第二話 面倒な依頼
黒いコートを身に纏いその下にはシャツにネクタイを着けた一見すると社会人に見えなくもない灰髪の男が、その部屋の一番奥のデスクまで歩いて行く。
服装の反面、靴は革靴ではなく黒をベースに白の線が左右に入ったラフなスニーカーを履いていた。
目は穏やかな気配を持ちつつも一見隙だらけに見えてその実、一縷の隙もない所作は彼をただの一般人ではないと理解させる。整った顔立ちと皺がほとんど見られない肌は身長を除けば彼の若い頃となんら遜色はない。
180cmほどの身長と主張しすぎないほどの筋肉は先述の顔立ちと合わせてモデルではないかと誤解させる。
優しげな笑みのまま一番奥の比較的大きいデスクに辿り着きワーキングチェアを引いて座る。デスクは窓を背後にし全体を見渡せる配置のようだ。
「あら、隊長おはようございます。タイミングがよろしいですね」
緑髪の白衣の麗人、癒尾瀬はデスクから立ち上がり隊長と呼ばれた男のもとへ近づく。少しばかり皮肉気な言い回しで話しかけつつ、挨拶はしっかりとしている。
特に畏まった様子は見せておらず、他の面々も約一名を除いて態度が堅くなっていないためこれがここの通常時なのだろう。
叶未に至っては子犬を思わせるかのような懐いた姿を晒しており、それも指摘する人間はいない。
「隊長!おはようございます!コーヒー淹れましょうか?」
「いやぁ叶未さんが淹れたら機械で淹れてるのになぜかドブみたいな味になるじゃないッスか・・・グフッ」
ようやく真っ白な状態から戻ってきたというのに失言を繰り返して拳を受け、沈黙してしまう斗霧であった。
「ハハッ二人とも昨日依頼を終えたばかりで元気だね。若さの証拠かな?ねえ癒尾瀬くん?」
斗霧が沈んだところを見て口を開いた隊長の影守。明らかに見た目は10代後半から高くても20代ほどといった男がそんなことを口走るので、内情を知らない人間が見たら頭に疑問符が浮かぶことだろう。
「隊長?私はまだ30代にはなっていませんよ?その口、縫合糸で縫い合わせましょうか?それと今は30代でも若い方ですからね?江戸時代じゃないんだから」
目の前の若作り隊長に向かって、自分の右頬に掌を当てながらにっこりと笑みを浮かべ語り掛ける。笑っているのになぜだか寒気のする圧を感じて影守は年下であるはずの癒尾瀬から目を逸らしてしまう。
影守に懐いている叶未も口を挟むことが許されない気がして斗霧を攻撃した時ほどの元気は鳴りを潜め、押し黙っている。
メロウは他人事のように自身が出勤前に買っておいたサンドイッチを食べる。先ほどは書類を渡したものの業務はまだ始まっていない。目についたから忘れないように渡しただけで一応は業務時間前にあたる。
とはいえ、業務内容的に時間は大して意味を為さないので割と全員仕事がなければ自由にしている。特に彼女はマイペースな性格なので隊長が自業自得で圧を掛けられてようが遠慮なく朝食を楽しむ。
なお、斗霧はその場の空気に関係なく倒れ、沈黙してしまっている。こちらも自業自得だが。
そろそろいいか、と癒尾瀬が圧をかけるのをやめ話の続きを促す。
「それで?そろそろ依頼内容について話したらどうです?」
「あ、ああ。ゴホンッ。では二人とも本題に入るよ」
叶未は声をかけられ、斗霧を無理矢理起こす。ツボを押して起こす様は随分と手慣れている様子であった。
「ハッ!俺は一体・・・」
「おはよう、斗霧くん。依頼内容について話すからよく聞いてくれ」
「あっはい」
「今回の依頼内容は翠八天教教祖への復讐を実行することだ。奴らは軍と警察の合同作戦により一度は制圧されたが、密かに再び勢力が増大してきている。結果として食い物にされる人間も増え、教祖への復讐依頼については複数寄せられた。そして、教団規模と不確定ではあるが強力な異線を持つ人間が護衛に付いているという話を考慮し、我々も二班派遣した。それが先週の話だ」
「でも、まだ帰ってきてないですよね?」
「ああ。叶未くんの言うとおりだ。翠八天教はかつて軍と警察に制圧された。規模こそ脅威ではあったが、個人で強力な人間はいなかった。ゆえに今回の二班派遣も過剰戦力だと思っていた。しかし、予想に反して昨日、彼らから援軍要請が届いた。あくまで依頼は教祖個人を狙うものであったにも拘わらず、だ」
「そもそも、教団に食い物にされたのにターゲットは教祖だけ何スね?」
斗霧の疑問は影守も叶未も同じように抱いていた。犯罪組織や半グレ集団から被害を受け依頼をする依頼人はそれなりにいる。しかし、復讐対象は基本的に組織単位で依頼される。末端も、頭も全て。
そのため、頭のみを狙うというのは珍しい依頼と言えた。組織団体の犯罪にはリーダー以外にも利益を啜る人間や直接犯罪を担う人間が存在する。結果として、調査段階で組織の犯行と判明したなら皆、組織ごと復讐してくれと懇願する。
依頼者は複数に及ぶと影守は発言したが、全員が調査結果を聞いて教祖を狙ってくれと言ったならそれは彼らの経験上不自然な話だと感じるのは自然なことだった。また、教団施設に籠もっているだろう教祖という個人のみを狙うのも依頼の難易度を上げていた。
「調査した結果、教祖以外にも関与している人間は確認できた。だから私もこの依頼に疑問を抱いたが、どうやら西洋の紳士が絡んでいるようでね…。」
「うげぇ…。あのめんどくさそうなやつが?」
「叶未さん、マジで嫌いなんスね」
「見てるだけでイライラする」
「ハハッ。まあ、彼から情報提供があったらしくてね。どうやら教祖は精神操作系統の異線を使って思考誘導しているみたいでね」
「!!精神操作って禁忌指定報告対象の異線じゃないッスか。激ヤバ案件の依頼なわけッスか」
斗霧は予想以上に面倒な依頼に両手で顔を覆う。癒尾瀬は斗霧の肩を叩きながら、ドンマイと励ます。
精神操作系統の異線は戦争期に大きな問題を引き起こしたために、多くの国ではその能力が発現した段階で国への報告義務が発生する。能力の発現自体は物心が付くまえに起こるため、基本的には親が報告を行う。だが、何事も例外は存在する。
「どうやら、教祖は異線の発現自体が極めて遅かったらしくてね。特殊な例だがない話じゃない。問題はその時点で報告を行わなかったことだ。その所為で教団の内情を正確に知ることが難航してしまった。まったく、こういうことを防ぐために法律で報告義務を明記しているというのにね」
影守は溜め息をつきながら、目を伏せる。禁忌指定報告対象に該当する異線は報告を怠った段階で厳罰に処される。精神操作は精神の強靱な者や対策している者以外には異線敷く者にも有効であるために危険性は他の能力を上回る。
報告後は国から一定の能力の使用制限を課せられるが、条件下であれば使用は認められる。過度な制限で北米では人権問題に発展したことも関係しているが。
「この依頼の難しさは教祖だけを狙うこと以上に、教祖本人の異線の危険度の高さってことッスね」
精神操作で操られている人間から得る情報は操る本人に共有される。過去の事例でも多く見られた特性であり、今回もそうであると考え動くべきであることは斗霧も叶未も承知していた。そして、確実に教団員を施設警備に用いているであろう事も。
「教祖の精神操作は思考誘導と言い換えても良い。術中にかけるには手間がかかるが、それ以降は思考を好きに誘導できる。弱っている人間ほどかかりやすいといった力かな」
「嵌まれば強いって能力ッスか。そういう異線ほど厄介というかなんというか」
「条件型は条件が難しいほど面倒だからねぇ。ただでさえヤバい精神操作系が条件付与されてるってのは、教祖を殺した後も所属してる人は後遺症が残るかもねぇ」
依頼達成後も教団員に問題が残る可能性を叶未が指摘すると、癒尾瀬は沈痛な面持ちで目を伏せる。医師として思うところがあるのだろう。まだ少し残る温くなったコーヒーを飲み干す。
影守が机の上に掌を出すと何もなかったはずの手の上に、二つのアクセサリーが出現する。小さな宝石が中央に鎮座するブレスレットだ。深い青色の宝石は見つめていると、深海を覗き込んでいるような錯覚に陥るほどに美しい。
「隊長、これは?」
机の前で立って話を聞いていた自分たちの前に突然、ブレスレットを一つずつ置いた影守に斗霧は訪ねる。
「君たちなら問題ないだろうけど、万が一に備えて精神操作を防ぐための封武だよ。先に行った二班にも渡してある。持って行きなさい」
封武とは特殊な加工技術で異線を封じ込めた武器の総称で、異線の長所を伸ばす物や弱点を補う物など様々である。
「精神防御の封武って、貴重な物でしょ?よく揃えられたね」
叶未は純粋な疑問を影守にぶつける。精神防御ができる封武は流通量が少なく、高額で取引される。精神操作系の異線敷く者は数が少ないため需要が少ないと誤解されることもあるが、軍部以上に医療現場で重宝される。複雑化した社会ではなおさら。
そのため、手に入れるのは金額以上に難しいはずだが・・・。
「第一軍の知り合いから快く貸して貰えたよ」
影守は意味深に微笑みながら、問題なかったことを強調するように念押しする。
その場にいる人間は、これ以上聞かない方がいいな、と視線を逸らしながら後で入るだろう苦情の対応に思いを馳せる。
実力は最強でも少々強引過ぎる部分のが影守の欠点なんだよなぁ、と癒尾瀬は額に手を当てながら呆れた表情を浮かべる。基本、影守肯定派の叶未もたまに影守への苦情対応を担うことがあり、苦笑が溢れる。
「では、気を取り直して」
影守は居住まいを正し、机を挟んだ二人に顔を向けると斗霧、叶未は共に背筋を伸ばす。
「斗霧 八雲、来宮 叶未。両名に翠八天教教祖への復讐依頼の援軍を命じる。先行した二班と協力して当たって欲しい」
「「了解!!」」




