81 招集
ゆっくりと溶かされていくような口づけにエステルは身を任せる。
ふわり、と身体が浮いて気が付くとクラウドに抱き上げられていた。
そのまま部屋を横切り、天蓋の付いた大きなベッドに静かに下ろされる。
(クラウド様……)
初夜はただ怖かった。イザベラの指示が頭にこびりついていたし、クラウドの鋭い視線が身体を凍らせた。
でも今、エステルを見下ろす瞳は限りなく優しく柔らかく、見つめ返すエステルも思わず微笑みがこぼれる。
「いいのか?」
その意味はわかっている。エステルはこくりと頷く。
クラウドの大きな手がエステルの顔を包み、額に、頬に、目元に、クラウドの唇が幾度も優しく触れる。そのまま深い口づけを交わして――。
「失礼します!」
強く扉を叩く音にクラウドの動きがぴたり、と止まる。
「――こんなときに」
舌打ちしそうな小声でクラウドは呟き、ベッドから出て身体を起こした。エステルもあわてて起き上がる。
「どうした!」
クラウドが扉を開けると、怒りに顔を真っ赤にしたアンが立っていた。
「ただいま王城からの遣いが参りまして! エステル様は魔女の疑いがあるから引き渡さなければ屋敷に押し入ると! なんなのですあの人たちは! いくら王様の遣いだからってエステル様に対して失礼にもほどがあります!!」
あまりの剣幕にクラウドは苦笑する。
「そうか、すまなかったなアン。すぐに行く。エステルを頼む」
クラウドが出ていくと、アンが走ってきた。
「エステル様! って、いつの間にお召替えを?!」
仰天するアンにエステルは曖昧に笑む。
「あ、あの、アンの手を煩わせてはいけないと思って」
「そんなこといいんですよ! それよりもあの人たちの無礼な態度に腹が立ちますわ!」
「本当なのよ」
「へ?」
「わたしは、魔女なの」
アンがぽかん、とする。
「黙っていてごめんなさいね」
エステルはうつむく。いつも世話をしてくれるアンにもまだ言っていなかった。
嫌われたらどうしよう。
エステルの不安は、アンの明るい笑い声にかき消された。
「いやだエステル様、存じてますよ!」
「……え?」
「エステル様が魔法使いだってこと、みんな知ってますよ! エマさんが知ってるから、もうガレアの町には知れ渡ってるんじゃないかなあ?」
エステルはきょとん、とする。
「そ、そうなの?」
「ええ。エステル様はすごい魔法で魔物を倒すし、薬草で薬も作るし、すごい魔女だってプルロットが得意げに言ってましたしね。あたしたちはエステル様のような方にお仕えできてラッキーだってみんな言ってますよ」
アンが笑う。エステルは胸が熱くなった。
(トレンメル領の人々を守るって思ってたけど、わたしが守られてるわね……)
そのことを今はもう、後ろめたいと思わない。
ただ心の奥から温かいものが溢れて、それを目の前のアンや皆に手渡して見せたい、と強く願う自分がいる。
「ありがとうアン。わたし、トレンメル領の人たちのためにこれからもずっと、力を尽くすわ」
「いやですよ、もうエステル様は充分尽くしてくださってますからあんまり頑張らないでくださいね。お茶でも淹れましょうか、舞踏会でお疲れでしょう?」
「ありがとう。でも――帰ってからいただくわ」
「帰ってからですか? 今じゃなくて?」
「ええ」
廊下の向こうからクラウドが歩いてくるのが見える。
「エステル、すまない。今から王城へ行くことになった」
「はい。わかりました。御一緒に参ります」
クラウドは気遣わし気にエステルの背に手を回す。
「疲れているだろう。王は油断のならない人物だ」
「大丈夫ですよ、クラウド様」
エステルはクラウドを見上げて微笑んだ。
もう何も怖くない。クラウドと一緒にすべて乗り越えてみせる。
クラウドとエステルは再び王城の門をくぐった。
しかし今度は舞踏会宮殿でも、王城の謁見の間でもなく、王の私室のある宮殿に通された。




