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80 離婚宣言の行方は


「よかった! 予定通り抜け出せたわ!」


 エステルは舞踏会宮殿を抜け出すと馬車へ戻った。


 御者に「緊急な用ができたから一度家まで行っていただけませんか? それから城に引き返してクラウド様をお迎えしてください」とエステルが告げると、エステルに好印象を持っている御者はすぐに馬車を走らせてくれた。



「離婚宣言、成功したわ」

 これでイザベラはクラウドとトレンメル領の人々は守られる。

「それにしてもさすがはクラウド様だわ。イザベラお母様が魔女であることを、わかっていたのね……」

 しかも『シャロン侯爵家の悲劇』の真犯人がイザベラだったとは。

 クラウドがあれだけ周到に準備していたとなると、エステルの思惑はクラウドにお見通しだったのだろう。


「クラウド様はわたしを引き留めようとしてくださった……」

 エステルは泣きたいほどうれしかった。

 クラウドは公衆の面前でエステルを魔女と認め、その上で妻とすることを宣言してくれたのだ。


「でも――やっぱりわたしがいてはクラウド様が社交界で非難されるわ。王からも」


 クラウドが訴えて尚、人々の反応は割れていた。

 魔女は是か非か。

 いずれにせよこの国では、魔女はトラブルの火種になってしまう。

 竜退治の英雄となったクラウドの明るい前途に影を差すことになってしまう。


 何もなくなった左手の薬指が寒々しく感じる。


「大丈夫。手はず通りに国の外へ出てしまえば、何も考えずに済むわ。考えてはダメ。進むのよ」


 王都から出た街道をずっと西へ行けばまだ見知らぬ国々へ辿り着けるのだと、昔こっそり実家の図書室で見た地理誌に書かれていた。



 エステルは御者が城へ引き返したのを見送って素早く屋敷内へ入る。

 鍵を開けておいたバルコニーから入ると、手早く着替えて革鞄を持った。


「さあ出発しましょう。また一からやり直しね!」

 決意をこめて自分に言い聞かせた。


「ちょっと待て!!」


 バルコニーから出ようとしたエステルは、突然開いた部屋の扉にぎょっとした。


「何勝手に決めてんだ! 俺は離婚など認めない!」

「クラウド様?!」


 どうやって追いついたのかクラウドはかなり息が上がっている。


「な、なぜここに」

「それは俺のセリフだ!」

 猛然と近付いてきたクラウドに両肩をつかまれて思わず息を呑む。


「なぜだ! もう問題無いはずだろう! イザベラのことは解決した! 離婚する必要などどこにもない!」

 エステルは首を振った。

「いいえクラウド様。この国ではやはり、魔女はトラブルの火種なのです。今宵のことでわたしはそれがよくわかりました」


 エステルの手がそっとクラウドの手に触れる。その不思議な意志の力に溶かされるように、クラウドの手はエステルを放した。


「クラウド様は最初に言われました。領主の妻としてふるまってほしい。必要とあらば領主の妻としての役割を果たすようにと。今がそのときです。わたしのような者に居場所を与えてくれたトレンメル領の人々やクラウド様のために妻として役に立ちたいのです」

「……本当にそれでいいのか」


 うつむいたクラウドの声にエステルはぎくりとした。


「エステルは本当にそれでいいのか」

「いい、です。それがわたしにできる精いっぱいのことだから」

「すべて偽りだったということか? 領民と親しんでくれたのは? アグネスが作る食事を美味しいと言ったのは? アベルやルイスを良い奴だと言ってくれたのは? ……俺と一緒にいて笑ってくれていたのは、偽りだったのか?」

「そんな! 偽りだなんてそんなことないですっ、ぜったい!!」


 思わずエステルは叫んでいた。心に蓋をしていた想いが溢れ出す。


「わたしはトレンメル領の人たちが大好きです! アグネスさんやグスタフさん、アベル様もルイス様も! クラウド様のことだって……!」

 顔が燃えるように熱いが言葉が止められない。

「だから皆さんを守りたいんです! 魔女であるわたしが皆さんの幸せに影を差すなんて耐えられない!」

「エステルがいなければ意味がないんだ!!」


 その大きな声にエステルは息が止まりそうになる。

 紫色の瞳が、真っすぐにエステルを射貫く。


「魔女であることが問題なら一緒に解決すればいい! 俺は王を敵に回してもエステルを手放したくない! それとも……爵位をなくした俺とは一緒にいられないか?」

「そんなことはっ――」


――わたしは。

 わたしが愛おしいと思うのは『英雄』でも『辺境伯』でもなくて。

 いつも隣でお茶を飲んでくれる優しい瞳。危険から力強く守ってくれる勇敢な心。


 クラウドの手が再びエステルの両肩をしっかりと、けれど優しくつかんだ。


「ならば問題無い。一緒にトレンメル領に帰ろう」

「クラウド様……」

「エステル。ずっと俺のそばにいてほしい。――愛している」


 その言葉を口移すように、クラウドはエステルに口づけた。

 すぐに唇は離れ、しかしそのまま広い胸にきつく抱きしめられる。

 エステルはその逞しい力に身も心も溶かされていくのを感じた。

(わたしは……クラウド様のお気持ちをわかっていなかったのかもしれない)


 一人でがんばらなくてはと、ずっと思ってきた。

 そうしなければ生きていけなかったからだ。


 でも、ここでは。クラウドの隣では。


 誰かと共にあること、誰かと支え合うことが、未来へ向かって生きることになるのだと。

 それがエステルにも許されるのだと。

 クラウドが教えてくれた。

 そしてエステルが最も望んでいた言葉までくれて。


「クラウド様……ごめんなさい。ごめんなさい……」

 切なくてうれしくて申し訳なくて、エステルはクラウドの胸の中で泣きじゃくる。

「何も問題ない。エステルがずっと俺のそばにいてくれるならだが……」

「はい、おそばにいます。ずっと」


 頷いたエステルに優しく微笑み、クラウドはもう一度口づけを落とした。




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