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偽者勇者の私  作者: 天羽
第一章 私と魔法使い
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幕間 魔人の回想

 戦略は完璧だった筈だ。

 なのになぜ、今目の前には同胞の死体が転がっている?

 ヘラノ王国を滅ぼすため、四人の同胞と共に多くの魔物を引き連れてきた筈だ。

 俺を含め魔人は五人、魔物も寄せ集めとは言え三万はくだらない数はいた筈だった。

 対して人間共は数こそ五万とこちらよりも多いが、人間との身体能力の差や我々魔人の存在を考えれば圧勝の予定だった。

 俺は下位の魔人だが、仲間の一人には中位の魔人もいる。

 魔人にはランクがあり、下位は人間の兵士五千〜一万程の戦力とされていた。

 中位ともなれば数万の兵士と同等の戦力とされる。

 魔人とはそれだけ別格の存在だったのだ。


 だからこそ、俺は目の前の光景が信じられなかった。

 目の前に立つ人間の女が、仲間の魔人を串刺しにしていた。

 その目は冷たく、次はお前とばかりに睨みつけていた。

 俺は一瞬怯む。そして命乞いをしようと口を開いたのが最後だった。

 貫いた魔人の死体を斬り裂き、そのまま突っ込んでくる。

 反応も出来ずに、魔人は二つに斬り裂かれた。


 魔人は死ぬ前の数瞬で、思考を巡らしていた。

 さっきまでは順調だったのに、何でこんな事になって。

 魔人はそのまま、息絶えるのだった。

 


 ■ ■ ■


 ヘラノ王国との戦争が少し始まる前、魔人たちは小さな天幕で作戦会議をしていた。

 そこに集まっていたのは、五人の魔人。

 その中でも一際大きな力を放った女の魔人がその場を取り仕切っていた。

 彼女は扇を扇ぎながら妖艶な顔を退屈そうにしながら他の魔人の話を聞いていた。


 「あの、俺達いりますかね?」


 魔人たちの中でも小柄な男の魔人がそう言う。

 それは今回の戦争に対する疑問だった。

 数万の魔物に、魔人五人。あまりに過剰戦力だったからだ。

 その言葉に、女の魔族が口を開いた。


 「いるわよ。ヘラノ王国は最近王が変わったみたいでね、有能な王になったそうよ。軍隊も再編成されて、精強になったみたい」

 「だが、俺達四人にあんた一人なんて過剰戦力だろうさ」

 「慢心、油断、それが事故を招くのよ。警戒はどれだけしてもいいの、使える最高の手札を使って潰す。これ以上文句あるなら……」


 女の放つ魔力に、周辺の魔人は一歩後ろに下がった。

 意見していた魔人も、これ以上何か話すことは無かった。


 女の魔人の名はナアマ。

 中位の魔人の中では力が小さい方だが、その策謀で成り上がってきた魔人だ。

 力が弱いと言っても、下位の魔人やそこらの名ばかりの英雄よりかは遥かに強い。

 彼女の脅威となるところは、巧みな擬態と策謀だった。

 複数の都市に潜入し、破壊する。

 合戦ではその指揮で魔物を巧みに扱って人間を打ち破っていた。

 彼女は天幕から他の魔人が出ていくのを待つ。

 一人で彼女は静かに考えを巡らせていた。

 今回の侵攻は自分が魔王軍で出世する為のものだ。

 下位の魔人を使って、国を落とす。

 ヘラノ王国は小国だが、鉄や石炭など鉱物資源がとれ、戦略的にも攻め落とせれれば良い成果だった。

 ただ、懸念として王が変わった事。

 新しく王となった男は中々に優秀なようで、こちらが魔物を集め侵攻を企てているのを察知していた。

 早々に国境守備軍と、中央から軍隊を派遣し、丘の上に布陣していた。

 迎撃体制を完全に整えていて、地の利はあちらにある。

 数万の魔物と自分だけでは負けはしないとも思っていたが、ナアマは万全を期する為に下位の魔人も呼び出した。

 丘の周囲は見晴らしの良い平原で、後ろや横からの奇襲は向かない。

 王都へ迂回して直接向かうにしても、時間もかかるし、バレて結局は戦いとなるだろう。

 どちらにせよ直接戦うしか無いのなら、下位の魔人を呼んで地の利を無視した圧倒的な戦力で蹂躙する。

 それが彼女の策であり、間違った策では無かった。

 もう一つ、彼女は懸念している事がある。

 それは周辺で下位の魔人が二人殺されていた事だった。

 本来はこの戦争で自分含め七人の魔人で攻めるつもりだったのだが、二人の魔人が死んだ。

 調査をしてみたが、後ろから脳天を一突きされたことしか分からない。

 誰がやったかは分からない為、これ以上魔人が削られる前に四人の下位の魔人を集めて固めた。

 誰がやったのかは気になるが、今魔人も魔物も集まっている状況では簡単には攻めて来ないと考える。

 犯人に関してはこれ以上考えても仕方ないし、明日には侵攻だ。

 時間も無いので、一旦頭の中からは抜く事にした。

 幾つかの作戦と、明日の魔物の配置を考えると、その日は眠りにつくのだった。


 ■ ■ ■


 晴れた空。

 その日は空に雲一つない快晴で、雨が降る様子は無かった。

 丘の上には、人間たちがこちらを向いて布陣していた。

 バリケードや魔法使いが貼っている結界に、バリスタなどの兵器が見える。

 用意周到にこちらを待ち構えていた。

 対してこちらは丘の下に魔物を布陣、後方に私を含め四人の魔人と、最前線に一人の魔人を配置している。

 見晴らしの良い丘につき、下手に戦力を分散させず、全軍を正面に集結させた。

 加えて下位の魔人達には前線にいるオーガに変化の魔法で見た目を変えているので、相手は魔人の数を誤認している筈だ。

 一回でも攻撃を受ければ魔法が解けるが、それでも魔人がいないと思わせられるのは重要だった。


 戦いが始まった。

 私は全軍に強化の魔法をかける。

 身体能力が向上した魔物達は、その魔法を合図に一気に攻めていった。

 それに対して人間たちは魔法と矢の雨を降らせる。

 だが魔物達の勢いは止まらない。

 私は初手の物量での遠距離攻撃の対策として、最前列に巨体化の魔法を持つジャイアントゴブリンを並べていた。

 ジャイアントゴブリンは通常時には普通のゴブリンと見分けがつかないが、戦闘時には巨体化の魔法を使って十メートルの巨体になる。

 奴らの体を盾として矢と魔法を防ぎ、前線を押し進めた。

 ジャイアントゴブリン達は敵の直ぐ側まで迫ったところで倒れたが、十分な働きをした。

 後続の魔物たちが屍を積み上げながらも確かに前進していき、人間達の下につく。

 そのまま互いの争いが始まった。

 前線ど何とか魔物を食い止めていた人間側だったが、それはすぐに瓦解する。

 十数人の騎士の首が一瞬で飛んだのだ。

 その場は魔物が死体を踏みながら埋め尽くし、人間たちは押されていく。

 突然の出来事に騎士たちの意識がそちらに向かった。騎士たちはそこにいた男に目を見開く。

 いたのは魔人だった。

 小柄な青年の容姿をしているが、頭からは小さい角が生えている。

 青年は圧倒的な魔力を放っていた。

 騎士たちは魔人の気配に一瞬気圧されるが、持ちこたえた。自分達が突破されれば国が、家族が危ない。そう意思を強く持った彼らは強かった。

 魔人の気配により臆するどころか士気をあげる人間の兵士達。

 騎士から一般兵にかけて全員が一人でも多くの魔物を殺し、道連れにしていた。

 そんな人間たちに苛ついていた小柄な魔族、アラットは次々と騎士や兵士の首をはね飛ばしていく。

 立ち向かってくる人間たちは傷一つ与えられる事無く、首が飛んでいった。

 戦場は地獄とかし、魔物も人間の死体も積み重なっていく。

 だが、いくら魔物を倒そうと魔人を倒せない人間はいずれ負けるのは目に見えていた。

 今のところ魔人には傷が幾つか付いているだけ。そのどれもが致命傷には程遠いものだった。


 魔人も剣を振るいながら暴れまわる。

 アラットの頭にはもう、いかに戦果を上げるかしか無かった。

 こちらが剣を振るうのに対して、目の前の騎士が受け止めようとするが、遅い。

 騎士は両断され、崩れ落ちる。

 もう負けは無い。そう思っていた時だった。

 体が動かなくなった。

 なぜかは分からない。魔法にかけられたかとも思ったが、そんな様子では無い。

 周りも何か驚いたような声がしている。

 突然の出来事でも起きて固まっている様な、魔物にも人間達にもそんな様子が感じられた。

 そして俺は認識した。

 自分の視界が空に向いている事に、そして視界には自分の首を失った体があることに。その隣には自分を斬ったであろう女が立っていた。

 それが、最後に見た光景だった。



 ■ ■ ■


 ナアマは焦っていた。

 いきなり前線の魔物がほぼ殺され、アラットも死んだ。

 魔人の一人が死んだことで焦った彼女は二人の魔人を出したが、それも討伐された。

 魔物は討伐されていき、魔人を殺した存在がここまで迫るのは時間の問題。

 彼女は一瞬で判断する。

 

 「逃げるわよ!」


 残ったもう一人の魔人と共に、魔物を見捨てて逃げ出したのだ。

 これにはもう一人の魔人も驚いたが、殺されるくらいならとそれに同意した。

 殿の魔物達に背を向け、そこにあった森へとかけていく。

 もう一人の魔人とは二手に別れ、どちらかが生きれるようにとした。

 片方は右へ、私は森を左に進んでいく。

 ただ私は一工夫を重ねていた。

 自分の魔力を周辺にいる魔物くらいに偽装したのだ。

 あの下位の魔人は馬鹿だから魔力を隠すこともしないが、私は違う。

 少し走っていると、もう一人の魔人の気配が消えた。恐らく殺されたのだろう、馬鹿なやつだ。

 

 しばらく駆けた後、私は人間の村を見つけた。

 村人の数は多くもなく、少なくもない。

 ただ屈強そうな男や魔法使いなどが多く見られる。

 冒険者が多いのか、そう思ってしばらく隠れながら様子を見るが、脅威となりそうな存在はいなかった。

 子どもたちが遊び、冒険者たちが酒を飲んで騒いでいたり、村の人間が話をしていたり。

 冒険者は数こそ多いが質は普通。魔人に勝てる者はいない。

 襲いかかろう。

 化物に襲われ、戦争で負けた腹いせ、苛立ちが溜まっていた私は森の影から出ようとする。

 人間を殺すために。

 そんな私の前に、一人の男が森の方からやって来た。

 茶髪の痩せた男。どこか倦怠感があるような顔をしている。

 灰色のローブを纏っていて、魔力からも魔法使いであることは分かった。

 見られてしまったが、問題は無い。

 この程度の魔法使いならと思い、魔法を放とうとした。ただ、私の魔法は出ない。

 腕が飛んでいた。右手が消え、地面は大きく斬られている。


 「いやぁぁぁ!!!」

 「うるせぇな。魔人が腕くらいで騒ぐなよ」


 鋭い眼光でこちらを見る男。

 痛みに悶えながらも冷静に考えを巡らした。

 再度この男の魔力を感知したが、魔力総量が上がっている。

 驚くべき事にその魔力は私より多かった。

 正攻法では駄目だと感じた私は、自分の今使える手を全て使う。


 「ね、ねぇ。私、死にたくないの。な、何でもするからさ、見逃してよ」


 私は自分の胸元を見せながら男に話す。

 ピンチに陥った時や、都市を陥落させる時、私はこうやって自分の体を使って籠絡もしてきた。

 この男も私の魅力で虜にしてから殺してやる。

 自身の胸や体の魅力を見せる様にしながら近づいていく。

 

 その思惑が叶うことは、無かった。

 男は炎の魔法を放った。

 それは小さい火の玉。ただナアマはその危険性に気づいて顔を恐怖に染める。

 火の玉がナアマに触れた瞬間、その体は炎の竜巻包まれた。

 力を圧縮した魔法。

 精錬された技術と魔力はその男の力量を示していた。

 ナアマが苦悶の声を上げる中、それが消えるのを待つ。

 断末魔が消え、灰になるまで焼き尽くすと、炎を消した。


 「中位の魔人もこんなものか」


 その男の名は、ツユ・クサール。

 ウィルス村に住む魔法使いだった。

 ツユはナアマの死体に踵を返し、その場から消える。

 村へと何事も無かった様に消えるのだった。

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