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87 キリルカ村の沼のほとりで

 シュヴァルツを降りて持参した水をシュヴァルツに飲ませ、クラウドも飲んだ。首筋を叩いてやると、シュヴァルツは草を食みはじめた。

 振り返る。そこには、朽ちた柱の残骸が、かつての面影を残す程度に残っていた。

「これが村の門だったな」

 その先は、土が黒く変色した不毛の土地。

 途中で摘んだ白い野の花を携えて、クラウドは足を踏み出す。


 キリルカ村。クラウドの故郷だ。


 キリルカ村に来たのは、舞踏会の前に聞いたプルロットの報告が気になったことがきっかけだった。

 エステルがいまだ熱心に『記憶の花』を探しているらしいことも気になったが、プルロットが薬師仲間から聞いた『記憶の花』があるかもしれない場所。


――西の森の南側にある村。そこにある大きな沼のほとり。

 それは昔よく遊んだ、キリルカ村の沼のことではないだろうか。


 直感だった。根拠はない。キリルカ村の他にも西の森にはいくつか村が点在している。沼など、どこの村にもあるかもしれない。

 それでも気になった。プルロットの話を聞いたとき、封印していた記憶の風景が鮮明に脳裏に蘇ったのだ。


 けれど、キリルカ村へ行くのは領地経営が完全に軌道に乗って、皆の墓に報告ができるようになってからと決めていた。そうでなくては、皆を見殺しにした自分に墓前へ行く資格などないと思っていた。

 だから迷った。

 しかし。


『竜を倒した後、キリルカ村へ行かれましたか?』

 アベルのあの一言が、背中を押してくれた。


 アベルは、おそらくプルロットから同じ報告を受けていたのだろう。クラウドが竜討伐隊に入った経緯もすべて知っている。

 その上で、アベルはクラウドに言ってくれたのだ。

――行ってみてもいいんじゃないですか。

 あのアベルの何気ない口調は、そう言っているように聞こえた。


 都合のいい解釈かもしれない。領地経営がまだ安定していないことに焦れている自分への言い訳かもしれない。

 それでも、クラウドはやってきた。


 クラウドはかつて村だった黒い地面の中、立ち止まる。

 少し先に見える、教会だった場所。

 そこに築かれた大きな墓を見た瞬間、身体の奥底からさまざまなものが奔流となって溢れ出した。

 それを止めようともせず、クラウドはふらふらと歩き、墓の前に膝をつく。

「院長先生、みんな……すまない。俺は……」

 白い花束を置いたまま、クラウドはしばらく墓前にうずくまっていた。





 どれくらいそうしていただろう。

 クラウドはふと顔を上げた。

 何かに誘われるように立ち上がる。


「……鳥の声だ」

 生命の絶えたこの土地に響く鳥の声は、何かの恩寵のように耳に響く。琴の音色のようなそれは、魔鳥のもの。


 声の方向へ歩くうちに気付いた。


「沼の方角だ」

 かつて村の子どもたちの遊び場だった場所。『記憶の花』があるかもしれない場所。

 進む足に何かを踏む感触がある。草だ。

「この先は死の土地から回復したのか?」

 昔のような青々とした緑茂る風景ではない。けれど、ぽつり、ぽつりと地面を覆う植物が続く。

 その先を見通して、クラウドはハッと目を瞠り、走り出した。

 走るほど風景に緑は増える。木が生えている場所もある。そして――。


「ここだ」


 ひび割れた地面のほんの一点から、水がわずかに湧き出し、小さい流れを作っている。

 その周辺に、青々と茂る植物の群生があった。

 大きな葉。その細長い葉に守られるように咲く、青いような赤いような、光を反射して変化する不思議な色合いの花。

 その周囲に青い魔鳥が群れ集い、葉や花を静かについばんでいる。

 それはとても神秘的で、美しい光景だった。


 クラウドはすぐに踵を返し、来た道を走り出した。





「だいたいなあ、あいつは純粋すぎるんだよ」

 ルイスがソファで天井を見上げて言った。


 クラウドの執務室。ルイスとアベルは一日の仕事を終えると、なんとなくここへ集まるのが習慣になっている。もちろん、クラウドへ必要な報告もあるのだが、当のクラウドはまだ帰らない。


「竜が村を襲ったのはあいつのせいじゃねえし、村人が全滅したのもあいつのせいじゃねえ。だが、あいつは頑なに自分のせいだと思って、今も罪の意識に縛られてるんだ」

「何を怒っているんです、ルイスは」

「怒ってねえよ」

「そうですか」

「しかも潔癖なことに、全部整ってからじゃないとキリルカ村へ墓参りできねえとか思ってる。あいつを激務に走らせてるのは罪の意識だ。それで事が運ぶならいいかもしれねえが、オレはそういうのはイヤだね。何事も前向きにやってこそだろ」

「まあ、そうですね。でも、クラウド様は大丈夫だと思いますよ。罪の意識と向き合える強さもお持ちですし。今頃、何か悟っているかもしれません」

「はあ? なんだそれ、お前なんか知ってんな?」

「いえ、べつに。クラウド様遅いなあ。そろそろ戻ってくると思うんだが――」


 そのとき、執務室の扉が勢いよく開いた。


「ど、どうしたんだよクラウド」

 ルイスが呆気にとられる。

 いつも冷静で着衣の乱れ一つもないクラウドが、汗だくで、髪は乱れ、息が上がっている。


「かなりシュヴァルツをとばしてきましたね、クラウド様」

「アベル! 一緒に図書室へ来てくれ!」

 言うなりクラウドは出ていった。


「おい、クラウド!」

 ルイスとアベルは急いで後を追う。

「なんでまた図書室なんだよ」

 追いついたルイスが言う。

「食堂の間違いじゃねえのか。もうすぐメシの時間だぞ」

「ルイス。すまないがアグネスに、簡単に食べられる物を図書室に運んでほしいと伝えてくれ」

「ええ?! おまえ戻ってきたばっかなのに、まだ仕事すんの?」

 ルイスが呆れて言うと、クラウドの表情がふと穏やかになった。

「仕事じゃない。エステルのためだ」


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