第三話 援軍の役割
墓人からの指令を受けた悠江と叶未はそれぞれ、装備等の準備を行う。特に叶未の大鎌や悠江の銃は二人の能力のパフォーマンスを最大限引き出す封武であるため、不備がないかのチェックや手入れが欠かせない。
装備は大きな問題が無い限りは宿舎で手入れすることが多い。これは軍というよりこの部隊の特色で、破損が見られた場合や機能に不備が生じた時にはメンテナンスに出すことになる。
戦場では準備を怠った者と油断した者が早く死ぬ。墓人が部下に対して言い聞かせている言葉であり、戦場で『影雄』と呼ばれるほどの活躍を残した彼の実体験に裏付けられた台詞だ。
簡単そうに思える依頼であろうとも万全の注意を払うことを意識させるのを墓人は徹底している。例え汚れ仕事でも、都合がよかろうとも、部下には無事に帰還して欲しかったから。あるいは、かつての戦場での暗い記憶を思い出してしまうからか。
悠江は銃の手入れを念入りに行いながら、今回の依頼における注意点を頭に浮かべる。
(この依頼の面倒さはやっぱ精神操作か。まず、教団員に見つかるだけでアウト。仮にやむを得ず始末したとしても、見つかった段階で教祖に気付かれる。精神操作は操作対象の感覚や記憶もある程度共有できるッスからね。先の二班が援軍を求めたのはおそらく、施設内の警備網の厚さが一番の要因か。ただ、隊長の言ってた強力な護衛とやらがどこまでの強さなのか。それ次第で行動も変わるッスね)
繊細な封武であるため、慎重に扱いながら汚れを落とす。私生活はともかく仕事に関しては慎重を重ねる性格の悠江は武器について無茶な扱いをせずとも、しっかりと隅々まで確認する。
翠八天教の前教祖は4年前に警察、軍との衝突の末に逮捕され無期懲役を言い渡され牢屋の中にいる。幹部を始めとした主要メンバーも全員同じく捕まったため、少なくとも現在の教祖は4年前の教団の中枢にいた人間ではないということになる。
そもそも4年前の段階で精神操作の異線を持つ人間の存在を知っていれば、警察も軍も逃しはしなかっただろう。
危険性の高い異線を簡単に見逃すほど生ぬるい鍛えられ方はされておらず、微かでも予兆があれば間違いなく捕縛のために動くはずである。
悠江は現教祖が今まで能力を隠すことができていた絡繰りについて頭を巡らせる。
まず、あり得る可能性として彼は親がそもそも申告せずに利用しようとした可能性を考えた。申告しないことはそれだけで罪に問われるがうまく利用して政府高官や強力な異線を持つ人間を操ることができれば大きな利益を手に入れることも可能になる。
その上、隠蔽すら政府に協力者がいれば容易になってしまう。
だが、悠江は直感的にある可能性が頭をよぎった。根拠はなかった。ただ一向にその正体に関して情報が伝えられないことから、考えてしまった。それは…。
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太陽が上昇し続け頂点に達した頃、読んだかどうかも怪しい、というより間違いなく読んでいないようなシュリンク包装に包まれた本や、安物と高級品の入り交じった空の菓子箱が乱雑に床に放置されている。
高級品の箱は貰い物と思しき紙袋も側に置かれている。
その部屋の中で辛うじて清潔さを保っている円形のライムグリーンのカーペットに座り、その容貌に似つかわしくない巨大な鎌を手に持ち、刃を磨く少女の姿があった。
肩口まで切りそろえられた淡い紅色の髪と年齢に対して幼く見える童顔の顔立ちは、彫刻のような美しさを見せながら少女と見間違うものである。もっとも年齢的にも少女としての面影が残っていてもおかしくはないが。
鎌に錆止めを塗り磨く部屋の主、叶未は同じ頃に武器の手入れをしていた斗霧とは全く別のことで頭を悩ませていた。
家の片付けがあまりにも出来ず扉の隙間から異臭が段々と漏れてきて、叶未達の部隊の人間が住む宿舎の管理人から烈火の如く怒られ説教を受けてしまった。改善が見られなければ隊長に直接苦情を言いに行くと言われてしまい、必死で片付けを始めてみたものの10分ほどで根をあげて、仕事に意識を集中もとい、現実逃避してしまった。
しかし、片付けをしなければいけないことには変わりないのでどうにか簡単に家が綺麗になるような封武はないものだろうか、と藁にも縋る思いで頭を捻らせている。鎌の手入れを行いながら眉間に皺を寄せて昔の家電製品のように唸っている。
以前、癒尾瀬が叶未の家の片付けを手伝ってくれたのだが、半月も経たぬうちに元の惨状になり果てて、呆れられたので手伝いを頼むのも叶未は気が引けていた。
機密性の高い部隊であるために家事代行サービスのようなものも呼ぶことが出来ないため、どうにか自力で家事をするしかない。
食事については一応食堂も施設に完備されているので自炊できない隊員も温かい食事を食べることが可能となっている。
コインランドリーの利用も特に問題はないが、やはり部屋の片付けは自力で行うしかない。
(あ~やだなぁ。片付けは面倒くさいけど隊長に怒られるのも嫌だなぁ。なんかこう、うまく誤魔化すか楽できないかなぁ)
典型的な私生活がダメな人間の思考を頭に宿らせながら慣れたように鎌の手入れを終え、小さな手帳ほどのサイズのポーチを側に置いてそれを一度叩くと次の瞬間には鎌はその場で小さくなり、そのままポーチの中に収納されてしまった。鎌はポーチの中でキーホルダーのようなサイズで収まっている。
叶未はその光景に特に驚きを浮かべることなく日常の習慣のようにそのポーチをクローゼットに仕舞う。普段は腰の部分にベルトを着けポーチを装着しているため、ポーチも衣服と一緒にクローゼットに分かりやすいように収納しておくのが彼女のルーティンとなっている。
主武装の鎌を手入れし終えて、その後はいくつかの補助アイテムやサブウェポンを丁寧に確認しながら手入れと準備を行う。基本的に叶未は鎌のみで戦うが、万が一にも撤退に追い込まれた場合に備えてその他の武装も準備を怠らない。
彼女の異線自体、少し変わった条件下において発動することから補助アイテムも必需品となっている。
(それにしても…)
叶未は鎌以外の装備を点検しながら部屋の掃除から思考を離れ、ようやく仕事に対して思考を向ける。
(精神操作なんて今までの依頼にはなかったなぁ。規制の厳しさ半端ないから下手な悪用なんてすぐに取り締まられるもん。法整備された当初は悪用も頻繁にあったと聞いたことがあったけど、軍の力で何度も制圧されてからはそんなケース激減したらしいし、隊長もあの後、こんなことは久しぶりだって言ってたし。それになぜ信者の家族まで操らなかったのか。思考誘導がうまくいかなかったのか。なにより、ここまで大規模になるまで露見しなかったのも不自然すぎる。まぁここら辺はトム君(斗霧)が考えてくれるか。私はいつも通りに仕事をこなせばいい)
直感的に感じた疑問をどうにか言語化するも慣れないことをしたと言わんばかりに頭をマッサージして、寝転ぶ。自分の仕事は頭脳労働ではなく前衛だと言い聞かせながら、依頼のため移動を開始する時刻になるまでの少しの時間、カーペット同様にどうにか清潔さを保つベッドの上で横になりながら瞼を閉じる。
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正午を超え、おやつを食べるような時刻になった頃に叶未と悠江は新幹線の車内で隣り合って座っていた。
国軍の総本部や叶未達の部隊の拠点は東京に存在するが翠八天教の本部は静岡にあるのだという。東京では教団員を増やすために誘拐を行っていたことを、エンジニアが突き止めていたと影守から新幹線に乗り込む直前に伝え忘れていたとばかりに連絡が悠江に入った。
誘拐の方は墓人が国軍の知己に頼んで対処をすると続けて伝えられ、二人は当初の予定を変えず援軍として静岡に乗り込むことになった。
「叶未さん」
「ん?」
「今から静音の封武を使って依頼の要点の確認とか委細話し合いたいんスけど」
「バリッボリッ…どうぞ」
叶未は新幹線に乗る前に買っておいた大量のお菓子を食べながら話の続きを促す。ちなみに食べているのはチョコやポテトチップスである。
「食べる手ぇ止めてくれませんかね!?聞いてるか怪しいんスけど!?つか、乗ってからずっと食べてますよね!」
「モグモグ、聞いてるよ。大丈夫大丈夫。そんなに怒ったら血管切れるよ?」
「誰のせいで…。まぁいいです」
日頃の仕事上での態度でもう慣れたのか、お菓子を食べる手を止める事を諦めた悠江は今回の依頼における重要な点を確認していく。
「まず、今回の最優先目標は教団の教祖です。と言っても先遣隊はその厄介な精神操作の異線で確実の仕留めることができてないみたいっスけどね」
「モグ、下手にバレたら逃亡される恐れがあるもんね。視覚を共有できてるならなおさら。でも私たちなら特別な異線の結界でもなければ警備を掻い潜って教祖まで近づけるよね」
「そうッスね。俺らの役割は単純な援軍ではなく、敵を屠る鉞としての役割が求められますね。先の二班も多分同じように考えているはずッス。先遣隊には万が一に備えて俺らが行くルートとは違うルートを警戒、場合によっては攻め込んでもらうことになりそうッス」
叶未は袋一杯にあった菓子をいつのまにか食べきっており、隣の悠江は若干引いている。
「先の二班ができる限り内部の構造を把握してたみたいで逃亡ルートは二つまで絞れたんスけど…。まぁ建物は俺が能力で警戒しとくんで、臨機応変に通信しながら動いてもらいましょう」
悠江はキューブ型の静音の封武を新幹線のテーブルの端に寄せ、弁当を広げる。
「トム君の能力なら確かに可能か。ほんと、便利な能力してるよね」
「斗霧です。叶未さんの方が便利だと思いますけどね」
悠江は依頼が始まればゆっくりと食事をする機会が無いため、駅で買った弁当を頬張る。中のシューマイが湯気を立てて悠江を見ていた。
叶未は自身も牛タン弁当を買っており紐を引っ張り温かくしてから口に放り込む。
これから一人の人間を始末するとは思えない緩やかな時間であった。




