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79 しかるべき裁き


「おまえ……今の話は本当なのか?」

 信じられないという表情でリヴィエール公爵が問う。

「いやですわ旦那様、こんな成り上がり者の言うことを信じますの? デタラメに決まっているじゃないですか」

 イザベラが猫なで声で答えた。

「そ、そうだな、デタラメだろうとも」


 リヴィエール公爵はイザベラの言いなりだ。

 目の前に実の娘がいるのに、エステルのことなどいないものかのようにふるまっている。


(媚薬を飲まされているのかもしれない)

 テンプルトンによれば、当時シャロン侯爵も媚薬を飲まされていたらしく、愛妾以外の家人を寄せ付けなくなり、あの大火事の元となった騒動が起こったのだという。


(くっ……放したくないが仕方ない)

 クラウドは一瞬迷ってエステルの手を離し、リヴィエール公爵に歩み寄った。


「デタラメかどうかは、こちらをご覧になってから御判断なさっては」

「こ、これは……イザベラの筆跡だ……!」


 リヴィエール公爵は渡された書類を見て蒼白になっている。

「おまえ、この靴型を今ここで靴に嵌めてみなさい」

「旦那様まで何をおっしゃるの?! このような公衆の面前であたくしに靴を脱ぐなどという恥をかかせるおつもりですの?!」

「あ、う、いや、それは」


 イザベラに怒鳴られてしどろもどろなリヴィエール公爵に、クラウドは言った。


「リヴィエール公爵。初めてお目にかかるのにこのような会話で残念ですが、今の御夫人の前にも御夫人がいらっしゃいましたよね」

「あ、ああ」

「失礼ですが、御夫人はなぜ亡くなられたのです?」

 リヴィエール公爵は遠くを見る目をして、かぶりを振った。

「よく思い出せん。白い靄のようなものが頭の中にかかっていて……前の妻がどんな女だったのか、よくわからん。なぜ死んだのかも」


 クラウドはテンプルトンを見た。テンプルトンは深く頷いた。


「同じです、シャロン侯爵と。一緒に暮らしているのに奥様のことをお忘れになるんです。愛妾以外目に入らない、といったご様子で」

「だそうです。リヴィエール公爵、おそらく夜、お休みになる前に必ず口にする飲み物があるのではないですか? おそらくイザベラ奥様に勧められて、ずっと飲んでいる何かが」

 リヴィエール公爵は目をみはる。

「トレンメル辺境伯、貴殿がなぜそれを」

「魔女というのは薬学に長けているといいます。その薬は、良薬もあればおそろしい毒も、他人を思うままに操る媚薬もある。シャロン侯爵やリヴィエール公爵が飲まされたのは、媚薬でしょう」


 クラウドはイザベラを振り返った。


「いくらなんでも前の妻のことをほとんど覚えていないなんて有り得ない。これは明らかに目の前の女しか見えなくなる媚薬の効果です。これも貴女が魔女だという証拠になるでしょう?」


 刹那、広間に哄笑が響いた。

 ずっと蒼白な顔で唇をかんでいたイザベラが、天井を仰いで狂ったように笑う。


「おーっほっほっほ! そうよ、あたくしは魔女だわ! でもそれがなんだと言うの? あんたの妻だって魔女じゃない!」

「エステルは人に媚薬を飲ませたり屋敷に放火したりしない」

「だからあたくしが放火したって証拠がどこにあるっていうのよっ!!」


 そのとき。



「だまらっしゃい!!!」



 凄まじい大音声に一切の物音が消えた。

 空気がびりびりと震え、時間が止まったかのように思える。


 声の主がイザベラに近付き、ゆっくりとマスカレードマスクを取った。



「王……王ではありませんか!!!」



 その場にいた人々は皆、ひれ伏す。


 ただ一人、イザベラをのぞいて。


「……あんな手紙を送ってきておいてお姿が見えないので、今日はまたどこぞで女遊びに興じておられるのだと思いましたわ」

「せいいっぱいの負け惜しみ、負け犬の遠吠えといったところかぁ? その不遜な態度は厚い化粧の下にいつも見え隠れしておったなぁ、イザベラ殿」


 王は髭面に人好きする笑みを浮かべているが、その細い目は炯々として決して笑っていない。


「トレンメル辺境伯が示してくれた証拠で充分だろう。二十数年前のあの事件、シャロン侯爵家に放火した罪で牢につなぐ。言いたい事あらば取り調べで聞こう。ただし魔法の乱用及び放火は大罪ゆえ、一生国外追放もしくは死罪を覚悟せよ」


 王の手がサッと上がると、どこに潜んでいたのか大勢の衛兵がイザベラを取り囲んだ。


「なにすんのよっ、放してっ、放しなさいよっ、旦那様?! こんな横暴を許していいのですか?! なぜ黙っているのです?! 旦那様ーっ!!」


 金切り声とともにイザベラは衛兵に囲まれて連れていかれた。


「んね? 魔女はいかんよ、リヴィエール公爵」

 王に肩をたたかれ、リヴィエール公爵は頭をかく。

「お恥ずかしい。なぜか、魔女を好きになるクセが昔からありまして……おや? そういえば前の妻も魔女だったような……?」

「まあ、魔女には美女が多いしねえ。ね、トレンメル辺境伯?」


 王がニコニコとクラウドに近付いた。


「君の言い分は聞いたよ。わしの判断を求めたいと言ったな? 答えは――こうだ」


 再びさっと王の手が上がる。衛兵が再び大勢駆けつけた。


「魔女はいかんよねえ~。 ま、どういう処遇にするかはともかく、とりあえず調べさせてね♡」

 クラウドは片膝をついたまま「陛下、どうかお聞きください」と願い出るが王はニコニコ顔を貼りつけたまま言った。

「では諸君、エステル・トレンメル辺境伯夫人もさっさと捕まえちゃって~」


 衛兵が上座になだれこむ。しかし。


「いないぞ!」

「トレンメル辺境伯夫人が消えた!!」


 あの可憐なラベンダー色のドレス姿がどこにもない。


「そぉんなわけないっしょ! よく探せ~! 捕まえろ~! あっ、手荒なことはしないでね~!」

 大事な交渉材料だから、と呟き、王は楽しそうに命令する。


(しまった! エステル……!)


 イザベラや突然登場した王に気を取られてエステルから一瞬目を離してしまった。

 クラウドは急いで証拠の品をテンプルトンの手に渡した。


「ありがとうテンプルトン。打ち合わせ通りにやってくれて助かった」

「とんでもございません! わたくしこそいくら感謝しても足りないくらいです! 長年の恨みを晴らせたどころか、亡きシャロン侯爵夫妻の名誉も取り戻せました……このテンプトン、一生トレンメル辺境伯にお仕えいたします!!」

「それは心強い。こんなに良い仕立て屋が仕えてくれるなら、やはり何がなんでも妻には戻ってきてもらわねばな!」


 クラウドは王の前に再び膝を折った。


「クラウド・フォン・トレンメル、妻を探して参ります」

「おおそうだね、そなた足速そうだし一緒に探してくれれば早いかも☆」


 クラウドは紫色の双眸でひたと王を見上げた。


「たとえ陛下であってもエステルを奪わせません。エステルが魔女でも俺は絶対に離婚しない。あの聖女のような女性を一生愛し、守ります」


 (まだそんなに遠くへ行ってないはずだ)

 クラウドは騒然とする舞踏会宮殿を飛び出した。



「……なんだあれは。ノロケかぁ? わしは神殿の神官じゃないぞ! わしに愛を誓ってどうする若造が! これじゃあ舞踏会がとんだ婚約パーティーじゃないかぁ!」

 大声でクラウドを罵る王は、なぜかやっぱり楽しそうだった。




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