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68 それぞれの思惑



――王都、王城。

 王太子の居住エリアの応接間から、マリアンヌの歓声が聞こえていた。


「これにするわ! このドレスが一番イケてる!」


 室内に何着もマネキンに掛けられたドレスから、マリアンヌは深紅のドレスを手に取って着替えた。


「あたくしに似合っていると思いませんこと? あたくしは舞踏会に咲く大輪の薔薇よ! ねえ、ラルフ様?」


 背中と胸元が大胆に開いたデザインに、ラルフは目のやり場に困り――困るというか見放題でどこから見ようか迷い、とりあえず微笑んだ。


「そうだね。とても綺麗だよマリアンヌ。君が舞踏会の主役になること間違いなしだ!」

「うふふ、そうでしょう? ラルフ様、招待客が揃ったら、ダンスが始まる前にお姉様ご夫妻あたくしたちの席へお招きしてね?」


 主催者の王太子と婚約者であるマリアンヌは上座にいて、招待客たちはまず二人に挨拶をしてから飲み物を取り、招待客が大方そろったろことでダンスが始まる。


「このドレスを一番にお姉様に見ていただきたいの。だって、社交界ではお姉様は未だに病気で静養中ってなっているでしょう?」


 リヴィエール公爵家の長女は病弱で社交界にも出られないほど、だから王太子の婚約者が妹のマリアンヌに代わったのだということは、社交界でも有名な話だ。


「トレンメル辺境伯夫人がお姉様ってことは皆さまご存じないのだもの。お姉様がお可哀そうだわ。せめて、ほんとうはお姉様が着るはずだったかもしれないドレスを間近で見ていただきたいの。いいでしょう?」


 マリアンヌの媚びるような視線に、王太子は身を乗り出す。最近ではマリアンヌから《《ご褒美》》をもらうにはどうしたらいいかわかってきた王太子は、すかさずマリアンヌをほめちぎった。


「君は優しいねマリアンヌ。でも、そのドレスは君だけのために存在するドレスだよ! なぜなら、君が妹だと知った瞬間、僕はエステル嬢とは婚約破棄していただろうからね!」

「ラルフ様ったらぁ」


 マリアンヌがにじり寄ってくる。あと一押しだ。


「密かに姉妹の会話を楽しみたいなら、僕らの隣に彼らの席を設けようか。トレンメル辺境伯は竜退治の英雄であることだしね」


 マリアンヌの顔がぱっとかがやく。その瞳の奥で意地の悪い光がきらりと光る。


「そうしましょう! お姉様たちの姿が皆さまからよく見えるようにね!」


(無様な田舎臭いカップルの姿がね)

 マリアンヌはほくそ笑む。エステルの貧相な顔を思い浮かべ、この深紅のドレスの隣にエステルが座ったらどんなに惨めったらしく見えることだろうとう楽しくてウズウズする。


「そうだわ! お姉様ご夫妻に一曲踊っていただきましょうよ」


 舞踏会では主催者が招待客の前で一曲踊るものだが、マリアンヌはダンスが好きではない。いくら練習しても上達しないからだ。

 嫌いなことを姉に押しつけ、ついでに姉に恥の上塗りをさせられると思うと最高に気分がいい。


「もちろんそうしよう。すべて君の思うままだ」

「ありがとう! ラルフ様大好き!」


 ここでやっと、マリアンヌの腰に手を回すことが許される。

 初心な王太子はお預けを解かれた犬のように、マリアンヌの上に覆いかぶさった。


 一方、王太子が自分の豊満な双丘に顔をうずめている間も、マリアンヌは舞踏会のことを考えていた。


(今回の舞踏会は、王太子妃であるあたくしのお披露目でもあるんだから。せいぜい、エステル姉様にはあたくしの引き立て役を頑張ってもらうわ。華やかな社交界など一生縁の無い惨めな人にちょっとでも舞踏会っていう楽しいイベントを味合わせてあげるんだから、エステル姉様はあたくしに感謝すべきよね)


 姉妹だということは秘密になっているが、エステルは充分すぎるほどの引き立て役になるだろう。マリアンヌは舞踏会が楽しみでたまらない。







「……あの古狸め」

 イザベラは苦い顔で便箋を読み返す。翼が六枚の鷲の紋章が入った金色の便箋は王家の物だ。


「舞踏会に出席するですって? 一体何を考えているのだか」


 すでにエステルが魔女だという告発文は送っていた。それに対する返事だと思っていたのに、そのことにはまったく触れていない。

「『麗しのイザベラ様、舞踏会で会いましょう♡』ですって? ふざけたことを……!」


 現王は若かりし頃、魔物討伐を自ら積極的に行ったマッチョで知られている。

 世間では髭の濃い『イケオジ』と言われる現王が、ただのエロジジイではないことをイザベラは良く知っていた。


「何か企んでいるのだろうが……」


 しかしその企みが見えない。


「まあ、王にとって悪い話ではないのだから、きっと舞踏会でエステルを糾弾はするはず」

 魔女だと人々に知らしめ、エステルを国外追放にした後、妻が魔女だったことを隠していた咎でトレンメル辺境伯から魔石鉱泉を没収する。



「あたくしが考えた作戦なのだからね。魔石鉱泉を没収した後、きっちり利益を折半してもらうよう、この手紙の返事を旦那様から書いていただこう」

 イザベラは急いでリヴィエール公爵の執務室へ向かった。





――トレンメル領。



 ここ数日は、穏やかに過ぎていた。


 エステルは西に森に入り、薬草を採り続けた。

「これは疲れた時用、これは風邪気味のとき、これは心落ち着きたいとき、これはリラックスしたいとき」


 せっせと薬草を摘んでいく。

 そうして、城へ戻るとすぐに、摘んだ薬草をお茶や薬に加工する。


「エステル様、そんなに焦って摘まんでも、森は逃げねえだよ。お茶や薬を作るんならまた数日後に来たらいい」

 薬草摘みマニアのプルロットでさえ呆れるくらい、エステルは西の森で薬草を摘みまくっている。

「だって、できるだけお茶や薬をたくさん作らなくっちゃ」

 


(クラウド様にわたしが作ったお茶を飲んでもらいたい)

 プルロットにレシピは残していくつもりだから、この先もクラウドにエステルが考案したお茶を飲んでもらえる。


 でもしばらくは、エステルが手ずから作った物をクラウドに飲んでほしかった。


(忙しいクラウド様が、心も体も健やかになれますように……)

 そういう祈りをこめてお茶をブレンドしていた。


 また、トレンメル領の冬にそなえ、感染症に効く薬もたくさん用意していた。


 町の人々から聞く話では、冬になると寒いこの地域では感染症がよく流行るらしい。咳と喉や身体の痛み、高熱が特徴的なその感染症に効くであろう薬をエステルは魔導書の記述や今までの薬作りの経験から考案し、それがプルロットが考えていた薬と同じだったことから、一緒に薬を作り続けてきた。


「この薬は作ってストックできるから、今作ってもだいじょうぶだが……エステル様、舞踏会の前なんだろ? 準備とか、忙しいんでねえか?」

「大丈夫よ。そちらの準備はほとんど終わっているし、これも舞踏会の準備だから」

「へえ??? これが???」


 プルロットは不思議に思うが、知識豊富なエステルと薬を作ることは楽しい作業だし、前の領主の元ではやりたくてもできなかった冬の備えにもなるので、エステルに言われるまませっせと薬を作り続けた。


 そんなプルロットに感謝しつつ、エステルは一心不乱に薬草を潰し、煎じながら考える。


(結局、西の森で『記憶の花』を見つけることはできなかったけど……)


 薬草を摘みながらキリルカ村らしき場所を探してはみたが、見つけることはできなかった。


(仕方ないか。それに、これからはわたし、一人ぼっちなんですもの。どこまでだって行けるし、好きなだけいつまでも『記憶の花』を探すことができるってことだわ!)


 エステルは前向きに考えた。

 つらい時こそ前を向いていい方向へ考える――虐げられて生きてきたエステルが心掛けてきたことだ。





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