第六話 行動開始
一つの小屋に集まっていた隊員達は夜を迎えるまで各々が休息を取る。作戦について話し合っていた場所は女性陣側の小屋である。
そもそもこの小屋は、支給品の携帯型拠点という封武で掌に収まるほどのキューブを投げれば展開される仕組みとなっている。
女性陣の小屋はそこに葉音が色々と持ち込んでいるため、快適性が男性陣の小屋より高くリビングダイニングキッチンのみ話し合いの際、使われる。
悠江はソファで眠っている紡を担いで向かいの小屋へと拳陽に扉を開けてもらいながら入る。悠江は紡をベッドに寝かせると自身も軽く仮眠を取る。
拳陽は彼の武器であろうガントレットを腕に装着して調子を確かめるなど余念無く準備をしている。
逆に女性陣は楽しくお菓子をつまんだり紅茶を飲んでいたりとごく普通の日常のように過ごしている。ただ、彼女らもリラックスはしているが油断も隙もなく仮に襲撃されても、即座に対応できるであろう。そこは男性陣も同じくである。
しばしの休息時間を皆が思うままに過ごす。
そして、いよいよ辺りが闇に包まれる。彼らの仕事の時間が始まる。
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「じゃあ皆、自分の役割を果たそうか…」
施設から少し離れた山の傾斜部から、窪地にある教団本部を眺めながら放たれた拳陽の言葉に今回の依頼に参加していた全員が軽く縦に頭を振り同意を示す。
麻酔銃を撃たれた紡も回復して、参戦するようだ。ちなみに紡は行動開始ギリギリに起きて、すぐさま準備して自分たちの班はどう動くのか美穂から聞いたばかりでもある。
教団本部の周囲には夜にも拘わらず五十を超える人間達が警戒するように、敷地内を巡回している。更には敷地には監視カメラも回っている模様だ。
「拳陽さん。この辺りがジャミングされてるならなんでカメラは生きてるんッスか?めちゃくちゃ動いてますけど」
全員が散開する直前に悠江は疑問を口にする。
「どうやら、あの本部周辺のみジャミングが消えているようでね…。異線がどういった原理で作用しているかはわからないが、本部周辺を穴にしたドーナツ状にジャミングが発生しているらしい…」
拳陽はどうにか自分たちで依頼を達成できないかと観察や偵察を行っていた一週間で発見した情報を悠江らに共有する。
拳陽自身、特にジャミングを大きな問題と捉えていなかったために伝え忘れていたが、流石にカメラが生きていることまで伝え忘れるのはよくなかったと反省している。
改めて電子機器が本部周辺では使用可能状態であることを全員で確認すると、それぞれが各班が配置につくため散開する。
葉音、拳陽班は東に。美穂、紡班は北に。そして叶未、悠江班は南から隠密行動をしつつ攻め込むため動く。
全員が無事に配置につきそのことを通信用封武で確認し合うと、これまでも場を仕切っていた最年長の拳陽の一言で作戦は開始される。
『それじゃ、行こうか…』
短く、まるで近所のコンビニエンスストアにでも行くかのようなどこか軽さすらある口調で復讐依頼は開始された。
悠江はまず南側の、敷地から少し離れた木々に身を隠しながら一言、呟く。
「異線『霧の箱庭』」
敷地内全てに視ることは難しいほどの薄く揺らめく霧が立ちこめる。悠江達の視覚的にもほとんど変わりなく視えることからも精神操作を受けた教団員達も同じように変化を捉えることが出来ないだろう。
霧を発生させた本人は目を瞑っている。どうやら意識を集中させているようである。
「やっぱ、隙が無いッスね。カメラも人員も良い配置してますね」
「敵を褒めてないでどうにかしてよ」
悠江が気楽そうに話すので叶未は肘で小突きながら方法はないのかと尋ねる。
悠江が広げた霧はそこに触れた者を探知することが可能で更には範囲も広大であるため、潜入や索敵においては隊内随一の能力である。その他、出来ることの幅が広く汎用性の高い能力となっている。
「う~ん、下は問題無さそうッスね。地盤とかも特に…。よし、一番簡単に行きましょう。叶未さん、穴掘ってください」
「へ?・・・あ~ね。了解したよ」
一瞬、悠江の言ったことに思考の時間を要したが叶未はすぐに言葉の意味と何をしようとしているかを理解し、身を屈め地面に手を置く。
「異線『解体旧書』」
言葉の後に掌が触れている地面に横幅の直径5メートルほどの穴が空く。叶未は地面を一気にある程度の深さまで掘ると、そのまま重力に身を任せて降りる。
続いて出来た空洞に悠江もポケットに手を入れながら軽く跳躍して飛び降りる。
「よっと」
悠江は僅かな時間落下したあと、膝を曲げて衝撃を流しながら着地する。先に降りていた叶未は既に横穴を少し掘っており空間を確保していた。降り立った悠江は暗闇そのものと言える穴の中をスマホのライトで照らす。
「こういうとこじゃないとできないやり方だねぇ」
「強引なやり方感は否めないッスけどね」
もうちょいスマートな方法取りたかったな、と悠江は呟きながら自分の霧に意識を集中させながら操作して、教団本部の建物内にまで霧を侵入させる。
「とりあえず、しばらくは真っ直ぐ掘り進めてください。建物の真下まで言ったら止めますんで」
「はいはーい」
叶未はしばらくの間空洞の壁に何度も手を触れては、掘削作業を続ける。彼女の両手の人差し指にはどちらにも指環が嵌められており、壁に触れる度に淡く緑色に輝く。
彼女はオシャレを意識するようなタイプでは無く、アクセサリーについても無頓着で付けることは潜入など仕事に必要な場合を省けば皆無である。
現在、両手に装備されている指環も叶未の能力補助に役立つアイテムである。それは無かったとしても能力の発動は可能であるが、より効果を発揮するためには指環が必要となってくる。
彼女の持つ鎌もまた、異線の力を引き出しながら攻撃を可能としている。
能力自体には殺傷能力はなく、使い方によって人を害することが可能になっている。
叶未がしばらく掘り進めていると、悠江がふと立ち止まり空洞の天井を見て眉間に皺を寄せながら独り言ちる。
「ちょっとでも入り込めたらって思ったけど無理か」
横穴を能力で掘っていた手を一度止めると、叶未は後ろでスマホを使って照らしていた悠江に言葉の真意を問う。
「どうしたの?なんかあった?」
悠江は頭を空いている右手で掻きながら厄介そうに言う。
「教団本部の内部にも霧を侵入させてどこに何人いるのか把握してたんスけど教祖の部屋には一切入れませんでした。封武か教団員かいずれにしろ結界を張ってるようッスね。ただ、ここまで厳重ってことは流石にいるのは確定でしょう。地下も地上も他に教祖の特徴に一致する人間が敷地内にいないことは探知済なんで」
「一応ブラフの可能性も考えてたけど、教祖は臆病って言ってた葉音さんの推測は外れてなかったね」
葉音達が教祖の写真を頼りにしながらここにいることを突き止め、更に悠江の、個人の判別まで出来る広域探知によって教祖は一階大広間の真上にある部屋に閉じこもっていることが確定した。
「結界については叶未さん、破れます?」
「普段は解析してからなんだけど。強度はどれぐらい?」
「目算で訓練場の結界よりちょい下ってとこッスね」
「うん、なら普通に斬れるね」
「じゃ、結界破ったらそのまま教祖をお願いします。俺は護衛とやらを足止めしとくんで」
「大丈夫?一人で止められる?」
「馬鹿にしないでくださいよ。足止めくらいならのらりくらりとやってみせますッスよ」
軽薄な物言いであるもののその実力については叶未も認めており、彼女の煽っているような心配の言葉も冗談半分でしか無い。本人は他の隊員より戦闘力では見劣りしていると思っており実際に経験の差もありまだ実力は下の方ではあるが、霧を駆使して翻弄する戦い方は隊長の墓人を以てしても、敵に回れば面倒なことこの上ないとの評価である。
二人は互いに役割を決めて、後は部屋へと辿り着くのみである。
叶未は再び、手を壁に触れて掘り進めることを再開し空洞を進む。悠江が霧で感知した情報に従いながら方向を微調整しつつ前進する。
警備の動きは一応、拳陽を始めとする先遣隊が観察していたものの人員やルートが不規則であったためその場その場での柔軟な対応が要求されていた。
その点、悠江であれば霧で感知して警備の動きを、自身の死角も完璧にカバーしながら動け、また叶未であれば地下に潜伏したり周囲から目立たないように壁を作って隠れることも可能である。
今回の依頼は既に二班が一週間の間、教団にかかりきりで依頼が溜まっているため迅速にしかし確実に達成しなければならない。
そのため、すぐさま行動は開始されたのだが彼らは教祖が日常においてもほぼ一切姿を見せないほど、あまりにも臆病すぎるという誤算と派手に動くことができないために難易度が高くなってしまっている。
だから、悠江も叶未の能力で穴を掘ってからは隠密行動に神経を使わなければいけないと思案していた。
「叶未さん、ストップです」
「は~い」
悠江は意識を能力に集中させながら周辺の状況を観測する。
「この真上が大広間ッスね。二十はいますね。別の部屋にも人はいますけど、そっちから入った方が遮蔽物が多いみたいなんで、そっちに出てどうにか隠れながら接近しましょうか」
考え込むような仕草で叶未は顎に手を添えながら数瞬思考を巡らせ、悠江に一つ確認を取る。
「トム君って弾性のある霧は作れる?」
悠江は何をするつもりなのかと叶未を訝しむ。
「?可能ッスよ。実体のある、いわゆる触れて強度も備えた霧を作って操るのが俺の能力ですけど、性質も多少は弄れますよ」
「うん、じゃあ跳ぼうか?」
「はい?」
叶未に促されちょうど大広間の真ん中部分の真下にある横穴の終着点で弾性を含んだ霧をトランポリンの形にして悠江は作り出す。大広間の中心はそのまま真っ直ぐ上に天井を貫けば教祖の部屋の中心へと辿り着く。
悠江は霧を象ったところで嫌な予感が頭をよぎり、叶未に尋ねる。
「まさかと思いますけど…ぶち抜くつもりッスか?」
「その方が最短で行けるからね」
「マジか…」
「じゃあ、行くよ!」
叶未は霧のトランポリンで勢いよく跳躍すると同時に天に向かって右手を突き出す。
これからなにが起こるかわかった悠江は諦めて後に続くことにした。




