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リーディア  作者: シュタイン
第一章 復讐者は踊り狂う
1/3

プロローグ

 煌々と輝く灯りを携えたコンクリートの塊は夜の支配者であった闇さえも食らい尽くし、人類の生存圏からはそのほとんどが排除された。バベルの塔を積み上げた人間たちの傲慢さなど遥かに凌駕する街並みを人々は何の違和感も抱かず歩き続ける。

 忙しなく早足で帰宅する者、友人と広く歩道を占領し声を上げ騒ぐ者、道の端で汚れを纏いながら項垂れあるいは冷たい石畳の上で眠るもの。

 文明は大きく発展し歴史に見る飢餓や貧困に喘ぐ者は大幅に減少した。しかしながら皆生きることに必死で余裕が無いものがほとんどであることはなんら変わることはなかった。

 むしろ、技術が発展したからこその苦しみも心や体を蝕む獣も巣食っているといえるかもしれない。

 街そのものが眠ることがなく、歴史上最大の発明家の生み出した産物は確かに人の営みに多大な寄与をしたかもしれない。生活から闇を取り払いその心にさえ光を灯したことだろう。

 一方で、その光は人から心の余裕を奪ったことも事実であるだろう。彼の発明から幾星霜と経った後、もはや彼とはほとんど関わりの薄い頃に電子機器が生まれ、さらにそれらは悪用されることも現代では少なくない。

 偉人の偉業の否定ではなく、使う人間の浅はかさこそ疎まれるべきだろう。

 発展に遅れたものは時代の流れに取り残され、淘汰を余儀なくされる。長い年月が確実に証明してきた純然たる結果に他ならない。

 大戦時、ここ日本は異線(レイル)と呼称されるようになった人類間で共通しない能力、いわゆる異能力の力を他国よりも強く示した。結果的に国は凄まじいほどの飛躍を成し遂げ「国軍」は権力を誇示することとなった。

 戦勝によって国際社会の中で確固たる地位を築き上げ、大国にも負けぬ力を見せつけることとなった。

 だが、代償は存在した。技術の発達は反作用として社会に牙を剥く。

 異線(レイル)と技術の双方を悪用した巧妙な犯罪は加速度的に増加し、多くの人間が裁かれぬ罪人に恨みと悔しさを募らせるしかなかった。声が枯れるまで涙とともに絶叫した者も数知れず、しかして警察も国も現行の法律では裁くのが困難な犯罪に対して対応が何手も遅れることとなる。

 当然、政府や内閣への不満や不信感はそれだけ高まる。国会には連日プラカードを持つ人々や周囲の目などお構いなしといった様子で声を張り上げ政治家への批判を口にする人もいた。

 マスメディアが取材をすれば不安を口にする人間はいないことを探すほうが難しかった。

 激流に呑まれるかのように内閣支持率も低迷し続けたが、ある時期から徐々に支持率は安定しだすようになった。

 犯罪率の低下に国が努めたことは勿論ある。軍との連携、警察各署への警備の強化はより強く行われた。だが、それだけではなかった。

 刑から逃れた犯罪者たちが次々と殺害されていったのだ。

 不可解とはいえ裁かれることができないはずの犯罪者が消えていった。

 そこに便乗するかのような政府の救済措置は徐々に批判の声を抑えていき、マイナスともいえるほどになっていた支持率が持ち直した。

 低下の原因が減少したことで持ち直すのは難しくなかったようだ。

 一体何がそこに貢献したのか、果たして善か悪か。




「ハァ、ハァ」


 息を切らせながら人の往来が激しい通りを男は走り抜ける。障害となっている人間たちをかき分け何かから逃げるように必死の形相で前へ前へと進む。

 年齢のほどは40代といったところか、夏ゆえにTシャツと短パンを着用しており小太りと表現できる少しばかり豊かな腹をしていた。


「どけ!邪魔するな!」

「キャッ!」

「おい!」


 乱暴に人々の間を進んでいるためか、押された者から怪訝な表情を向けられたり怒号を飛ばされる。

 だが、彼の耳にそんなものは欠片も届いていない。一刻も早く逃げなければ、見つからない場所に隠れなければ、そんな強迫観念のままに走り続ける。

 何度か道を曲がりながら走ったころ、少しでも身を隠すために路地裏へと入り込む。

 ここなら隠れられるだろう。そう思いながら息を整えつつゆっくりと歩き出す。

 追われている理由はわからない。いや、心当たりはあっても()()はないだろう、と胸の内で独り言ちる。

 バレる筈がない、事実今までバレなかったのだ。問題ないはずだと背中に嫌な汗を滲ませながら光の当たらない路地で脚を前方へ出し続ける。 


「見ぃつけた」


 突如、背後から弾むようなけれど狂気をも見出すことができるそんな声が大通りから隔絶された世界に響く。

 男は反射的に背後を見やり、恐怖を含んだ声を漏らす。


「ひっ」


 男はその姿に見覚えがあった。声を聴いた段階で相手が誰であるかすでに予感はあった。

 つい先ほど、逃げ始める直前に見た顔だ。

 もっと言えば襲い掛かってきた当の本人である。

 その顔は均整が取れており美少女という言葉が相応しい容姿をしていた。背はそれほど高くないが纏う雰囲気が大きさを誤認させるほどの闘気のような何かを纏っていた。

 襲ってきた時に肩に担いでいたはずの大鎌は所持していないようではあったが、狩人のような眼はそのままでそれだけで男には十分な逃げる理由であった。

 呼吸を整えたばかりであるのに再び全力で走り出す。

 殺される

 本能が警鐘を最大限に鳴らす。逃げる過程で何度も異線(レイル)を使い身を隠してもなぜか確実にこちらを追跡してきた。それでも使えば時間は稼げると信じて異線(レイル)を駆使しつつ走る。

 一本道で意味はないということを忘れて。


「いやいや、ここじゃあんま意味ないでしょ」


 もう一つ、逃走の最中に男の右側から青年の声が現れ同時に激しい衝撃音が響き渡る。

 音がした直後、男はその場で訳も分からず倒れ伏した。

 足をよく見ると右太ももから血が流れ、そして灼けるような痛みが襲う。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 今まで味わったことのない痛みにその場で絶命寸前の虫のように悶えまわる。

 腹の底からの絶叫は痛みの大きさを物語っていた。

 鉄の匂い漂う赤い液体が流れ続ける様子を視認していないかの如く青年とゆっくりと歩いて倒れている男に追いついた少女は語り掛ける。

 少女は顔に笑みを浮かべながら男の側でしゃがみ込み喋り出す。


「いい加減諦めなよ〜」


 片や青年はつまらなそうな顔色で声を出す。

「時間はいっぱいあったんだし、そろそろ年貢の納め時ってやつなんじゃないッスかね」

 銃を持つ右手を下げたまま上着のポケットから青年はスマホを取り出す。


「ふざけんな!お前ら一体なんの恨みがあってこんなことを!」


 痛みがまだ続くものの理由がわからずこんな目に遭っている事実に怒りが湧いてきたのか倒れながらも男はその場の2人を責めるようにして声を張り上げる。

 日常会話でもするみたいに少女は話す。

「私たちがってわけじゃないよ。私たちはあくまで依頼を受けただけ。でもちゃんと恨みは背負ってるからね」 


 恨み、その単語を聞いた男は狙われた理由に納得がいった。並行してなぜ自分だと暴かれたのか疑問も浮かんだ。

「なぜって顔してるみたいッスけど単純にそっち専門の人間がウチにいるってだけッスよ」


 スマホを指でなぞりながら青年は軽く男に視線を向けて疑問を解く。


「有り得ねえだろ!だって俺の異線(レイル)は・・・」

「風景同化。有り体に言えば透明化みたいなもんッスね。まあ厳密には違う上に練度も低いから解析には苦労しなかったっぽいですけど」 


 有り得ないという反論に淡々と相手の能力とその未熟さを指摘する青年。 


「トムくん。もうわかってるみたいだけど、念のため罪状読み上げちゃって〜」

斗霧(しなぎり)ッス、叶未(かなみ)さん」

「トムくんの方が可愛げあるじゃない」

「要りませんって」


 2人は日常会話にしか見えないやり取りを怪我人を前に行う。

 それも自分たちが追っていた人間の前でだ。

 明らかに異常なそれを男はただ見ているしかなかった。


「コホンッ。じゃあ改めて罪状を言いますね」


 スマホの画面に視線を戻しそこに書かれていることを読み上げていく。 


「えーと、6年前とある女子高生が家に帰る途中で頭をコンクリートで殴られ殺害された事件。殺害場所には防犯カメラなどはなく、また犯人を目撃した人間もいなかった。事件の概要はこんな感じッスね。んでウチに依頼が来て調べたら犯人があんただと判明したんで追いかけたわけです」


 スマホを上着の内ポケットに片付け、侮蔑する視線に切り替え青年は男を睨めつける。

 対照的に少女は笑みを消すことはない


「あんなクソガキ、死んで当然だろうが!俺を見て笑いやがったんだぞ!」

「なんで分かるの?」


 少女は立ち上がり男に背を向けて少し歩き振り返って問う。

「なんでって、それは・・・」


 聞かれた問いに明確な答えを持ち合わせていない男は言葉に詰まる。

「要するに、なんかムカついたからやったんでしょ?つまんない理由だよね。過去の素行も調べたけど他責思考が激しくて仕事をクビになったんだね。可哀想に。それを治さないまま生きてきたんだね」


 明らかに馬鹿にされているというのに男は一言も反論が出なかった。少女が微笑んだまま殺意を向けている事実に竦んでしまったからだ。


「叶未さん、もう済ませましょうよ」

「そうだね〜」

 男はハッと我に返り交渉を試みる。

「ま、待て!金か?金だな。依頼料より高い金を払ってやる!だから・・・」

「別に金だけでやってるわけじゃないんだよね〜。だから、死のっか?」 


 目の前に少女が手をかざすと、いつのまにか大鎌が握られておりそれを勢いよく振り上げる。

 罪人へ終わりを告げる。

「あなたは罪を犯した。あなたは反省をしなかった。あなたは時間があったのに償いをしなかった。そして、遺族を笑いものにして時を過ごした。ゆえに、ここに断罪を伝える」


 遺族をネットで誹謗中傷したことまで知られていたのか。自分のやった罪は本当に全て暴かれているのだと理解して男は呆然とした表情のまま、迫り来る鎌を見つめ続ける。

「さようなら」 


 清算の刃が罪人の黒い命の炎を刈り取る。



 仕事を終え、帰路につく2人。

 少女は恍惚とした表情で歩みを進める。


「毎回仕事終わりに悦に浸る顔やめてくださいよ」

「なんでよ。今は多様性の時代よ?」

「嗜好を否定してるんじゃなくて反応に困るんすよ。影守(かげもり)隊長ならいい反応してくれるんでそっちでやってくださいよ」


 一般の人間が見たら異常とも思えることも彼らからすれば日常に組み込まれた業務でしかない。当たり前のように雑談を交わす。

「じゃあ、そうする〜。さて仕事終わったしアイスでも食べて帰ろうよ」

「俺、今月キツイんで奢ってください」

「なんで毎月苦しそうなのさ」

「そりゃ競馬で擦ってるんで」

「ほどほどにしときなよ〜」

「・・・了解ッス」

「絶対自制する気ない間じゃん」


 隣で歩く男に少女は呆れ顔を浮かべる。

 彼らは復讐を行う者。

 復讐を請け負い、恨みを晴らす者。

 その行いに正義などなくともこの国を少しでもよくすると信じて戦い続ける。

 ()()()()()()()()()組織であるが、国とそして民衆のために罪人を喰らい尽くす。

 願わくば、誰かのために汚れることを選んだ彼らに少しでも幸福があらんことを。






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