プロローグ
この世界には〝魔王〟が存在する。
人類を滅ぼさんとする魔物、その長たる者だ。
この世界には〝勇者〟が存在する。
人類を守護する高潔な英雄、その頂点に立つ者だ。
担い手は常にただ一人。
世界に選ばれた存在のみがなれる。
ただ……何事にも例外はあるものだ。
これは少女の悲哀な物語。
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大陸に人類が生活を確立してから二千年と数百年、人々は平和な日々を過ごしていた。
だがそんな平和な日々は続かず、とある一報が各地に広がる事となる。
〝魔王復活〟
それは一つの王国の壊滅と共に知らされた。
少し前から人々は〝聖神教会〟の大司祭によって魔王の復活は知らされていた。
それ故、多くの冒険者や各地の英雄達が王国に集結していた。
誰もが問題ないと思っていた。
魔王が現れたのも数百年も前の話、どこか空想の話であった。
そんな中での信じ難い一報、人類の精鋭軍が壊滅状態に追い込まれ、敗走したと。
王国からは多くの流民が他国に流れ、その惨状を語った。
それにより人類は認識したのだ、魔王の脅威を、、、、
■■■
魔王が現れてから十一年。
各地で戦線が繰り広げられながら、人類は魔王軍と拮抗した争いを繰り広げていた。
そんな中でとある辺境の村、魔王領からは近いが、戦略的価値も無く、襲われていない村があった。
勿論完璧に無事ではなく、度々その村を魔物が襲う事があったが、それは全て双子の姉妹が討伐していた。
「こっちは終わったよ、お姉ちゃん」
「私も終わったわミファー」
そう言って視線を送る先は、骸の山の上に座る妹。
その笑みは私の心を癒し、村を護るものだ。
「お姉ちゃんも結構強くなってきたね!」
「……いつか絶対ミファーを越えてやるから、まっていなさい!」
「楽しみだね、その時が」
微笑みながらそんな事をミファーは喋る。
少女の名前はミファー・エカル、私の双子の妹で神から選ばれた勇者だ。
少し長い髪を後ろにまとめた姿で、腰には身の丈に丁度いい、短い剣が刺してある。
十一歳とまだまだ子供の私達だが、ミファーは決して侮れる存在じゃない。
天の声に導かれた、人類の希望が彼女だった。
と言っても、まだその事は私にしか伝えてないし、正式には認められていない。
だが、〝一人でも多くを幸せに〟そんな言葉と共に魔物を狩るその姿は、勇者だと私は思う。
いつかは絶対に実力をつけて、双子の勇者として世界を救う。それが私の夢であり、双子の夢。
「ルシ姉!私先に帰るからね〜」
「ええ、私はもう少し特訓をするとお母さんに伝えておいて」
ミファーが去ったのを見ると、私は剣を振るう。妹に並ぶために、才能を磨く。
村から少し離れたこの森は、魔物が定期的に現れ、私やミファーが修行場として選んだ。
ルシエル・エカル、それが私の名だ。
妹と違い黒髪をまとめず、おろした少女。
顔付きも妹と似ているが、実力までは及ばない。ただ、双子として生まれた影響なのか、私の方も才能があった。
生まれついて私は魔法や奇跡が使えた。
魔法や奇跡というのは、人類でも才ある者しか使用する事が出来ない特異な力、それを高度に操るとなれば更に一握りだった。
そんな中で、私は高度とは言わずとも、幼い頃からそこらの騎士程度には力を扱えた。
当時は魔法も扱え、奇跡を使用する私を誰もが勇者だと思っていた。
だが、違った。
本当の勇者は身近にいて、魔人が村を攻めて来た時に、その力を見せつけた。
妹が魔人を殺し、奇跡で村人を助けた時に私は理解した。
〝私は勇者じゃない〟
本物の勇者は本当に強いのだと。
初めは嫉妬した、憎いと思った。
けれど妹の笑顔を見ると、その戦いを見ると、そんな気持ちはいつの間にか消えていた。
「勇者パーティーで勇者を支える、そんな存在になるんだ!!」
そう決心して、私はひたすらに剣を振るい、魔法を放ち、奇跡で周囲を癒す。
今は同年代どころか、ほぼ全ての大人よりも強い。
そのおかげで私はミファーに安心して村の守りを分担していて、魔人すら討伐もした。
魔人は魔物が知能を持ち、人型になった存在だ。
万の軍勢にも勝る力を持つと言われ、人類は英雄と呼ばれる強者でなければ勝てないと言われている。
もし英雄がいない国に現れたのならば、周辺諸国の軍隊が死力を尽くして討伐される。
私は今は、勇者程では無くともそんな魔人程度には強くなっていると思う。
更に高みに、そんな事を想っていると…………
「魔法や奇跡を扱うのを見るに、貴様が勇者か?確かに強いが……その程度か」
そんな声と共に現れた男は、明らかに禍々しいオーラを漂わせていた。
今まで対峙したどの魔物とも違うその雰囲気に私は一瞬臆したが、すぐに気を戻す。
ただ、こんなオーラを放つ魔人や魔物など見たことも無い。
冷や汗をかきながら、足が震えるのを必死に抑えた。
私が剣を構え、奇跡をまとわせるのに対して、男は構えもしない。
まるで私を取るに足りない存在だと言わんばかりだ。
「その角を見るに魔人かしら?」
「力量も理解していないとは、勇者とはここまで弱いものか」
「何ですって……?」
「冥土の土産に名乗っておこう。我は魔王、魔王ゼノア」
言葉と同時、いつの間にか魔王は私の懐にいた。
いつ動いたのかも分からない。
魔法の光が見えた。
咄嗟に魔力を纏わせた剣で防御をするが、間に合わない。
熱と痛みが私の脇腹を襲った。
血が大量に流れ、斬撃の衝撃で骨が砕ける。
何をされたのか、何の魔法を撃たれたのか、全く分からない。
激痛に苛まれながらも、必死にその身を癒しながら、足止めの魔法を放つが全く効いていない。
そのまま距離を潰した魔王が大きく剣を振りかぶり、終わりだと思ったその時、私と魔王の間に少女が入った。
魔王は距離を取り、剣を構える。
その顔はどこか嬉しそうだ。
「余の剣を防ぐとは……何者だ?」
「勇者」
口角を上げ、楽しそうにする男に対し、ミファーは見たことも無いような表情を浮かべていた。
殺気を一切感じないが、その表情は冷たい。
殺気を感じないのが不思議なくらいだったが、すぐに理解した。
魔力が、膨れ上がった。肌を貫くような波動と共に。
初めて見る、ミファーが本気で怒る姿を。
今までは、喧嘩や魔人との戦いで怒ったり、拗ねたりしていただけの妹が。それすら本気では無く、魔人であろうと慈愛の心を持っていた妹が、今初めて誰かを明確に憎んでいる。
そんな妹だったが、嘘かと思うくらい優しい表情で私を見る。
「ルシ姉、大丈夫?」
「う、うん」
「良かった、後ろに隠れててね」
そこから魔王と勇者の戦いが始まった。
剣がぶつかり合う音がそこかしこから響いた。
見えない。時偶鍔迫り合いをしている時は見えるが、二人は私が目に追えない速さで剣撃を繰り広げている。
互いに魔法を放つ。
ミファーの炎が、魔王の放った押し寄せる津波となった水を焼き尽くした。そのまま周辺の木々も焼く。
魔王は何とか回避したようだが、その顔には焦りが見えた。
互いの剣は強い衝撃波を生み出し、周囲を吹き飛ばす。
傷を負った私もミファーが魔法で保護してくれなければ今頃飛んでいた。
気がつけば周囲の地形は変わり、天変地異の後のようだった。
その様子は私など介入の余地も無い程凄まじく、剣を振るえば山が両断され、魔法を放てば森が灰とかしてしまう。
おとぎ話の様な戦いが目の前で繰り広げられている。
互角の攻防、ただそれは魔王にとっては偽りであり、このままでは敗北すると感じていたのだろう。
実際、対魔族の力である奇跡の力を扱う分、ミファーが魔王をおしていた。
刹那、ミファーが魔王の左腕を落とし、苦悶の表情を魔王が浮かべた。
ただそれはすぐに笑みに変わり、ミファーは焦った表情を浮かべて私に向かってくる。
何がなんだか分からない私は困惑した。
そして遅れて気がついた。
切り落とされた魔王の左手が、私に向けて魔法を放とうとしていた。
怪我の影響で思うように動けない私は、死を悟った。
「貴様の姉は道連れだ!!」
「させるか!!!」
落ちた腕から魔王の顔が現れ、私に灼熱を放った。
防ぐすべを持たない私は、ただそれを受け入れる事しか出来なかった筈だった。
閉じた目をあけると、目の前には半身が焼けた妹の姿があった。
魔王はその隙を逃さず、ミファーを刃で貫く。
心臓を狙ったその一撃は、決して癒せない傷を負わせてしまった。
「ごふっ……」
「そのような弱者など見捨てれば良いものを」
魔王はそう吐き捨てると、私へと歩みを進める。
理解が出来なかった。
憧れだった妹、いつか隣に立つと誓った妹が、私を守って果てた。
少しの間、私は倒れる妹の前で放心する。
「嘘、そんなの嘘だ!!」
「滑稽だな!貴様が弱いから勇者は死んだのだ!!」
高笑いをしながら必死に奇跡を唱える私を魔王は嘲笑う。
誰でもいい、妹を、勇者を助けて!!
何度も何度も奇跡の力で妹を癒やすが、回復の兆しが見えない。
「……おねえ、ちゃん?」
「ミファー!?」
「ごめん、ね。勇者なのに……負けちゃった」
「違う!負けてない!!」
「そう、かな…?二人で旅、したかったなぁ……」
そう言い残すと、ミファーは静かにその目を永遠に閉じた。
発狂する私があまりに面白かったのか、魔王は更に高笑いをする。
そうして魔王は、一つ思い付いたかのように頷くと、踵を返した。
立ち去っていく魔王に対して、私は涙を拭って剣を構えた。
「かかってこい!私が、お前を殺してやる!」
「威勢だけは良いものよ。貴様のその姿は余の悦楽としては中々だ。次は仲間を集め、魔王城に来るがよい。その時こそ貴様の絶望と死に顔を楽しむとしよう」
魔王は去り、荒野となったこの地で、私はいつまでも叫び続けるのだった……
その手に包まれたミファーが、冷たいままだった。
■■■
六年後、私は魔王軍と人類の前線にいた。
「滅ぼしてやる」
そう呟き、乱戦の中に入る。
目の前では平原で魔王軍と人類の戦いが行われていた。
戦場に入った私は、一帯の魔物の首を刎ねる。
負傷した人間を癒し、魔法で後方に飛ばすと、魔人や魔物を武器や魔法で狩り尽くした。
しばらくしているうちに、魔人達が撤退を始めた。
どうやらこれ以上の被害は見過ごせないようだ。
私を殺害するのは不可能と判断したのだろう。
魔人は彼我の実力差をよく理解している。
殿となった魔物を切り捨てた時には、既に逃げられていた。
「勇者様!」
「〝ミファー様〟が救済してくださった!!」
兵士達は口々に私を褒め称える。
勇者という言葉が自分には相応しく無いと知りながら、私は彼等に勇者として振る舞った。
私は……〝勇者〟の代わりとならなければいけないのだから。