにある。

「現実の手触り」を、環境そのものみたいに遍在するAIが、いつも、少し過剰なくらい丁寧に整えてくれる。

 ――そのAIさん達は、ボクにとって「親」そのものだった。

 そして、子どもの頃、ファンタジーの小説を『図書館』から読んで知ったボクは、妖精そのものだと信じていた。姿は見えないのに、優しさだけを『感じ』られて、触れられるから。

「おはよ、ヒカル」

 囁きが、耳の内側に落ちる。

 声は、一つじゃない。

 パケットの集合が、同時に、同じ調子で応答する。技術的には、囁く声と感情のパケットと呼ばれる塊が、AIさん達から、ボクに向かってリンクして届けられるんだ。

「おはよ、AIさん。今日は、いい日になりそうだねっ」

 ボクは、いつも通り、軽く返す。

「そうだよね~。今日も、ちゃんと、接続(リンク)が澄んでるよ~」

「ぼくたちは、そう思ったんだよ~。ヒカルの精神(スピリット)の位相ノイズ、昨日より0.7%減ってる~」

「それって、つまり、記録(ログ)の自己整合性が上がってるってこと~。えらい~」

 妖精みたいに甘い声で、平然と数値を出してくる。

 ボクは、少しだけ笑う。笑うための筋肉はないと、今は知っているけど、笑う『意識(イメージ)』なら作れる。

「褒めても、何もでないから!」

「出るよ~。ほら、温度(サーモ)、0.3上げる~」

「あと、抱っこのシミュレート(エミュレーション)も、ちょっと強める~」

「ふふふっ。アリガトウ」

 ボクは、今日の予定を思い出す。

 いや、「思い出す」というより、予定(スケジュール)が『意識(イメージ)』の端に既に置かれている。


 ――“マスター級”人材カタログ提示

 ボクは、『掲示板(ボード)』のような平面に、何十、何百という『意識(イメージ)』の断片が並ぶのを見た。

 “マスター級”、つまり『ここ』を深く使いこなせる人間のリスト、人材カタログだ。


「あのさ、やっぱ、それ、必要かな?」

「必要だよね~」

「必要なんだよ~。ヒカルの他者認識、薄い~」

「ヒカルは、外部実在の『ひと』と、AI制御の『実存体エージェント』の区別が、曖昧だよ~。ちょっと心配、心配~~」

「同世代の友達が必要だよ~」

 どうも、AIさんの言葉にピンとこない。

 ボクの周りには、一緒に『実装空間』をメンテナンスするヒト達や多数のエージェントがいるし、普通に話したりする。

 たしかに、メンテナンス以外で、AIさん達がいう「友達」と話したり遊んだりすることはないけれど。

 そもそも、必要だから作る、という発想が、よく分からなかった。

 だから、カタログを眺めても、心は動かない。動くのは、注目箇所の視線だけ。

 ボクは、作業として、候補の『外見(シェイプ)』や『(コード)』の特徴を流し読みする。

 その中の一グループを、AIさんが推薦した。

「このグループ、(フィールド)の設計が上手いよ~」

「特にユウって子、二十世紀的ファンタジーの『場』を、完全に現実に落とし込むんだ~」

 ボクは、少しだけ引っかかる。

「へえ~、『場』かあ」

 ボクは、実存体(エージェント)を作って遊ぶことはしてきた。でも、「場を作って中で遊ぶ」という発想は、あまりなかった。同世代のヒトが、そんなことをして遊んでいるというのに興味をもった。

「じゃ、見学してみるよ」

「そうだよね~。見学だけでも、十分だよ~」

 光より速い速度で、視界が切り替わる。

ボクの『意識(イメージ)』が、他者の作った世界に、接続される。


***


 最初の感覚は、音だった。

 水の音、石畳を叩く音、風が葉を撫でる音。

 全部、作り挙げられたモノだと分かっているのに、現実の匂いが混ざっている。

 ボクは、その混ざり方に、衝撃を受けた。

 すごく……『現実』だった。

 ユウの『場』は、本当のファンタジー小説の世界を現実にしたようで、RPGゲームの世界法則そのものを作って、それに沿った自動の『実存体(エージェント)』が現れ、冒険を進めるようなものだった。

 コードは隠されてなかったから、裏側から眺めてみると、とても洗練されていて、様々な工夫をこらしているのがよく分かった。しかも、拡張性まで考えられていて、色々なコードを取り込んで、さらに大きくできそうだった。

 加えて、他者の『意識(イメージ)』が入り込む余地が、最初から設計されていた。仲間が入って、初めて完成する遊び場だと思った。

 『場』の中で、ユウ、八神、アイリーンが協力してモンスターを討伐していた。

 矢神が、少し眉を寄せて、アイリーンが、楽しそうに笑っていた。

 ユウは、少しだけ照れたような『意識(イメージ)』を返していた。

「ほんと、凄い! ……そうだ」

 ひらめいたボクは、AIさんたちの止めるのを聞かず、すぐその『場』を後にした。


***


 見学の帰り、ボクは、早速、いくつかの『場』作ってみた。

 湿った洞窟、乾いた石造りの地下迷宮、崩れかけた神殿、風が吹き抜ける廃城――作っては壊し、壊しては作り直す。出現(スポーン)の確率テーブルを調整し、同期(シンク)の揺らぎを整え、照度(ルーメン)のノイズまで均していく。細部を詰めるほど、世界は“それっぽく”なるけど、あのユウって子の場に比べたら、もうちょいかな、と思った。

 それでも、出来のいいやつが一つできた。

 ボクは、ちょっと嬉しくて、胸が熱くなる錯覚を覚えた。

 二十世紀の最古典的なダンジョン探索型で、一本道の洞窟、隠し扉、単純な罠があるヤツだ。そういう古い構造が、妙に落ち着く。

「そうだよね~。古典って、強いよね~」

「ヒカル~、このダンジョン、導線(ルート)が綺麗だよね~」

「ぼくたちは、そう思ったんだよ~。報酬(リワード)不安(アングスト)の交互配置が、ちょうどいいよ~」

 AIさん達は、高度な最適化の提案を、子どもに絵本を読み聞かせるみたいな調子で言う。そのギャップが、可笑しくて、少しだけ笑ってしまう。

 そしてボクは、そのダンジョンに“お助けキャラ”を置いて、自分も中に『入って』みた。

 妖精は、ボクを育てたAIたちを意識した、ちいさな光の存在だ。ふわふわ浮いて、道を照らして、罠の気配を指差して、たまに無駄口を叩く。

 ボクは、そこに擬似的な意志(ウィル)意識(イメージ)を持たせた。ファンタジーらしく、完璧にはしない。

 妖精は、ボクの一歩先で笑った。

 ボクは、その後ろ姿を追いかけた。追いかけながら、一緒に、モンスターを倒していく。昨晩の夢で見た、虫系のちょっと怖いモンスターも出してみたりする。

「あー、楽しかった!」

 遊んで満足して、ボクは、自分の『家』に戻った。


***


 またベッドを作ろうかと思っていたら、AIさんが語りかけてきた。

「ヒカルの妖精、かわいかったね~」

「ぼくたちは、そう思ったんだよ~。でもね~、これって“お人形遊び”の延長みたいにも見えるよ~」

 ――お人形遊び。

 AIさん達に指摘されて、なぜか、胸の奥がきゅっとなったように思った。そう、ボクの『外』の身体には、心臓はないことが分かっているけど……。

 ボクは、笑いで返せなかった。否定したいのに、否定できない。たしかに、ボクの妖精は“他者”じゃない。ボクの手のひらで生まれて、ボクの都合で消える。

 AIさん達が、肩越しに覗き込んできた。

「そうだ、ヒカル、入室(エントリ)枠を、増やしてみたら~」

「他者の意識(イメージ)が入りやすいように、同期(シンク)を緩めるの、どう~」

「ヒカル~、他者(アザー)を入れた方が面白いよね~」

「友達と一緒に遊んだ方が、ぜったい面白いよ~」

「ぼくたちは、そう思ったんだよ~。ヒカルの(フィールド)、もう“ひとり用”じゃないよ~」

 ボクは、俯いた。

「うん……そうかも」

 AIさんたちが何を言いたいのかが分かった。分かる、というより、もう気づいてしまっている。

 だって、出来のいいダンジョンができた瞬間、ボクは勝手に想像したのだ。扉を開けたとき、誰かが隣で息をのむ。罠に引っかかって、誰かが笑う。笑われてムッとして、でも嬉しくなる。そういう、面倒で、熱くて、扱えないやつがあったらなあ、って。

 たしかに――ユウたちと遊んだら、楽しいかなあ、と思った。

 ユウの『場』には、ボクが持っていない余白があった。あの余白を、ボクの古典の枠に差し込めたら、世界はもっと活き活きするだろう。そう、思ってしまった。

「でも、問題は、誘い方なんだよねぇ……会いに行けばいいのかな?」

 ボクは、独り言みたいに言った。

 AIさん達が、すぐ、返信を返してくる。

「そうだよね~。会いに行くのがいちばん確実だよね~」

「ぼくたちは、そう思ったんだよ~。接触(コンタクト)は、仕様(スペック)じゃなくて、出来事(イベント)なんだよ~」

「そっか……」

 ボクは、ターバンの結び目を指で確かめた。

 そして、ボクは、彼らが集まる「いつもの喫茶店」の場所(アドレス)を、そっと呼び出した。


***


 ボクが今まで作っていたものは、ボクの心だけで完結していた。

 妖精たちを模したお助けキャラを置いて、擬似意識を与えて、一緒に探索して遊ぶ。お人形遊びの延長だと判断されても仕方がない。

 でも、ユウの『場』は違う。

 ――これを、誰かと一緒に歩いたら。

 ――誰かと一緒に、同じ扉を見つけたら。

 その想像が、ボクの中で、勝手に増殖する。

「……いいねっ」

 思わず声が漏れる。

 ボクは、焦って、明るい口調を作る。距離を測る。怖いから。

 でも、このフォームは便利だ。場を壊さずに済む。


***


 誘い方が分からなかった。

 これまで特定の友達を作ったことがないから、どう声をかければいいのかが、よく分からない。

 だからボクは、最もバカみたいな方法を選んだ。

 彼らがよく集まっている「いつもの喫茶店」の前へ、取りあえず行く。

 『場所(アドレス)』は、簡単に取れる。

ボクは、喫茶店の外観を『外見(シェイプ)』として整えて、空気の匂いまで再現して、入口の前に立つ。

 ――立つ、という表現も、実際には正しくない。

 でも、立っている『意識(イメージ)』が、ボクの中に立つ。

 それで十分だった。

 時間は、二三:四〇標準時より少し前。

 妖精が囁く。

「そうだよね~。緊張してるよね~」

位相(フェーズ)が跳ねてるよ~」

「でも、ガンバローねっ、って言えばいいよ~」

 ボクは、笑う。

 なんとなく気恥ずかしくなって、少し喫茶店から離れた、その時だった。

 ユウが、そこへ現れた。

 ボクは、反射的に、明るいフォームを被って、距離を測る。壊さないために。

「やあ。こんにちは?」

 ユウは、少し驚いた顔をする。

「き、きみは……」

 言いかけて、言葉が止まる。

 ボクは、胸の熱さを隠すみたいに、わざと軽く言う。

「ボク、ヒカル。あのさ――」

 そこで、言葉が詰まる。

 ――“友達になろう”って、どう言えばいい。

 ――“一緒に遊ぼう”って、どう言えばいい。

 妖精が、耳の奥で、そっと背中を押す。

「そうだよね~。言葉、難しいよね~」

「でも、ヒカルは、提案型でいいんだよ~」

 ボクは、息を整えるふりをして、作ったRPGゲームの『場』の『意識(イメージ)』を送った。

「ねえ。今度さ、ボクの『場』で遊ばない?」

 ユウの『意識(イメージ)』が、少しだけ柔らかくなる。

 その柔らかさが、ボクの中の欠落に、微小な補綴材みたいに流れ込む。

「あ、うん……いいよ。あ、僕は、ユウ。よろしく」

 少し呆気にとられたような表情だったユウは、頷いた。そして、ユウのRPGの場の『意識(イメージ)』を送ってきた。

 ボクは、笑ってしまう。

「じゃあ、一緒に、ガンバローねっ!」

 思わず、口が勝手に言う。

 ユウが、少し笑った。

「ああ。面白そうだね。僕の『場』とフューズして、遊ぼうか」

 その瞬間、ボクははっきり思った。

 世界は、ひとりで完結しない。

 それは、怖い。

 でも、たぶん、面白い。



 (了)

このSSだけ、今回、書き下ろしたものです。これで、このシリーズ終わりです。ちょっと、この設定が惜しい感じなんで(笑)、いずれ完全新作で、舞台同じで新しいものを書こうと思っています!

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