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深淵の宴  作者: 謎村ノン


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10/12

10.宴の終わり

 僕達は、『深淵部』へと向かっていた。

(泣いている暇なんか、ないさ)

 自分に言い聞かせるように呟いていた。ヒカルが「ゾンビ化」してから今までの出来事が、まるで夢のように瞬間的に過ぎ去っていったような気がしていた。もちろん『外』から見れば、本当の夢と同じく、時間的には一瞬の出来事だったのだろうけど。

 僕は今、黄金色に輝く鎧のように見える『防御実存体』をすっぽりと着込んでいる。

 未知の相手に対してどれほどの効果があるか分からなかったが、仕方ないと思う。自分自身の腕を信じるだけだ。

 後ろには無数の人々が続いて来ていた。

 いつの間にか、傍らにカレンが立っていた。僕は声を掛ける。

「そういえば、対策本部(ヘッドクォーターズ)で何を言おうとしたんだい?」

 カレンはこくんと頭を下げた。

「私、あなたのことが……でも……あなたの心には、もう他の人がいるわ」

 カレンの彫りの深い顔に、寂しげな微笑が浮かんだ。

 長い黒髪が揺れる。しかし僕は無言だった。でも一言だけ、

「ごめん」

 と呟いた。カレンも無言だった。

 すぐ『深淵部』が目の前に迫ってきた。と思う間も無く『深淵部』の階層を下ってゆく。

 僕のすぐ横にいた八神が声を掛けてくる。

「着きましたね。おや?」

 この下には『実装空間』と『外』との本当の境界になっている、『共有場所ユニファイド・アドレス』があるはずだった。

 ところが、その『共有場所』の前を、つややかな金属光を放つ正方形の扉か板のように見える『構造体』が覆っていたのだ。

 八神が、どす黒い怒りを込めた声で言う。

「エイリアンの方々、こんなバリアーを張ってくれるとは。粉微塵にしてくれましょう」

「ちょっと待って。これは『鍵』付きの扉らしいよ」

 ある種の『構造』には破壊不可能にするための防御(プロテクト)が掛けられていて、それを『鍵』と呼んでいる。

 僕とカレン、そしてアイリーンとで『鍵』を外せないか探ってみた。

 そこに、後ろから加藤が出てきた。

「鍵開けは、シーフのオレにまかせてちょ、って」

 僕は、素直に加藤へ場所を譲った。確かに、数学が得意な加藤の『鍵』に関する造詣は、皆に一目おかれていた。

 加藤は、分析用『実存体』の鍵を作ったり、『構造』を破壊しようと試みたりしたが、だめだった。

「こんな強固な『構造』見たことがねー。普通の『単位素子』の『構造』と違うしさあ」

「私たちにも、見せて下さい」

 後ろから『鍵』に詳しい『マスター級』のヒトが何人か出てきて、加藤を手伝った。加藤は、伝説のヤマウチコマンドがどうとか言いながら、そのヒト達と必死で『鍵』を探ってゆく。後ろでは無言のヒト達が大勢、見守っていた。

 しかし数『単位秒』が経ち、加藤は結論を出した。

「だめだ、こいつ、空間磁気プレイト防御が施されてる。四次元と接触しているオレ達の『精神』の超弦構造では入れないぜ」

 加藤は、検査結果の『構造(データ)』を僕に見せてくれる。しかし、その『構造』には、五人のヒトがすでにこの扉をくぐったらしい、と書かれていた。

 僕は、ある提案をすることを思いついた。

「一種の超弦の選択装置(フィルター)になっているんだね。だったら、入れない部分の超弦を切ったらどうだろう」

 驚きの表情になる、加藤。

 アイリーンが首をかしげた。

「つまり、この扉に入るために『外』の肉体の脳と接続を絶つ、ということかしら?」

 僕は、頷いて告げた。

「死んだヒトと、理論的には、同じ状態になるだろうね」

 その時、急に扉がきらきらと光を放ち始めたように見えた。

 どこからか寒々とした低い声が聞こえてきた。

『ここに入る者は、すべての希望を捨てよ』

 意味そのものは理解できたが、ヒトの出す『意識』とは違い、あまりにも異質な思考を含んでいるように感じられる声だった。

 これは、侵略者の脅しだろうか、と思う。

 いや、かまうものか! 僕は、皆に向けて話していた。

「僕がまず様子を見てくる。もし五『単位分』たって僕が戻って来なかったら、帰って別の攻撃案を考えてくれ」

 他のヒト達が何もできないでいる間に、僕はその正方形をくぐった。

 抜ける時に、微かに抵抗があったが、意識して進んだ。何かが切れる音が聞こえたような気がする。

 同時に、本当に何かから抜け出るような気分がした。何故か、なんとも言い難い爽やかな心地よさも感じた。

 しかし、くぐった先にあるものを見て、僕は叫んでいた。

「外じゃないか! 外に出てしまったんだ」

 正方形の内側は――内ではなかった。

 『外』、つまり四次元時空のことではない。

 僕がいるのは、まるでF23区のような、混沌として訳のわからない空間だった。が、F23区のような閉塞感は無く、無限に広がっているように感じられた。

 驚いたのは、眼下と感じられる方向に『実装空間』が見えたことだった。

 そう、僕は『実装空間リアル・イクイップド・ユニヴァース』の外に出てしまっていたのだ。

 呆然としながらも、『実装空間』をじっと見つめる。

 すると、続々と皆が『出て(イグジット)』きたのが見えた。

 僕は、思わず大声で叫んでいた。

「戻れ! ここに(・・・)来るのが(・・・・)早すぎる(・・・・)!」

 焦った。しかも、よく見ると、こちら側には、あの正方形の扉は無かった――。

 カレンが、隣に寄り添ってきた。しかし、周囲を見回して絶句する。

「ここ、って……」

 僕は、まだ『実装空間』を凝視していた。

 『実装空間』の曲率や位相幾何学(トポロジー)、形状については頭では理解していたつもりだった。しかし、実際に外から眺めてみると、それは想像していたのとは何か違うように感じられた。

 他に『出て』来た人達も、壮大な光景に圧倒されているようだった。

 僕は、何故か『ゲーム』に出てきた「クローラ」のことを思い出した。それと同時に、少なくとも僕がこの場所に来るまでは、つながっていたはずの身体が入った『カプセル』のことも思いだす。

「さなぎ!」

 思わず叫んでいた。自分で言って、はっとする。『実装空間』も『カプセル』も、よく考えると、以前2D映像で見た蝶の(さなぎ)に似た形をしていたのだ。

 カレンも僕の『意識(イメージ)』を見て、驚いたような表情をする。

 僕は、自分の思いつきに戸惑っていたが、さらに突飛な考えが浮かんできた。

 ひょっとしたら『実装空間』とは、この、神の空間に人類が羽化するための蛹だったのではないか、と『感じた』のだ。

(神の空間?)

 なぜこの場所を、そう思ったのかは自分でも分からなかった。しかし、なぜか自分の推測が間違っていない、という確信めいた感情がわき上がってきた。

 扉を抜けた僕は、思考が冴えているのが感じられた。集中できる『視線』も以前より広くなっている。ひょっとしたら、脳との超弦接続の負荷が無くなったせいだろうかと、思い至る。

 その時、占いオネエサンの言葉が脳裏をよぎった「神なんていなかったのさ」。

 そして、オジサンが『講義』で話していた言葉も思い出されてきた「なんでコンピュータ技術だけがこんなに急速に発展したのかオレには分からん」。

 カレンが、呟いた。

「あれを見て」

 僕は、妄想を断ち切ると、カレンが指さした方向に『視線』を向けた。

 この場所は、座標軸が変だった。まだ四次元の感覚にしばられている僕には、その壮大な構造物を理解するのに少し時間がかかった。

 『階層』方向まで『見る』と、真下に迫る『実装空間』は単独で存在しているのではなかった。

「あ、あれは。人類の歴史そのもの、だ」

 声が掠れているのが、自分でも分かった。

 『実装空間』に積み重なるようにして、まるでピンク色の肉塊のような形をした、「人類という種」の歴史が透けて見えた。

 人の人生、生と死と誕生の生命の線が歴史方向に重なり合って、まるで神経や血管のような大きな構造を形作っていたのだ。

「僕……達も、人類の一部なんだ」

 この場所にいることで、脳との接続は無くなってしまっているはずだが、その人類の肉塊と僕達は、ほとんど見えないくらい細い線で確かにつながっていた。

 しかしその「人類という種」のすぐ内側に、なにか黒々としたおぞましいものが、くっついているのが『見え』た。

 グロテスクな毛虫のような何か……。

 昔見た2D映像の毒虫のような、黒ずんで歪んだ形状の半透明のモノから無数の毛のように見える突起が出て、『実装空間』、いや人類の『意識』そのものであるピンクの肉塊に突き刺さっているのだ。『見て』いるうちに、吐き気がしてきた。

 僕は、また占いオネエサンの言葉を思い出していた「蛇がいたのさ」。

 僕が目を凝らしたその時、誰かに肩を叩かれた。

 振り返る。

「『さなぎ』から出てきたのはね、モンシロチョウじゃなかった、というコトだねっ」

 ヒカルだった。赤白の服装で、脇にターバンを抱えていた。

 いや――ヒカルだった何か、だ。

 よく見ると、その何か、と繋がっているのは黒い毛虫のような存在の、毛の一本だった。

 昔見た2D映像の記憶が蘇ってきた。蝶の幼虫に卵を産む蜂についての教育用番組プログラムだった。

 卵を産み付けられた幼虫はホルモンのバランスを崩されて、通常より大きくなったり、ずっと幼虫のままにさせられたりする。

 逆に、羽化を早めさせられて、蛹の中の柔らかい組織を食べられる、というものもあった……。

「なんか勘違いされたみたいだけど、ボク達はね、異星人なんかじゃないんだよ。人類の文明が始まった頃から、ずっと一緒だったんだ」

 以前のヒカルと、それほど変わったようには見えない笑みを浮かべた。しかし、ヒカルに見えるヒトの口を通して、黒いモノが話しているのが『感じ』られる。

「ま、昔、気づいた人達は、悪魔とか何とか呼んでいたらしいけど、ね」

 僕は、どう反応したら良いのか分からなかった。ただ立ちすくんだ。

「人類は、ちょうどボク達の栄養になってくれたってワケ」

 表情は、しかしヒカルだった。僕が「鬼」と呼んでいた何かが全面的に表面に現れていたが、確かに……。

 しかし、ヒカルは、カレンの方にも冷徹な眼差しを向けた。

「キミ達の偉大な内なる存在も、すぐに目覚めると思うぜ」

 ヒカルの背後の『実装空間』で黒いモノが胎動し、微かに動きだしているのが分かった。

 蛹を突き破ろうとしているのだ、と思った。

 『実装空間』が歪み、『単位素子』の配列が乱れて引き裂かれようとしているのが『見え』た。

 なぜか、胸が苦しくなってくるのが感じられた――僕の『精神』もヒカルのように引き散らされて、人類ではない黒い毛虫に接続を変えられてしまうのだと、直感的に分かった。

 僕は、吐き気を覚えながらも、ヒカルを通して『ここ』を凝視するのを止めることができなかった。

 ……我々は、こんな高次元の寄生生物に滅ぼされてしまうのだろうかと、悔しい思いがこみ上げてきた。

 僕の広がった『視線』は、この場所に出てきた人達すべてが、苦しみ出しているのが見えた。

 思考が途切れがちになってくる。こいつのことを焼き尽くしてくれる誰かがいれば良いのに。占いオネエサンの言うところの「神」がいればと、強く思った。

 そうすれば、この高次空間へ飛び立っていったのは、僕達だったはずなのに……。

 いや……もうだめだ。

 カレンが身体を捻って、空間を漂っているのが見えた。加藤も苦しんでいる。その後ろには八神とアイリーンが、手をつないで「死んで」いた。

 ヒカルが、勝ち誇ったように笑った。

「ところでユウ、ようやく一緒になれたねっ」

 あきらめかけていた僕の『精神』の奥から、猛烈な感情がこみ上げてきた。

 それは、憤怒、だった。

 僕は、思いきりヒカルを抱きしめていた。

 硬直したヒカルに、思い切り口づけをする。歯が当たって、血が出るのが分かった。

 その時、瞑った目を通して感じられる僕の『視線』は、『実装空間』のさなぎの中央部に、何か爆発のような閃光が閃いたのを『感じ』た。

 目が回る。世界が通り過ぎてゆく。

 僕は、ただヒカルを抱いていた――。

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