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73 そして舞踏会が始まる


「素晴らしい舞踏会だわ!」

 マリアンヌは高らかに笑った。



 王城、舞踏会宮殿。



 招待客は立派な馬車で玄関に乗り付け、粛々と入り口から入る。そのまま今日のホストである王太子の前まで進み、執事に名を読み上げられてから王太子に挨拶する。


 今マリアンヌは最上座でフロアを見下ろし、人々の羨望の眼差しを受け、人々から恭しい挨拶を受けている。

 それもそのはず、ここは王城の舞踏会宮殿で、マリアンヌの隣には王太子。自分は未来の王太子妃として、この場に集まった淑女の頂点にあるのだ。


(すべての者があたくしにひれ伏すがいいわ!)

 そして、とマリアンヌはほくそ笑む。

 みっともない異母姉がきて、さらにマリアンヌの輝きを引き立てるのだ。

 その瞬間はもうすぐ。


 そのとき、会場のざわめきにマリアンヌは気が付いた。

「なにかしら……?」

 ざわめきの発信源は入り口付近。

「誰かが来たようね」


 今日注目のゲストといえば、英雄クラウド・フォン・トレンメル夫妻をおいて他にない。人々は好奇のまなざしを入り口付近に向け、扇子の陰であれこれ囁き合っている。


 緋色の絨毯を踏む靴音に、宮殿がしん、と静まった。その二人の姿に、人々の視線は釘付けになった。


 軍服風の黒いスーツに緋色のマントが長身に映える。銀色の髪の下、白皙の美貌は遠目でもよくわかった。

 隣を歩くのは息を呑むような美女だ。

 抜けるような白い肌によく映える淡いラベンダー色のドレス姿は、まるで妖精の女王のようだ。綺麗に結い上げた髪は光を七色に弾き、黒真珠のような光沢を放っている。

 可憐な姿なのに、その場の誰もがひれ伏さずにはいられないような、圧倒的な気品がある。

 ほとんど装飾品を付けない中、胸元に輝く大きなダイヤモンドがまた人目を引いた。


 二人の美々しい姿が滑るように緋色の絨毯の上を進む。

 すべてが止まったかのような静寂の中、老若男女問わず顔を紅潮させてその姿を見送った。


 他の人々と同じく、思わず目を奪われていたマリアンヌがハッと我に返った。


「ちょっとラフル様! あれはどちらの王族ですの?!」

 

 マリアンヌは上流貴族の顔をほぼ知っている。

 うっとりするやら羨ましいやら腹が立つやら、身を焦がされるような思いでマリアンヌは隣の王太子の胸倉をつかんで揺すった。


「ちょ、苦しい……落ち着いてよマリアンヌ!」

「あれは誰かって聞いてんのよっ!! 王族の親戚なら早くあたくしに紹介してよ!!」

「何言ってるんだ、君の親戚だろ!」

「はあっ?!」

「君の異母姉夫妻――トレンメル辺境伯夫妻だってば!」


 そのとき、朗々と執事の声が告げた。


「クラウド・フォン・トレンメル辺境伯夫妻、御到着――」


 同時に、目の前まで進んできた美丈夫が礼を執った。


「今宵はお招きにあずかりまして光栄です。私はクラウド・フォン・トレンメル。こちらは妻のエステルです」

 隣の美女がふわりと身を沈める。完璧なカーテシーだった。


 マリアンヌはわなわな震えた。


「う、嘘よ……」


 これがあのエステルだなんて。


 みっともなく痩せこけ、いつも埃まみれで働いていたエステル。

 目の前で優雅な笑みを湛えている顔は、信じたくないが確かにエステルだった。

 しかし、別人のように――綺麗になっている。


 隣で王太子が何か言ってクラウド・フォン・トレンメルと言葉を交わしていたが、呆然とするマリアンヌの耳には入らなかった。


 そのまま辺境伯夫妻は会場へ降りる。途端に会場が歓喜に沸いたようにざわめき、人々の羨望の視線がその美しい二人を追った。

 今や、上座の王太子とマリアンヌを見ている者など一人としていない。


 しかしまったく空気を読んでいない王太子は、蒼白のマリアンヌにニコニコと言った。ご褒美をねだる子犬のように。

「さあマリアンヌ。君の希望通り、トレンメル辺境伯夫妻には僕らの隣に座ってもらうことにしたからね。それから、すぐに一曲踊ってもらうよう伝えたから」



 マリアンヌがキッと顔を上げた瞬間、宮廷楽団が優雅なワルツを奏で始めた。



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