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リーディア  作者: シュタイン
第一章 復讐者は踊り狂う
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第四話 先行者たち

 静岡県、とある山中。

 そこは一見すると目立った特徴のない山で強いて言えば、熊の目撃例が少しばかり多い程度のごく普通の山である。その中には周囲からは決して目立たないどこにでもあるような山小屋が二軒並んで建っていた。

 都心のような華やかなさも騒がしさもここにはないが、木々を吹き抜ける風は涼しく心落ち着かせる緑が山を満たしていた。少し山を下れば、摩天楼に遮られることなく星は地上を照らしそれを眺めている間は時間さえ忘れられるようだった。

 今宵、現代では少なくなりつつある美しい自然の世界の一角は鮮血の雨に濡れることになる。けれど、その雨はどこか美しさを纏っているようだ、と後に誰かは語る。紅玉の女神を添えて。



───────────────────────────────────────────────


「あら。叶未ちゃん達、もうすぐ到着みたいね」

 木造の小屋の中でティーカップにアンティーク風のポットで紅茶を注ぎながら蒼髪の女は同室の女性に話しかける。糸目と優雅な仕草、おっとりとした雰囲気は彼女の周囲を高貴な空間へと変貌させている。

 注がれた紅茶の茶葉も値段の張る物で、湯気に至るまで輝いて見える、と彼女の同僚達は語る。

 目の前に明らかに高そうなティーカップに注がれた紅茶を差し出された、つなぎ服に麦わら帽子を首に掛けた黒髪のショートカットで、農家姿の女性は木製の丸テーブルを共に囲みながら萎縮していた。

(うぅ。飲まないのは失礼だけど、こんな高そうなの持てないし味とかわかんないよぉ)

 内心涙目になりながら農家風の田返美穂(たかえみほ)は震えながらカップに手を伸ばす。どうにか落とさないよう両手で持ち紅茶に口を付ける。

「どう?美味しいかしら?」

「はいぃ…」

(これが都会の味!お湯との違いがわからない!おばあちゃんの淹れてくれたお茶なら味がわかるけどなぁ)

 顔面蒼白になりながらカップを置いて田舎の祖母を思い出し、遠い目をする美穂。丸テーブルの隣で美穂に向けて微笑んで座る相手に、本音を言うことなど出来ずとりあえずぎこちなく笑みを返しつつ話題を戻す。

「か、叶未ちゃん達が到着したらこれからの動きはどうなるんですかね」

 美穂が尋ねた相手はお手本のような優美さを持った動きで紅茶を味わい、その様子は魅了の異線(レイル)ではないかと疑わせるほどである。


 蒼髪の女、八須葉音(はちすはの)は紅茶を飲みながら、美穂からの羨望の眼差しを受けつつ彼女の疑問に答える。


「そうね。まず私たちは出番はないかしらね」

「えっ!そうなんですか?」

 仕事がないと言われて美穂は驚きを浮かべてカップを倒しそうになりながら、慌ててカップを支える。

 中身の紅茶が僅かに(こぼ)れたが容器に傷が付いていないことを確認してホッと安心した美穂は、葉音からハンカチを受け取り机を拭き取ると葉音は言葉を続ける。


「出番がない、というのは語弊があるけれど今回は相手の能力が能力だから誰にも見つからずに依頼を達成しなければいけないわ。でも私たちはそれができない。それはここ一週間でよくわかってるわよね?」

「はい。けど索敵能力は斗霧(しなぎり)くんが私たちの中では頭一つ抜けていますし叶未(かなみ)ちゃんなら私と違って穴も掘れるので可能かと。というか、できるだけ見つからずというならまだしも絶対に見つからずというのは正直あの二人以外は不可能に近いかと」

 

 力不足を感じたのか話しながら少し俯きだした美穂の手に葉音は手を重ねる。


「できないことを悔やんでも仕方ないわ。今、私たちに出来ることをしましょう」


 美穂は顔を上げ葉音の笑みを見ながら頷く。


「美穂ちゃんの言うとおり、今回のような規模で死角を完全に埋められると絶対に見つからないのは無理があるわ。こういった、組織の頭を潰す場合は監視カメラやセンサー、人間による監視といった要素を突破する必要があるけれど、カメラやセンサーはどうにでもなるし監視に割かれている人員も、無力化すれば問題ないわ。けれど今回はカメラやセンサー以上に操られている教団員が厄介すぎる」

「えっと、視界に入っただけで見つかって逃げられるかもしれなくて更に無力化で教団員の反応が無くなっても気付かれて逃げられるかもしれないのが問題ですよね?」


 葉音は美穂の言ったことが正解だと示すように椅子から少し腰を浮かせ、頭を撫でる。撫でられた側の美穂は少し嬉しそうに口角を上げて、しかし多少気恥ずかしいのか頬を赤くする。


「ええ。だから、私たちの仕事は周辺を囲んで万が一逃げられた場合に備える事ね。ただ、まだこちらでは確認できていないけどエネルギー反応の高い護衛がついているとのことだし、教祖が臆病な性格なのは観察しててよくわかってるから、彼らが足止めを受けたら私たちが逃亡するであろう教祖を始末しなければいけないわ」

「要するに、柔軟に、ですね!」

「ふふ、よしよし」


 葉音はまだ頭を撫でる手を止めずに、笑みを深めている。

 

 美穂が頭を撫でられ心地よさそうにしていると、小屋の扉が三度ほどノックされる。


「葉音さん。買い出しをしてきたよ…。葉音さんから貰ったお金でケーキも買ってきたよ…」

「合言葉を忘れているわよ。猫」

「肉球ぷにぷに…」

「はい、どうぞ」

 

 葉音が扉を開けて迎え入れると二人の男が小屋に入る。一人は長身で痩せぎすの男。もう一人は成人男性の平均身長よりは低く小柄だが視線が鋭くマスクで口元を覆っている。

 長身の方はフレームの四角い、いわゆるスクエア型の眼鏡をかけており少々怪しげな笑顔を浮かべている。しかも何かの病気を疑ってしまうほど顔が青白い。けれどその場に者たちは特にその顔色を気にしている様子はなくそれが彼の普段の様子なのだろう。実際に病弱でもあるらしい。

 小柄の方は眠そうに目を擦っており、マスク越しにもあくびをしているのがわかりやすい。首振り人形のように首が揺れており今にも眠ってしまいそうだ。


「この歳でこんな可愛い合言葉はちょっと恥ずかしいよ…。葉音さん」


 ハッハッハッ、と笑いながら長身痩せぎすの男は買い物袋を小屋の中に持ってくる。

 

「うふふ、意外とこういう合言葉の方がバレにくいものですよ。白阿(はくあ)さん」

 

 白阿、と呼ばれた細身の男は小屋にある冷蔵庫に荷物を入れる。

 白阿拳陽(はくあけんよう)。線の細い見た目に反して一対一(タイマン)においては隊内でも屈指の実力を誇る武闘派で、素手なら副隊長以上の三名を除けば最も強い。


「僕はおじさんだからね…。もう少し無難なものがよかったかな…。山って言ったら川って返すみたいな…」

「それはわかりやすいじゃないですか。一応軍人なのだからそんな使い古されたような合言葉はやめましょうよ」


 葉音は呆れ顔で拳陽に視線を向けながら心の内で、『昔の忍者かしら?』と思いながら荷物を冷蔵庫に入れてくれている()()()()()でもある拳陽に感謝を伝える。

 

 一方の小柄の男は、開いた扉の前で眠気の影響か中に入れずにいる。なぜかマスクをしているのに鼻提灯が見える気がすると美穂は感じていた。


(つむぎ)くん。そんなとこで寝ちゃダメだよ。ほら、中に入って入って」


 美穂は立ち尽くす少年にも見える男、結糸紡(ゆいしつむぎ)の背を押しながら部屋に入れそのままソファに座らせようとする。紡はソファの前に来るとそのまま倒れ込むように横になり眠る。

 ()()が限界まで眠気を溜め込んでいるのは珍しいと思った美穂は、共に買い出しに赴いていた拳陽に対して理由を問う。


「紡くんに何かあったんですか?睡眠はしっかり取るタイプですよね?」


 拳陽は袋の半分ほどを入れ終えて冷蔵庫を閉じる。残りの半分は、この小屋の隣にある男性陣の小屋の荷物である。美穂の方へと向いた拳陽は渋い顔をしながら何があったか語る。


「町へ買い出しに向かったんだけどね、紡君がスリに遭っちゃって…。まぁ、相手もその筋では有名な輩でね…。すぐに紡君は僕に荷物を預けて追いかけたんだけど…」

「まさか、逃げられちゃったんですか?」


 美穂は財布を盗まれてしまったかもしれない紡を心配そうに見やる。


「いやいや、スリは捕まえて警察に突き出していたよ…。ただね…。困ったことにスリが麻酔銃なんかを持っててね…。紡君はその銃口が民間人に向いたのを庇って、腕を打たれたんだよ…。まぁ彼は毒や薬への耐性が強いから仕事が始まるまでには回復するだろう…」


 元々、()()()()()の出身である紡は並大抵の薬でどうこうなるものではないが、だからこそそんな彼が気絶するように眠ってしまったことが、美穂が心配している要因である。

 けれど、今のところ眠っているだけであるため、ひとまずはブランケットを紡の身体に被せる。心配そうな美穂を葉音は手招きしてテーブルへと呼ぶ。拳陽は呼ばれるまでも無くちゃっかりと葉音の対面側に座っている。


「白阿さん。町に教団員はいましたか?」


 葉音は拳陽の分もティーカップを用意して、ポットに紅茶を注ぎながら質問を投げる。

 

「ありがとう…。う~ん、ぱっと見で十人はいたかな…?やっぱり操られている人間は目に精気が宿っていないからわかりやすかったよ…」


 町での様子を思い浮かべながら紅茶を口に含みつつ悲しげに目を伏せる拳陽はカップから口を離した後に溜め息を一つ吐く。

 買い出し中は気配を消しながら周囲をよく観察していたからこそ気づけたことであり、彼は実力と長年の経験を買われて偵察に駆り出されることも珍しくない。

 今回の依頼でも一週間の監視で、できる限り施設周囲に近づき隠し通路がないかどうか、封武を用いてエンジニアと連携した内部の構造の把握を行った。実際、事前に入手した施設の見取り図と比べても中は大幅に手を加えられており彼の動きは作戦への大幅な貢献へと繋がる。

 

「十人も。その方達を早く解放しなければいけませんね」


 美穂の言葉にテーブルに同席していた二人は同意の意を示すように頷く。


「さて…。そろそろ到着かな…。美穂さんは紡君を看ていてあげてくれ…。葉音さん、僕たちは彼らを迎えに行こうか…」

「わかりました」

「はい!」


 美穂は勢いよく返事をする。対照的に葉音は優雅に立ち上がりその場のティーカップやポットを片付ける。


 依頼を達成できるか否かを左右する二人を迎えるために皆が動き始める。


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