第五話 合流
昼下がりを超え夕刻を迎え始めた頃、美穂と眠っている紡が滞在している山小屋に四人の人間が接近してくる。
美穂は周囲の気配に意識を集中させて、葉音たちが帰ってきたかもしれないが念のため、相手が敵である可能性を考慮しながら警戒度を高める。
気配が近づくにつれて緊張を高めるが、扉の前で足音が止まり三回ノックされると向こう側から言葉が発せられる。
「美穂ちゃん。叶未ちゃんたちを迎えてきたわよ」
「葉音さん?えっと、合言葉は?猫」
「肉球ぷにぷに」
特に恥ずかしげも無く可愛らしい合言葉が返ってきて、本物の葉音だと確信したところで扉を開けて四人を迎える。無事に葉音と拳陽は叶未と悠江を連れてくることが出来たようだと美穂は安心する。
「美穂ちゃん。久しぶり~」
叶未は扉が開くと美穂に勢いよく抱きつく。美穂は少しよろけながらもしっかりと受け止める。
「叶未ちゃん、危ないよ。けど会えてよかったよ。援軍ありがとうね」
美穂は叶未に対して笑顔を向けながら純粋に感謝を述べる。
「俺もいますよ。おっとっと」
顔が隠れるほど山積みになっている紙袋をどうにか支えている者がいる。一瞬誰なのか分からなかったが声で悠江だと判断できた美穂は、少し動く度に袋から落ちてきている菓子を見て驚きつつ質問を行う。
「もしかして、斗霧くん?その荷物どうしたの?」
落とさないようにバランスを取りながら部屋に足を踏み出す悠江。それでも零れ落ちる菓子を拳陽と葉音が身を屈めて拾いながら悠江の後ろに続いて小屋に入る。
悠江は一刻も早くこの荷物を下ろしてしまいたいと思いながら、美穂たちが紅茶を嗜んでいた丸テーブルではなくもう一つのダイニングテーブルへと足を向けて菓子の山を置く。
置かれた山はすぐにバランスを崩し、倒れた先から菓子は流れ落ちていく。
「ふぅ。叶未さんが途中のスーパーやらコンビニやらで寄り道しては大量に買ってくるんですよ。そんなに食べてる暇は無いって説明したんでスけどねぇ。新幹線でも散々食べてたのに」
叶未との抱擁を終えた美穂は扉を閉めて鍵をかけると、苦笑いを浮かべて悠江の方を向いている。大人買いの張本人である叶未は悠江に荷物を持ってもらったことに感謝しながらも、悪びれた様子無く机に溢れた菓子を一つ手に取り頬張り始める。ポテトチップスのようだ。
「それに自分で持ってくださいって言っても聞かないし」
「そりゃ、君。後輩は先輩の言うことを聞くものだからね」
「横暴だ…」
今からでもコンビを組む相手を変えてもらえないだろうかと考えながら、自分の現在の相棒に絶望し打ちひしがれる悠江。
拳陽は悠江の肩に手を置いて諦めろといった雰囲気を出しながら笑みを向ける。
もう今更か、と言わんばかりに悠江は深く息を一度吐いて早速仕事の話へと移ろうとする。
「じゃあ来て早々でなんですけど作戦について詰めませんか?」
普段、あまり合同で依頼を行うこともなく、ましてや三班合同での仕事は全くと言っていいほどになかったため、足並みを揃える必要があるので悠江は話し合いをしっかりとしておきたいと考えていた。互いの能力は時折、訓練や模擬戦を互いにこなしていたこともあり理解はしている。
職場でも仲が悪いこともないので単純に経験不足が問題となってくる。
「とは言っても、即席で三班がチームワークを発揮できるとは思わない…。複雑な決め事はやめておいた方がいいだろうね…」
悠江は拳陽の言ったことに同意し、軽く頷く。悠江自身も作戦と言いながらも特別な連携を必要とするようなものを話し合うより、各班の仕事を改めて言語化しておこうといった意味合いが強かった。
複雑なことを話し合うわけで無いといっても、言語化しておいた方がそれぞれの認識に齟齬が出ないため必要な行程であることに変わりない。悠江は隊内で一番の新入りという立ち位置ながらもそのことをよく理解していた。
「あっ話し合うなら紡くんを起こしてきますね」
美穂は話し合いをするなら全員いたほうが良いだろうと思い、ソファで眠る紡の方へと向かおうとするが、葉音はそんな美穂を引き留める。
「紡君はまだ休ませてあげていいと思うわ。彼なら美穂ちゃんから自分たちの役割を聞いてすぐに理解して動けるだろうから」
「…そうですね。紡くんが起きたらきちんと説明しておきますね」
美穂は、自分はあまり頭の良い方では無いが話をしっかりと聞いて伝えることぐらいはできるはずだと思い、紡が万全な状態になるまで寝かせてあげようとソファに向いていた身体を元に戻して、話し合いに臨む。
「それじゃあ、まずは僕の方から悠江君達に現在の状況を説明しておこうかな…。多分、隊長からあまり詳しく聞いていないだろう…?」
「そうッスね。『現状については向こうで拳陽君から聞いた方がいい』って言われました」
拳陽は案の定といった様子で苦笑しつつ悠江らに現状を語り始める。葉音は拳陽から少し離れた位置に陣取りながら困り顔で自分の上司のことを思い浮かべている。
「相変わらずだね、彼は…。あれで強いから困りものだよ…。悠江君、地図は受け取っているね…?」
「はい。拳陽さんたちのお陰で内部構造が把握できました」
「うん、よかった…。なら霧で作ってくれるかい?」
彼らのように能力を把握していなければ何を言っているのか、その意味は理解できないが、悠江は特に躊躇も無く一つ頷くと右手を前に出し、菓子が転がっているダイニングテーブルの上に霧を発生させる。
霧はゆらゆらと動いて、段々と柱や壁に屋根、部屋の一室に至るまで作り上げて一つの建造物へと成る。
霧で作られたミニチュア建造物の内部は必要に応じて中が見えるように、外壁や屋根の部分にあたる霧が薄くなる。
建造物は二階建てになっており、一階には大広間が一つとそれを囲むように部屋が八つほど存在している。大広間は祭壇であるようだ。二階にも部屋がいくつかあり、書庫や宝物庫も備わっている。
しかし、二階の真ん中の部屋のみ内装が再現されておらず代わりに赤い色で染められた小さな人形の霧が一つ部屋の中心に鎮座していた。その隣には黒い霧も一つ在った。
「拳陽さんらのお陰で内装まで把握できたんで結構細部まで再現できたッス」
葉音は悠江の器用さに感心しながらも率直に感じた事を口に出す。
「3Dシミュレーションでもいいんじゃないかしら?」
依頼の際は、主に通信用の封武を用いて彼らは連絡を取り合う。連絡以外はできないが通信傍受やジャミングに阻まれないという利点を持っているため、彼らのような秘匿性の高い隊では重用される。
しかし、仕事の際はそれが日常化しているために、詳細な情報を暗号化しながらメッセージでファイルと共に送るためスマホを扱っていた拳陽以外は気付きにくい出来事が起こっていた。
「葉音さん…。伝え忘れていたけれどこの辺り一帯はジャミングされているよ…。悠江君は気付いていたみたいだけどね…」
「まぁ、俺のスマートウォッチ使えなくなりましたし」
葉音や美穂、お菓子を口に放り込んでいた叶未も手を拭いてそれぞれ携帯電話を取りだし確認する。
「本当だわ。繋がらないわ」
「あっ、確かに」
「きょ、今日の無料ガチャ回してないのに…」
お菓子を食べていた者のみスマホが繋がらない事への心配が別方向に向いているような気もするが、ともかくジャミングが発生している事実を眠っている一命を除いて全員が認識した。
ただ、通信用封武で連絡自体は取れるため、使えないなら使えないでそれでいいと切り替えられるのが彼らである。
「精神操作されてる人がやってるのかな?」
「だろうね…。そこまで聞いたことは無いが実際に機械よりも高出力のジャミングを発生させられる能力を持った人は海外の軍人さんで聞いたことがあるよ…」
叶未が抱いた疑問をそのまま声に出すと、希少性はあるものの実例もあることを拳陽は答える。
精神操作対象が能力を持つ異線敷く者なら、指示すればある程度はその能力を自由に使わせられる。教祖に付く護衛がやった線も無くはないものの護衛に付けるなら戦闘系の異線を持つ者を付けるだろうというのが彼らの共通認識だった。
そして、精神を操られている人間が異線を使ってくるという事実を改めて再確認した彼らは深刻な顔つきになる。
戦力的な話で言えば軍の精鋭でも無い人間が何人集まって能力を使おうが、彼らなら制圧は可能である。しかし、異線を使われた上で殺さずに相手にするのは困難であるのも事実であった。
「どうやら、教団員は現在三百人にまで膨れ上がっているようだ…。普段はこの施設とは別の場所で休息を取っているようだがね…」
霧でできた施設を指差しながら教団員の現状についても語り出す。拳陽は教祖が教団員を別棟で休憩させながらも普段は教団とは名ばかりに、施設の警護やジャミングの発生など監視網を敷くことに使っていることを話す。
「この赤いのが教祖ですよね?私たちが施設を観察していた間は一度も姿を見ませんでしたけど、本当にここにいるんでしょうか?」
美穂は一週間の間、一度も見なかった教祖が実はどこからか逃げて施設内にいないのではと思い始めた。
「隠し通路は私たちである程度潰したけど、いないってことはないんじゃないかしら?一枚のみ撮れた教祖の写真を頼りにここに辿り着いたけれど、いないならジャミングまで発生させて警戒する理由がないわ」
「ついでに逃げ道も二つだけ残しているから、悠江君達が取り逃がしても僕たちがそのルートを重点的に警戒しながら悠江君の指示に合わせて動いていれば問題ないだろう…」
美穂の疑問に対して葉音が答えつつそこに作戦の概要を拳陽が付け足す。
「僕たちは北と東で一つずつルートを残して、残りは全て異線を使って潰してある…。これは美穂さんの能力で壁を作ってもらえたのが大きいね…」
叶未と悠江はそれなら問題はないだろうと判断して他の道への懸念なく、自分の仕事へ意識が割けると考えることが出来た。
「悠江君と叶未さんは南から攻めてもらえるかい…?葉音さん、僕たちは悠江君と叶未さんのフォローをできるように東を担当しよう…。美穂さんと紡君は北を頼めるかい…?君たちなら広域制圧と無力化が可能だろう…?」
「了解ッス」
「は~い」
「わかりました」
「が、頑張ります!」
「すやぁ」
各々が役割を理解し今夜の仕事へと臨む。護衛とは一体、何者なのか未だ姿見えぬ強敵は彼らにどのような障害を齎すのか。




